75話 弱い強靭な
「この部屋にオルガがおるのじゃ」
シェリーに連れられ、ニャイ、ドラム、ラビはオルガの居る医務室へ到着した。
兵士が静かに扉を開けると、包帯に包まれたオルガがベッドへ横になっていた。
「オルガさん!!」
ニャイがオルガの元へ駆け寄ると、オルガはゆっくりと起き上がりニャイへと顔を向ける。
「ニャイ……怪我は無いか?」
「大丈夫だニ! でも、ウチの所為でオルガさんは重傷を……」
「いや、傷はもう塞がった。痛みも殆ど無い。身体が少し熱いだけだ」
「でも、まだ寝てないとダメだニ……」
ニャイは両手でオルガの頬を撫で、そっとオルガを寝かせようと背中へ手を回すと、ニャイの手は尋常ではない発熱を感じ取る。
「ニャッ!?」
「ニャイ、どうしたんだ?」
「ううん。何でもないんだニ……」
オルガの背中は常人が火傷する程に熱を帯びていた。
それは身体に受けたダメージの凄まじさを物語る。
慌てて平静を装うニャイだが、オルガの身体の変化に内心では多大な焦りを覚えていた。
ニャイが下がると、ドラムがオルガの元へ進む。
「オルガよ、無事か!」
「ドラム……お前の声が無ければ、降ってきた毒に気づく事は出来なかった。感謝している」
「水くさい事を言うな。我輩達は仲間なのである。仲間の危機を助けるのは当然の事。気にすることはないのである!」
「ああ、そうだな……」
「オルガ、心配したんだよ! アンタの叫び声は尋常じゃなかったからね。元気そうで安心したよ」
「今はもう大丈夫だ。心配掛けてすまなかったな」
三人の遣り取りを見届けたシェリーが、溜息交じりにオルガの前へ進み出る。
「まったく、呆きれる程に頑丈じゃのぅ」
「シェリー様……」
「オルガよ、お主の浴びた液体は致死性の高い毒じゃ。やはり転生者と掛け合わされた身体は常軌を逸しているのぅ。ともあれ、よくぞ生き延びた。暫くはここで休め!」
「申し訳ない。迷惑を掛けてしまった……」
オルガはシェリーへ向け深々と頭を下げる。
「お主の所為ではなかろう。あまり己を責め過ぎるでない。過度な謝罪は自らの価値を下げてしまうからのぅ」
「ぐっ……だが、オレが不甲斐ないばかりに、ニャイを危険な目に遭わせてしまった……」
俯くオルガへ咄嗟にラビが口を開く。
「オルガは悪くないよ! アンタは立派にニャイを守ったじゃないか。自分を責める事なんて何一つありゃしない。そうやって思い詰めるんじゃないよ!」
「……そうだな。オレは、ニャイを、守れたんだよな……」
ラビの言葉にオルガは小さく頷くが、その表情は釈然としないものだ。
ドラムとニャイはそんなオルガの様子を不安そうに眺めていた。
暫しの沈黙の後、オルガが口を開く。
「しかし、何故オレ達がこんな目に遭わなければならないんだ? 犯人の目的は一体……」
「目的は解らぬ。だが、いずれまたお主らに危害を及ぼす可能性は極めて高い」
「そんな……オレがこんな身体では、ニャイを護る事など出来ないぞ……」
「案ずるな。ニャイは暫く城に匿うからのぅ。お主は療養に専念するのじゃ」
オルガは渋々頷くと、ニャイへと視線を向ける。
するとニャイは怯えながらも小さく頷くと、申し訳なさそうに視線を逸らした。
「さて、日が暮れてきたのぅ。そろそろ面会は終わりじゃ!」
シェリーの言葉で三人が退出の準備をする。
「オルガさん……早く傷を治してニ!」
「ああ。ありがとう」
「オルガよ、また明日に様子を見に来るのである!」
「わかった。すまないな……」
「オルガ! アンタ他人の心配も良いけど、自分も大切にしなよ!」
「そうだな。気をつける」
各々が思い思いの言葉を口にすると、四人は医務室を出て行った。
「オレは弱いな……」
オルガは天井を見上げ小さく呟くと、そっと瞼を閉じ意識を手放した。
※ ※ ※
四人は先程の部屋に戻ると席に着く。
「では、ニャイよ。お主は当面この城で寝泊まりしてもらうぞ。護衛と共に必要な物を家から取ってくるのじゃ」
「はい、ありがとうございますニ」
「二人はどうするのかのぅ?」
「我輩は明日もオルガの様子を見に来るのである!」
「じゃあアタイも一緒に面会に来ますよ」
「うむ。では今日のところは解散とするかのぅ」
三人が頷き、ドラムとラビは城から出ると帰路に就いた。
※ ※ ※
夜の帳が下りる頃、城門で二人の衛兵が談笑をしていた。
「なぁなぁ、聞いたかよ? この国で毒殺を図った奴が居るんだってよ!」
「ああ、聞いたぞ! さっき運ばれたオークが被害者だろ? 生きてるのが奇跡だって話だぞ!」
「らしいな。……しっかし毒殺なんて物騒だよな。最期まで苦しみながら死んでいくんだろ?」
「そうだな。おれなら絶対嫌だね! 死ぬなら戦場で一思いに殺されたいな!」
「お前はほんとに戦闘が好きだなー。オレは家族に看取られながら穏やかに逝きたいよ」
「お前、それでも兵士かよー!」
「へへっ、あのシェリー様がそう簡単に戦争なんて起こさねえだろ!」
「そうだな。そりゃ間違いねぇわ!」
二人の獣人は各々の心境を語りながら門の見張りを続けていた。
すると、全身真っ白にシルクハットと燕尾服を纏う男が兵士達へ声を掛ける。
「今晩は。早速ですが、この門を開けさせて頂けますか?」
「すまないが、今の時間は門を開ける事は出来ない」
「いえいえ、貴方達が開ける必要はありません。開けさせて頂きますから」
「ん? そりゃ一体どういう事だ?」
「ふふっ。こういう事……です!」
「うわっ! 何をする! くそっ、離せ! オレに触るな!!」
男は衛兵の頭を鷲掴みにすると、自身の腹部へ押し付けた。
すると男の腹が液状化し、衛兵の頭部はズブズブと音を立てながら男の腹に埋もれる。
衛兵は足をバタつかせ暴れるが、徐々に男の体内へと飲み込まれていく……
「くっ! そいつを離せ! 離さないと切り捨てるぞ!!」
衛兵は仲間の窮地に抜剣すると、男の首元へ剣を振り翳す。
「おやおや、物騒ですねぇ。素直に開け渡せばいいものを……」
だが、剣は男の首に触れた面から真っ二つに溶け、剣先が地面に落下しカランと無機質な音が響いた。
男は妖しく嗤いながら首を撫で、衛兵に近付く。
すると衛兵の手が震え出し、剣に付着した雫が地面に垂れてジュウと煙を上げた。
「ば、化け物……」
「化け物とは随分な言い方ですねぇ。まぁいいでしょう。貴方の望み通り、一思いに殺して差し上げます」
男は腹に衛兵を半分飲み込んだ状態で向き直る。
衛兵が頻りに足をもがく中、男がゆっくりと剣を握る衛兵の元へ歩み寄る。
「くっ、来るな! てっ……」
「おやおや、応援を呼ばれたら面倒ですねぇ。ずっと黙っていなさい」
男は左手から頭程の黒い球体を湧き上がらせると、兵士の顔に向け投げつけた。
「てきしゅぅ……むぐぐっ!」
球体は衛兵の顔面に当たると、肌に触れた面から溶け出し、鼻や口から衛兵の体内へと侵入していく。
衛兵は慌てて球体を撥ね退けようと両手で掴むが、抵抗虚しく球体は遂に液体となり、衛兵の体内に浸透してしまった。
「では、一思いに。ご機嫌よう……」
「……グゴッ!」
男は剣を握る衛兵へ向け眼力を放つと、衛兵は白目を剥いて斃れた。
そして男は自身の腹に埋まる衛兵へと視線を変える。
「さて、鍵は何処でしょうか?」
男は腹にぶら下げた衛兵を眺めながら呟く。
衛兵の鎧を舐めるような目で探ると、鍵束を発見した。
「おや、ここにありましたか。しかし……可哀想に。貴方は望み通りの死に様ではありませんね」
足をバタつかせ抵抗する衛兵に、男は目を細める。
「せめてもの慈悲として、苦しまずに殺して差し上げます」
男は腹に埋もれた衛兵の腰から扉の鍵をもぎ取ると、静かに目を瞑る。
「最期は全身が溶ける程に至高の快楽を……」
呟きと共に、男の体内では多量の液体が生成され、衛兵の鼻や口内へと射出されていく。
その液体は快感と共に眠気を誘発させ、身体を硬直させるものだった。
衛兵は直ぐに足の動きが鈍くなると、男の腹部からダラリと垂れ下がり息絶えた。
先刻に語った“家族に看取られて逝く”とは程遠い死に様を晒し。
そして男は腹にぶら下げた衛兵を、内側からズブズブと体内に引き摺り込む。
「さて、門を開けさせて頂きましょう。……と、その前に」
続いて男は地面に横たわる衛兵の亡骸を掴み上げた。
「これもエサにしましょう」
そして同じように亡骸を男の腹に押し当てると、まるで麺を啜るように二人目の衛兵も男の体に飲み込まれてしまった。
「さて、要件を手短に済ませるとしましょうか……」
男が呟くと城内へと歩を進める。
城内は複雑に入り組んでいるが、男に迷う様子は無い。
暫く進むと、オルガの眠る医務室の前で足を止めた。
「体液が近いですね。この部屋でしょうか?」
男は徐に扉を開けると、物音に気付いたオルガが目を覚ます。
「こんな時間に何だ? お前は誰だ?」
オルガの鋭い視線を向けられるも、男は物ともせず口を開く。
「夜分遅くに失礼致します。わたくし、タナトスで参謀をしているサキと申します。この度は貴方が怪我を負ったと耳にしましてね、居ても立ってもいられずに、こうして参った次第です」
「オレはお前の事を知らないぞ。誰かと勘違いしてるんじゃないか?」
「いいえ、勘違いではございません。貴方とは一度虹会でお会いしているのですから」
オルガは虹会でトールと意見が対立するサキの姿を思い出した。
「虹会だと? ……そうか、あの時か! だが、こんな時間に何故オレなんかの為に来たんだ?」
「わたくしは人を見る目には自信がありましてね。貴方を虹会で目にした時から強い志を持った“人”だと直ぐにわかりました。貴方のような人物を喪うのは惜しい。しかし、わたくしには治癒能力がありましてね。貴方の怪我を少しでも癒せればと思うのです」
「オレに“強い志”があるだと?……」
「ええ。自覚は無いようですが、貴方は他人の為に命を投げ出す程の志をお持ちです。その行動は並大抵の“人”には出来ない。貴方には人を守る素質がある」
「人を守る、素質……」
「さあ、貴方を治癒して差し上げます。わたくしに身を委ねて……」
「こ、こうか?……」
オルガは言われるがままにサキの言葉を受け入れた。
サキはオルガの頬に両手を触れると、静かに目を閉じる。
すると、オルガの体内で変化が起こり始める。
オルガの体に染み込んだ液体が、全く別の物質に変わっていった。
「如何ですか? 背中の毒が中和されていくのを感じるでしょう?……」
「ああ、少し楽になった気がする。熱も引いていくようだ。ありがとう、助かった」
暫くして目を開けると、触れていた手をそっと離す。
「それは良かったです。これでもう毒素は消えた事でしょう。さて、オルガさん。実は貴方にお願いがあるのです」
「お願い? オレに何をさせようと言うんだ?」
「我がタナトスは、世界を一つの国に纏め上げることで争いの無い平和な世界を築こうとしています。しかし、今は未だ発展途上。至らぬところが多々あるのです……」
サキは拳を握り、大仰に振り上げた。
「しかし、我々は成し遂げねばならないのです! そこで、オルガさん。貴方に我が国の象徴となって頂きたい」
「オレが国の象徴だと!? 唐突に言われても、オレにそんな大役を引き受ける事は出来ないぞ!」
「勿論、無償でというわけではありません。引き受けてくだされば、貴方が望むものを報酬としてお支払い致します」
「オレが望むものは何も無い。今の暮らしに満足している。すまないが他を当たってくれ」
「報酬は何も金銭だけではありませんよ。貴方が唯一欲するものがあるでしょう?」
「オレが欲するもの……だと?」
「貴方が欲するのは“大切なものを守る力”」
「うっ、何故それを……」
「貴方は今回、大切な人を守ろうとし、自らに傷を負った。つまり、貴方自身を犠牲にしなければ守りきる事が出来なかったということです。それは即ち、貴方に力が無いという事の証明になります」
「くっ……確かにオレには力が無い。だが、これはオレの問題だ。オレ自身で解決しなければならないんだ!」
「いいえ、これは貴方一人では解決しません。わたくしの治癒能力はタナトスの技術の粋を集めた事により覚醒しました」
「その能力を、タナトスが覚醒させたというのか……」
「はい。わたくしが覚醒したように、食事から能力の獲得までを我が国が全面的に支援いたします。オルガさん、貴方もきっと理想の力を手にする事が出来るでしょう。象徴と成り、新たな力を手にするのか……回答は今すぐでなくとも構いません。何れまたお伺いする時までに良い返事を用意しておいてください」
サキはオルガを一瞥すると、踵を返し医務室を後にしようとする。
が、去り際に一言呟く。
「あっ、そうそう。今夜わたくしが来た事は、決して誰にも漏らさないでくださいね。実は無断で国を抜け出してしまったのです。ここに来たことがバレてしまうと、国王様に叱られてしまいますので……」
「ああ、わかった……」
サキは上品な笑顔で一礼すると医務室を後にした。
だが、医務室の扉を離れるにつれて、サキの表情が狂気を含んだものに変化していく……
「ははっ! なんと強靭な豚なのでしょう!? あの濃度で死なぬとは。やはり転生者と交えた体は伊達ではありませんね。潰し甲斐がありそうです!!」
そして怪しく嗤いながら城を後にした。
今回もお読みくださりありがとうございます。
おかげさまで、200件のブックマークを頂くことが出来ました!
ここまで応援してくださった読者様に感謝申し上げます。
今後とも拙作を宜しくお願い致します。
次回の更新は4日の予定です。
→申し訳ございませんが、短編製作の為、最大2週間ほど延期させていただきます。
更新日が決まり次第こちらに追記致します。
→大変お待たせしております。
次回は11日に更新致します。
広告の下にあるリンク
【小説家になろう 勝手にランキング】
をクリックお願いします。




