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68話 トールの企み

 

 ダルスとフォンが落ち着いた所でメルダがゴソゴソと何かを取り出した。


「そういえば、これってどうやって使うのかしら?」


 それは先に買ったスマホだった。

 メルダはスマホをテーブルに置くと、首を傾げながら俺に視線を向ける。


「取り敢えず電源を入れてみるか……」


 俺はスマホの表面のボタンを長押しした。

 すると、林檎のロゴが画面に表示される。

 どうやら問題なく起動はできるようだ。

 暫くして設定項目が表示された。

 だが、メルダは顔を青褪めながら口を開く。


「ねぇトール……あたし、この世界の文字が読めないから操作出来ないわ……」

「おっ、おう……」


 予想はしていたが、やはり言葉の壁にぶつかった。

 数字は異世界と共通だが、それ以外の文字は異世界と全く異なる。

 だが、この問題の解決策はメルダ自ら提示された。


「だから、この世界の文字を教えてくれない? 魔道書みたいな書物があれば嬉しいんだけど……」

「んー……言葉を調べるなら辞書ってのがあるな。あとは小学生向けの漢字練習帳なんかもあったな……」


 俺の説明にメルダは目を輝かせながら聴き入っていた。

 メルダは魔王に一目置かれる魔女だけあって真面目だ。

 その姿勢に感心しつつ、俺には真似出来ないと心の中で溜め息を吐く。


「よし、じゃあ次はメルダの参考書を買いに行くぞ!」


 すると、全員が頷いた。

 こうして俺達の次の目的地が決まるのだった。


 ※ ※ ※


 ファミレスを出ると本屋へ向かう道中、ふと前世の俺が気になった。

 遠藤料理長(面藤)に休日出勤を強いられ、中華料理店(職場)へ渋々出て行った。

 今頃また面倒な事を押し付けられているのだろうかと気になったのだ。


 俺は歩きながら右目を閉じる。

 すると、左目に中華鍋を振るう光景が浮かんできた。

 どうやらエビチリを作っているようだ。

 視界を動かしたり音を聞く事は出来ないが、手元の動きから察すると大分焦っている。


「お兄ちゃん」


 これは疲れて帰ってくるだろう。

 大出費による大目玉を回避する為にも、好感度アップの対策は必要だ。

 そんな邪な事を考えながら、今晩の料理は俺が用意してやろうと決めた。


「ねぇお兄ちゃんってば!」


 七海の呼ぶ声で我に帰ると、仲間達の視線が俺に集中していた。


「おっ、おう? どうした七海?」

「お兄ちゃん、また何か企んでなかった?」


「うぐっ……か、顔に出てたか?」

「うん! 思いっきり隠し事してそうな顔してたよ!」


 どうやら俺は七海には隠し事をしない方が良さそうだ。

 昔はお兄ちゃんお兄ちゃんと付いてくる素直な妹だったが、最近は俺に対しての風当たりが強いように思う。

 七海が成長している証拠だと嬉しい反面、兄としては少し寂しく感じる。


「実は、今日は金を使い過ぎてしまってな。アイツ(前世の俺)に怒られそうだから、少しでもポイントを稼いでおこうと思って夕飯を考えてたんだ……」


 すると仲間達が申し訳無さそうに俺に視線を向ける。


「それって……」

「アタシ達の……」

「服とかが原因っす?……」


 そうだ、とは言えない。

 俺は言葉が見つからず、口を噤んでしまう。

 だが、七海は沈んだ空気を打開するように俺の肩をポンと叩く。


「大丈夫! あたしに良い考えがあるの!」


 七海の言葉に俺達は首を傾げた。


「みんなでお兄ちゃん()の為に晩御飯を作るのよ! そしたらきっと喜んでくれるわ! ね、良いでしょ?」


 仲間達は大きく頷いた。

 俺も、これならアイツの怒りを鎮める事が出来るという確信があった。

 何故なら俺自身に同じ事をされれば、ウルっと来てしまうのだ。

 肝心なのは皆で作ったと言い出すタイミングだろう。

 順番を間違えれば感動よりも怒りが勝ってしまう。

 頭で夕飯の光景をシミュレートしながら、確実に俺の計画は進行していった。


 そんな事を考えていると、目的の本屋へ到着する。


「ここに……魔道書があるのね!」


 メルダは目を輝かせながら店頭を見回している。


「いや魔道書は無いが、参考書なら色々あるぞ! 使えそうな本は俺が選んでやるから、お前らは適当に店内を見ててくれ!」


 全員が頷くと、俺は参考書の棚へ向けて歩き出す。

 そして棚の前に着くと小学生用の漢字ドリルを手に取った。

 ひらがなから簡単な漢字まで書かれたものだ。

 右や左といった基本的な文字も載っている。

 これなら最低限の読み書きは出来るだろう。


「へぇ、これが教材なのね……」


 振り返るとメルダが俺の後ろに立っていた。

 思わずピクリと体が震える。


「お、おう。これなら基本が載ってるからな。この内容を全て熟せば、スマホの操作くらいは何とかなるだろう」

「そうなの? じゃあトールを信じて、それをお願いしようかしら」


 俺は頷き参考書を手にメルダとレジに並ぶ。

 そして会計を済ませると、仲間達を探しに店内を歩き始める。

 すると、フォンの姿を見つけた。

 フォンは分厚い本を持ちながら凝視している。


「フォン、何見てんだ?」

「これ、すっごい面白いんだわさ!」


 フォンが見ていたのは世界遺産の写真集だった。

 万里の長城やサクラダファミリア、ヴェルサイユ宮殿などが掲載されている。


「こんな建物見たことないんだわさ! これは綺麗な装飾だわさ! これは! これは! これは……」


 写真を指差しながら活き活きと感想を述べるフォンを、俺とメルダは目を細めながら眺めていた。


「それ見終わったら帰るぞ!」

「わかったんだわさ!」


 フォンは軽快に返答すると、再び食い入る様に写真を凝視し始めた。

 ひとまずフォンは後回しにし、ダルスを探す事にした。


 フォンの居る棚の裏側にダルスの姿があった。

 ダルスも何やら本を持ちながら目を輝かせている。

 その隣には七海も感心しながら本を眺めていた。


「この服かっけぇっす〜!」

「ふ〜ん、ダルスくんって、こういうのが好きなんだ〜」


 ダルスの持つ本には迷彩服を着た男が写り、その横には銃の写真が数枚掲載されている。

 どうやら自衛隊を紹介する書籍のようだ。


「うお〜! これもカッコイイっす! おっ、これは面白い形してるっす〜」


 パラパラとページを捲る度に感想を呟くダルスにも、俺達は目を細めながら眺めていた。


「は〜面白かったんだわさ〜!」


 暫くすると、フォンが俺達の元へやってきた。

 どうやら写真を見て満足したらしい。

 直後、ダルスの持つ本がパタンと閉じられた。

 ダルスも読み終えたようだ。


「よーし、帰るか!」


 全員が頷くと、俺達は帰路に就いた。


 ※ ※ ※


 その後は特に目立ったトラブルは無く、無事に部屋へ辿り着いた。

 七海が部屋の鍵を開けて入ると、俺達も後に続く。

 そして全員がテーブルに着席する。


「はー、疲れたね! みんな、お疲れ様!」

「うー、酷い目に遭ったっす……」

「んー、気持ちが疲れたんだわさー!」

「ふー、ちょっと甘く見てたわ……異世界凄いじゃない!」

「あー、色々ありすぎたー!」


 俺達は思い思いに感想を呟くと、テーブルへと突っ伏した。


 ※ ※ ※


 俺は目を擦りながらムクリと起き上がる。

 時計を見ると、どうやら一時間近く寝ていたらしい。

 仲間達もテーブルに伏せて眠っている。


「うーっ。さて、そろそろ夕飯作るか……」


 軽く伸びをすると、キッチンへ向かい冷蔵庫を開けた。

 食材を見回すと、作る料理が決まった。

 牛すじカレーと牡蠣とほうれん草のクリーム煮にしよう。


「んー! お兄ちゃん、もうご飯作り始めるの?」


 七海が両腕を伸ばしながらキッチンにやってきた。


「おう。今日は手間の掛かる料理にしようと思ってな。カレーと牡蠣のクリーム煮にしようと思ってる」

「うわー、良いね! 絶対美味しいやつだよ!!」


「フッ、俺が不味い料理を作った事があったか?」

「んー……無いね!」


「だろ?」

「うん! すっごく楽しみだよ!」


 七海は跳ねるように喜んでいる。

 これは気合を入れて作らないといけないなと心の中で自らを鼓舞した。


「ふぁ〜、よく寝たんだわさ……」

「ウッカリ寝ちまったっす〜」

「うぅ〜、あれっトール、もう夕飯作るの?」


 三人も目を擦りながら起き出した。

 その顔はまだ寝足りないといった表情だ。

 だが、そんな様子を余所に七海が勢いよく手を挙げながら口を開く。


「さぁ!! みんなで晩御飯つくるよー! おー!!」


 三人は弱々しく拳を握ると手を挙げる。


「「「おー……」」」


「声が小さいぞぉー! おー!!」

「「「おーー……」」」


 七海は口を一文字に結びながら、三人を無言で洗面台へ連れて行った……


 ※ ※ ※


 三人が洗面台から戻ると、普段の調子に戻っていた。

 俺は、そんな三人を横目に食材をテーブルへと並べ始める。


 牡蠣、塩、片栗粉、ベーコン、ほうれん草、バター、オリーブオイル、小麦粉、牛乳、白ワイン、コンソメ、牛すじ、玉ねぎ、にんじん、にんにく、しょうが、オイスターソース、醤油、カレールーだ。


 食材の多さが今回の料理の手間を物語っている。


「うわぁー。お兄ちゃん、これ全部使うの?」

「おう! 今晩は手間暇掛けた料理だぞ!」


 仲間達は緊張した面持ちだが、やる気は十分だ。

 では、早速調理を始めよう。

 まずは牡蠣のクリーム煮の下準備だ。

 これは仲間達に手伝ってもらう事にする。


「よし、じゃあ手伝ってもらおうか! フォン、コレを塩と片栗粉を混ぜてもみ洗いしてくれ。水洗いしたら水気を切るんだ!」

「わかったんだわさ!」


 俺は牡蠣と片栗粉を指差し、フォンに指示をする。


「ダルスは玉ねぎとベーコンを切ってくれ! 玉ねぎはこのくらい、ベーコンはこのくらいの大きさだ!」

「了解っす!」


 玉ねぎは1センチ幅に、ベーコンは4センチ幅に切るように指でおおよその大きさを見せた。

 ダルスは頷くと玉ねぎを切り始める。

 だが、ダルスはピクリと頭を震わすと、手の動きを止めてしまった。


「トール様ぁー! オイラ、この匂い苦手っす……」


 どうやらダルスは玉ねぎが苦手らしい。

 目が沁みるというよりも、玉ねぎの匂い自体を嫌がっているようだ。


「あー、それなら玉ねぎは水の中で切ってみろ! 他の食材は水の中で切るなよ!」

「了解っすー!」


 ダルスは水を張ったボールに玉ねぎを浸けて切り始めた。

 その手は止まる事がなく、問題なく切れているようだ。


「メルダは人参をこんな感じに、ニンニクとショウガは細かく切ってくれ!」

「わかったわ!」


 メルダの前で人参を短冊切りに、ニンニクとショウガは微塵切りにして見せると、メルダは頷いて俺の後を引き継いだ。


「七海は、ほうれん草を下茹でして切ってくれ! 水には少し塩を入れて、根の方は30秒大目に加熱するんだぞ! 茹で上がったら水に晒した後、4センチ間隔に切ってくれ!」

「はーい!」


「あー、あと米も炊いてくれるか?」

「いいよー!」


 七海は笑顔で引き受けてくれた。

 少し様子を見てみたが、問題なく調理出来ているようだ。

 さて、その間に俺は牛すじカレーの調理を進めよう。


 鍋に牛すじと水を入れて下に手を翳すと、鍋に炎を纏わせ煮詰めていく。

 暫くするとアクが出始め、それを掬い取っていく。

 アクを取り切ると全身炎イフリート化し、腹に鍋を押し付け『空間収納』へと飲み込んだ。


 直後、七海が俺の元へ駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん! みんな切り終わったって! ご飯はもう少しで炊けるよ!」

「おう、サンキュー! 後は食器を並べて待っててくれ!」


 七海は頷くと、仲間達と共に食器の準備を始める。


 俺は、飲み込んだ鍋を炎で包み、弱火程度の敵意を込める。

 更に鍋を包む炎へ視点を移し、意識を集中させて鍋が潰れないギリギリの圧力を掛けていく。

 鍋がミシミシと悲鳴を上げたところで加圧を止めた。

 これで10分程度置けば美味い牛すじカレーが出来るだろう。


 視点を戻し、次に牡蠣とほうれん草のクリーム煮を調理する。

 フライパンを炎で包みバターを熱すると、玉ねぎを中火程度の敵意を込めて炒める。

 暫くして、しんなりとした所でベーコンを加え、更に炒める。


 玉ねぎが透き通ると、牡蠣と小麦粉を加えて再度炒める。

 粉っぽくなってきたら牛乳と白ワインを加えて煮詰める。

 煮立ったら、ほうれん草とコンソメを加えて弱火程度の敵意を込めて5分煮たら完成だ。


 視点を『空間収納』へ移すと、牛すじカレーも完成していた。

 腹に手を突っ込んで鍋を取り出すとテーブルの上に置く。

 そして牡蠣とほうれん草のクリーム煮も完成し、炎を回収するとテーブルの上に置き、人型に戻る。


「ただいまー」


 ちょうど前世の俺が帰ってきた。


今回もお読みくださりありがとうございます。

ブックマークや評価を頂けると嬉しいです。


執筆中に183件目のブックマークを頂きました!

ありがとうございます!

次回の更新は24日の予定です→申し訳ございませんが、事情により延期させていただきます。

遅くとも7日までには更新します。

→誠に申し訳ございません。新作の進捗が芳しくないので、14日頃まで延期させていただきます……

二度も延期してしまい申し訳ございません。

更新日が決まり次第、こちらに追記致します。

→大変お待たせしております。14日に更新致します。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 文中に『|』が3個ほど確認されます。 [一言] 今回も美味しそうでした (*´▽`*) 材料表記もいいですね☆彡
[良い点] 3人にとっては異世界探訪は楽しそうですね。 牡蠣のクリーム煮が美味しそう! ダルスは犬人なのに、玉ねぎを食べて大丈夫なのでしょうか?
[一言] 牛すじカレーと牡蠣とほうれん草のクリーム煮美味しそう!!! 今晩はカレーにしようかな( ˘ω˘ )
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