58話 予定なんてない
夕飯を食べ終えると、各々が別行動を取っていた。
俺は後片付けの為にキッチンで食器を洗い、ダイニングのテーブルでは、フォン、ダルス、メルダ、七海が談笑をしている。
「みんなごめんねー、こんな汚い部屋で。お兄ちゃんは料理しか取り柄がないから、こういう所がいい加減なの……」
七海はニヤリと嗤うと、前世の俺をちらりと見遣る。
すると前世の俺は分が悪そうに口を開く。
「し、しょうがないだろ。オレだって色々と忙しんだからさ……そ、そんな事よりテレビ見ようぜ!」
四人を暫し横目で眺めた後、話を逸らそうとリモコンを片手に電源ボタンを押した。
〈ク〜リスマスが今年もや〜ってくる〜〉
「「「ひゃっ!」」」
画面から突如流れるチキンのCMにメルダは背筋を伸ばし目を丸くする。
ダルスは耳や尻尾がピンと伸び、フォンに至っては勢い余って椅子ごと引っ繰り返ってしまい、盛大に床へ頭を打ち付けた。
室内にゴーンと鈍い音が響く。
「あたた〜」
フォンは頭をさすりながら舌を出し照れ隠しをする。
「フォンちゃん! 大丈夫? 凄い音がしたよ!?」
七海は心配そうに見つめるが、巨大なドラゴンを殴り飛ばせる程の強靭な体を誇るフォンには、この程度でダメージなどない。
「はっはっはっ! フォンは頑丈だから痛くも痒くもないっす!」
笑いながら答えるダルスをフォンはキッと睨みつけた。
「むっ?」
「……いっ!?」
するとダルスは気まずそうに口を閉じ姿勢を正す。
「ダルス! アンタ余計なことを言うんじゃないんだわさ!」
その様子を七海は目を細め頬杖をすると、静かに呟いた。
「ふ〜ん……」
そんな遣り取りを前世の俺は半ば呆れた様子で眺め、頃合いを見計らうとテレビの説明を始める。
「これはテレビって言ってな、色んな番組が見られるんだよ」
「不思議ね。どんな仕組みになっているのかしら?」
「ばんぐみってなんだわさ?」
「う〜ん、オイラにはよくわからないっす!」
だが、三人は首を傾げながら説明が全く理解出来ていないようだ。
前世の俺は肩を竦めると、おもむろにチャンネルを変え始める。
〈出没! アド……世界不思議……にしやがれ!……〉
次々に変わる映像を三人は食い入るように見つめている。
「本当に不思議な箱ね」
「中の人間が変わったんだわさ!」
「やっぱりよくわからないっす……」
そんな三人を余所に、七海が俺に向け口を開く。
「ねぇ、お兄ちゃん達はいつまで居る予定なの?」
「5日くらいだ」
「ふーん。明日の予定はどうするつもりなの?」
「特に決めてないな……」
「それならみんなで買い物へ行こうよ!」
「「「「「!?」」」」」
全員の視線が七海へ集中する。
「異世界で売られているもの……凄く気になるわ!」
「アタシは買い物の後に観光をしたいんだわさ!」
「オイラ、美味いものを食いたいっす!」
「ほら! みんなも行きたがってるし! ね、お兄ちゃん! いこーよ! いこーよ!」
仲間達が目を輝かせているのを見て、七海の提案に乗ることにした。
「良いだろう。明日は買い物に行くぞ!」
「やったね! 楽しみだなぁ〜」
だが、眩しい笑顔を向ける七海を余所に、前世の俺は怪訝な表情で口を開く。
「買い物に行くのは良いが、その格好で外を出歩くのはまずいんじゃないか?」
確かにフォンとダルスの服装は耳や尻尾が露出していて街を歩くには不向きだ。
メルダの服装もコスプレと言われそうな、いかにも魔女といった格好をしている。
外を出歩くならば服の調達は必須だろう。
俺は仕方なく七海に頼る事にした。
「七海、すまないがフォンとメルダの為に服を貸してくれないか?」
「いいよ! じゃあ明日の朝に持ってくるね!」
七海は快諾し、フォンとメルダが笑顔とサムズアップで応える。
というか異世界にもサムズアップってあるんだな……
「ダルスと俺の服は……すまないが貸してくれるか?」
「わかった。オレの服を貸そう」
俺達の服は前世の俺から借りる事にした。
俺はクローゼットから白のトレンチコートとニット帽を取り出すと、ダルスに合わせる。
「おおっ! これが異世界の服! 着心地は良いっす! でも……尻尾が出ないのがちょっと気になるっす……」
「まぁ尻尾と耳は隠さないと外を出歩けないからな。すまないが、そこは我慢してくれ」
「うーん、わかったっす……」
ダルスは窮屈そうに腰を動かし帽子をひっきりなしに触っていたが、渋々頷き納得する。
こうして明日の予定が決まったところで、七海は家へ帰る事になった。
「じゃ、みんなまた明日ね!」
七海は手を振りながら部屋を出ていった。
すると、前世の俺が大欠伸をして呟く。
「ふぁ〜ぁ! さて、オレもそろそろ寝るかな……ところでみんなはどこに泊まるんだ? ホテルとか取ってあるんだろ?」
「ん? 俺にそんな金があるわけないだろう?」
俺は異世界の金貨は山程持っている。
おそらく日本円に換算したら3000万円は下らないだろう。
だが、それは飽くまで異世界での話だ。
相変わらず日本円は持ち合わせていないのである。
これではホテルどころかネットカフェですら入れない。
「ん!?」
「ん??」
前世の俺は、俺に視線を向けると苦笑しはじめ、俺は満面の笑みでそれに返す。
「まさか……四人ともここで寝るって言うのか?」
俺は大きく頷くと、前世の俺は部屋を見回しがっくりと肩を落とした。
「おい……この部屋を見てわかるだろ? 五人も寝るスペースなんて……」
「そうか。スペースさえあれば良いんだな?」
「そう簡単に言うなよ。今から片付けるって言ったって何時間掛かると……ま、まさか……」
「おっ、察しが良いな。じゃ、この部屋を片付けさせてもらうぞ!」
「おい、まさか……やめろ!!」
俺は、前世の俺の反応を気にも留めず、全身炎化すると室内を炎で包み込んだ。
そして意識を集中し、床に散らばっている物を無造作に『空間収納』へと飲み込んでいく。
少し強引かもしれないが、これまで部屋を片付けて来なかった俺……いや、前世の俺へのツケだ。
帰る時に飲み込んだ物は全て吐き出すわけだが、片付けは前世の俺に任せよう。
片付けなかった前世の俺が悪い。
そうだ、断じて俺が悪いわけではないのだ。
そんなことを考えながら、顔が引き攣る前世の俺を余所に、轟音を上げて床の品々が炎に包まれて消えていく。
暫くすると床は綺麗に片付き、なんとか三人が雑魚寝を出来そうな程のフローリングが現れた。
「よし! ここで寝るぞ!」
だが、フォンとメルダからジト目を向けられる。
「寝るって、そのまま床に寝るんだわさ?」
「遊びに来たのに硬い床で寝るのはちょっとねぇ……」
二人からブーイングが浴びせられてしまった。
だが、ダルスは飄々と口を開く。
「オイラは別に気にしないっす。奴隷時代のオイラの部屋と比べたら、汚さ以外は全然マシっす!」
ダルスは硬い床には特に抵抗が無いようだ。
しかし、さらっと酷い事を言われたぞ。
奴隷の部屋よりも汚いのか、俺の部屋は……
「うーん……」
そんな事を思いながら顔を顰め暫し思案している間にも、二人のジト目が続く。
「「ジィー……」」
「な、なぁ、やっぱりダメか?」
「「ジィーー……」」
ジト目の止まらない二人に痺れを切らした俺は、仕方なくアレをする事にした。
「ええい! わかったわかった! お前らは“なか”で寝かせてやる……」
俺は左腕に炎を纏わせると、メルダとフォンへ向けて炎を放ち、二人の全身を包み込み『空間収納』へと飲み込んだ。
二人を体内で寝かせる為だ。
無意識のうちに仲間達を蒸発させてしまわないかと不安で、本当はこんな事をしたくはないのだが、この際仕方がないと渋々諦める事にした。
「これで良いんだろ“お嬢様達”? すんませんねぇ、準備が悪くて……」
「あはは……トール様が拗ねちゃったんだわさ……」
「ちょっとトール、機嫌直しなさいよ。あたし達が悪かったわよ。だから……ね? 良い子だから期限直して!」
フォンは肩を竦めて苦笑する。
メルダの反応はまるで子供を宥めるようで、俺の心は更に傷つけられてしまった。
「へいへい、機嫌は直りましたよー。だからさっさと寝てくれ!」
すると二人はヒソヒソと言葉を交わす。
「あちゃー、ほんとにトール様が拗ねちゃったんだわさ……」
「ほっときましょうよ。拗ねた時の男なんて放っておくのが一番よ……」
だが、体内で起きている事は全て把握している。
「お前ら聞こえてるぞ!」
「「はぅっ!」」
やや怒りの篭った俺の声に、二人は背筋を伸ばし反応した。
因みに体内へ向けて語り掛けている為、ダルスへ会話は聞こえていない。
「トール様、“なか”で何かあったっす?」
「なんでもねぇよ……」
ダルスの質問を口を尖らせ躱しながら床へ横たわる。
するとダルスも俺の隣へ横になった。
「今度こそ寝るぞ! おやすみ!」
「お、おやすみっす……」
「おやすみ……」
気まずそうに首を傾げながら怪訝な顔をするダルスと、不機嫌そうにベッドへ潜る前世の俺を横目に、むず痒さを感じながら、気持ちを切り替える為に速やかに意識を手放した。
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次回の更新は16日の予定です。
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