セシリアの恋
いや、でも、それは……まとまらない思考の中で、冷静な部分もあり、私はわかっていたことではないかと思った。
バルドさんは侯爵家の嫡男だ。年も二十五歳。そして、ミーア様も貴族令嬢だ。
今まで、婚約者がいなかった方がおかしかったのだ。
そうか……、もう私はバルドさんの隣にはいられないのか。
「セシリアさん?」
「あ、すみません。行きましょう」
私がシュリガンさんを見上げると、彼は目を見開き、私の目元を拭った。
その時、初めて自分が泣いていることに気づいた。
どうして、私は泣いているのだろう?どうして……?
『セシリアさんは、ガルオス様のことを――』
ふとキャサリン様とグラビス様の言葉を思い出した。
この言葉の続きが、唐突にわかってしまった。
私はバルドさんに、恋をしていたのだ。
シュリガンさんが、気づいたら恋をしていたと言った。
本当にその通りだった。出会った頃は、恋ではなかった。いつこのタイミングでなんてわからない。
私はいつのまにか、バルドさんに恋をしていたようだ。
好きと愛の違いもわかってしまった。こんなにも、全く違った。
私は、ミーア様が妬ましくてたまらなかった。自分の中に、こんなにもドロドロとした醜い感情があるなんて思いもしなかった。
バルドさんの隣にずっといたかった。その場所を誰にも奪られたくなかった。
私は、バルドさんを愛していた。そして、それは決して報われない想いなのだ……。
涙が溢れて止まらなかった。
シュリガンさんは、何も言わずに泣いている私の姿が見えないように木の影に手を引いて連れて来てくれた。
「セシリアさんは、バルドさんが好きなんですね」
ただ静かに言った。
「はい。私はバルドさんが好きです。ごめんなさい……」
この言葉はシュリガンさんを傷つけてけてしまう。でも、私はシュリガンさんに嘘をつきたくなかった。
シュリガンさんは、深く息を吐いた。
「セシリアさん。それでも、僕はあなたが好きです」
私は、シュリガンさんを見上げた。
シュリガンさんは、真摯に私を見つめていた。
「ごめんなさい」
「謝らないでください。悪いのは僕です。もしかして、セシリアさんはバルドさんが好きかもしれないと思っていたのに告白したんです」
私は驚いてシュリガンさんを見た。
「前にバルドさんと会った時に、とても素敵な人だと思いました。こんな男性がそばにいたら、セシリアさんが好きにならないわけがないと思いました」
シュリガンさんは悲しそうに笑った。
「そして、二人を見て確信しました。やっぱり、セシリアさんはバルドさんが好きなんだとわかりました。僕は、ずるいんです。セシリアさんは鈍いから、このままその気持ちに気づかないよう祈ってしまいました」
私が自分の気持ちに気づく前に、シュリガンさんは気づいていたのだ。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
私は謝るしかできなかった。
「バルドさんは、高位の貴族です。あなたと結ばれることはありません」
私はまた涙が溢れた。そんなことはわかっている。
シュリガンさんは、私を強く抱きしめた。
「僕のことは二番で構いません。バルドさんの次でいい。絶対に、セシリアさんを幸せにします。どうか、僕と結婚してくれませんか?」
懇願するようなシュリガンさんの声に、涙が溢れた。
「いけません。シュリガンさん」
私は、シュリガンさんの胸をそっと押し離れた。
そして、真っ直ぐ彼の群青色の瞳を見つめた。
シュリガンさんは、本当に素敵な人だ。
優しく誠実で真摯な人だ。彼と結婚したら、私は幸せになれるだろう。
でも、私はバルドさんを忘れない。
そんな私がシュリガンさんの隣にいるのは、私が耐えられない。
シュリガンさんは二番目でいいと言ってくれたが、私がそんなことは許せない。
「私は、シュリガンさんを大切な友人だと思っています。シュリガンさんは、本当に素敵な人です。二番でいいなんて駄目です。ちゃんと、シュリガンさんを一番に想う女性を選んでください」
シュリガンさんが、泣きそうに顔を歪めた。私とシュリガンさんの間を、微かに冷たい風が吹き抜けた。
「セシリアさんは、ひどい人です……」
ポロポロと、その綺麗な瞳から涙が溢れた。
「はい。私は、わがままでひどいですね」
「誠実で真っ直ぐな……初めて愛した女性でした」
涙でクシャクシャな顔で、シュリガンさんが微笑んだ。
「私にとっても、シュリガンさんは初めてをたくさんくれた男性でした」
初めて私を好きだと言ってくれた男性だった。初めてデートをした男性だった。初めて星祭りに行った男性だった。初めてお揃いの物を持った男性だった……。
告白されたあとは、バルドさんより、たくさんシュリガンさんのことを考えた。
シュリガンさんと結婚することはできない。
でも、シュリガンさんは私にとって初めてをたくさんくれた特別な男性だった。
「私を好きだと言ってくださって……ありがとうございました」
私も涙でクシャクシャな顔で微笑んだ。
◆
私はバルドさんに恋をしていた。愛していた。
気づいたからといって、彼には婚約者もいて、もうすぐ別れなくてはならない人だ。
私が告白したとしても、何が変わるわけでもなく優しいバルドさんを困らせるだけだ。
だから、私は何も伝えない。残されたバルドさんとの日々を大切にしようと思った。
お読みくださりありがとうございます。





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