クレープ
市が広がる広場に着くと、様々な国の出店が出ていた。
「わあ、素敵!」
ミーア様が目をキラキラさせた。ウロウロとお店を覗こうとしていた。
「ミーア様、先に食べませんか?」
「セシリアさんは食いしん坊なんですね」
せっかく出店を覗こうとしたところを止められて、ミーア様がムッとした表情で言った。
「はい、食いしん坊なんです。それに、もし気に入った物を先に買ってしまっては、食べづらいですよ?」
こういう方は、言われた言葉は否定せず受け入れて、あとは自分に得になることを提示してあげるとスムーズだ。
「そうですね!早く食べましょう」
案の定、ミーア様は食べ物屋さんの一画に真っ直ぐ進んだ。その視線は、甘いデザートの出店を見ているようだ。
みんなで一緒に食べるのだが、相談するつもりもなく一人で決めてしまうつもりのようだ。
「シュリガンさん、甘い物は大丈夫ですか?」
「好んで食べるほどではありませんが大丈夫です」
「あ、ここがいいです!」
ミーア様が選んだのは、甘さに挑戦するような異国のデザートの出店だった。
クレープ生地を円錐の形に丸めた真ん中に、生クリーム、その上にシロップ漬けの果物、また生クリーム、そしてシロップの滴るスポンジを切った物、また生クリーム、そして上からたっぷりチョコレートがかかり、宝石のようにキラキラした砕いた飴がふってあった。
その出店周辺は、とんでもなく甘ったるい匂いがしている。
「綺麗〜。これにしましょう」
そう言うと、止める間もなくミーア様はみんなの分も注文してしまった。
「……じゃあ、ベンチを取っておきます」
「ありがとうございます」
シュリガンさんが、空いているベンチを探しに行ってくれた。
私は、心配してそっとバルドさんを見た。
実はバルドさんは甘い物が苦手だ。
デザートを作っても私に出すだけで、自分はさっぱりしている果物くらいしか食べない。
「大丈夫ですか?」
私は、こっそりとバルドさんに聞いた。
「う〜ん、まぁもう注文しちゃったしなぁ」
バルドさんは、現実逃避するように遠い目をしていた。すでにこの匂いにやられているようだ。
「私が代わりに食べましょうか?」
「いや、あれは一個食べるだけでもきついだろう」
確かに。でも、甘い物が苦手なバルドさんよりはマシなはずだ。
「本当に無理な時は、言ってくださいね」
「ありがとな、嬢ちゃん」
バルドさんが、苦笑してお礼を言った。
「あ!セシリアさん、私のお兄様に近づかないでください」
ミーア様が、私をドンと突き飛ばした。
「キャッ」
尻もちをつく寸前で、私はバルドさんに手を引かれた。
「大丈夫か?」
「は、はい」
私はバルドさんの胸にくっついた状態で、返事をした。
まさか突き飛ばされるとは思わなかったためか、胸がドキドキした。
「ミーア、怪我をさせてしまうところだったんだ。ちゃんと謝れ」
「セシリアさん、さっさとお兄様から離れて!離れてったら!」
ミーア様は、バルドさんの話など聞こえないように喚いた。
「バル、ガルオス様、私は大丈夫なのでお気になさらず」
私はバルドさんから離れて言った。
この状態では、たとえミーア様が謝ったとしても口だけだろう。そんなものは言われても困ってしまう。
「セシリア嬢。本当に申し訳なかった」
バルドさんがミーア様の代わりに謝った。それは、どうしてか嫌な気持ちになる。
「本当にお気になさらず」
「ほら、お兄様。セシリアさんもこう言っているんですから、気にしないでください」
それはミーア様が言うことではないが、もうこの方はこういう方だと思うしかない。
いつの間にか極甘クレープができていたので、それもうやむやとなった。
「シュリガンさん、お待たせしました」
私達は、シュリガンさんが取っておいてくれたベンチに四人で座った。
「テーブルはないんですか?」
ミーア様がキョロキョロと周りを見た。
「外ですから」
もし、貴族のミーア様がいなかったら立って食べていただろう。
ミーア様は不満そうだが、渋々受け入れたようだ。
「あら?フォークとナイフがないです。もう!お店の方がつけ忘れてます。セシリアさん、もらって来てください」
「ミーア、つけ忘れじゃない。ここで、ナイフとフォークがあっても使えないだろ?」
バルドさんが呆れたように言った。
「え?じゃあ、どうやってこれを食べるんですか?」
「こうやって齧るんですよ」
私はパクリと食べてみせた。
美味しい。美味しいがとんでもない甘さだった。
「そんな下品です。私には無理です」
無理と言われても、ここではそうやって食べるしかない。
「じゃあ、食べないのか?」
「嫌です。食べます」
バルドさんが、やれやれというようにパクリと食べた。
その瞬間、ギョッとしたように目を見開いた。
しばらく咀嚼するも、その甘さになかなか飲み込めないようだ。
私はハラハラしてバルドさんを見つめた。
「お水をもらって来ますね」
私が立ち上がりかけたのを、バルドさんが止めた。
「いや、大丈夫だ」
無理矢理飲み込んだようだ。
隣を見ると、シュリガンさんも涙目で甘いクレープを咀嚼していた。
シュリガンさんも、この甘さはきついようだ。
みんながパクリと食べたのを見て、ミーア様が思い切ったようにパクリと食べた。
「わあ、美味しいです」
途端にミーア様は目を輝かせた。お気に召したようだ。
キャッキャッと騒ぐミーア様以外は、私達は無言で食べた。
甘い。どこを食べても甘い。そして、どんどん口の中に甘さが積もっていくようだ。
私は、最後の方は口に入れるのをためらいつつ何とか食べきった。
バルドさんも、何とか食べきったようだ。
しかし、あれほどはしゃいでいたミーア様が静かだ。
「甘いです。私、もう食べられません」
ほんの端っこを齧ったくらいで、クレープは残っていた。
そして、ゴミ籠に捨てようとした。
「ミーア、食べ物を粗末にしたら駄目だ」
「え〜、だって、もう食べられません。そうだ。だったら、お兄様が食べてください」
ミーア様が、ニコニコと残ったクレープを差し出した。
バルドさんは、諦めたようにため息を吐いてクレープを受け取った。
「バルドさん、私が食べます」
さすがに甘い物が苦手なバルドさんが、二つも食べるのは辛いだろう。
「え〜、セシリアさんって意地汚いですね」
「セシリア嬢。大丈夫だ」
「そうです。私はお兄様にあげたんですよ。セシリアさんには、あげません」
得意そうに言うミーア様はほっといて、私は水をもらいに行った。
戻るとバルドさんは食べきっていた。その表情はいつもと同じに作っているが、よく見ると顔色が悪い。
「ガルオス様、水です」
「すまない」
一気に飲み切ると、ホッと息を吐いた。少し、楽になった様子に安堵した。
「シュリガンさんも、よかったらお水をどうぞ」
「……ありがとうございます」
シュリガンさんを見るとあと半分だ。しかし、その額には汗が浮き、涙目でクレープを見つめていた。
「シュリガンさん、無理しないでください。あとは私が食べます」
私は慌ててシュリガンさんの手からクレープを奪った。
「え〜、セシリアさん。シュリガンさんのクレープを奪っちゃうなんて、本当に意地汚いですね」
ミーア様が何か言っているが、私はそれを聞き流し、クレープを睨んだ。
見ただけで、もう口の中が甘い。
もう、これは噛まずに飲み込むしかない。
申し訳ない食べ方だが、他にうまい方法が思いつかない。
作ってくれたお店の人に心で詫びながら、覚悟を決めた時、クレープを持った手を大きな手にグイと掴まれ引き寄せられた。
え?と思った時には、バルドさんが私の持っているクレープに齧り付いていた。そして、一気に食べた。
「バ、バルドさん!?」
「悪い、セシリア嬢。美味しそうだったから、ついな」
そう言って、ニカリと笑った。しかし、その目は涙目だ。
「すみません。ガルオス様」
「いや、こっちこそありがとう。付き合わせちゃって悪かったな。ミーア、もう行くぞ」
何か言いたげなミーア様をチラと見て、バルドさんが立ち上がった。
ミーア様は、ムッとした顔で立ち上がった。
しかし、バルドさんが後ろを向いた隙に、ミーア様がスッと私の耳に囁いた。
「私……お兄様と婚約したんですよ」
え?
私は驚いてミーア様を見た。
ミーア様は、勝ち誇ったように微笑むとバルドさんの腕に腕を絡めた。
「じゃあ、セシリアさん、シュリガンさん。さようなら」
「シュリガンさん、セシリア嬢。またな」
バルドさんとミーア様が婚約した……?
私は、呆然としてバルドさんとミーア様の後ろ姿を見つめた。
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