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【 電子書籍化】私の人生にあなたは必要ありません〜婚約破棄をしたので思うように生きようと思います〜  作者: 雅せんす
第七章 私の恋

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クレープ 

 市が広がる広場に着くと、様々な国の出店が出ていた。

「わあ、素敵!」

 ミーア様が目をキラキラさせた。ウロウロとお店を覗こうとしていた。


「ミーア様、先に食べませんか?」

「セシリアさんは食いしん坊なんですね」

 せっかく出店を覗こうとしたところを止められて、ミーア様がムッとした表情で言った。


「はい、食いしん坊なんです。それに、もし気に入った物を先に買ってしまっては、食べづらいですよ?」

 こういう方は、言われた言葉は否定せず受け入れて、あとは自分に得になることを提示してあげるとスムーズだ。


「そうですね!早く食べましょう」

 案の定、ミーア様は食べ物屋さんの一画に真っ直ぐ進んだ。その視線は、甘いデザートの出店を見ているようだ。

 みんなで一緒に食べるのだが、相談するつもりもなく一人で決めてしまうつもりのようだ。


「シュリガンさん、甘い物は大丈夫ですか?」

「好んで食べるほどではありませんが大丈夫です」

「あ、ここがいいです!」

 ミーア様が選んだのは、甘さに挑戦するような異国のデザートの出店だった。


 クレープ生地を円錐の形に丸めた真ん中に、生クリーム、その上にシロップ漬けの果物、また生クリーム、そしてシロップの滴るスポンジを切った物、また生クリーム、そして上からたっぷりチョコレートがかかり、宝石のようにキラキラした砕いた飴がふってあった。

 その出店周辺は、とんでもなく甘ったるい匂いがしている。


「綺麗〜。これにしましょう」

 そう言うと、止める間もなくミーア様はみんなの分も注文してしまった。

「……じゃあ、ベンチを取っておきます」

「ありがとうございます」

 シュリガンさんが、空いているベンチを探しに行ってくれた。


 私は、心配してそっとバルドさんを見た。

 実はバルドさんは甘い物が苦手だ。

 デザートを作っても私に出すだけで、自分はさっぱりしている果物くらいしか食べない。


「大丈夫ですか?」

 私は、こっそりとバルドさんに聞いた。

「う〜ん、まぁもう注文しちゃったしなぁ」

 バルドさんは、現実逃避するように遠い目をしていた。すでにこの匂いにやられているようだ。


「私が代わりに食べましょうか?」

「いや、あれは一個食べるだけでもきついだろう」

 確かに。でも、甘い物が苦手なバルドさんよりはマシなはずだ。

「本当に無理な時は、言ってくださいね」

「ありがとな、嬢ちゃん」

 バルドさんが、苦笑してお礼を言った。


「あ!セシリアさん、私のお兄様に近づかないでください」

 ミーア様が、私をドンと突き飛ばした。

「キャッ」

 尻もちをつく寸前で、私はバルドさんに手を引かれた。

「大丈夫か?」

「は、はい」

 私はバルドさんの胸にくっついた状態で、返事をした。

 まさか突き飛ばされるとは思わなかったためか、胸がドキドキした。

 

「ミーア、怪我をさせてしまうところだったんだ。ちゃんと謝れ」

「セシリアさん、さっさとお兄様から離れて!離れてったら!」

 ミーア様は、バルドさんの話など聞こえないように喚いた。


「バル、ガルオス様、私は大丈夫なのでお気になさらず」

 私はバルドさんから離れて言った。

 この状態では、たとえミーア様が謝ったとしても口だけだろう。そんなものは言われても困ってしまう。


「セシリア嬢。本当に申し訳なかった」

 バルドさんがミーア様の代わりに謝った。それは、どうしてか嫌な気持ちになる。

「本当にお気になさらず」

「ほら、お兄様。セシリアさんもこう言っているんですから、気にしないでください」

 それはミーア様が言うことではないが、もうこの方はこういう方だと思うしかない。


 いつの間にか極甘クレープができていたので、それもうやむやとなった。

「シュリガンさん、お待たせしました」

 私達は、シュリガンさんが取っておいてくれたベンチに四人で座った。


「テーブルはないんですか?」

 ミーア様がキョロキョロと周りを見た。

「外ですから」

 もし、貴族のミーア様がいなかったら立って食べていただろう。

 ミーア様は不満そうだが、渋々受け入れたようだ。


「あら?フォークとナイフがないです。もう!お店の方がつけ忘れてます。セシリアさん、もらって来てください」

「ミーア、つけ忘れじゃない。ここで、ナイフとフォークがあっても使えないだろ?」

 バルドさんが呆れたように言った。


「え?じゃあ、どうやってこれを食べるんですか?」

「こうやって齧るんですよ」

 私はパクリと食べてみせた。

 美味しい。美味しいがとんでもない甘さだった。


「そんな下品です。私には無理です」

 無理と言われても、ここではそうやって食べるしかない。

「じゃあ、食べないのか?」

「嫌です。食べます」

 バルドさんが、やれやれというようにパクリと食べた。

 その瞬間、ギョッとしたように目を見開いた。

 しばらく咀嚼するも、その甘さになかなか飲み込めないようだ。

 私はハラハラしてバルドさんを見つめた。


「お水をもらって来ますね」

 私が立ち上がりかけたのを、バルドさんが止めた。

「いや、大丈夫だ」

 無理矢理飲み込んだようだ。

 隣を見ると、シュリガンさんも涙目で甘いクレープを咀嚼していた。


 シュリガンさんも、この甘さはきついようだ。

 みんながパクリと食べたのを見て、ミーア様が思い切ったようにパクリと食べた。

「わあ、美味しいです」

 途端にミーア様は目を輝かせた。お気に召したようだ。

 キャッキャッと騒ぐミーア様以外は、私達は無言で食べた。


 甘い。どこを食べても甘い。そして、どんどん口の中に甘さが積もっていくようだ。

 私は、最後の方は口に入れるのをためらいつつ何とか食べきった。

 バルドさんも、何とか食べきったようだ。

 しかし、あれほどはしゃいでいたミーア様が静かだ。


「甘いです。私、もう食べられません」

 ほんの端っこを齧ったくらいで、クレープは残っていた。

 そして、ゴミ籠に捨てようとした。


「ミーア、食べ物を粗末にしたら駄目だ」

「え〜、だって、もう食べられません。そうだ。だったら、お兄様が食べてください」

 ミーア様が、ニコニコと残ったクレープを差し出した。

 バルドさんは、諦めたようにため息を吐いてクレープを受け取った。


「バルドさん、私が食べます」

 さすがに甘い物が苦手なバルドさんが、二つも食べるのは辛いだろう。

「え〜、セシリアさんって意地汚いですね」

「セシリア嬢。大丈夫だ」

「そうです。私はお兄様にあげたんですよ。セシリアさんには、あげません」

 得意そうに言うミーア様はほっといて、私は水をもらいに行った。

 戻るとバルドさんは食べきっていた。その表情はいつもと同じに作っているが、よく見ると顔色が悪い。


「ガルオス様、水です」

「すまない」

 一気に飲み切ると、ホッと息を吐いた。少し、楽になった様子に安堵した。


「シュリガンさんも、よかったらお水をどうぞ」

「……ありがとうございます」

 シュリガンさんを見るとあと半分だ。しかし、その額には汗が浮き、涙目でクレープを見つめていた。

「シュリガンさん、無理しないでください。あとは私が食べます」

 私は慌ててシュリガンさんの手からクレープを奪った。


「え〜、セシリアさん。シュリガンさんのクレープを奪っちゃうなんて、本当に意地汚いですね」

 ミーア様が何か言っているが、私はそれを聞き流し、クレープを睨んだ。


 見ただけで、もう口の中が甘い。

 もう、これは噛まずに飲み込むしかない。

 申し訳ない食べ方だが、他にうまい方法が思いつかない。


 作ってくれたお店の人に心で詫びながら、覚悟を決めた時、クレープを持った手を大きな手にグイと掴まれ引き寄せられた。

 え?と思った時には、バルドさんが私の持っているクレープに齧り付いていた。そして、一気に食べた。


「バ、バルドさん!?」

「悪い、セシリア嬢。美味しそうだったから、ついな」

 そう言って、ニカリと笑った。しかし、その目は涙目だ。


「すみません。ガルオス様」

「いや、こっちこそありがとう。付き合わせちゃって悪かったな。ミーア、もう行くぞ」

 何か言いたげなミーア様をチラと見て、バルドさんが立ち上がった。


 ミーア様は、ムッとした顔で立ち上がった。

 しかし、バルドさんが後ろを向いた隙に、ミーア様がスッと私の耳に囁いた。


「私……お兄様と婚約したんですよ」


 え?

 私は驚いてミーア様を見た。

 ミーア様は、勝ち誇ったように微笑むとバルドさんの腕に腕を絡めた。

「じゃあ、セシリアさん、シュリガンさん。さようなら」

「シュリガンさん、セシリア嬢。またな」


 バルドさんとミーア様が婚約した……?

 私は、呆然としてバルドさんとミーア様の後ろ姿を見つめた。

お読みくださりありがとうございます!



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― 新着の感想 ―
しばらく立ち直れない
ストーリー展開はとてもよいですが、最悪な気分…
毅然とミーアの無礼を諌められない時点でバルドの落ち度になるしそもそもセシリアの友人である格上の令嬢達への無作法で家から正式に抗議が届いていないのがおかしい ミーアの傍若無人エピを重ねるのはいいけど要所…
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