第62話 人間主義者の街
ニンモートに入って、早いもので1か月と2週間が過ぎた。
俺たちは今、西側端にある街の2つほど手前にあるナイヘルという街に入ろうとしていた。
ここまで時間がかかったのはひとえに立ち寄る街で依頼をこなしていたからだ。
なんでそんなことをしたのかというと、実は、このニンモートの西側にはDランク以上の冒険者が圧倒的に少ない。というか、Dランク以上の冒険者となると俺たちのような外国から来た冒険者しかいないという驚きの事実がある。
その理由は、やはり人間主義者だろう、西側の人族は大体この人間主義者に毒されており、もし下手にDランクに上げて外国に出てしまった場合、必ず問題を起こすから、ギルドとしてもランクを上げるわけにはいかないというのが現状だ。実際、ある事件が起きている。
その事件は今から130年前、その頃もすでに今ほどではないが人間主義者はいた。そんな中、一人の男がDランクを得た。
その男は当然ニンモートから出て勇者王国に入った。
といっても、男はしばらく特に問題も起こすこともなく、多くの依頼をこなしていった。
そんな男だったがためか、1人の少女が仲間に加わり旅を続けていた。
しかし、人間主義者の中で育った男はやはり人間主義者だった。
それがために起きた事件だった。
その時男と少女は、勇者王国のタングラーサという街に入りギルドの規定に基づいて、冒険者ギルドに足を運んだ。
ここまではいつも通りだったし、特に問題なかった。だが、そのギルドに足を踏み入れた瞬間それは起こった。
「こんにちは、あなたたち、この街初めてよね」
1人の獣人族の少女が声をかけたのだ。
この少女は、小さいころからこの街で育ち、このギルドで冒険者たちにも可愛がられながら育ち、つい先日冒険者となったばかりの少女だった。
少女としては、初めてこの街を訪れた新たな冒険者に自分が好きなこの街、このギルドを案内したいと考えただけだった。
「はい、そうなんです」
男と一緒にいた少女は当然そう答えた。
しかし、男は違った。
「獣風情が、俺に話しかけるな」
男はそう小さくつぶやくと、いきなり腰に差した刀と呼ばれるニンモート製の特殊な剣をおもむろに抜き放つと、その抜きざまに獣人の少女を斬り捨ててしまった。
「えっ……」
これがその少女の最期の言葉だった。
その瞬間はあたりは静まり返った。この場にいる全員が状況が呑み込めなかったのだ。
「て、てめぇ」
ここでギルド内に怒号が響いた。
怒号をあげたのは、無残に斬り殺された少女の冒険者仲間であり、幼馴染でもある少年だった。
そして、その怒号を皮切りにその場にいた冒険者たちが一斉に怒号をあげて、男に躍りかかった。
「なんだ、一体、ど……」
そんな騒ぎを聞きつけたこの街のギルドマスターが降りてきて、どうしたのか聞こうとして目に飛び込んできた光景に固まった。
「なっ、な、なんだ、これ、は、なんだ、これはー」
とここで、ギルドマスターも怒号をあげた。
それもそのはず、ギルドマスターの目に飛び込んできたのは無残に斬り殺された獣人の少女、そして、ギルドマスターも同じく獣人、つまり、その少女は、ギルドマスターの愛娘だった。
さっきまで元気に冒険者として働き、今しがた自分の部屋で今日の夕飯は何にするかとか最近やった仕事の話をして、下に降りて行った娘が、無残に斬り殺されて床に転がっている。ギルドマスターは怒りを通り越して、少し冷静になっていた。だからこそ、状況がすぐに読めた。そう、今現在冒険者たちから囲まれている男が娘を殺したんだということに。それに気が付いたギルドマスターも怒号をあげて冒険者たちに加わってしまった。
本来冒険者たちの暴走を止めるはずのギルドマスターまでも加わったことで、誰も止められないリンチはしばらく続いた。
そして、リンチが終わり冒険者たちがその場から離れたところには、おびただしい量の血と、それが人間であったということが疑わしい、肉塊と化した、2つの物が残されていた。
そう、普段魔物を狩っている冒険者たちの戦闘力がリンチで合わさったことで、男は原型をとどめることができなかった。そして、何より近くにいて、男の仲間ということで巻き添えを受けた少女もまた男と同じ運命をたどったのだった。
これが、人間主義者の男を外国に出してしまったことに関する顛末。
この事態を重く見たギルドに、人間主義者は外国に出すなという規則が生まれたことは言うまでもないだろう。
ちなみに、この事件は当然リンチに加わったギルドマスターは解任となったが、冒険者たちは何も咎はなかった。
その理由は、ギルドマスターがすべての責任を自身に受けたためといわれている。
おかげでそのギルドマスターは今でもタングラーサのギルドでは尊敬されているそうだ。
ということで、事件は終わったわけだけど、面倒ごとというのは後になってやってくるもので、問題を起こした男はただのニンモート出身者ではなかった。なんと、男の父親は、ここニンモートの大名と呼ばれる俺たちの国でいう貴族だった。しかもそれなりに発言力のある大名で、息子が無残に殺されたこと、それは自分の息子と知って勇者王国が黒幕だと、意味の分からないことを言ったらしい、しかもそれに賛同するものが多数と、危うくニンモートと勇者王国の間で戦争が勃発する事態となった。
しかし、当時のニンモートで政治を行っていた大名と、勇者王国の勇者王が優秀だったことで、何とか交渉によりその事態は回避することができた。
という、1人の人間主義者を世に出したいう、ただそれだけで、戦争という厄介ごとになりかけたというのが、このニンモート西側にDランク冒険者がいないという事態の背景となっている。
そんなことを考えながら俺とカイナは、いつもの鎧から簡易的な旅装に変え、腰には短剣に姿を変えたレーヴェとレイラがそれぞれぶら下がっていた。
「次」
「どうも、これを」
「旅人か、通行料は1200バルトだ」
通行料が1200バルト、めちゃくちゃ高い、しかし、街に入る用があるために仕方なく払うしかないだろう。
というか、この通行料は身分証があれば基本取られないのが大陸の常識、しかしここニンモートでは身分証があっても通行料がとられる。これまで通ってきた街でも当然のごとく取られていた。しかしその額はせいぜい、高くても500バルト。まぁ、それでも高いんだけど、ここの1200バルトは高すぎる。
しかし、これは俺たちが外国人だからという値段らしい、普通にこの街の住人だったら、120バルトと1/10の値段だそうだ。
「高いな、えっと、はいこれ」
そのあと、俺の後ろにいたカイナも俺と同じように身分証を出して高い通行料を払った。
「本当にすごい街よね」
「俺たちじゃなかったら、払えないぜ。あれ」
「ほんとに」
こうして、俺たちは、目的の街であったナイヘルにたどり着いたのだった。




