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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
〜第三章 目覚める鉱石〜
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孤月 4

 ハッと目が覚めた瞬間、セリアは寝ていた寝台から飛び起きた。素早く辺りを見回して状況を確認すると、何が起こったのかを理解する。自分が気を失っていたことも、彼等が自分を置いて行ってしまったことも。


「っ!」


 悔しさとやるせなさで思わず手元のシーツを握り締める。今直ぐにでも彼等の後を追わねば、と柔らかいマットから足を下ろした。


 けれどそこで思いとどまる。友人達がこんなことをしてまで自分を引き止めたのだ。彼等の必死な形相が思い起こされて、扉へ向かう足を躊躇わせた。

 彼等が何故自分に出るなと言うのかくらいは、自分でも解っている。今まで何度も無茶を繰り返して怪我をしてきたし、ヨークが相手では決して冷静なだけではいられないことも自覚がある。


 それに……


 グッと拳に力が入った。

 なにがマリオス候補生だ。なにが仲間だ。結局彼等の足を引っ張り、こうして離れた安全な場所に留まっているだけではないか。


「……みんな」


 候補生達が、自分を追いやろうとしているのではないことくらい十分理解している。彼等の気持ちを考えれば、ここは候補生達の言葉に従った方が良いのではないか。


 しかし、もし彼等が怪我をしたらどうする。自分の様に銃で撃たれたりしたら。大勢の男達に囲まれていたら。今こうして悩んでいる間も、危険な目に合っているとしたら。

 もし、彼等を失う様なことになったら。


 そこまで考えて、セリアはそれを払い退ける様に首を振った。

 悪い予想ばかりしてはダメだ。彼等の実力も、強さも、良く知っているではないか。それよりも、もしここで自分が飛び出していって、彼等に要らぬ心労を掛けることはしたくない。


 待て、と言われたのだ。必死に食い下がっても、彼等はそれを良しとはしなかった。あんなに不安げな表情で止められたのだから、ここで自分が我を通してどうする。それに、彼等は決して間違ったことは言わないし、他人に何かを強制することを好む人達でもない。その彼等が、あんなに頑なに出るなと言ったのだ。



 今にも飛び出したい気持ちを押し殺して、セリアは懸命に足を扉の前で止めた。深く息を吸ってみれば、幾分か冷静になれた気がする。



 今はダメだ、とセリアは己を制した。

 がその時、扉を隔てた反対側の廊下から僅かに聞こえたのは焦る様に、けれど何処か忍ぶ様に急ぐ靴音と、それと同じく通り過ぎた気配。

 それはすぐに消えたが、セリアの理性を瞬間的に揺るがすには十分過ぎた。急いでドアノブに手を掛けグッと力を込める。



   ーー すると、いとも容易く廊下への道は開かれた。



 部屋を飛び出したセリアは、迷わず足音の向かった方へ走る。


「たしか、こっちへ来た筈」


 音を頼りに廊下を進み曲がり角へ来た所で、突然背後から羽交い締めにされ同時に口を塞がれた。

「っ!!」

 あまりの一瞬の出来事に対処が間に合わず、セリアは息を詰める。が次の瞬間、鼻腔を刺激したのは甘い香り。

 しまった、と思った時には既に遅い。グラリと視界が揺れ、身体からは力が抜けて行く。


「相も変わらず、無防備過ぎますよ。セリアさん」

「せ……んせ‥……」


 耳に届いた懐かしい声を最後に、セリアの視界は再び暗転した。







「これだけ必死で探してるってのに」

「まだ見つからないとなると、既に外へ?」

「拙いなそりゃ。国王軍も、議員達の警護で手一杯だし」


 屋敷と直接繋がっている議事堂も確認する必要がある。けれど屋敷の方もまだ安全とは言えない。とにかく、ここは広過ぎるのだ。


 集まった国王軍や警察は、他議員やコーディアスの徒党の監視と警護に追われている。そもそも、ヨークが易々と自分の動き難い状況を作らせたとは考え難い。


「こうなることは容易に想像出来た筈だ。外部への抜け道の一つや二つ、事前に用意してあっても可笑しくはない」

「けど、なんや目的があってわざわざ来たんや。コーディアスを殺すだけなら、指名手配の本人が出て来る必要無い。つまり、まだなんかあるっちゅうことやな。考えられるとしたら、お嬢ちゃんの可能性もあるで」

「セリアだと?」

「なんやよう知らんけど、何度も執拗に狙われたんやろ。理由があってお嬢ちゃんを邪魔と思ってるんとちゃう?」


 嫌な予想ばかりが膨らみ、眉間に皺が寄る。ルイシスの指摘は尤もであった。理由は解らずとも、ヨークはセリアを障害と認識している筈だ。


 候補生達の胸に過るのは、今頃まだ眠っているのだろう少女の姿。


「そろそろ、お目覚めになる頃かと……」

「だが、外には出れまい」


 彼女の部屋には外側から鍵がかけてある。


 それに、ここまでして自分達が彼女を遠ざけようとしていると解れば、流石のセリアも今回ばかりは思いとどまるだろう。彼女も、分別のつかない子供ではない。なにか彼女を掻き乱す強烈な要因がないかぎり、部屋で大人しく待っていてくれる。


 とにかく、今は一刻も早く問題を解決する方が先だ。広過ぎるこの屋敷を探すのは、自分達だけでは手が足りない程なのに。

 不安は残るものの、そう考え候補生達は一旦セリアから意識を離した。








 ズキッという頭痛と同時にセリアはゆっくりと瞼を上げた。薄く開いた目に映るのは、初めて見る天井。身体に残る気怠さから中々意識が覚醒しないが、懸命に頭を働かせて何が起こったのかを思い出す。


「ここは……」


 痛む頭を抑えようと手を動かす、がそれは何かに阻まれた。サッと確認すれば、手は後ろで一括りに纏められている。


 ーー な、なぜっ!?

 何が起こっているのか理解が追い付かず、身体から血の気が引く。そこで漸く思い出した。気を失う直前に聞いたあの声は。


「ヨーク先生!」


 勢いで身体を起こし足を伸ばす。が、自分が寝かされていたのは寝台だったようで、そのシーツが足首に絡まりバランスを崩してしまった。


 手を突いて支えようとするも縄で縛られている為にそれが叶わず、寝台から身体が落下していく。グッと衝撃に備え目を瞑るが、床に直撃する寸前で誰かに抱きとめられた。


「だめだよセリア。あんまり暴れちゃ」


 ……………… えっ!?


 その声が耳に届くと同時、セリアは思考が停止した。身体中が緊張で強張り、産毛という産毛が逆立つ。ギシリと音がしそうな程ゆっくりと首を動かし、その先に居る声の主を瞳にしっかりと映した。


「ル、……ネ?」

「おはよう。僕の眠り姫」


 そこには普段と寸分違わぬ、天使の様に優し気な微笑み。


「ここ、どこ?もしかして、ルネも連れて来られて……」


 そこまで言ってみたが、自分と違い拘束など一切されていない彼の腕が視界に入ってしまった。けれどそれでは説明がつかない。彼は自分の様に捕らえられてここに居るのではないのか。だとしたら、


「……どうして、ここに居るの?」

「…………」


 震える声で必死に絞り出した質問に、ルネはただ笑顔を向けるだけ。それがまるで答えの様な気がして、目の前が暗くなっていく。


 頭が完全に考えることを放棄する直前、少し離れた位置にある扉がゆっくりと開いた。


「ああ、目が覚めた様ですね」

「っ!?」

「お久しぶりです。セリアさん」


 静かに姿を表したヨーク・バルディに、途端に背筋を悪寒が駆ける。表情は穏やかなのに、今はそれが何処か恐ろしい。

 けれど、ヨークの登場よりも先に考えるべき点があるではないか。


「………なんで?」

「さて。それは何に対しての疑問ですか?」

「…………」


 ヨークの言葉に、セリアは咄嗟に返せなかった。自分は何を聞きたいのだ。何故、と何に対して質問している。グルグルと思考が空回るばかりで、何が何だか解らず、頭がうまく回らない。この状況を理解せねばならないのに、一体何がどうなっているのか。


「ヨークさん。邪魔はしないって言ってませんでした?」

「私はこれでもう去りますよ。それより、貴方に確認です。彼女を連れて来るにしても、あの場所には戻るように」



 放心するセリアを残して、ヨークとルネの間で会話が成立している。しかし、それは本来あるべきではない光景の筈だ。

 一人は反逆者として国から追われる身であり、もう一人は将来国を支えるべく期待される者。その彼等が、どうしてまるで敵同士とは真逆の間柄であるかの様に向かい合って会話をしているのだ。


「それではセリアさん。私はこれで」

「あっ!ま、待って!」


 咄嗟に消え行くその背を追うが、すぐに後ろから肩を掴まれた。そこでまた、それまで必死に追いやっていた事実を突き付けられ、ギクリと動きが止まる。


「だから、暴れたちゃダメって言ったでしょ。セリア」

「あっ!」


 後ろからグッと引かれ、寝台の上にバランスを崩したまま放られる。すぐにもう一度身体を起こして見上げれば、相変わらずの優し気な笑み。普段ならばホッとする筈なのに、今は恐怖にも似た不安感しか感じない。


「……い、いつからなの?」


 『何故』と現状を理解していないような質問から、『いつから』とルネとヨークとの結託を確信しての言葉。それにルネもピクリと眉を動かした。




 何時から、って聞かれても、ずっと、って答えるしかないのかな。言いたいことは解るけど、事実なんだから。そんな信じられないって眼で見ないでよ。

 聞きたいことは色々あるんだろうけど。ヨークさんのこととか、王弟殿下のこととか。


 でも、今はまだ教えてあげないよ。セリア。


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