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20/23

20大先輩からのお叱り

 【魔力矢】を七本展開。指で操って、真正面から襲い掛かってくるシアンアリゲーターに横手から突き刺す。

 硬い鱗の半ばまで食い込んだそれで動きが止まったと同時に最後のスペルを紡ぐ。


「――切り裂け」


 まるでチェーンソーのように回転する楕円の風が、その太い首を切断する。

 即座にまた【魔力矢】を展開し直して、今度は風を纏わせる。

 斜め後ろに飛びずさって、きちんと次のターゲットを視認する。高く弓なりに矢を上げて、四本まとめてもう一体のシアンアリゲーターの頭上へ。

 爆音を立てて頭を失った個体が、数瞬の後崩れて消えていって。


「…………」


 気配を探ってそれ以上魔物が湧かないことを確認してから、体の力を抜く。

 残っていたのは大きな肉塊、言ってしまえばワニ肉だ。


「これ、おいしいの?」

「味はバード系に近えな。まぁ悪くねえ」


 指導者付き冒険者生活五日目。

 初迷宮である闇鬼の迷宮では、結局依頼品を入手するまで三日かかった。

 せっかく見つけた亜種がハゲばかりで当然髪の毛がドロップしなかったのは、まぁ予想していた。

 やっと髪の毛のある亜種を見つけて狩ったらドロップしたのはゴブリンの奥歯。希少ドロップらしいけど、そんなのどうでもいいから髪の毛寄越せと思ったのは私だけじゃないだろう。

 亜種を捜しに駆けずり回って何とかゴブリンの毛髪がドロップした時は、もうしばらくゴブリンは見たくないと思う程だった。

 ラーシュから“しばらくこの迷宮の依頼は受けねえ”と言われた時に、力強く頷いてしまったのは当然だと思う。


 現在地はDランク飽食の迷宮。ファルクで唯一食材のみがドロップする迷宮だ。

 毒抜きしないと食べられないドロップも出るけど、一応は食材オンリーとのこと。


 今回の依頼は《エアリマークルゥの調達》という、空飛ぶサバにしか見えない魔物のドロップ品の納品。一応Dランク向けの依頼だけど、ラーシュは気にせず私に受けさせた。

 ここにはエドセドの双子の好物であるマスクバードとママルバードも出るらしい。

 おいしいおいしいと言うから少し期待していたのに、さっきから遭遇するのは何故か爬虫類か両生類系の魔物がほとんどだ。


「まだ【魔力矢】減らせるだろ。最初のは足止めなら二本でも充分だった」

「う……これ以上減らすといざと言う時の備えが」

「だったら最初に展開したの残しとけ。獲物の底読めてるくせに無駄に力使うのはやめろ」

「今のは初見の魔物なんだけどなぁ」

「そんくらいわかるようになっただろ」


 視ればはっきりわかるし、何となく感覚でも“これくらいの力で狩れるだろう”ということもわかってきた。

 それでも初見で大きめな魔物を見ると、念には念を入れてしまう。もしかして、もう癖になってしまっているんだろうか。


「……わかってんだろうが、ソロでやるっつうのは当然、警戒索敵発見から回避防御攻撃まで、全部自分ひとりでこなす。俺がついてる間に格上とも戦わせてやるから、その間に力の浪費癖直せ」


 何気なく言われた言葉に、少し返答を躊躇った。

 期間限定。そう、彼とこうして冒険するのは限られた時間だけだ。

 それが終われば私はまたソロに戻る。予定通り、指導期間が終わったらパーティーの募集に参加するかもしれないけど、最初からうまくいくことはないだろう。


 それがつらい、と思ってしまうのは私が淋しい人間だからだろうか。

 彼を困らせるつもりはないから言わないし表に出すつもりはないけど、少しだけ気分が沈む。


「何とか頑張ってみる」


 それだけ返して、ドロップ品を拾いに行く。

 背中で感じる視線は何かを言いたげだけど、彼は結局いつものように無言を通した。


 悲観するのが早過ぎるだろう。どれだけぼっちがつらかったんだ。

 まだ時間はある。たくさん依頼を受けて、冒険者として問題なく馴染めるように指導してもらえる。

 そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと息を吸い込む。


「今日はこの階層で戻るぞ」

「え、まだ時間早くない?」

「ペースが早えんだよ。まだ迷宮二つめだろ」


 飽食の迷宮は全五十階層で、今はちょうど十階層目だ。

 今回は私のペースでやるようにと、前にも増して指示を出されていない。

 結構張り切って進んでしまった気がする。小休憩を一度入れたくらいで、後はずっと動いていた。


 体力も優秀に分類されるステータスになっているだけあって特につらくはないけど……よくよく考えれば、初見の迷宮にしては異常なペースだ。

 一階層ごとがそこまで広くないとはいえ、突っ込み過ぎかもしれない。いや、絶対行き過ぎだ。

 ある種の興奮状態だったんだろうか、一度認識して止まると魔力と体力が消耗しているのを感じる。


 ひとつ上の階層で何とか依頼品も手に入ったし、一応今日の目標は達成した。

 迷宮の入口までの転移陣は先程この階層で見つけたから、帰ろうと思えばすぐに帰れる。

 ただ、癖を直せと言われたから、てっきりもう少し戦闘の訓練をするものだと思っていた。疲れてはいるものの、まだやれる。


「わかった。でも、あと一回だけ戦ってみてもいい?」

「……まぁ、いいが」


 いいと言っておきながらどことなく不機嫌そうな彼。

 言う事を聞かないから、と言う訳じゃなさそうなことはわかるけど、その裏までは読ませてくれない。


 とりあえず転移陣に着くまでに何かしらの敵に遭うだろう。

 そう思いながら警戒を続けつつ飽食の迷宮の地図にざっと目を通して、頭の中で順路を組み立てる。

 転移陣まではそこまで距離はない。できれば遭遇するのは気持ち悪くないフォルムの敵だと嬉しい。


 つるりとした石造りの通路を進む。

 この迷宮はわりとトラップが多くて、食にちなんだ変な仕掛けのものも結構ある。

 目に入ると死ぬ程痛い唐辛子系の霧が噴射されたり、落とし穴の終点に煮え立つ油が入った巨大な鍋が仕込んであったり。

 これでも気を配っているつもりなのに、ラーシュが呆れる程運悪くトラップを発動させてしまうということは、【奇運】さんが絶好調ということだろう。

 純血のままの身体能力だったら間違いなく死んでいる。その前に迷宮自体潜れなかった気がする。


 さっそく嫌な予感がしたから後ろに跳んで下がると、色んな形の包丁が降ってきた。

 冒険者のことを食材と思っているんだろうか、この迷宮は。


 包丁がひとしきり降ったのを見て少し力を抜いた私の腰を、ラーシュがいきなり引っ掴んで引き寄せる。

 思わずお腹に力を入れてしまったけど、不思議なことに苦しくはなかった。

 それに何か思う前に、今度は横手から巨大な銀色のものが振り下ろされ――


 ぎゃりん、と音を立てて石床を削った。


「……気ぃ抜くなっつってんだろ」


 耳元で、低くとがめる彼の声。

 私のいた場所を寸断するかのように、振り下ろされた巨大な中華包丁のような刃物が、ホログラムのように崩れて消えていく。


 油断大敵、という言葉が頭を過ぎる。

 二段仕込みのトラップなんて、初歩的過ぎる。少し考えればわかるだろう。


「ご、ごめん……いや、ありがとう」

「ああ」


 危険が去って、という訳じゃなくて。あまりにも甘い自分の判断に冷や汗が流れる。

 こめかみを通っていく一筋のそれをラーシュが指でぐい、とぬぐう。

 そこで物凄く距離が近いことを今更認識したけど、自分ひとりだったら死ぬか大怪我になっていたことの方が思ったよりも衝撃だったらしい。呆然としたままの私をゆっくりと解放して、彼がじっと私を見下ろした。


「お前のステータスが全体的に高えのはわかる。で、頭も悪かねえし視野も広い。そのわりに経験が殆どねえから、こうやって簡単にミスを犯す」

「……おっしゃる通りです」

「前の迷宮で言ってから警戒は一応できてた。なのに今気ぃ抜いたのは、ただ単に疲れて集中力が切れてるからだ。戻るぞ」


 きちんと言葉にして諭してくれたラーシュに一も二もなく頷く。

 彼の言うことはもっともだ。

 再構成された体で、この世界で、まだ一ヶ月程しか生きていない私。当然、元の世界と合わせても探索や戦闘、ひいては冒険をするということ自体の経験が全くない。

 限界もわからず、ただステータスに物を言わせて歩き、指導された点を守って周りを観察することでどうにか補っている。そんな状態だ。


「ラーシュ、ごめんなさい」


 おそらく彼は一度限界をわからせようとしたんだろう。初期のうちにそうして、学ばせようとしていた。

 思ったよりも進み過ぎて今日の探索を切り上げようとしたくらい、私は自分のことがわかっていない。

 ゴブリン系しか沸かない闇鬼の迷宮とは違って、この迷宮はどれも初見の魔物ばかりだったし、トラップも多かった。それを認識していたからこそ、気を引き締めないとと思っていた。

 それが途切れた結果、こうなったと……


 情けない。

 彼の言うことを聞かなかったあげく、トラップにあっさりと引っかかってしまうなんて。


「同じことしなけりゃいい」

「気を付ける、でも……熱中していると疲れを感じないみたい。個人習練場で魔力切れの感覚味わっておいた方がいいかな」

「そういうのは本気で自分の魔力の多寡がわからねえ奴がやるモンだ。お前は余裕があればわかるだろ」

「魔力、って難しいよね」


 ぽそりとつぶやいた言葉に、彼が怪訝そうな顔をした。

 曖昧な笑みでそれを気にしないでほしいと無言でお願いすれば、溜め息ひとつで了承される。


 彼に私の事情を話すとしても、全てを話せたりはしないだろう。私という存在は、奇異過ぎる。

 大前提として、彼との関係がこのまま終了しなければ、ということなので現時点で考える事でもない。こんなことまで思考を飛躍させて私はどうするつもりなんだろうか。


 呆れながらも前を歩き始めたラーシュの背中を追って、再び転移陣に向かう。

 まるで目に見える障害物をよける様に、たまに少し蛇行して歩く彼は当然のように迷宮の歩き方を身に着けている。


 そのままいくつかの角を曲がって、現れた魔物を彼が剣を抜くこともなくただの蹴りで倒していく。ただの、といっても凄まじい威力のそれは魔物の腹に風穴を空けてしまっているけど。

 あまりの光景に遠い目をしたくなったけど、元々ラーシュは超級の実力者だ。中位と下位ばかりの魔物しかいない中で真剣に戦うこともないんだろう。

 ドロップ品は拾わなくていいと言われて【看破】してみれば、中々にきつい毒が含まれた魔物の内臓だった。きちんと処理をすればおいしいらしい。

 二、三の小さな群れを文字通り蹴散らして、紋様を描いて薄らと発光する転移陣に辿り着く。


「明日はここから始めるの? それともまた依頼探す?」

「いや、明日は外だ」

「森以外の? 遠出になるなら色々と……」

「違え。使いそうな店教えてやるから、都市の中」


 それは、半分休みのようなものじゃないんだろうか。

 思わず首を傾げた私に、ラーシュは少しだけ笑って。


「お前どうせロクにファルク回ってねえだろ。案内してやるよ」


 とても魅力的なお誘いをしてくれた。




× × ×




「では、今回の買取価格はこちらになります。内訳は聞かれますか?」

「お願いします」


 初回の買い取りカウンターで指輪を買い取ってくれた男性、ヨエルさんがいつものように確認をとるので頷く。

 そのままつらつらとよどみなく依頼外の魔石や魔物素材の品名個数価格を話してくれる。

 ヨエルさんはファルク周辺の迷宮でドロップするものは、よほど特殊じゃなければ全て覚えているらしい。

 仕事も丁寧だし早いし、聞けば説明もきちんとしてくれる。余程混んでいなければいつもヨエルさんの窓口に並ぶから、マリタさん程じゃないけどわりと打ち解けてきて顔も覚えられたと思う。

 ……まぁ、顔は最初から覚えられていたと思うけど。


「――以上です。Eランクの冒険者が一日でここまで稼ぐのも滅多にありませんよ。お疲れ様です」

「いえ、指導者がいいので彼のおかげです」


 依頼書のない壁際に凭れて目を閉じている彼をちらりと見てそう言うと、ヨエルさんは何度か頷いてそれでも私の狩り方が綺麗で状態もいいと褒めてくれた。

 魔物は魔臓の代わりに魔石を持つ。だから生き物の形をとっていれば大抵の魔石は心臓の横だ。顔のパーツが素材や討伐部位となるもの以外は殆ど頭を潰しているので綺麗にドロップしてくれるんだろう。

 それでもラーシュには狙いをもっとばらけさせたり、適確に打ち分ける練習しろと言われているんだけど。


 小さな布袋に入れられた硬貨を出して数えて、すぐに袋に入れ直してストレージへ。

 何度やりとりをしても確認は必ずと言われているので、どれだけ細かろうがやることにしている。

 今日は潜った場所が中級迷宮で、コアなファンがいる爬虫類系の食材のドロップが数多くあったから結構な金額だ。


 この稼ぎは、本当だったら半分以上が指導者のものになる。

 ラーシュには最初の時点で稼ぎはいらないときっぱり言われてしまった。本当に依頼を受けたかっただけだし、報酬ももらっていると。

 確かに依頼料は払ったけど、彼を一ヶ月臨時収入なしで拘束するには全く足りない。元Sランクということ鑑みないでただの中級冒険者だと考えても、稼ぎがなければだいぶ渋い依頼だ。

 思わず“人が良過ぎる”と言ってしまったら物凄く嫌な顔をされた。代わりにいい色の魔石が出たら譲れと言われたけど、それで対価とするのは未だに納得しきれない。

 大体、渡した魔石はあの最初のゴブリンのやつだけだし……あれは色も悪かったし。


 ヨエルさんに挨拶をして彼の元に向かうと、軽く片眉を上げて疑問を呈された。

 どうやら少し顔に出ていたようだ。それとも、もしかしたら顔に出ていなくても彼がそういうものを感じ取るのが得意なのかもしれない。


「お待たせ。結構いい稼ぎになったんだけど」

「いらねえからな」

「私だって生活に困窮する程じゃないんだけどね」

「明日腕のいい魔技師の店に連れてってやるから、そこで使え」


 結局のところ、ラーシュは私にかなり甘いと思う。

 他の冒険者には遠巻きにされているからどうなのかわからないけど、少なくとも私に対しては甘い。

 気に入られているというのがわかるからこそ、どうしようもなくむず痒い。


 だいぶ高い位置にある彼の顔を見上げる。深い紅玉色の目がゆるりと細まった。

 一度も言われたことはないけど、何となく“今日もお疲れ”と言われている気がする。そんな柔らかさを感じる視線だ。

 彼が初対面の際に目を合わせると気分がいいと言っていたから、初日から毎日、解散の前には長く視線を合わせるようにしている。

 やや気恥ずかしさを感じるものの、彼が楽しそうにするから一ヶ月間は何とか続けようと思っている。


 簡素な別れの挨拶をして、ギルドの外に出る。

 朝露亭は冒険者が多いギルドの近くからは結構ズレている。ファルクでいくつかある大通りのひとつ、市場を通って更に西に少し行ったところにある。

 ラーシュが利用している宿はギルドを出て逆、中級冒険者が使う個室の宿らしい。未だに宿の従業員から秋波を送られているので、オーナーとの約束通り明日には宿を引き上げてくるとのこと。初日に食べた夕食も口に合ったようだ。

 あっさりと別れて、今日は早めに帰ることにする。

 明日はどんなところを案内してもらえるんだろうか。ラーシュもそこまで長くファルクにいる訳じゃないだろうけど、勘でいい店を見つけていそうだから楽しみだ。


 きっといい日になる、というかいい日にしたい。

 知り合い、いや友人……それも何だか違う、とにかく先輩とのお買いものなんて初めてだから。

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