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12働き者のギフト

 結論から言うと、怒られた。

 すごく心配されて、それ以上に逃げなかったことを怒られた。


「上位種二体を含んだゴブリン集団なんて初級の、しかも女性冒険者が相手をしていいものじゃありません! ハイネさん、あなたがランクにそぐわない実力があるのはわかりますが……もし不意をつかれて攫われたら、そのまま数十体のゴブリンに繁殖のため飼われるしかないのですよ」


 少し話があると告げたところで気を聞かせてくれたマリタさんがカウンターから離れて、奥にある小部屋に案内してくれて。

 事のあらましを説明し終えた途端、彼女は初めて聞くような鋭い声で私を叱った。


「すみません。逃げるとしたらファルクに向かって逃げるしかないし、運悪く別の初級冒険者を巻き込んでしまったらと思うと、その場で討伐するしかなくて」


 冒険者には積極的に魔物を狩る責任がある。まず生き抜くことが前提だけど、やれると思ったら逃げてはいけない。

 そうギルドの規則というか心意気の覚書のようなものに書いてあったし、斥候の指導官にも言われた。

 そもそも、不意をつかれてもネルがいる……というのは言えない。

 あまりの剣幕に思わず小さくなりつつも、間違ったことはしていないので言い訳してみる。


「それはっ、そうですが……」

「私も別に楽観的に見てそうした訳じゃありませんよ。でも、心配してくださってありがとうございます」


 まさか、こんな風に怒ってくれるとは思わなかった。

 もしかしたらゴブリンに捕獲されて繁殖へ、という末路に至った友人知人がいたのかもしれない。だから尚更なんだろう。

 見知らぬ誰かと重ねられている、と思うよりその気持ち自体が純粋に、申し訳なく思いつつも嬉しい。

 私自身を心配してくれる人、というのはとても新鮮だから。


「……そう言われてしまうと、もう何も言えません。不測の討伐でお疲れでしょうに、怒鳴ってしまって本当にごめんなさい。

 でも、ゴブリンやオークなどは実力のある冒険者から見たらはっきり言って雑魚ですが、あれらは人間の女性と交配できる魔物です。充分気を付けてください。今言ったことは冗談でもなく、初級冒険者にままある話なんです」


 溜め息交じりに言われた忠告に頷く。

 それで私事は終了だと言わんばかりに、マリタさんは軽く頭を振った。


「大変失礼いたしました……まず、報告ありがとうございます。虹降る森に複数のゴブリンとゴブリンアーチャー、そしてファイターが出現したとのこと、私の方から上に上げておきます。一時間以内にギルドから調査員を派遣しますので、申し訳ないのですがハイネさんにはその現場に同行していただきます」

「わかりました」

「それと、上位種の死体も調査のためギルドで買い取らせていただきます。討伐部位などはハイネさんがお持ちいただいて結構ですが、今回の件が片付くまでは売却をお控ください」

「大丈夫です、変に目立ちたくないので」


 ソロのFランク、いやゴブリンの討伐をしたから報告すればEランクか。どちらにしろ初級冒険者が上位種を狩ったとなれば目立つだろう。

 しかも未だに貴族令嬢の疑惑が消えない女だ。戦闘スタイルも読めない女海賊ルックで、武器らしい武器はナイフだけ。

 習練場で私を見かけたことがある人でも私のことはよくわからないだろう。何せ本人ですら、どんな冒険者になるつもりなのかわかっていない。

 全体的に、怪しい事この上ない。訳がわからないくらいちぐはぐだ。


「マリタさん。今回の件、私が討伐したということだけ伏せられませんか?」

「別の者が討伐したと言う事にしたいということでしょうか。調査はギルド職員が行うので、それ以外でしたら公表することでもないので伏せておけますが……」

「充分です。さすがに無傷であの状態の死体を作ったと伝わるとよくないので」

「……ハイネさん、まず上位種の死体の確認をしたいのですが」


 何となく半眼になっているマリタさんに曖昧な笑みを返しつつ、小部屋を出る。

 そのまま職員のひとりに言伝をして、裏口のようなところから外に出て冒険者が立ち入らない解体場へ。

 そこにいた壮年の男性職員にマリタさんが声をかけて、大きな台の上に上位種を出す。


「真っ二つですなぁ」

「真っ二つ、ですね」

「……はい」


 ああ、視線が痛い。

 やはりこの死体の状況は初級冒険者の枠じゃないんだろう。

 ツッコまないでほしいというオーラを出して明後日の方向をむいておくと、マリタさんはまた大きく溜め息をついた。


「逃げろなどと、あなたの力量を無視してひとりよがりなことを言ってしまったかもしれません」

「いえ、忠告をもらえるのは嬉しい事ですから」

「そう言っていただけるならまだ救われます……すみませんが、この個体について調べてください。虹降る森に出現したそうです」

「なんと! 久々ですな、あそこに上位種が出るのは」

「前例がない訳じゃないんですね」

「虹と影踏みは名前は違えど川を隔てただけですからな。数年に一度はあるんですよ。そういうのはさっさと狩らんと巣を作ってしまうのでなぁ」


 異常事態という訳じゃないらしい。安心した。

 それでも私の狩り方は異常な訳で。

 ギルドの調査員が必要以上のことを聞いてこない人だといいな、と思った。




× × ×




 またしても結論から言うと、私の願いは叶った。

 どうやら【奇運】さんはそこまで変な空気の読み方はしなかったらしい。そんなに働かなくていいから数ヶ月休んでいてくれと言いたくなる。

 私が同行することになったのは、冒険者登録時に私を“面倒事ですね、どうぞ”と視線で呼び寄せていたホワイトエルフの男性職員だった。

 調書の作成より先に調査を、ということで彼が出てきた時には“やはり面倒事ですね、わかります”と目が語っていた。

 そんな、正統派エルフと言ってもいい線の細いプライド高そうな美形にフレンドリーに話しかけられる程、私自身の空気の読み方が壊滅している訳じゃない。なので、とりあえずスルーしておいた。


 ホワイトエルフさんと一緒にかなり奥地の森の外れの方まで行って。再度状況把握を淡々とこなし、現場検証を淡々と行い、少しだけ待つように言われて森に置き去りにされ。


「他に上位種がいても大丈夫って思われたんだろうけど……」


 実に見事な放置っぷりだ。

 おそらく川の方を見に行ったんだろう。身のこなしが完全に上級冒険者レベルだったし、エルフというと王道的なレンジャー系の冒険者だったんだろうか。

 ……いや、持っていた武器はウィップだったな。どんな方面の戦闘スタイルだ。


 つらつらと考え事をしながらも、警戒網はそれなりの範囲で広げておく。

 そうすると、何かの気配が引っかかった。

 まだ気配に慣れていない私はそれがどんな個体なのかがわからない。ただ敵意はなさそうだとうっすらわかるだけ。

 【看破】を発動させつつ、じっとその方向に視線を動かして確認すると。



《イリス/人間/魔法士▽

 スルディラの英雄にして元Sランク冒険者。現在はファルクを本拠地にしているDランク冒険者。》



 あ、私この人知ってる主に噂で。


 思わず【奇運】を呪うのはもう今更なんだろうか。

 頭の中に入ってきた概要があまりにもアレなので思わず遠い目をしてしまいそうになるけど、きちんと見えたその姿に今度は口が開いてしまう。


 美しい。

 その一言が全ての印象を追い抜かして先行する。

 細くしなる眉、少し垂れ気味の目、高過ぎない鼻梁、自然な弧を描く唇、尖り過ぎでもふくよか過ぎでもない顎のライン。

 嫌みなく狂いなく配置された顔のパーツは、どんな造形師でも作れないんじゃないかと思うくらい完全なシンメトリー。顔の皮一枚の問題じゃなく、もう骨格からして黄金比で形成されているような貌だ。

 思わず寒気を覚える程の美貌を人間にしているのは、ひと筋だけ伸ばして飾りをつけた艶やかな黒の短髪と、柔らかい橙色と薄い金色のヘテロクロミアだ。

 アシンメトリーな部分があって初めて彼を生き物だと認識できる。それくらい、美しい人だ。


 濃灰色のローブをまとったその佳人が、私を見とめて笑みを作る。

 これでも美しい容姿をした人はそれなりに見慣れてきたと思っていたけど、格というか次元が違う。ある意味視覚の暴力だ。

 それにしても、何と言うか……


「初対面の人間を鬱陶しい視線で舐め回して失礼だとは思わないんですか? 僕の顔について何か言いたいことでも?」


 二十代前半か半ばあたり。そんな外見年齢の割に少し高いトーンの、甘やかな声が出会いがしらに棘を突き刺した。

 あまりの衝撃に、思わず私は頭の中で考えることを放棄してそのまま言葉を垂れ流してしまった。


「はい。生きにくそうな顔だな、と」


 これだけの美貌。美貌なんて言葉で片付けていいのか首を傾げたくなる程でも、それ以外に表現の仕様がない、凄まじいまでの美しさ。

 ここまでくれば得することより損することの方がずっと多いだろう。日常生活を普通に送れていたのかも怪しい所だ。


 人はあまりにも自分とかけ離れたものを排斥する習性がある。家庭環境に余程恵まれていなければ、相当苦労しただろう。別に憐れむつもりはこれっぽっちもないけど、普通に大変だなとは思う。


 と、そこまで考えたけど一言以外は口に出さないように努めた。

 ただ、その一言だけでも佳人にとってはかなり驚くことだったらしい。

 ヘテロクロミアの目を僅かに見張ってから、口の片端を持ち上げる。その様すら何というか、芸術品の様相を呈している。


「そんなこと、初めて言われました。確かにとっても生きにくいですよ、強くなれなかったら今頃男娼でもしてたんじゃないでしょうか」

「あなたがそんな職についたら連日刃物沙汰になりそうですね……ああ、今更ですけど不躾な視線を送ってすみませんでした。少し警戒中だったので」

「警戒? 必要ありますか? 君、そこそこやれるでしょう」


 会話をしていると普通の、人間と言う生き物だという意味で普通の人に思えてくる。

 黙られるとあまりの美貌に目が潰されそうなので助かった。ただ変な方向に話がいっている気がする。


「やれませんよ。あなたに比べたら全く」

「そうでしょうね。僕より強い冒険者なんて滅多にいませんから」


 驕りでも何でもなくただの事実を言っている。そんな声色だった。

 そこで【看破】の概要を思い出す。滅多にいないだろう、Sランクと同等なんて。


 ……ということは、この人はあれか、セドが言っていた“同じSランクでバディ組んでた魔法士”という。

 あの砂色の髪の彼の相棒……何とも癖が強いバディだ。

 本当だったら関わることもないような人なのに、こんな森の片隅で遭遇するなんてやはり【奇運】効果だろうか。


「あの、私は……」

「ああ別に言わなくていいです。君の目はとても綺麗で欲しいですけど、世間話に付き合いたい訳ではないので。それに僕は今依頼中ですしね。忙しいんです」


 ん?何か今変な単語が…………あ。

 《フロートアイの眼球の入手》、あの依頼人は確か。


 そこまで考えて思考を思い切り放り投げる。深く読み込んではいけない。いけないったらいけない。


「調査が終了しましたのでギルドに帰還します。お待たせしました」


 私が一方的に気まずくなっている空気をばっさりと切って、ホワイトエルフさんが戻ってくる。

 この佳人が目に入っていない訳がないのに、総スルーだ。このひとも強い。


 さっさと踵を返すホワイトエルフさんを視線で追って、足でも追おうとしたところでひとまず彼に軽く頭を下げる。

 お辞儀の文化がないのに未だについやってしまうけど、彼は特に気した風でもなくそれが挨拶なんだろうとわかったようだ。

 本当に興味がなさそうな一瞥をくれて、入れ替わる様に森の奥へと向かって行ってしまった。


「お知り合いですか」

「いえ、初対面ですが……」


 この人が雑談を振ってきたのははじめてだ。

 一瞬どもりそうになったのを喉の奥で抑えて冷静に返すと、ホワイトエルフさんは私の顔をじっと見た後溜め息をついた。


「彼は眼球愛好者です。あまり気に入られると目を抉られますので」

「え」


 だからそれ、知りたくなかったんだってば。


 気まぐれな親切心に精一杯の引きつった笑顔を返すしかない。

 もう本気でこれ以上深く考えない。この先あの佳人と交流する機会なんてきっとない。多分、いや、そう思いたい。


 ……ギルドに帰って解放されたら、すぐに飲みに行こう。うん。

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