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11自己流修行の成果



 お酒の味を確認しながら魔法を練習するという、何だか色々と間違っている方法を考えてからはや三週間。


 魔力量を一定にすれば、寸分違わず同じお酒になる。そう思いながら試行錯誤した結果、なんと魔力の流し方によって味自体も変わった。基本的にはワインだけど、薄く味気ないものが香り高く舌に広がるものになったり。

 嬉しいけど魔力の扱いが更に複雑化した。まぁ修行にはもってこいだけど。


 容量的には100mlくらいの小さなゴブレットだ。それに何度も魔力を流して、調整に調整を重ねて。

 何日も食事以外籠っているせいでオーナーとエヴァさんに心配されながらもある意味酒浸りになって。

 さすがにまずいと思ってまたギルドに通いながらも、午後はゴブレットを片手に修行をして。


 十日程前。ついに私は、自分好みのお酒を作ることに成功した。

 ……じゃなく、魔力をかなり繊細な域で操るレベルまで引き上げることができた。


 元々器用値が突き抜けていることもある。一度コツを掴んでしまえば、魔力を安定させられるのに時間はかからなかった。魔力量もあるからこそできた荒業とも言える。

 最初からこうやって修行すればよかった、と思いつつも今更だ。


 教本を読み込んで、魔法の使い方も色々学び。生活に便利そうな無魔法も必要な限り覚えて。

 ようやく受けた討伐依頼は、《ラビットの尻尾の入手》だ。


 風を使わず【魔力矢】を五本展開させて、意外に鋭い牙を剥いてこちらに突進してくるラビットに射出する。

 敏捷値も高いせいか、何とか軌道を追える速さで白い体毛を串刺しにした矢を視認して、修行を一旦終わらせることにする。ちょうど十体目だったし、上限はなくてもキリはいいだろう。

 修行とはいえ、かなり無残な死体になってしまったラビットに少し申し訳なさを感じながら、討伐部位である尻尾をナイフで狩り取る。

 ちなみに死体は外壁から離れた場所なら放置でいいらしい。魔物は普通の動物より土に還るのが格段に早いからと言う事みたいだけど、原理はよくわからない。とにかく迷宮のように瞬時ではないものの、消えるから大丈夫ということだ。

 ラビットには勿論魔石があるけど、野生の魔物から魔石を採るのは位階の高い魔物以外は手間の関係上やらないらしい。このまま放置になるので少し端の木の下に死体を寄せておく。


「ネル、食べてみる?」

「シュー……」


 どうやらネルは毒のある魔物以外はそんなに好かないらしい。

 おそらく多く魔力が含まれている強い魔物なら食べるだろうけど、第十位階であるラビットは魔力的にも嗜好品的にも食べない。

 嗜好品と言えば、ネルは何故か甘いものも好きだ。思い切り甘ったるいお酒を作ったら興味深そうにしていたからあげたら喜んでいた。謎だ、ケルベロスの尾。


 他の冒険者がいないことは私自身とネルで気配を探って確かめているけど、あまり外ではネルを出さない方がいいだろう。

 そう思ってはいるけど、この何とも言えないかわいい仕草で首を傾げられると、しまっておくのが可哀想になってくる。

 中級冒険者になったらある程度の冒険者として認められる。その時には私もかなり冒険者として馴染んでいるだろうし、それなりに力もついてきているだろう。中級のDランクは一番冒険者が多い層だけど、Cランクは頭ひとつ抜けた優良冒険者の証。それまでの我慢だ。Cランクになったら街中以外ではネルを出す、絶対。


「Eランクもあと少しだし、そこまで時間はかからない……といいなぁ」


 冒険者登録から一ヶ月半。

 採取依頼にも慣れた。【魔力矢】と魔法の扱いについても修行の通りだ。

 習練場で元斥候の指導官に指導をしてもらって、魔力量と器用値に次いで高い敏捷を生かした立ち回り気配の消し方探り方、ナイフの取り回しについても少しは身についてきた。


 籠っていた時期と自分で決めた休日以外はほぼ毎日依頼を受けていたから、今回の《ラビットの尻尾の入手》を入れて、あと二回依頼を達成すればEランクだ。

 連続で達成できれば、という前提はあるけど、基本的に初級冒険者にはランクアップに依頼の条件などがない。

 極論を言ってしまえば、無理をせずに常時の採取依頼を受け続ければEランクまではいける。非常に簡単なシステムだ。

 Dランクの試験がどんなものかわからないけど、エドとセドの話ではいくつかパターンがあって試験官の気分で決まるらしい。油断せずに適度な緊張を持って望めば受かるだろうと指導官には言われている。


 うまくいっている。ランクアップのペースも早いと褒められた。おそらく非常識じゃない程度のペースなんだろう。

 でも、ひとつだけ。とても大きな問題がある。


「……結局、見つからなかったな」


 半月前、私がお願いした仲介の期限が切れた。

 会話を重ねて休憩時間に食事にも行ったりした結果、だいぶ打ち解けてくれたマリタさんは誰も紹介できなかったことを詫びていた。

 勿論マリタさんは悪くない。私がつけた条件が針の穴過ぎただけだ。それに、あの弓術の指導官が言っていたように面倒事のにおいがする私に関わりたくないと思う人も多い。


 ひとまず継続をお願いしたけど、お金がかさむだけだから諦めた方がいいと言われた。

 実際、何となくうまくいっているから別にいらないんじゃないか、そう思う自分も確かにいる。

 ただ、問題がないように見えるのは色んなことを知らないまま、どうにか観察して合せたり黙って流したりしているからだ。いつか襤褸が出るんじゃないかと、心のどこかでいつも思っている。

 今更だ、と思うには私はまだまだ戦闘スタイルすら安定しない未熟な冒険者だ。

 知りたいことも知らなければいけないことも多い。未だに冒険者に馴染めていないのは、常識知らずで物慣れない面が見えるせいもあるだろう。

 だから私には、指導者が必要だ。少しだけ道を照らしてくれる、物知りな先輩冒険者が。


 ……なんて、理由をつけてはみているものの。

 一番の理由なんてわかりきっている。私はただ、淋しいんだ。


 私自身に関わってくれる人が何人できても、私と一緒にこの世界を歩いてくれる訳じゃない。

 勿論指導者だってお金の関係だ。それでも期間限定ながら私の傍にいてくれる存在になってくれる。そう思っているからこだわってしまう。


 この世界で、私を人形にする人はいない。生きるための息ができる世界だからこそ、私は誰かと関わりを持ちたくて仕方がない。

 自分の事で手一杯で面倒事は嫌なのに、必要のある時だけ誰かにいてほしいなんてずるくて汚い感情だと思う。

 それでも、淋しいという感情を知ってしまった私は、気持ちを隠して誰ともつかず離れず生きることはできない。


 こんな時こそ、【奇運】がいい方に傾けばいいのに。

 今すぐ私の目の前に私と冒険者生活をしてもいいと言う奇特なソロ冒険者が出てくればいい。

 実力容姿全く関係ないと言わんばかりにインパクトのある人でもいい。いっそそういう人がいい。


 所詮妄想だ。何を思ったとしても自由だろう。

 そう鼻で笑っていると、ネルが小さな声を上げる。

 ネルは私より気配察知の範囲が広い。オリジナルには格段に劣るだろうけど、それでも充分過ぎる程に。

 何か拾ったんだろう。気配を探りながら【魔力矢】を展開する。警戒網をぐっと広げて、動く気配の方向に【看破】をかけていくと。



《ゴブリン/魔鬼/―▽

 魔物の第十位階に属する人型の魔鬼。道具を使うことができる程度の知能は持つが、対話は不可能。群れの繁栄のために人間の女を攫う習性を持つ。》



 ああ、ゴブリンか。

 そんな風に一瞬だけ気を抜こうとして、思わず眉を顰めた。



《ゴブリンアーチャー/魔鬼/―▽

 魔物の第八位階に属する人型の魔鬼。ゴブリンの上位種であり、弓矢とある程度の戦術を持つ。》


《ゴブリンファイター/魔鬼/―▽

 魔物の第八位階に属する人型の魔鬼。ゴブリンの上位種であり、錆びた剣や斧等とある程度の戦術を持つ。》



 これは……アレか。

 【奇運】さん。私が望んだのは人間の冒険者であって、決して王道的な“初心者の狩場にいるはずのない上位種の発生”なんてイベントじゃないんです。最近小さな波しかないと思っていたけど、変な空気の読み方されても困ります。


 困るけど、見つけてしまったものは仕方がない。

 もし平均的な初級冒険者が出くわしてしまったら、男性は殺されるし女性は巣に連れて行かれるか最悪この場で犯されるだろう。

 おそらく私はそれを狩れるだけの力はある。それなのに見て見ぬ振りはできない。


 それに、四体のゴブリンと二体の上位種は立ち止まったままの私を発見してしまったようだ。

 ガサガサと音を立てて向かってくるゴブリンは、確実に私を獲物と認識している。


「先にアーチャー、かな」


 やれる。戦い方がおぼつかない頃でも、通常のゴブリン四体までなら同時に相手取って狩れた。今は過大評価も過小評価も必要ない。落ち着いてきちんと考えれば、私にはできる。

 そう自分に言い聞かせて、一度大きく息を吐き出す。

 魔法は視認するか余程強くイメージしないと発動しない。遮蔽物を使いながらの狩りより正面から迎え撃とう。


 まず【魔力矢】を三十本展開。頭上に半円を描くように配置する。

 普通のゴブリンより知能はあるということか、ここには弱い人間しか来ないと知っているように悠々と矢を番えたアーチャーへ視線を合わせて、口を開く。


「界巡なる風よ 烈しく渦巻け」


 念を入れて呪文(スペル)を増やしての詠唱。円盤のような平たい風が音を立てて顕現する。

 左手を前に出して、一瞬だけの溜め。


「――絶て!」


 自分で想像していたよりも大きな声で放った呪文(スペル)

 魔力を注ぎ過ぎたかとか思うより先に、アーチャーは胴から真っ二つになった。

 あまりの光景に少しだけ生まれてしまった間。それを取り戻すようにすぐさま次の標的に狙いを定める。

 思ったよりも接近していたゴブリンの喉目がけて矢を放つ。貫通したのを確認する前に更に二射、右腕と左膝に。

 崩れ落ちる同胞を気にすることなく、横手から飛びかかってきたゴブリンの腹に矢をまとめて突き立てる。少し遠い位置にいる個体には風を多く渦巻かせた矢を。

 爆発するような音。やはり威力が強過ぎた矢で破裂したゴブリンの(はらわた)が別のゴブリンの視界を遮る。だいぶグロテスクなその光景に顔を顰めつつ、私はまた呪文(スペル)を紡ぐ。


「界巡なる風よ 押し潰せ」


 風を吹き降ろす。残っていたゴブリンがまるで重力のような風圧で潰れる。

 残るはファイターだ。これまた悠々と部下らしきゴブリンが死ぬのを見ていたそいつが、まるで真打登場と言わんばかりに……


「は?」


 逃げた。

 自信満々な顔つきをしていると思ったら、ひどく怯えた顔で。


 訳がわからないながらも、みすみす上位種を森に放つつもりはない。

 また呪文(スペル)を唱えてアーチャーと同じく真っ二つ、今度は斜めに二分する形で断つ。

 残ったのは派手に散らかした魔物の死体が六体。それと、感覚的に置いてけぼりにされた私。


「どう思う、ネル……?」

「クァ」


 相棒兼ペットは“知らん”と言わんばかりにあくびだけを返して来きた。


 どうしようか、と考えつつとりあえず周囲に敵影がないことを確認してから、余力として残しておいた【魔力矢】を消す。

 討伐部位である片耳を回収して、上位種である二体は死体ごとストレージに収納する。気分的に私物と死体が一緒に入っているのは微妙だけど、手で持って行くわけにもいかないから仕方がない。

 一応、ギルドに報告しなくてはいけないだろう。

 Gランク冒険者が多くいるこの狩り場は、ゴブリンが現れること自体が稀だ。その上位種なんている訳がない。

 ゴブリン達の生息地はこの森のもっと奥地、虹降る森から大きな川を挟んだ先にある影踏みの森という名称の森だ。ゴブリンのような人型の魔物が渡るには川幅が広く、だからこそこの虹降る森には元からいる弱い魔物しかいない。

 ただの偶然ならいいけど、よくある“ゴブリンの巣が”ということだったら困る。注意喚起をしてもらわないと、私のようにファイターが逃げていく初級冒険者ばかりじゃない。


 面倒事にならなければいいけど……まぁ、大丈夫か。

 もし森の探索とゴブリン掃討という話になっても、私はそこに組み込まれることはないだろう。そういう役目をする力がある中級冒険者なんてたくさんいる。わざわざ初級に頼む意味はない。

 ただ、現場検証と言うか状況確認に付き合う必要は出てくるだろう。それにこの上位種の死体を見て何か思う人もいる気がする。

 たかが第八位階の魔物、なんて言ってはいけない。位階がひとつ上がるだけでも危険度は全く変わってくるし、ゴブリンに似ているというだけで油断して逆にやられる初級冒険者は数多く、集団で襲われると中級ひとりでも対処が難しいらしい。

 命からがらどうにか討伐できた、というには苦し過ぎる様相だ。しかも私は無傷。大きく知れたら少し面倒な展開になる気がする。いや、なるだろう。


「よし、マリタさんに相談しよう」


 こんな時ギルド職員と懇意にしていてよかった。

 打算より淋しさで彼女の窓口ばかり通っていたのは秘密にしておくことにして、私は森を抜けるために走り出した。

12/17 魔物の位階を修正

第十位階>……>第一位階から

第十位階<……<第一位階へ変更

数が小さければより上位となりました。

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