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10王道的な酒場

 ギルドの規模に相応しく大きな広間に設けられた、丸いテーブルに簡素な椅子の群れ。

 注文カウンターも同様に広く取られていて、不思議なことにファミレス形式じゃなくファストフード形式で注文を取るらしい。時間のかかる料理だけはサーブしてくるようだ。

 おそらく夜が更けるとあまりに混雑して席でオーダーを取る余裕がないことや、サーブのミスなどがあるからなんじゃないだろうか。

 いちいち追加注文をするのに席を立つのは面倒、そう思う人もいるだろう。そんな中で。


「あ゛~うめぇ! 姫さん、他ぁ何頼む? おれのおすすめはシーブラウンの丸焼き」

「バッカヤロ! 姫サンは丸焼きなんか食わねーんだよ。シーブラウンだったら蒸し焼きか香草焼きに決まってんだろ」

「じゃあ三つ頼んで食べ比べてもらえばいいんじゃねぇ?」


 世話を焼くのか金を食うのか。どっちとも言える展開。

 とにかくそんな流れになりつつも、赤青の二人組が注文したそうにしているから、席を立つ必要はなさそうだ。


 “酒に付き合え”と命令した私のことを完全に貴族と勘違いした二人。

 真っ先に冒険者だということを主張して誤解は解かせてもらったけど、全然解けた気がしない。呼称が“姫”だし色々違う。

 フレンドリーになっているのは少し酔いが醒めてもまだ酒が入っていることと、“酒を奢ってくれるのはいい人!”という幸せな思考からくるものだろう。

 ちなみに私は一杯は奢ると言ったけど、追加の酒と食べ物については何も言っていない。最初の注文をする時には全額払ってあげたけど、後は知らない。

 正直酒場初体験に踏み切れた記念に全て奢ってもいいけど、それで盛り上がったら関係ない人に絡まれそうな予感がするから、ひとまず自分からは言わないようにしようと思っている。


 その前に、テーブルにはまだ食べ物が残っている。エールと山盛りのマッシュポテトと同じく山盛りの香辛料の強いソーセージのようなもの。

 気を使って多く持ってくれたんだろうけど……きつい。文字通り山盛りだし。


 余談ながらコーサディルの食文化はそこそこ高い。

 調味料も日本特有のものは流通していないけど存在はしているらしいし、食材が採れる迷宮もあるらしい。なので普通に労働者が好みそうな濃い味のものも多いし、おいしい。


「私はとりあえずこの腸詰で充分だから。二人は何か食べたいものないの? 私注文してこようか」

「おれぇ? おれはマスクバードの揚げ物が好き」

「オレはママルバードの揚げ物のが好きだなー。今日メニューにねーけど。あ、いーよ姫サン、エドが注文してくっから。な、兄弟」

「おうよぉ。って騙されねぇぞおまえいっつもおれに注文させてんだろ!」


 赤い髪が双子の兄でエド。青い髪が弟でセド。

 共にDランク冒険者になって一年近く経つらしく、今日は迷宮帰りだそうだ。

 宝箱から迷宮品が出たから早めに切り上げて、ちょっとした祝杯を上げていたらしい。最初はパーティーメンバー全員で飲んでいたけど、二軒目で二人とも放置されたとのこと。

 よくあることだと笑っていたけど……おそらく、この双子はお酒の失敗が多いんだろう。


 渡りに船で連れ立って席についてしまったけど、二人はお酒を飲む相手としては正解の部類に入る。

 物理的にも精神的にも過度の接触をしてこないし、多少騒がしくても陽気な笑顔が嫌な気分にさせない。

 私が望んでいた交流が、ようやく持てそうだ。依頼のこととか迷宮のこととか、ギルド職員以外にも聞ける人がほしいし、単純に気軽に話せる相手がほしいというのもある。

 できれば素面でも大して性格が変わらないでいてほしい。そして酒が入ると次の日何も覚えていない性質じゃないといい。


 結局注文カウンターに向かって行ったエドをさらっと見送りつつ、エールを一口。

 食文化が発展していたとしても、氷魔法を使う冷蔵庫のような魔道具のは高級品の部類に入るらしく、普通の酒場にはないらしい。

 ビールとは味が違うし正直ぬるくて変な感じがするけど、これが一般的なお酒だと言うからには慣れるしかないだろう。幸い、味は結構いい。


「姫サンはやっぱ姫さんだなぁ」

「? 何で」

「食ってる動作、マナーっつーの? そういうのがオレらとは違う感じ。マジでどっかの姫だったりすんの?」

「しないしない。どこの世界に薬草採取して習練に出る姫がいるの」

「そーだよなぁ。エールは貴族様の飲みモンじゃねーし」

「ワインとか? いや、貴族ならブランデーかな」

「そーそー! きらきらしたガラスのコップで氷なんか入れちゃって、それコロコロして飲んでんだよきっと」


 適当なイメージでも難なく想像できる。実際にそういう人は元の世界でもいたし。


「セドもやってみたい? ふかふかのソファーで煙草を喫って、氷をコロコロしながら強いお酒を飲むの」

「うわー何か具体的」


 赤ら顔のセドがんーと唸りながらエールを煽る。

 あまりに自分とリンクしなかったんだろうか、何度も首を傾げて。


「オレはこのままでいーや。金持ちっぽい生活するよか、今のパーティーでいけるとこまで行ってみてーし」


 パーティー。冒険者の王道的な単語。

 私もいつかは組んでみたいけど、今のままじゃ到底無理な話だ。


 パーティーを組むのに必要なのは強さだけじゃない。人脈だ。

 混血のステータス底上げのおかげで、ネルを抜きにしても私は一般的な冒険者より能力が高い。

 それを充分に発揮できていない現状でも、指導官に助言が必要ないと言われるくらいには使える方らしい。

 普通ならどこかのパーティーからのお誘いがあってもいいレベルだとは言われた。つまりは私は普通じゃない雰囲気がするからお誘いがない。

 話しかけても警戒されているのがわかる。話しかけてくることはない。よって、私は未だにいわゆるぼっちというやつだ。

 まだ焦る時期じゃないと自分に言い聞かせているけど、だんだんつらくなってくる。


 だからこそ、何よりも必要なのは伝手だ。

 誰かと関係を持つことで私自身を知ってもらって、いい意味で興味を持ってもらう。

 自分から売り込みにいけないこの現状では、真面目にコツコツやりながらそれを待つしかない。


 今回エドとセドに絡まれたのは本当に幸運だったと思う。

 多少強引だったとしても、普通の冒険者と関係を持てたのはとても大きい。


「全員Dランクなんだっけ。昔からの知り合いなの?」

「いやー? オレとエドは最初っからバディ組んでっけど、後はDランクになってから。魔法士のネーサンと盾役のアネサンが元から組んでて、同時期にDランク試験受けたんだよ。そん時うまい具合に噛みあったからそのまま正式にパーティー組もうかってなったんだ」

「やっぱり縁ってやつなんだね。パーティーの上限まで仲間を増やしたりは?」

「今んとこいーかなって。できりゃ斥候がいるといーけどさ」


 盾役の姐さんと短斧を使うエドが前衛、槍を使うセドが中衛で、後衛は魔法士のお姉さんか。

 バランスはいい。王道で行ったら六人パーティーでヒーラーと斥候がいるといいけど、ヒーラーは上級魔法士か【祝福】持ちになるし滅多にいない。

 斥候か。色んな技術が必要だから普通の前衛職より人口が少ないとは聞いたけど……


 そこまで考えて、ふと思う。私は一体どの位置なんだろうかと。

 魔法士、なのは間違っていないけど私は基本的に【魔力矢】を展開して戦う。そうなると無理矢理括れば弓の位置かもしれない。ただソロだからこそかなり変則的な立ち回りをするようになってしまったから、後衛と言い切るには首を傾げられそうだ。

 ……しまった。冒険者になったはいいけど、立ち位置がわからないのにパーティーの話なんて論外だ。これは習練場案件だな、うん。


「おぉい! 何かすげぇ混んでたんだけどよぉ」

「おつかれー兄弟。シーブラウンまだあった?」

「エール寄越せエール……あったけどくっそ忙しいのに三つはやめろって怒られたわ。香草焼きでいいよな、姫さん」

「あ、ありがとう。何でもいいよ、おいしいんでしょ? シーブラウン」

「おぅよ! おれおすすめだって!」


 カラカラ笑ってエールを一気飲みするエドはセドより酔いが回っているらしい。

 いや、もしかしたら元からこういう性格なのかもしれない。双子だからって性格まで同じな訳がないし。


 追加で持って来てくれた何だかよくわからない果実酒をもらいながら、まだパーティーについて考えてしまう。

 習練場に入り浸っている日もあるけど、依頼は順調にこなしている。次の依頼達成でFランクだ。おそらく中級まではこのペースでいけるだろう。

 運よく指導者に巡り合えたと仮定して、指導期間が終わったら本気でパーティーの募集に参加してみようか。Dランクまでいけばきっと臨時パーティーに参加する資格くらいあるだろう。そのくらい時間が経てば、きっと私も今よりファルクに馴染んでいるはず。

 とにかく、伝手だな。双子のパーティーに、なんて空気の読めないことは言わないけど、これからも交流を持って横の繋がりを得たい。そこから変則的に動く魔法士もどきを入れてくれるパーティーを……


「で、どうなんだ姫さん?」

「ああ、ごめん何?」

「ほらーオマエの話つまんねーんだって。何遍も同じことばっか言ってっし」

「えっひどくね!? 姫さんまじで聞いてねぇの」


 悲壮な顔をしたエドには悪いけど、耳半分で聞いていた。

 一応頭の中で会話の端々を拾って再構築すると……ああ、恋バナの部類か。

 盾役のドワーフの女性が最近妙にかわいく女らしく見える。この間の休みに髪の結い紐がほしいと言っていた。だったか。

 ちなみにこの世界のドワーフは背はやや低いくらいで男性は筋骨隆々、女性は少女のように若い。つまりエドは見た目少女の中身男前な姐さんに惚れているらしい。


「いきなりプレゼントされても対応に困るかもしれないから、買い出しとかを目的にしてついでに結い紐も見てみればいいんじゃないかな。変にかっこつけずに普通に“前に言ってたよな”って切り出せばいいんだよ。エドにこっそり買ってさらっとプレゼントできるスマートな対応力とセンスがあれば別だけど」

「ちゃんと聞いてくれてありがと姫さん、そしておれにはそんなセンスはねぇ! つぅか買うなんて言ってねぇし!」

「いやー買う気満々じゃねーの? オレもうその相談飽きたわ。もう十日以上前の事なのに」

「じゃあもう買ってるかもね。お疲れ様」

「終わりにしないで姫さぁん!」


 爽やかな風味の果実酒を飲み干してしまったから、次は何を飲もうか。

 そう考えたところで、ストレージの中にある魔道具のことを思い出す。

 私が酒好きだと言ったからくれたのか、酒泉の杯という何の変哲もない金属のゴブレット。魔力を注ぐことでお酒が一杯分出てくる。部屋で寝酒を飲む時にちょうどいいというか、酒好きにはたまらない魔道具だ。

 ああそうだ、どうせだったらあの杯を使って魔力を扱う練習をしよう。魔力量で酒精が変わるからわかりやすいし、部屋の中でもできる。お酒は別の容器に移せるんだろうか。


 もう帰った後のひとり二次会のことまで考えてしまっている中、ふと視線を感じた。

 一瞬だけで散ったそれに首を傾げつつ、何となしに周囲を見渡すと。


「……ああ」


 彼だ。あの、砂色の髪をした人。一日で二度見かけるのは初めてだ。

 特徴的な蘇芳色のコートは脱いでいて、黒いハイネックのトップスと黒いパンツのシンプルな格好。肌が出ているのは首の部分が少しと、手と顔だけ。それなのにあの気だるげな色気は何だろうか。

 そんな彼は、私とは違った意味で酒場から浮いている。

 何というか、盗み見るように注目されるような、誰もが遠巻きにして話しかけてこない感じだ。


 私が見ていることはわかっているんだろう、珍しくまたこちらに視線を投げてから彼が注文カウンターに向かう。

 そのまま背を向けてしまったから、視線の意図はわからない。


「姫さん、まさかあのひとと知り合い?」

「いや、すれ違う率が高いだけ。有名な人?」


 私の視線の先を追ってエドが若干眉を顰める。

 タイミングがいいのか悪いのか、シーブラウンの香草焼きが持ってこられて、それを受け取ったセドも何となく困ったような顔をしていて。

 もしかして、腕はよくても物凄く素行の悪い冒険者とか言うんだろうか。観察してもそこまで荒んでいるようには見受けられないけど。


「あー、やっぱ姫サン知らねーのな。ギルドの規則って読んだことある? 資料室のぶっとい本」

「目は通したよ。セドも読んだんだ……あ、これおいしい。勧めてくれてありがとう」

「どーいたしまして。で、オレは読んでねーって。ネーサンが規則とか約束事に厳しい人だから細かく教えられて知ってるだけ。ギルドの脱退についてはわかる?」


 真面目な話をしているのに申し訳ないことにシーブラウンが美味しくて手が離せない。これ完全に味が白身魚だ。パン粉つけて焼いても美味しいだろうな。

 そのまま無言で咀嚼しそうになりながら何とか頷きを返して、規則の文面を思い出す。

 確か……大まかに言えば脱退には所属地域のギルドマスターの許可が必要。そして一度資格を返上した者が再び冒険者になる際はまたGランクからやり直し。そんな感じだった。

 わざわざそれを聞くということは、だ。


「……元上級冒険者で、ギルドに再登録した人ってことだね」

「そぅそ。しかも……あのひとは一の大陸の元Sランクなんだぜ」

「え……」


 潜めた声で告げられたそれに、思わず目を見開く。

 上級だとは思っていた。まさかSランク……英雄だなんて。


 でも、そうだとしたら周囲のこの対応も納得がいく。

 Sランクの冒険者は、大陸内で数えられる程度しか存在していない。噂でしか知り得ることはできないけど、それぞれが災害や魔物の氾濫などで大きな功績を収めた一角の人物だと聞いた。ファルクにもいるらしいけど、見かけたことはない。

 誰の目にもわかる、その人以外には成し遂げられないだろうと言うものを成し遂げた人物にだけ贈られるランク。とてつもない名声と資産、ある種の権力。そんなものが付随する、ギルドの顔であり冒険者の憧れ。


 そんなSランクの座を捨た人。

 勿論ギルドマスターからの許可をもらうのは大変だっただろう。普通ならそんな高名かつ強大な存在を手放したりしない。

 どうやってその許可をもらって、この大陸まで来たのか。当然何か事情があったんだろうけど……それに、そこまでして冒険者をやめたのに、何故こんな場所で冒険者をやり直しているのか。


 謎めいた人だ。

 そんな人と、よく視線が絡む寸前まで意識し合っているのもまた謎だけど。


「しかも、同じSランクでバディ組んでた魔法士がいるんだけど、そのヒトも再登録してオレらと同じDランク。Gランクの固定期間終わったと思ったらものすげー勢いでさくさくランク上げるし、普通に声なんかかけらんねーって」

「さすがに元Sランクを下に見た対応なんて取る奴いねぇしな……普通なら」


 その言い方だと、“普通”じゃない輩もいるってことで。

 でもこの場にそんな人はいないから、そうした輩はきっと早々にどうにかされてしまったんだろう。そう考えると微妙にエールの苦味が増す。エドのだけど。


「おぃおぃ、姫さん何ひとの飲んでんだよ」

「ああ、ごめん、つい。お酒なくなっちゃったんだ。注文してくる」


 何か言われる前にさっと席を立って、注文カウンターに並ぶ。

 最初に注文した時は双子に挟まれていたから平気だったけど、ひとりで並ぶには少し面倒事を覚悟しないといけない。

 そう思っていたけど、周囲は彼に意識を配っている。申し訳ないけど私にとっては絶好の機会だ。


 長いカウンターの、彼とは随分離れた列に並ぶ。

 列と言っても依頼カウンターのように混雑してはいない。精々ひとつの場所に二、三人だろうか。あえて列を減らすようにオーダー係を多くしているんだろう。それ以上並ぶとお酒も入っていることもあって諍いが起こる、とか。

 隣の列に並んでいた人が私を三度見くらいしたけど、それ以外は特に反応はない。やはり彼の存在とアルコールのおかげで注目が薄れている。よかった。

 そのままカウンターの最前列について、微妙に引きつった顔の女性を気にせずに、エールの大ジョッキとシードルをボトルでオーダーする。


 銅貨をいくつか出して、お酒を待つ間の一瞬。

 また、だ。彼がこちらを見ている。


 何だろう。今日はやけに視線が向く。

 話しかけてみようかと少し思って、やめる。

 私が楽しみたいのは一般的な、王道的な酒場だ。見世物になるつもりはない。もし機会があるなら、どこかのバーあたりの方がお互い似合うだろう。


 そんなことを思いながら、ジョッキと瓶を受け取る。

 ――まさかそう遠くないうちに、その“機会”が訪れるなんて、全く知らずに。

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