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アベルは令嬢と出会う1(アベル視点)

 彼女が図書館に入ってきた時から、その場の空気は変わったんだ。


 僕アベル・カーペンターの家は貧しい男爵家だ。爵位をかろうじて持っているだけの、平民と大差ないような存在。僕はその家の長男である。

 そんな貧しい我が家だけれど、僕の勉学のために両親は王立学園への入学をさせてくれた。

 生活が苦しいのは知っているから制服は誰かのお下がりでいいよ、と僕は両親にお願いしたのだけれど。入学式の前日、真新しい制服を彼らは笑顔で手渡してくれた。それを涙を流し抱きしめながら、勉学に邁進し両親に苦労をかけない金銭を稼げる職に就こうと、僕は決意を新たにしたのだった。

 僕の家は子だくさんで、可愛い弟と妹が五人もいる。彼らが学園へ入学する年齢になるまでに、彼らの学費を稼げるようにもならないと。


 僕には見たもの聞いたものを正確に覚え決して忘れないという特技があって、将来はそれを生かした職業に就ければと考えている。

 王宮で働く文官になれるといいのだけれど……というか、この特技を生かす仕事なんてそれくらいしか思いつかない。

 けれど家族八人の生活を支える大金を稼ぐ、となると文官としての給与では少し心もとない気もするんだよなぁ……。


 僕には実家を支えるという目標はあっても『夢』や『情熱』のようなものがない。


 そういう熱量が僕にもあれば。大きなことを成し遂げ、金銭を稼ぐ手段となるのだろうに。


「はぁ……」


 僕は『覚えた』本を閉じてため息をついた。

 図書館には僕一人で、空気は閑としている。

 学園の生徒たちは社交に忙しく図書館にはあまり立ち寄らない。

 校舎とは別棟で文字どおりの『図書館』であるここは、王立学園のものだけあってとても立派だ。そして蔵書もかなりの数がある。こんなところを使わないなんてもったいないなぁ……と僕は思うのだけれど。

 彼らは同じ程度の身分……もしくは高位の身分の方々との社交に夢中で、勉学にはあまり興味がないのだ。

 僕のように将来よい職に就いて身を立てなければ、という貴族なんてこの学園には他にはいないしな。ここに入学してくるのは裕福な家の子息子女ばかりだ。

 生まれのことを嘆いても仕方がないし、家族のことは心の底から愛している。

 けれど家を継げば土地や大きな事業、そしてそれに伴った収入がついてくる彼らが正直少しうらやましい。


 その時、図書館の扉が音を立てて開いた。


 乱暴な開き方だな……と少し眉を顰めながらそちらを見ると。

 そこには赤い髪の、今まで見たこともないくらいに美しい少女が立っていた。

 腰まで伸びた豪奢な煌めく髪。雪のように白い肌。その白磁の頬は淡い薔薇色に染まっている。瞳は大きく眦が少し下がっている垂れ目で、紅玉のような瞳は生気に満ちている。

 ……そしてその。制服の……胸のあたりがとても大胆だ。

 デザイナーに頼んだ特別仕様のものだと一目でわかる制服の生地は高級で、声をかけていい身分の方ではないのだろうな、と僕は判断した。


 ――あの綺麗な人は、どこの家の方なのだろう。


 ちらりと盗み見ると、彼女はその美しい髪を片手でかき上げながら書架で本を選んでいた。

 綺麗な横顔を目にした瞬間。心臓が大きく跳ねて激しく脈打ち、顔が自然に赤くなってしまう。

 社交の類をいっさいしない僕は、貴族社会のことにとても疎い。

 ……貧乏男爵家の僕が最底辺なのだから、知らずともすべての人にへりくだっておけば問題ないとそこはなまけてしまっている。

 一度顔を合わせてしまえば、嫌でも覚えてしまうわけだし。


 彼女は僕から少し離れた席に座りしばらく本を読み進めていたけれど。それに疲れたのか従僕と親しげに会話を始めた。

 ……高い身分の方なのかと思ったんだけど。

 従僕の方も気安い調子で話しているし、爵位はさほど僕と変わらないお金持ちの家の子なのかもしれない。

 高位貴族の家の子は、図書館で勉強なんてしないだろうしな。


 ……だったら、声をかけてみてもいいのだろうか。友達に、なれたりするのかな。


 そんなことを考えながら僕は彼らの会話に耳を傾けた。


「……この国が買えるくらいの財宝がどこかに……とか。そんな噂はないわよね」

「聞いたこともございませんね。それにそんなもの、あれば誰かがとっくに見つけてますよ」

「北の山に魔王が棲んでて世界征服を企んでる……なんて。そんな噂もないのよね」

「そんなものが万が一いたとしても、お嬢様の非力さじゃ討伐なんてできないでしょうに。瓶の蓋も開けられないくせに」


 ……なにか事情があるのだろうか。

 会話の内容はなんだか突飛だけれど、彼女が『なにかをしなければならない』ということに焦っている様子は窺える。

 今までたくさんの本を読んで蓄えてはきたものの、自身の役には立っていない僕の知識が……彼女の役に立たないだろうか。


「あの……なにかお困りなのですか?」


 僕は勇気を出して。悩みながら頭を抱えている彼女に、声をかけた。


 ――彼女がまさか……。

 筆頭公爵家のご令嬢かつヒーニアス王子の婚約者の、マーガレット・エインワース様だなんて、夢にも思わずに。

アベル君視点、もう1話続きます。

チートは持っていても心の底から普通の子。それがアベル君です。

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