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謎の救済者

前半視点:ミカゲ

後半視点:リアナ

「ふぅ……」


 真っ二つにしたオーガの死体を見て、溜息をつく。

 正直な話、思ったほど余裕な相手ではなかった。


 私が飛んだ瞬間、すぐさま上空に目を向けて来た時はもうダメかと思ったよ。

 本当なら奴が気づかない間に切り伏せて、安全に倒すはずだったんだ。

 あの時、体勢を崩した奴がもし相打ち覚悟で暴れたならば、勝敗はどうなっていたか分からない。


 さいわい私の攻撃を耐えようと、防御行動を取ってくれたから助かったものの、やはり調子に乗った考えはするもんじゃないね。変なフラグになりかねない。


 あっ、それより……リアナちゃんをすぐに街まで連れて戻らないと。見たところ酷い怪我などはしてる様子は無かったものの、やはり心配だ。


 私は後方に寝かせていたリアナちゃんの傍へ行き、改めて彼女の顔を拝見する。寝ているその姿は、まさに無垢な女神そのものといって良かった。


 ベールから僅かに覗かせていた金の髪は、オーガ襲撃の際ベールが飛んでいった事により、その全てが露わとなっていた。何かちょっとエロい言い方だけど、べ、べ、別に他意はないよ?


 アホな(エロい)考えを振り払い、彼女を抱き抱える。すると、彼女の柔らかな感触が接触している私の全部分を猛烈なほどに刺激した。


 ――そして気づいてしまう……そうだ、私は……今、美少女と触れ合っている。


「う、うむ」


 何が『うむ』なのか、自分でも良く分からないそんな言葉が勝手に口から出て来た。……我が事ながらつくづく思う。


 なんて気持ちが悪い存在なんだ、私はッ!!

 その証拠に、今もリアナちゃんの柔らかな身体に……具体的にはある一部分に顔を埋めたくて仕方がない。


「くっ、ダメだ! 魔道へ堕ちてはいけない!」


 彼女の胸に吸い寄せられていた私の本能を、僅かに残った理性が拒絶する。

 このままでは、別の意味で魔物となってしまう。


 抑えろ、私は人間であってケダモノではないはずだ。

 おそらくオーガとの戦いで残った高揚感のようなものが、私にこのような下劣な行動を取らせようとしているのだろう。おのれオーガめ!


「色即是空……空即是色……!」


 落ち着け、落ち着け、変態に堕ちてはいけない!

 般若心経のありがたそうなお言葉を唱え、なんとか理性が復帰し始める。


 ああ、恐ろしい……オーガなんかより、自分が一番恐ろしいよ全く!

 それから私は虚無に徹して、なるべく意識しない様にゆっくりとリアナちゃんを抱き抱えたまま森を出て行った。





 ***





 真っ赤な巨人が、わたしの左腕を引き千切ろうと掴む。

 そして凄まじい力で引っ張られ、息も出来ない程の激痛がわたしを襲った。


「ぃ……いだっいだいいい! やめて、放してよっ! だれか!」


 痛みで叫んでいるとわたしの正面に、二人の女の子が現れる。

 わたしの親友と呼べる、大切な二人……カリンちゃんと、レイちゃんだった。


「あぐっ……カ、カリンちゃん……レイちゃん……たすけて」


 まだ自由の利く右手を懸命に伸ばし、二人に助けを求める。


 ――だが。


「なんだ、まだ食べられてなかったんだ?」

「早く餌になってよ~。そうじゃないと、アタシたちが逃げられないじゃない」


 二人の口から信じられない言葉が飛び出す。

 そんな二人に対して、わたしは何も言葉を発する事が出来なかった。


 ――そして。


 プチっと音がしたかと思うと、わたしの左腕が引き千切られた。


「――ぁ……がっあぐっ……ひぎぃぃぃッ!」


 乱雑に引きちぎられた腕の断面から、鮮血が流れ出し、わたしに凄まじい痛みと恐怖を与える。二人はそんなわたしの姿をニヤニヤとした顔で見つめるだけだ。


 なんで? わたし達……友達じゃなかったの? おねがい、助けて……たすけてよぉ。そう望むも、わたしの願いは二人に届かず、やがて笑顔で手を振りながら二人は遠くへと去っていった。


 後に残ったのは、大口を開けてわたしを食べようとしている赤い巨人と、鼻水と涙を大量に垂れ流しているわたしだけ。そして遂に、巨人の牙の生えた口がわたしを飲み込まんと近づき――













「いやああぁぁぁっ!」

「ぎゃあああッ!!」


 赤い巨人に食べられそうだったわたしが断末魔の叫び声を上げると、そこには何故か巨人ではなく女の人がいた。わたしの声に驚いたのか、わたしより凄まじい悲鳴を上げて凄いスピードで後ずさりしていく。


「……え? あれ、ここ、は?」


 彼女の悲鳴を聞いたからか、少し落ち着きを取り戻したわたしが周りを見ると、そこは森ではなくどこかの部屋の中だった。赤い巨人もいない……さっきのは、夢?


「まったく、あんまり心臓に悪い事しないでよ。危うくショック死しちゃう所だったじゃない!」

「あ、えっ……あ、はい。ごめんなさい……?」


 良く分からないけど、わたしの悲鳴で凄く驚かせてしまったようなので謝っておく。


「でも、まあ……気が付いてよかったわ。貴女、丸二日も眠っていたのよ?」

「そう、なんですか……?」


 いまいち、その言葉を聞いてもピンと来ないわたしに気づいたのか、女の人は詳細を話し始めた。


「えーと、まずはここはウィンゲイトの入り口辺りにある宿屋よ。まあ、見れば分かるわよね? そんであたしは宿屋を経営しているアメリア。ああ、宿屋のお姉さんって呼んでもいいわよ?」

「は、はぁ……それでアメリアさん。わたしはどうしてここに?」

「ホントに何も覚えてないのね。いきなり変な恰好した人が乗り込んできて、抱き抱えていた貴女を急にベッドに寝かせたかと思うと、目覚めるまで頼むとか言ってさっさと出て行ったのよ」


 変な恰好の人……? その話を聞いても、誰なのか全く見当が付かなかった。そこまで変な人と知り合いになった覚えもない。


「もしかして、カリンちゃんとレイちゃん……? その、わたしを連れて来た人は二人組だったり――」

「いえ、一人だったわ。何て言うか、すっごい無愛想でヤバそうな感じの人」

「……その人がわたしを助けてくれたんですか?」

「さあ? そこまではわからないわよ。ただ、貴女をここに泊めて様子を見て欲しいと言われだけだし」


 もう、頭が混乱してわけがわからない。

 だけど、一つ確かな事がある――それは、わたしはまだ生きているという事。アメリアさんが言っているのが誰なのかは分からないけど、その人がもしわたしを助けてくれたのなら、命の恩人ということだ。


 いつか絶対に、お礼を言わないと。


「あっ、そうだ……その、宿代なんですけど」


 ふと、今の話を聞いてわたしはお金がない事に気づいてしまう。わたし達の泊ってる宿は別の場所にあるし、所持金なども全てそこにある。そういった事情を話そうとしたら、アメリアさんは何故か顔を綻ばせてわたしの肩をポンポンと叩き始めた。


「うふふっ、良いのよ……人を助けるのは当たり前の事でしょ? 気にしなくていいわ。けして、ここ数か月は働く必要がないほどのお金を貰ったとか、そういう事じゃないから安心して良いのよ」


 ああ……どうやらわたしを助けてくれた人は、凄まじい額の宿代を彼女に渡してくれたみたいだ。何だか非常に申し訳ない反面、どうしてそこまでしてわたしを助けてくれたんだろうという疑問がいつまでも残り続ける。


「一体、誰なの……?」


 そんなわたしの小さな呟きに、答えてくれる人はいなかった。

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