勇者
視点:ミカゲ
「おのれぇ、汚らしい冒険者が! よくもこの私にこのような……! お前の処遇を今この場で決めてやる。大神官に危害を加えた罪として……死刑だ! この者を切り捨てよ!」
鼻を抑えながらレドラスは激昂し、引き連れていた騎士達に私を殺すように促している。
本来ギルド内での殺し合いはご法度とされているのだが、王国に逆らうのが怖いのかギルドマスターは沈黙を保ったままだ。
切り抜けること自体は容易いが、場所が悪い。
加えて、リアナちゃんを一緒に連れて行くとなると殺さずに切り抜けるのは不可能と言える状況だ。
あのクズ達ならともかく、今目の前にいる騎士達には個人的な恨みなど何もない。彼らは上司に命令されて仕事をしているだけに過ぎないからだ。
こちらを殺そうとする以上、殺される覚悟も当然出来てはいるだろうが、恨みも何もない相手を殺せるほど私は割り切れる人間ではない。
だからと言ってリアナちゃんを渡して大人しく死ぬのも良い判断とは思えないけどね。
「ミカゲさん……こんな事になってごめんなさい」
後ろに匿ったリアナちゃんが小さな声で謝ってくる。
リアナちゃんは何も悪くないのに、運命というものはどうしてこんなにも彼女に優しくないのだろうか。
……やはり、このまま終わるのは嫌だね。
あの大神官を見るに、リアナちゃんを渡したところで聖女として国にいいように利用されるのがオチだ。
彼女を愛する者として、そんな事は絶対にさせない。
ならば――
「あなた達に恨みはないが……それでもリアナさんを奪うというのなら、覚悟するがいい」
人に刃を向けるのは、これが2回目だ。
人殺しに対する嫌悪感はある。だが、それでも譲れないものが出来たんだ。
愛する者のためにこの手を汚すしか選択肢がないのならば、私は。
「くっ、こいつ……この人数差で逆らう気か」
「この気迫、この女は本当に人間なのか?」
じりじりと騎士達が下がっていく。
どうやら想像以上に腕の立つ人が多いかったようで、警戒してくれたようだ。
正直に言えばこれはありがたい状況だった。相手の力量が図れるような者達なら無用な殺生はせずに済むかもしれないからだ。
しかし膠着状態が続くと、突然、大神官が声を荒げてきた。
「ええい! なにをやっておるか! さっさとあの無礼な女を殺せ!!」
「しかし、レドラス様……あの者。相当な強さを持っております。無暗に突っ込めばこちらも甚大な被害が出るかと……」
「お前たちの代わりなどいくらでもおる!! 今は聖女様を取り戻し、私の屈辱を晴らす方が大事であろう!? 早く死んで来い! そして奴を殺すのだ!」
なんとも酷い上司を持ったものだ。
レドラスの言葉を聞き、何かに堪えるような表情を騎士達の隊長らしき人はしていた。
「……大神官様のお言葉だ。全員、覚悟を決めるぞ」
騎士隊長の言葉で、空気が変わる。
マズい、一斉に掛かってくる気だ。そうなると殺さずに撃退するのは不可能。
背中で震えているリアナちゃんのためにも、私はここで死ぬわけには行かない。
だったらやはり殺すしか――
「――待ってください」
その時だ。
突然、大神官達がいる更に後方……ギルドの入り口方面から声が聞えて来た。
そちらに意識をやると、いつの間にか扉が開いており。
そこには、1人の青年が立っていた。
短髪の黒い髪。
腰には綺麗な剣を差し。
どこか馴染みのある顔をしている青年。
だが、私がびっくりしたのは彼の服装だ。
この世界ではけして見ることがないと思っていた服装を、彼はしていたのだ。
深めの襟やステッチが特徴である、濃紺のスクールブレザー。
前世ではよく見ていた、ネクタイなど何気ないものすらまるで異質なものに見えた。
そう、目の前にいる彼は――間違いなく高校生であった。
「レドラスさん、これは一体どういうことなんですか」
「申し訳ございません! 外でお待ちいただくように言ったにも関わらず、このような時間を掛けてしまって。全ては、あの女が聖女様を奪い去ったのが原因なのでございます」
「……彼女が?」
「はい! あやつこそ、魔王討伐を邪魔する悪女そのものでございます!!」
「とにかく、女性に対していきなり乱暴するのはダメだ。僕が話してくる」
「いけませぬ! 貴方はこの国にとっての希望! そんな御方を危険な目に合わせるわけには」
「どの道、もっと危険な旅に僕は行かなきゃいけないんだろ? だったら、女性と話すくらいで怯えているわけにはいかないよ」
青年がそう言うと、あれほど威張り散らしていたレドラスは顔を俯かせ黙り込んでしまった。騎士達も先程の決死の表情が嘘のように静まり返っていた。
静まり返ったギルド内で、青年の足音だけが響く。
彼はゆっくりと私の方へと近づいてきた。
混乱のあまり刀を仕舞う事も忘れていた私の前へと彼が来ると、ゆっくりと私の手を握りこう囁いた。
「そんなに怖がらなくても、もう大丈夫だよ。誰も君に乱暴な事はしないから」
その言葉を聞き、無警戒で相手に自分の手を触らせていたことに気付いた私は急いで刀を仕舞い、距離を取る。この青年は、一体何者なんだ……?
「じょ、女性の手を……いきなり触るのはマナー違反だぞ」
自分だったら出来ない事を平然とやってのけた目の前の青年に少し怒りを覚えたので、そんな言葉が口から出てしまう。まだ学生の癖に、随分と女慣れしてんじゃねぇかこいつ! とか、ちょっと思ってしまったのかも知れない。
それとよく見ればイケメンだった。
よく見なくてもクラスでカースト上位にいるような感じのイケメンだった。
……やはり敵か?
後ろにいるリアナちゃんにはあまり見せたくない好青年タイプであった。
「ぷっ、あはは! ごめんごめん。確かにいきなりは失礼だったよね」
真面目から一転していきなり気さくな態度となった青年に、ますます混乱してしまう。その姿は、どこからどう見ても男子高校生にしか見えない。
「怖そうな感じの女性かと思ったけど、僕の勘違いだったみたいだ。やっぱり、悪い人には見えないな」
「……お前は、一体何者なんだ?」
掴みどころのない青年に、思い切って私が訪ねるとあっさりと彼は答えた。
「僕の名前は神崎凍也……この世界を救うために、女神様から召喚された――異世界から来た勇者とでも言うべきかな」
異世界から来た勇者。
女神から召喚された選ばれし者。
色々と頭が追い付かなかったが、ひとつだけ分かったことがある。
こいつは……トウヤは、間違いなく前世の私と同じ世界に居た人間だということだ。まさか、こんな形で同胞に会う事になるとは思わなかった。
「ところで、貴女の名前も教えてもらっていいかな?」
ニコリと涼やかな笑みを浮かべながら、トウヤが聞き返してくる。
なんだその女性を落とすことに特化したような笑顔は。
この勇者は、危険な存在だ。
きっとスキルに魅了する笑顔とかあるに違いない。
少なくとも、まだ警戒を怠るべきではないだろう。
「私の名は、ミカゲだ」
「美影? なんだか、親しみのある名前だね」
「そうか?」
「髪も黒いし……本当に、僕の世界の人と出会った気分だ」
「…………」
あながち間違いでもないのが怖い。
というか私が高校生の時は、こんな聡明に物事を考えられただろうか。
「それに、よく見ればとても綺麗な人だしね」
……いや、やはりこいつはナンパが得意なただのマセガキだな!
再び笑顔を見せるトウヤを見て、リアナちゃんには絶対に会わせないと心に誓った。




