何だか怖い人がいる
視点:神官少女
わたし達三人は、初クエストを受けるべく冒険者ギルドに来ていました。
少し前にようやく冒険者の資格を取り、D級冒険者になったんですよ!
「ウチらもようやく晴れて冒険者か~! 腕が鳴るね!」
そうやって気合を入れて掌を拳で叩いているのは、一緒に村から来た友達のカリンちゃんです。腕っぷしが強く、このパーティでは戦士役になってます。
「そうね! あ、でも心配ないわよ。アタシの弓で魔物何てイチコロなんだから!」
カリンちゃんの言葉に同意するように返事をした、気が強く自信満々で弓を掲げる子がレイちゃん。二人ともわたしと小さな頃からのお友達なんです。
わたし達は、貧しい村からここまで来ました。
冒険者は稼げるらしいので、一念発起して魔物を倒すことにしたんです。……正直、とても怖い気持ちはあります。けど、三人で頑張ればきっと上手くいくはず!
「リアナ? 黙ってるけど、どしたん?」
「あ、ううん! 何でもないよカリンちゃん!」
カリンちゃんが心配そうに、顔を覗き込んできたので笑いながら答えた。
「あっ! 口調もどってるじゃん! ダメだよ、リアナは神官役なんだからさ。もっと清楚な言葉遣いしなきゃ」
……わたしは今、神官の服と頭にベールを装備してます。
いえ、装備させられてるんです。
なんか二人が「そういや神官いないじゃん。リアナやって」とか無茶ぶりして来て、わたしは回復魔法も何にも使えないのに、何故か神官の格好をしてるんです。
つまり似非神官……。
冒険者にせっかくなったのに何をしてるんだろう。言葉遣いもちょっとでも素に戻ると、今のようにしつこく指摘されてしまいます。
「え、と……。いいえ、何でもありません。カリンさん。……こんな感じ?」
「いちいち聞かないでよ。もっと自信持って?」
一体何の自信なんだろう。てかこの格好動きにくいよ。
わたしの本来の職業は盗賊なんですよ!
この杖持って何しろって言うんですか……。
「あ、あの。二人とも……やっぱりわたし、格好変えた方が」
こんな服じゃ、周りの警戒も出来ないし無理だよやっぱ!
「リアナはそれでいいよ」
「清楚系じゃんリアナ。盗賊の格好とか絶対似合わないって」
そう言ってにべもなく断られる。そういう問題なのかな?
まあこれ以上言っても意味が無さそうだったので、もう黙った。
***
受付の人に色々教えてもらい、初級クエストボードの前に来ました。
いよいよ記念すべき、初クエストを選ぶ時が来たのです!
「ゴブリン退治に……薬草採取に……なんだかパッとしないなぁ」
「確かに、アタシの弓に相応しいクエストがない」
「あはは、二人ともそんな……あっ、コホン。お二人とも、何事も最初は確実にこなせる依頼を引き受けるべきだとわたしは思うのです」
いきなりモンスター退治なんてハードル高いからなぁ。
出来れば薬草採取にして欲しい!
「まあ、それもそうか。じゃあこの街から近くの森にある薬草採取でも受けるか」
「薬草ついでに、色んな獲物をこの弓で獲る!」
「では、薬草採取に致しましょう」
自分でしゃべってて、言葉遣いに違和感がありまくりだよ。
二人とも、わたしのこんな喋り方聞いて良く平気でいられるね。
そんな事を考えていたら――誰かに見られているような視線を後ろから感じた。
盗賊の気配察知のおかげか、わたし以外の二人は気づいてない。
だけど、こんな強烈な感情が籠っている視線は絶対にタダ事じゃない。
(だ、誰なの。後ろに、誰がいるの?)
冒険者ギルドには荒っぽそうな人もいるから、そういう人達から目を付けられたのかも? 男性のいないパーティだからかな。ああ、まだ視線を感じる。怖い。
「それじゃさっさと出発しよ!」
「うん、つまらないクエストはすぐに終わらせる」
カリンちゃんとレイちゃんがそう言って視線の方向に振り返ろうとしたので、不自然にならないように一緒に動く。誰が見てるのか突き止めないと!
クルリと勢いよく振り返り、そして。
振り返った瞬間――後ろでわたし達を見ていた黒髪の女性と目が合った。
黒い服を着て、黒のプリーツスカートを穿いた女性。腰には変わった形の剣を差している。様々な人がいる冒険者達の中でも、一際異質な存在に見えるような黒一色の女性。
その顔立ちを見れば、とても綺麗な女性だと分かるのに……こちらを見ているその目はゾっとするような、冷たく鋭い眼差し。じっと見つめるその瞳は、血のように真っ赤な色をしていた。
蛇に睨まれたカエル。今の心境を表すのならまさにこれだと思う。
他の二人には目もくれず、わたしだけをひたすら見つめて来る女性。
えっなに? なんなの? わたし、あの人に何か悪い事でもした?
しばらくお互いを見つめていると、ふと女性の視線がこちらから逸れる。
そして、そのままそっぽを向いて静かに目を閉じてしまった。
――――まるでもう、わたしに対する興味が失せたかのように。
(怖いんだけど……なんか)
勝手に失望されたように見えて、物凄く腹が立った。
誰なのか知らないけど、余りにも失礼過ぎませんか!?
いきなり人に冷たい視線を投げかけておいて。
わたしが貴女になにしたっていうのよ……!
「あの黒髪の女、リアナの事見てなかった?」
「……あれはヤバい。関わらない方が良いと思う」
二人も流石にあの視線には気づいたのか、色々と話を振って来る。
レイちゃんは何かをあの女性に感じたのか、少し顔色が悪くなっていた。
でもわたしは、怒りの感情に流されるまま行動した。
「誰なのか分からないけど、あんな失礼な態度ないよ。二人ともちょっと待ってて! わたし、一言言ってくる!」
「やめたほうがいいよ……」と止めようとする二人を無視して、目を閉じて腕を組んでいる黒髪の女性に向かって歩き出す。女性に近付いて行くにつれ、妙な威圧感を受けるが気にしちゃダメだ!
女性の目の前まで来たので、一言言うべく声をかける。
「あ、あの? わたしに何か御用でしょうか?」
丁寧に声をかけたが、黒髪の女性は聞こえてないかのように無視して目を閉じたままだ。それにカチンと来たので、無視されない程度に大きな声を投げかけた。
「あの! 聞こえていますか? 何故、目を閉じてるんです?」
流石にこれには無視し切れなかったのか、黒髪の女性はこちらを向きゆっくりと瞼を開ける――そして、再び目と目が合ってしまった。
しつこく声をかけた所為か、目の前にいるわたしを見る目は刺すような物へと変わっていて。冷徹なその眼差しはこちらの精神をどんどんと削っていく。
話しかけたことを後悔し始めていた。
なんでこんな危険な女性に話しかけちゃったの?
既に怒っていた気持ちなど、とっくに消え去っている。
(ひっ……! こ、殺される……)
それ程、近くで見る黒髪の女性の目は尋常じゃなく怖かった。
わたしを睨みつけるその顔には、殺意しか見えない。
「…………」
何もしゃべらない黒髪の女性。
ただ、その視線だけはずっとわたしに注がれる。
「あ、あ、……あ、の。わた、し……その」
謝ろうと思って声を出そうとしたけど、声が震えて言葉が上手く出ない。恐怖で頭が上手く働かなくなっていた。
身体は震え、瞳が揺れる。
立っているのも限界が近かった。
その時、彼女は初めてとても小さな声でこう呟いた。
「C……いや、Dか」
『Dか』
小さく呟くその声は聞き取りづらかったが、確かにそう聞こえた。
その意味は明らかに、D級程度の実力だと言っていることが分かる。
底冷えする様な、冷たく低い声。
予想していたよりも実力が低かったと見たのか、わたしに対して呟く声は侮蔑の感情を込めたような感じだった。勝手にハードルを上げて、勝手に失望するとか本当に酷すぎる。実際、D級だから何も言えないのだけれど。
そして黒髪の女性は急に走り出し、そのまま冒険者ギルドを出て行ってしまった。後に残されたのは汗びっしょりのわたしだけ。
「――……はぁ……はぁ」
黒髪の女性が居なくなったことにより、張り詰めていた緊張が解ける。
……怖すぎて息も出来なかったよ。うう、話し掛けなきゃよかった。
その後、女性の事が気になったわたし達は受付嬢さんに彼女が誰なのか聞いてみたところ、このギルドでは有名なA級冒険者のミカゲさんという方だという事が分かりました。
初めて来た時から異様な雰囲気の女性だったそうで……。ミカゲさんがまだ新人だった頃、冒険者についての説明をしようとした所、殺気に満ちた眼差しを向けられ睨まれたそうだ。
命の危険が伴う冒険者に為ろうというのに、受付嬢さんの説明を拒否する人がいたなんて信じられなかった。自分に圧倒的な自信がある人か、あるいは狂人くらいしか思い浮かばない程に。
「ミカゲの目がこう言ってたのよ。『お前の説明なんて要らないから黙ってろ』ってね……。受付嬢を長年やってるけどあんな子は初めてよ。悪いことは言わない、あなた達のような新人が関わって良い相手じゃないわ」
そう言う受付嬢さんの顔は、今まで見たことがないほどに真剣だった。
そして、ミカゲさんについての仄暗い話も聞かされた。
A級冒険者ミカゲ――――別名 黒紅悪鬼 と呼ばれている話を。
その話を聞いたわたしは、ミカゲさんには絶対もう関わらないと心に誓う。
カリンちゃんとレイちゃんも同時に頷き、納得したわたし達は気を取り直して、薬草採取をするべく近くの森へと向かいました。




