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地獄絵図

視点:三人称

 ミカゲの宣言を聞いた『白銀の棘(シルバーソーン)』の男達は一瞬動揺をしたものの、すぐに湧き上がる怒りの感情によって立ち直っていた。


「俺達を、皆殺しにするだぁ? あんまイキってんじゃねぇぞ糞アマがッ!」


 語気を荒げた男の一人が、血走った目でミカゲの事を睨む。

 A級冒険者とはいえ女(ごと)きが、上位の存在である自分たち男に逆らい、まして殺そうとするなど――到底容認できることではなかったのだ。


「……じゃあ、こっちが先に()ってやるよ。俺らにあんな大言(たいげん)()いたんだ。まさか、てめぇ自身は死ぬ覚悟がねぇとか、言わねぇ……よなぁッ!!」


 話している最中に、男が虚を突いてミカゲへと近づく。

 そして、後ろに隠し持っていた猛毒を塗った短刀で彼女を斬りつける。


 塗ってある猛毒は、傷口から即座に対象の肉を腐らせていく強力無比なものである。仮に上手く急所を外したとしても、傷からジワジワと腐食が進み、対象の動きと命を確実に縮めていく。逆らう者には、じっくりと恐怖と痛みを与えるのが、このパーティのスタイルなのだ。


 男が狙ったのは、ミカゲの脚だった。

 簡単に殺すつもりなど毛頭ない。脚を奪い、成す術も無くなったミカゲを甚振(いたぶ)り、犯し、(おのれ)が吐いた愚かな宣言を骨の髄まで後悔させてやるつもりであった。


 ――だが、男の短刀はミカゲへ届く事は無かった。


 短刀を後ろから取り出し、斬りつける動作をした頃には、ミカゲの刀により男の顔面は横一閃(よこいっせん)に切断されていたからだ。


 男から切り離されたナニかが、不快な音と共に倉庫の壁に激しく激突する。

 壁にぶつかったのは、鼻から上を切断された――男の顔面上部だった。


 目は見開かれており、その顔は自分が死んだことにすら気づいていないであろう哀れなモノのように見える。鼻から上を無くした、男の本体も少しの間直立していたが、やがて力なく後方へと倒れていった。


 ……余りにもあっけなく、メンバーの一人が死んだ。


 凄惨な彼の最後の姿に、精神が乱されたのか男達の様子が変わる。

 それは、どことなく狩る楽しみを(たずさ)えていた顔から、狩られる者の顔となった恐怖の色。十対一、通常ならば考えるまでもなく圧倒的な人数差だ。


 その考えは、ミカゲが入り口前の大扉を壊したことを前提に考えても覆る事ではなかった。だが、その内の一人が惨殺されたことにより、男達の意識は変わってしまう。


 この女は、誇張(こちょう)無しにやる――本気で、俺達を皆殺しにするつもりだと、ようやく理解したのだ。


 男達が動揺している中、ミカゲは次の標的を既に決めていた。

 ――狙うは遠距離攻撃者である、弓を持った男。


 一人殺した後でも、ミカゲの顔には何の感情も見えない。

 今の彼女には、リアナを(なぶ)り者にした愚かな連中をただ地獄に叩き落す事しか頭にない。


『瞬歩』を使い、一瞬で弓使いの男へと距離を詰めたミカゲは、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく再び凶刃を振う。いきなり目の前に現れたミカゲに弓使いの男は自慢の弓を出す暇もなく、とっさに左腕を前へと出し、自分の身体を護る様に防御の構えを取った。


 ……鋼鉄をも容易(たやす)く切り裂いてしまうミカゲの前で、生身の防御など何の意味もない。男の身体は当然のごとく腕ごと両断され、そのまま地面に()して命を散らす。


 斬り殺した男の死体を無視して、ミカゲは男が持っていた弓と矢筒を奪う。

 そして、刀を床へ置き矢筒を背中に背負うと、そこから矢を一本取り出し、弓にセットして標準を近くにいた男の一人へと合わせた。


 ミカゲは飛び道具の類は持ち合わせない主義であったが、使えないわけではない。剣豪スキルの中には一部の遠距離武器を恐ろしく強化するモノがある。


 彼女が今から使うのは、強化術『豪弓(ごうきゅう)』――矢に剣気を直接送り込むことにより、驚異的な貫通力と追尾性を与える危険な(わざ)


 ミカゲの父は、コレを教える際に何度もミカゲにこう言った。


『飛び道具というものは、扱い方を覚えてしまえば恐ろしいほど容易く殺傷が出来てしまうものなのだ。故に、扱いは慎重を期さなければならぬ。いいかミカゲ? 外で使う際はよく考えて使うのだ。それと、人相手には絶対に使うな。コレは、あまりにも命を軽いモノへと変えてしまう』


 父の言葉を一瞬だけ思い浮かべたミカゲだったが、その手が対象から外される事は無い。別に父親の言葉を忘れたわけではなかった。殺意に駆られてはいたが、今の状況をミカゲはちゃんと理解している。


 この時のミカゲは、こう考えていたのだ。

 父は人相手に使うなとは言ったが、目の前にいるのは()()()()なのだから、何の問題も無いのだと。


「死ね」


 彼女は小さくそう呟くと――矢を放った。

 まるで悲鳴のような風切り音を上げ、男に向かって悪夢の矢が飛んでいく。


 凄まじい速度の矢を躱すことは出来ないと悟った男は、左手に付けていた鉄製の小型バックラーで防ごうとする。男のその判断は、別に間違ったものではなかった。


 間違っていたのは、強化された矢の方だ。

 鉄のバックラーをまるで豆腐のように貫通し、そのまま男の顔に風穴を開けるなど誰が予想できると言うのか。矢はまるで生き血を(すす)るかの如く、顔の肉をこそぎ落としながら気味の悪い音を立て男を貫いた。


 顔面を貫かれ倒れ込んだ男は、手足を激しく痙攣させながら息絶える。

 それを一瞥(いちべつ)したミカゲは、矢筒に手を伸ばしつつ残りの生き残った連中を見定める。


「ひっ……!」

「なっ、なんだよあれ!!」


 顔の原形が、ほぼ無くなっている男の異常な死を目の当(まのあ)たりにした男達は一斉に悲鳴の声を上げた。気が付けば、既に三人ほどがミカゲによって殺害されている。


 ――次は、自分の番なのではないか。


「ひっ……ひぃぃぃ!」

「ば、化け物だ!!」

「助けてくれぇ――!」

「おい、出口まで走るぞ! 急げッ!」


 恐慌により戦意が喪失した四人のメンバー達が、一斉にミカゲに背を向け倉庫入り口まで走り出す。我先にと逃げ出す様は、先ほどまで余裕の表情を浮かべていたとは思えない、みっともなき姿だった。


 普通ならば、戦う気を無くしたものに対してミカゲが追い打ちをする事など無い。彼女の場合、それが例え魔物であっても戦意がないならば見逃したことであろう。


 しかし、今回は別だった。

 矢筒から矢を二本取り出しセットしたミカゲは、そのまま逃亡者達へと向ける。


 そして、気を込めて――放つ。更に間髪入れずに再び二本の矢を取り出し、同じように放つ。その結果、最初の二本の矢が二人の男の頭を砕き、遅れてやってきた残りの矢がまるで生きているかのように軌道を変え、それぞれの男の胸と心臓に穴を開けた。


 まるでゴミのように倒れ込む男達。

 彼らの内、誰一人として倉庫から一歩も出られた者はいなかった。


 矢が切れたからか、そのまま矢筒と弓を捨てたミカゲは床に置いていた刀を再び取ろうとした。すると――ソレを待っていたかのように背後をこっそりと取り、冷静にミカゲの動きを見ていた男が襲い掛かった。


「貰ったっすッ! 今度は、てめぇが臓物を撒き散らす番っすよ!!」


 背後からバトルアックスを振り下ろす。

 ミカゲはまだ、刀を手に取れていない。


 今からでは、いかにミカゲでも間に合うはずがないと男は勝利を確信した。と、その時――腹に何か違和感がある事に気づく。ふと、下を見てみると、男の腹には何かが突き刺さっていた。


 それは、小さな短刀だった。

 そう、それは――最初にミカゲが斬った男が持っていた猛毒塗りの刃。

 男を殺した際に拾い、隠し持っていたソレをミカゲは男の腹部へと刺したのだ。


「――――がああああああああああああああッ!」


 それに気づいた男は、バトルアックスを手放し慌てて短刀を抜いたが、もう遅い。傷口に入った毒は瞬く間に広がり男の腹部はあっという間に腐り始めた。腐った腹からドロドロと臓物が流れ出し、辺りは酷い悪臭に包まれる。


 身体を巡る猛毒の激痛に、耐えきれなかった男の獣のような断末魔がしばしの間倉庫に響いたが、やがて声は止み、後には凄まじい苦悶の顔で絶命した男の死体が出来る。


 男が死んだあと、ミカゲは何事もなかったかのように刀を拾い、最後の標的の元へと向かった。最後に残しておいたのは、『白銀の棘(シルバーソーン)』のリーダー、テルラーズ。


 テルラーズの元へと歩いてる途中、床に転がっている一人の男がいた。

 それは、リアナを助ける際にミカゲから左腕を切断された男であった。


 止血され、意識を失っている彼を見たミカゲは、ついでとばかりに刀で軽く彼の頭を刺し貫いた。意識もなく、死の恐怖を味わうことがないまま逝った彼は、あるいは幸せだったかもしれない。


 十人いたメンバーの内、既に九人は始末された。

 後はリアナを甘い言葉で誘い込み、地獄を見せた男を始末するのみとなる。


 血と臓物に塗れたミカゲの瞳には、未だ治まらぬ憎悪と殺意が渦巻いていた。

 それを向ける先はテルラーズ。彼女の憎悪と殺意は――宣言通り、彼らを皆殺しにするまで治まる事は決してない。

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