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  作者: 猫又
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鳳凰4

(あらあら、老いらくの恋も大変ねぇ)

 とトゲのある声が響いた。毒気をたっぷりと含んだその声はやけに威勢がよく響いた。

(凰……)

 青女房はそう慌てもせずに素晴らしく派手な鳥の名を呼んだ。

(あっらぁ、大丈夫ぅ? ばあさんも意気地がないわねえ。どうせ消滅するなら、先にこいつを憑き殺してやればいいのに……さっきから見てたけどさ、あと一握りで心臓ぱーんだったじゃない)

(見てた……んかい)

(ターゲットもやれず、愛しい男も救えない……自分も消滅……耄碌したわね。あにさんも愛想をつかすはずね)

 凰が笑った。キエーという甲高いおたけびが響いた。

 浅田の首を絞めていた男達の手からロープがはらりと落ちた。お互いの顔を見て、そして天井近くを見上げる。

 凰は強すぎる妖力の為に全ての者にその優美な姿を晒してしまうのだ。

 三木もふらりと立ち上がった。

「何だ……これは……」

 空中に凰の姿が浮かんでいる。時たまその美しい羽を誇示するように羽ばたく。

 凰がキェーと一吠えした。

 ばさばさと羽ばたきながら凰が首をひょいと左へ向けた。それと同時に凰の羽がビュッと空を切って飛んだ。

 その羽は鋭い鋼鉄の羽になって、興奮した様子でビデオカメラを回していた男の両手を切断した。カメラを抱えたまま、男の両腕が床に落ちた。

「ぎゃっ」

 カメラマンは自分の両腕を見た。そして、後ろにいた仲間に先のない両腕を差し出した。また背後から羽音がして、カメラマンの頭がころりと落ちた。落ちた首が「え……」と言い、首から血を吹き出している胴体が仲間の方に歩み寄った。

 何人かがぎゃーと叫んで部屋から逃げ出そうとした。だが、我先にと走り寄ったドアの所でドスドスドスっと音がした。

 大きな矢のような羽が数枚、ドア板に男達をはりつけた。後頭部から口へ抜けてドアへ刺さっている者、両手両足に羽が刺さって壁に縫いつけられている者。皆、一応にぴくぴくと体を痙攣させている。一瞬にして部屋の中にはいくつもの死体と、むせかえるような血の臭いが充満した。

 逃げ出せなかった者は動けないでいた。床に尻餅をついたまま、凰を見上げている。

 物音を立てる事すら恐ろしい、息をするのも恐ろしいのだ。

 先ほどまで仲間だった人間が壁にはりついていた。羽が刺さった箇所からどくどくと血が流れていき、床に血だまりを作る。その血だまりを踏んで歩いているのは一番に頭を無くしたカメラマンだった。彼もやがて壁にぶち当たり歩みを止めた。そして倒れた。 

 凰が現れてから数分の間の出来事だった。

 三木は呆然と立ち尽くしている。

 凰はまたキエーと笑ってまたその優美な羽を振るわせた。

 羽ばたきとともに無数の小さな羽毛が降り注ぐ。ふわふわと舞い降りてくる真っ白い羽毛がまだ生き残っている者達の上に降り注ぎ、彼らの皮膚にはりついた。

 絶叫がわき起こり、凰の羽毛を浴びた者達の皮膚が焼けただれた。シューシューと皮膚が溶ける音がして、嫌な匂いがした。肉の焼ける、火葬場の匂いだ。

 人間達は顔や喉を掻きむしりながら床をのたうち回った。強烈な痛みに皮膚をむしり、脂肪や筋肉をむしり、血が流れ、やがては白い骨が見えるまで焼けただれた箇所を掻きむしった。

 そして凰の鋭い瞳が三木を見た。 

 三木は後ずさった。逃げられない、と思った。凰を相手では格好をつける暇もなかった。

 本物の恐怖だ。本物の化け物だった。

「だ、誰か……」

 凰が動いた。

 さっと舞い降りてきて、三木の前を横切ったかと思うとまた天井近くまで舞い上がる。

 凰の嘴でぱっくりと割られた三木の喉から血が噴き出した。

(ほうら、もうしゃべれない……助けも呼べない……うふふふふ……)

 三木が大きな口を開けた。あまりの激痛に絶叫したつもりだが、切り裂かれた喉が動いただけであった。知らずに三木は失禁をしている。じょろじょろと流れる尿にズボンや足が濡れるのは感じるが止める事が出来なかった。そしていきなり三木は床の上に倒れこんだ。腕、足、体に力が入らない。入れたつもりだが、指一本動かせなくなった。

 全身麻酔をかけられたように体が重く、何一つ自由にならない。それでも痛みだけは敏感に感じるのだ。

 全身から皮膚を一枚剥ぎ取られたようだ。

 ひりひりとした痛みが三木を襲い、やがて全ての神経が剥き出しになる。

 激痛が走った。

 繊細な神経の筋を太いごつごつした指がぎゅうとつかむ。

 三木は叫んだ。ごろごろと転がって絶叫した、つもりだった。

 痛い、痛い、助けてくれ。

 もちろん声は出ず、体はもぞもぞと虫のように動くだけだった。首から流れる血液が器官に入り、息がつまる。酸素が喉を通らない。体中から血と酸素が抜けていく。

 苦しい、助けてくれ。

 苦しい……た、助けて…くれ…

 恐ろしい鳥は無表情だった。

 目をむきだし体液を垂れ流して悶えている三木を凰はすました顔で見下ろしている。

「兄貴ぃ」

 と三木のすぐ側で声がした。

 カメラマンは自分の生首を抱えて立っていた。首が三木を見下ろしている。

「……痛い、痛い……首が痛いんですよぉ」

 生首はかっと目を見開き、三木に訴えた。

「兄貴ぃ」

 いつの間にか、三木の周りに死人達が集まってきていた。青白い顔で三木を見下ろしている。凰の羽で一瞬にして死人となってしまった、かつての部下達が三木を恨めしげに見ている。

「兄貴の為にずいぶんと働いたんですよ……助けてくださいよ……」

「怨みますよぉ……」

「三木さぁん」

「組長を裏切るから……こんな目にあうんですよぉ……」

「首が痛い……痛いんです……俺、どうなっちまったんですかねぇ」

 死人達は次々と数を増し、恨めしそうに三木に訴える。

 顔が焼けただれ、目や鼻も潰れた死人達が三木の上に覆い被さってくる。

 三木の口がぱくぱくと動き、やがてその動作も途絶えた。 

(あにさんにちょっかい出すからよ……うふふふ……)

 凰が楽しそうに笑った。



 青女房は凰が三木をあっという間に処刑をしてしまうのをぼんやりと眺めていた。

 妖力でも性格の悪さでも凰にかなう怪異はいない。

 凰は鴉の眷属の中で最強の刺客である。

 青女房もこれまでにずいぶんと頑張って仕事をしてきたものだが、凰の手際の良さには恐れ入るばかりだった。手間も暇もかからない。凰は楽しく遊んでいるように、ターゲットを始末するのだ。 

 人間に肩入れするような無様な自分と凰では格が違う。

 もう鴉の所へも戻れないし、青女房はここで消滅するのを待つばかりだ。

 だが、と青女房は思った。

(それもよかろう……わしもずいぶんと働いたからなぁ……あにさん……最後に浅田の為に凰をよこしてくれて……ありがとうよ……)

 そして最後に愛しい男の横顔を見てから、青女房は目をつぶった。



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