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  作者: 猫又
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鳳凰2

 鴉の周囲がざわっとなった。

(鳳凰やて……あにさん、今回は力入ってまんねんなぁ)

 と唐獅子がつぶやいた。その他の者は黙っているし、餓鬼は集まって震えている。

 鬼子母神でさえ、黙って成り行きを眺めるだけで意見はなかった。

 鴉が宜哉の背中に下絵を描いている間、誰もが鴉の指先だけを見つめていた。

 その指は素早い動きで鳳凰の姿を描いていく。

 彼の描く鳳凰は双鳳である。背中の凰は雌、胸の鳳は雄。

 どちらも蛇の首を持ち体には鱗、鶏に似た嘴を持つ。羽毛は五色に輝き、艶やかな姿で見る者を魅了する。体の各部には高い徳を携え、天子とともに姿を現す、と言い伝えられている。

 鴉の描く鳳凰は霊妙で妖艶な鳥であった。その姿を見た者は数えるしかいないが、その姿をずっと肌にとどめておきたいと願わずにはいられない。

 それほどに美しい刺青であった。だが、鴉は鳳凰を毒の刺青にしか使わない事にしている。どれだけ金を積み上げても鳳凰を普通の図柄として使用する事はしない。

 鳳凰は危険な鳥であった。

 鴉の鳳凰が翼を開けば徳を広げる、のでなく、毒を広げるのだ。

 下書きが終わると、鴉は休む間もなく筋彫りを開始した。マシンを使わず総て手彫りの作業である。それは恐ろしく時間のかかる作業であるが、鴉の指は滑るように依頼人の肌の上を動いていく。

 筋彫りの後、色を入れていく。五色の羽とはいえ様々な色合いが混じって表されるその色彩は素晴らしく複雑で、手間のかかるものであった。 

 宜哉は寝台の上でうつぶせになってうとうととしていた。どれだけ痛いものかと覚悟をしていたが、鴉の指が背中を這い回る感触はふんわりと気持ちがよかった。

 そして宜哉の背中にその姿を現し始めた頃、鴉の背中から少しずつ凰が消えていった。鴉の右肩から左脇腹の下まで長い尾をなびかせていたその鳥は目覚め始めた。

 凰が完全にその姿を現すまでに五時間ほどかかった。その間、鴉は休憩もしない。 ただ黙って宜哉の背中に彫り続ける。

 その間何度か宜哉の携帯電話が鳴ったが、宜哉は出ようとはしなかった。三木の声を聞けば決意が揺らぐかもしれないからだ。揺らいだところでもう遅い。宜哉の体に復讐の一刺しは入ってしまったのだから。

 目覚めた凰がバサッとその優美な羽を広げた。全身、羽のすみずみまで広げて体をほぐしている。

 それから眼光炯々なその瞳でぐるりと周囲を見渡した。

 鴉の肌から抜けでて様子を伺っていた怪異達がさっと視線をそらす。鳳凰の凰は酷く我が儘な雌鳥だった。自分の力にたいそう自信を持っている。妖力も絶大であるので、他の図柄には敬遠されている。凰からすれば鴉の肌に住む怪異どもは全て小物で取るに足らない存在だと思っているのだ。

 凰は周囲を小物どもを見てふんと鼻を鳴らした。

(で?)

 と鴉に問う。

 鴉は三木の写真を見せた。

(いくら?)

 鴉が指を一本差し出した。

(いい値段じゃない……さぞかし毒のある人間なのね)

 とつぶやいた。

「もちろんや。双鳳の凰姐さんでないとあかんやろ」

 鴉が笑った。その言葉に気をよくしたのか、凰は再びその翼を広げて、

(いいわ、あにさん。ちょっと、あんたぁ、行ってくるわね)

 と凰が言い、鳳が少し目を開けて相方を見た。

(おお……)

 自分に出番がないのが不服らしい。短く答えてまた目を閉じた。

 凰が翼を広げた瞬間に宜哉がぎゃっと叫んだ。背中が痛んだ。じわじわと広がるような痛みだった。

 強い毒が体に滲み出す。

 鴉は宜哉の手足を寝台にベルトで固定した。

「な、何を?」

「凰の毒はちいとばかり強いからな、ここで暴れられても困る。治まるまで固定させてもらうで」

「え……」

「凰は短期決戦型なんや。あんたが一眠りした後にはもう総て終わってる。目が覚めたら憎い相手はもうおらん」

「え……本当ですか」

「ああ、もう二度と生きた三木に会う事はないで……」

 鴉に見下ろされて、宜哉の胸に何かがこみ上げてきた。それは宜哉を苦しく、泣きたいような気分にさせた。

 焦ったような宜哉の表情を見て鴉が、

「眠れ」

 と言った。

 今更後悔しても遅い、そう胸のうちでつぶやいて宜哉はまた目を閉じた。その不安な気持ちはだんだん酷くなる痛みが消してくれるだろう。

「根性いれていかんと自分が死ぬで」

 と浅田にも言われている。

 目が覚めたら自分は自由になれる、それだけを考えた。三木に内緒で貯めた金が少しはあるので、どこかへ旅行でもしよう。人生をやり直すんだ。

 何かの香りが鼻をついた。鴉が宜哉の鼻先に香炉をかざしたのだ。それはとてもよい香りで、そう思っているうちに宜哉は眠りに落ちた。

(あにさん……えらい、親切やねえ、眠らせてやるやなんて)

 と鬼子母神が言った。

「こいつは特別や」

(そんなに金払いがええ人間ですか?)

「まあな」

 満足そうに鴉が笑った。

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