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  作者: 猫又
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鳳凰

 不便だ。

 闇金を脅して気分よく帰ってきたものの、須藤が姿を消していたからである。もちろん二度と顔を見せるな、と言ったのは鴉であり、須藤がどこでのたれ死のうが鴉には痛くも痒くもない。だが須藤という下僕がいなくなったという事は雑用を自分でやらなければならない、という事だ。鴉の生気を糧としてうろうろしている怪異どもは何の役にも立たない。からかう相手の須藤がいなくなった事で相手にしてくれる人間は鴉だけだ。何やかんやと鴉の気を引こうとやかましい。

 だが、小鬼を(やかましい!)と一喝したのは鴉ではなく、鬼子母神だった。

(ぺちゃくちゃ、やかましい! ちっとは黙っておられんのか……お前ら……)

(ばばあ……ばばあ……やかましいんはばばあ……)

(ばば……ばば……)

(何やてぇ? くそ餓鬼どもが……うちは今機嫌が悪いんや……相手になったるでぇ)

 ぶわっと鬼子母神から妖気がみなぎった。本気を出されると小鬼では分が悪い。相手は鴉一派では名うての毒婦だ。そして鬼子母神が命じれば彼女が抱いている赤ん坊はここにいる小鬼らを食べ尽くすくらい平気だった。

 低い低い声で睨みつけられた小鬼はいっせいにさっと姿を消した。いろんな図柄の陰に隠れたり、さっと走り去ってしまって、遠くの方で(ばばあ……)と悪口を言っている。

 それを見てぷっと笑ったのは、唐獅子である。背中をぼりぼり掻きながら面白そうに小鬼らを眺めている。この獅子、体に虫がいるらしく年中ぼりぼりと体を掻いている。

(なんや……唐獅子……)

 と鬼子母神が睨んだ。

(いや、まあ、別にぃ)

 と唐獅子はそっぽを向く。

(牡丹の花、引っこ抜いたろか……)

 と鬼子母神。

(うわ、ごめんて……それ、やめて……虫が増える……)

(まあまあ、鬼子母神よ……そうカリカリするもんじゃない……)

 貧乏神になだめられ、鬼子母神は妖気を引っ込めたが不機嫌そうな顔をした。

(ばあさんが心配なのは分かる……しかし、ばあさんもあにさんから離れたら体が崩れて消滅するって事を承知で行きましたからね……)

 青女房がいた場所はぽっかり空いている。鴉はここに刺す次の図柄を考えているのかもしれない。

(それはそうやけど……)

 つぶやいた鬼子母神の声は小さかった。

 玄関のチャイムが鳴った。

 いつもならば須藤か浅田が対応するのだが、鴉は自分で玄関まで行って対応しなければならなかった。

「ほんま、役立たずばっかや……」

 文句を言いながら玄関のドアを開けると男が一人立っていた。

「なんや、あんた」

 不愛想な言い方に宜哉は少し肩をすくめて、

「あの、浅田に聞いてきました」

 とだけ言った。

「浅田に? ふん、まあ、入り」

 鴉は部屋の中に戻った。宜哉は足を引きずりながらその後について行った。

 部屋に入ると鴉は顎でソファを指した。

 宜哉はゆっくりとソファに腰をかけたが、何かの拍子に痛むのだろう、何度か顔をしかめた。

「下僕どもがおらんようになって、茶ぁも出せんけどええな。茶ぁ飲みに来たんちゃうやろうし」

「はい。鴉の兄さんは絶対に失敗しないと、浅田が言ってました」 

「俺に失敗はない。でも成功云々はあんたの心がけ次第や。方法は聞いてるんやろ?」

 宜哉はうなずいて、そしてまた顔をしかめた。

 ここに来るまでにずいぶんと悩んだ。長い間、三木に支配され、金を搾取されてきたのだ。楽になりたかった。三木に貢ぐ為に詐欺行為を働く。規定の金を上納しなければ半死半生の目に遭わされるからだ。何日も殴られ蹴られ、そして三木の気が済むまで犯される。 それを若いチンピラどもが見に来ては笑い話にされる。宜哉は疲れ果てていた。

 英美が死んだ時、少しだけ気が緩んだのも事実だ。彼女は詐欺行為に適した人種だった。 良心の呵責もなく、金の亡者のように稼ぐ。金になればどんな男でもよかった。そして英美がよく稼ぐ分、自分にも巨額のノルマが課せられる。朝から晩まで金の算段をする。 考える事は金の事ばかりだった。何の楽しみもなく、何の生き甲斐もない。

 三木はゲイではない。ホステスからキャバ嬢、普通の会社員まで、手持ちの女は大勢いる。宜哉に手を出すのは、ただ支配したい為だけだ。屈辱を与えて、誰が主人か分からせる、それだけの為に宜哉を嬲る。

 それは分かっていた。自分は玩具であり、三木は支配する側の人間である。

 人間が犬を飼うようなもので、三木は最悪の飼い主であるだけの事だ。可愛がったり、餌を与えたり、服を着せたりする。飽きれば虐待して、山に捨てて、保健所で処分される。

 犬にも我慢の限界はある。すり寄っても尻尾をぶんぶんと振っても、飼い主はにこりともしないのなら、犬はどうすればいい。

 だが、三木という寄生虫がいなくなればこの体も朽ち果てるように思うのだ。

 三木の為に働いた詐欺行為だが、彼が死んでしまえばもう出来なくなるような気がする。

「捨てられた犬かて、自力で餌とるようになるで。なあ、あんたももうええ年や、今に佑ちゃんに捨てられる。捨てられるのを待つか、あんたが奴を捨てるか、どっちかや」

 と浅田は言った。

 自分が佑ちゃんを捨てる、という言葉は甘美な響きだった。選択権は自分にあると思うと心の中がざわざわと騒いだ。

 そして安全に佑ちゃんを捨てるには殺してしまうしかないのだ。

「相手は?」

 と鴉が聞いたので、宜哉は鞄の中から三木の写真をとりだした。

 鴉はそれを見てくすっと笑った。

「こいつか」

「お願い……します」

 と言ってから、焦りと不安が頭の中をぐるぐる回った。今ならまだ引き返せる。

「ええやろ、こんな悪い奴にはそれ相当のお仕置きが必要やなぁ」

 と鴉が楽しそうに言った。

「悪い……ですか」

「悪いな、こいつ、人間ちゃうで」

「え?」

 鴉はけっけっけと笑った。

「まあ、今の内に手ぇ切るのが賢いな。で、早速やるか? とびきりの図柄を選んでやるで」

 そう言って鴉が立ち上がった。そして素早い動作でシャツを脱いだ。

 現れた体中の刺青に宜哉は目を見張った。隙間もないくらいに埋め尽くされた刺青は素晴らしく豪勢で美しかった。

 宜哉はごくっと唾を飲み込んだ。一瞬、目眩がしたが、すぐに治まった。

 もう引き返せない、そう思うと体が震えた。

「凰! 出るで」

 と鴉が言ったが、誰に言ったのか分からないので宜哉は黙っていた。

 指示されて、宜哉も洋服を脱ぎ寝台の上にうつぶせになった。

 そして目をつぶった。


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