下宇田9
すぐにドアが開いてまた三木が入ってきた。
どすんと音がして、青女房が息を飲む気配がしたので、浅田は目を開いた。
「わ……須藤ちゃん、何してんの?」
「あ、浅田さん」
床に転げた須藤が顔をあげて浅田を見たが、赤黒く腫れ上がっている。三木に酷く殴られたのだろう。元々潰れたような目だったのが今はぼっこりと腫れ上がり、見えているのかも分からない。
「この男、お前の代わりに殺してくれと頼みにきたぞ。化け物みたいな面してる割に友情に厚い男だな。それとも何か、お前のこれか」
と三木が親指をたててみせたので、浅田はふんと鼻で笑った。
「そっちの方しか頭にないんか……ほんま……下種な男やの」
そう言ってはまた三木に腹を蹴られた。三木は警戒しているのかあまり浅田に近寄っては来なかった。
「今、準備をしている。たいそう面白いビデオが撮れそうだ。出演者も増えたしな。楽しみにしてろ!」
そう言い捨てて三木は部屋を出て行った。
「……須藤ちゃんものこのここんなとこへよう来るなぁ。代わりなんて無理決まってるやろ……人質が増えてあの男が喜ぶだけやで」
「す、すみません……でも……兄さんを怒らせてしまって……」
「何? 何かやってもうた?」
須藤は鴉の名前で金を借りた事を話した。その金は子供の施設に渡してどうかよろしくと頼んできた。もう思い残す事はなかった。後は鴉や浅田の為に死ぬ、くらいである。
「兄さんの名前騙ったんか……勇気あんなぁ……」
「もう……わしが出来ることはこれくらいしか……代わりに死ぬくらいしかないんです……」
須藤の腫れ上がった目から涙が流れた。
「ええ~もう、何やねん……っていうか……あー、俺こそ今すぐ死にたいわぁ……あの変態、俺に何さらす気ぃや……須藤ちゃん、いっそ俺を殺してくれへんかな……」
「そ、そんな」
「変態ビデオに出演させられるくらいやったら、いっそ、舌噛んで死のうか……」
(まあ、待て……浅田……何とかなるかも知れん……)
と言ったのは青女房だった。彼女は疲れたような声で囁いた。
「何やねん……なんかええ考えでもあるんか」
(ある……須藤、浅田を助けにくるとは見直したぞ……)
「え?」
(わしが取り憑けるのはあにさんが手がけた人間や……浅田に憑くのは浅田の体力的に無理や……でも須藤にやったら憑ける……須藤には今でもたっぷり不浄の壺の毒気が残っている。毒はわしにはええ糧になる……浅田を守る事くらいは出来る……わしが憑いたら須藤には辛い具合になるかもしれん……でもな、代わりに死にに来たんやろう? どうや……須藤……)
「は、はい、お、お願いします……浅田さんが助かるんなら……何でも……します……死んでもええです……」
(あほか! 死んだらあかんのや。浅田を助ける為には生きとかなあかん……お前が死んだらわしが憑く人間がおらんやろ! お前の体はもっと醜く崩れて、もっと動かんようになる。息するんも辛いで……でもな……ぎりぎりまで生きるんや……ええな……)
「は、はい」
「ちょ、ちょっと、俺の為にそんなまでしてくれんでええし……」
「いや、浅田さん、わ、わしは大丈夫ですから……お願いします……鴉の兄さんには浅田さんは……必要な人間ですから……」
「そんなことないやろ……」
と浅田は素っ気なく言った。
(まあ、やってみたらどうや……このままでは、浅田は変態ビデオの出演者、あにさんを怒らせた須藤にも先はない……わしとて、ただ体が崩れるのを待つばかり……三人で手ぇこまねいてても仕方がない……)
青女房が言うので、浅田もうなずいた。
「せやな……やってみるか」
(須藤……不浄の壺に憑かれた時を思い出せ……根性入れろよ……わしは甘ぅないで……)
低く響く声で青女房が囁いた。
須藤はごくっと唾を飲み込んで、体に力を入れる。
浅田は目を大きく見開いて須藤を見つめていた。




