不浄の壺3
「マサトさん」
「あん? 何だ、安原じゃねえか」
マサトは背後から声をかけてきた男を見て、なんだ、という顔をした。
インチキ宝石販売の英美の同僚の安原である。手にはポストカードに印刷した案内状を束にして持っている。夕刻、繁華街へ出て来たOLを狙って声をかけている途中であった。
浅田と別れた後、マサトはぶらぶらと繁華街を歩いていた。店へ出る時間が迫っているが、足が向かない。
浅田には景気のいいことを言ったが、マサトが売れていたのはもうだいぶ前の話だ。
ホストは容貌が衰えるのが早い。酒で体を内臓から壊し、不規則な生活が精神を消耗させる。こんな商売だと入ってくると同じだけ金は出て行く。服、靴、カバン、アクセサリー、女。使い道はいくらでもある。とても金など貯まらない。
それにもうナンバーワンの座はとうに追われているので、以前のように儲かって仕方がないという程でもない。
若い奴らの嘲笑が聞こえくるような気がして、店もサボりがちだった。
以前は追い払うのに困った追っかけの女も今は影もない。
「どうよ。儲かってんのか? 妙な石、売ってんだろ?」
「妙なって酷いっすね」
笑いながら安原がうなずいた。
「俺も転職してえ。ぼろい儲けなんだろ?」
「そうでもないですよ。店長にだいぶんぼられますしね。店長もケツモチにかなり納めてるみたいだし」
「へえ」
「それより、さっきそこで話してた男、知り合いなんですか?」
「あ? ああ、浅田か? 後輩だ。今はやってねえみたいだけど、昔同じ店にいた。どうした?」
「英美が死んだの知ってます? ほら、いつか紹介したでしょ。俺と同じことやってる」
マサトはしばらく首をひねって考えた。金にならない女は覚えない主義だった。
「ああ、あの女ぁ」
マサトは適当に返事をした。だが安原は真剣な顔で、
「凄ぇ、死に様だったんすよ。包丁で体中の肉をえぐって……」
と顔をしかめて言った。英美が出勤しなくなり、連絡が取れない事を不審に思った宜哉に言われて英美の部屋に行った安原は第一発見者だった。管理人と一緒に死体を発見し、もろにその死体を見てしまった。あれからすっかり食が細くなってしまった。死臭が鼻から抜けない。匂いを発する物からはすべて死臭がするのだ。
「? 自殺か?」
「サツはそう言ってますけど、あいつが自殺なんかするはずがないんですよ。仕事は順調だったし、金も好きなだけ稼いでた。大勢の男から金を騙し取ったから、怨まれてるとは思いますけどね。だから殺されたんならまだ納得がいくんです」
「ふうん、で? 浅田が何か関係があんのか?」
「そこまでは……でも英美が騙した男の代理人って言ってあの浅田って奴がちょろちょろしてたみたいなんですよね」
「へえ、浅田がねえ」
「奴が殺したかどうかは分からないですけど、何か関係があるんじゃないかと思って」
「探ってんのか?」
「店長がね……英美はよく稼いだから、金づるをやられたって怒ってるんです。店長のバックもやばい人らみたいだし……俺はあんま興味ないんですけど」
「ふうん」
とマサトは言って笑った。こいつは金になりそうだ、と思った。
「でもどこか正体のねえ奴で、街をうろついてる割に捕まらないんですよね。見かけたら押さえとけって言われてるんだけど……」
そう言いながら安原は頭を掻いた。安原はネズミ並の度胸しかない男だ。甘い言葉で女は騙せても、血なまぐさい事には全く役に立たない。
「そうか、そうか」
マサトは安原の肩をぽんぽんとたたいて、
「何なら俺が探りをいれてやってもいいぞ」
と言った。
「まじっすか」
「おう、浅田は可愛い後輩だからな、もし関係がなかったら疑われるのは可哀想だ。だが、奴がやったんなら、罪は償わないとなぁ。俺がきっちり仕切ってやるよ」
「お願いします」
安原は嬉しそうに笑った。肩の荷が下りたという風な顔をして、
「まじでまいってたんすよ。俺は適当に金を稼げたらそんでいいんですよ。でも店長の上の方がなんかまじで怒ってるみたいで、しめしがつかないとか言ってるし」
と言った。
「おう、まかせとけ。何か分かったら、連絡いれる」
「はい、お願いします!」
安原は嬉しそうな顔で人の行き交う交差点に戻って行った。
マサトは安原を見送った後、先ほど浅田と話した場所まで戻ってみた。浅田はすでに姿を消している。
「こいつは面白くなってきたな」
マサトは楽しそうに笑ってからまた歩き出した。




