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  作者: 猫又
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不浄の壺

 繁華街の雑踏の中で浅田は携帯電話を開いた。

 わざと人混みの中のガードレールに腰をかけて、インターネットにつなぐ。自分が管理している鴉のサイトへと飛ぶ。こういう事は雑踏の中でするのがいい。部屋に帰ってしんとしたひとりぼっちの部屋では到底出来ない。

 掲示板には荒らしや冷やかしも多数やってくるが、中には依頼希望者もいる。

 管理人が承認しなければ表示されない欄に連絡を待つというコメントと連絡先が残されてあった。

 一つでも多く仕事をとれば鴉も認めてくれるかもしれない。

 ネットでの集客は禁じられていたが、浅田はサイトを閉じようとはしなかった。

 その為だけにわざわざ二台の携帯電話を使い分け、持ち歩いているのだ。

 依頼者の方から近づけるシステムにしなければ集客は難しい。噂が噂を呼んでというのは時間がかかる。浅田は早く鴉に認められる功績が欲しかった。

  

 コメント欄に記入された携帯の番号に電話をしようとして、誰かに肩をたたかれた。

「よう、浅田ぁ」

 浅田が顔を上げると酒で潰れたがらがら声が聞こえてきた。

「マサトさん」

「久しぶりじゃん。お前、店ぇ、辞めたんだってな。今、どうしてんの?」

 素肌にレザーのコートを羽織った金髪の男が立っていた。ホスト時代の先輩だった。

「別に……ぶらぶらしてます」

 と浅田は言った。あまり気の合う相手ではなかたった。客を獲るためにはどんな手でも使う奴だったからだ。たいして男前でもない、しかし、危険な匂いのする男を演じ慣れていた。十五才から七十才まで幅広く顧客がいて店では常にナンバーワンだった。

「女、ソープに沈めて刺されたって聞いたけど、まじかよ」

「いや」

「そんで弱気になって逃げ出したって噂だぞ」

「そんなんじゃないっす」

 はははとマサトが笑った。煙草に火をつけ、

「まあいいさ。しばらく見ない間にしょぼくれちまったな、お前」

 と言った。

「マサトさんはどうですか? 相変わらず稼いでるんですか」

「おう」

 得意げに肩をいからしてはいるが、そろそろこの男も降下中なのだろうと浅田は思った。 若い男は街に掃いて捨てるほどいる。簡単に金が稼げると思うホスト志望も山ほど。そして客はすぐに飽きる。次々と新しいホストに簡単に鞍替えする。

 酒で灼けた喉からでるざらざらしたマサトの声は雑踏の中では聞き取りづらかった。

「よう、またやる気ならオーナーに口きいてやるぞ」

「ええ、またそん時はお願いします」

 浅田は素直に頭を下げた。

 街は夕暮れ時で人の流れも早い。

 口数の少ない浅田に舌打ちをしたマサトは手を振ってその流れの中に消えて行った。

 浅田は携帯電話を握りしめたままその背中を見送った。

 依頼者に電話をしようとしていた気持ちが削がれ、浅田は携帯電話をぱちんと閉じた。

 立ち上がり、またあてもなく歩き出す。人恋しい気持ちはあるが、マサトのような人種とは遊びたいとは思わなかった。

 夕闇が街に広がり、ネオンが輝き出す。

 酒場が客を迎える準備をしているのだろう。酒屋が昼間に運んできたビール瓶のコンテナを従業員が運ぼうとしている。

 それは浅田の視線の隅にちらっとしか映っていないが、街のいたる場所で見られる光景だった。ぼんやりと歩く浅田の目を素通りしていった。

「す、す、すみません」

 と謝る声に浅田ははっとその酒場の裏口を二度見した。

 やけに小さいおっさんがぺこぺこと頭を下げている。

「須藤ちゃん……」

 須藤がぶかぶかの作業服を着て立っているのだ。

「無理だって言ってんだろ!」 

 酒を運ぼうとしていた若者が怒鳴った。じろりと意地の悪い目で須藤を見る。

「は、はい、……」

「あんた歩くのも満足に出来てないじゃんか! 仕事なんて無理に決まってっだろ!」

 浅田よりも若い二十歳前後と思われるの若者に罵倒され、それでも須藤はぺこぺこと頭を下げた。

 若者の言葉に酒場の裏口から派手な顔立ちの女性が顔をのぞかせた。

「気の毒だけど、やっぱりうちでは雇えないわ。その体じゃねえ」

「なんとか……なりませんでしょうか……わ、わし……働きたいんです」

 と言った須藤に、

「あのなぁ、おっさん! この不景気のご時世に働きたい奴はいくらでもいるんだよ! 健康な体でも仕事がない人間が大勢いるのに、満足な仕事が出来ないあんたには無理だよ!」

 と若者が言った。そして派手な女とともに店の中に消えて行った。

 須藤は肩を落としたが、やがて歩き出した。きょろきょろと辺りを見渡して、スタッフ募集などのチラシを貼ってある店の前に立つ。中に入ってそしてまた追い出される。

 二、三件の店で須藤が断られるのを浅田は眺めていた。

 やがてはぁと息をつき肩を落とす須藤に浅田は声をかけた。

「須藤ちゃん」

「あ、え? あ、浅田さん……」

 須藤はばつの悪い顔をした。

「仕事、探してんの?」

「え……いや、まあ……」

「なんで? 鴉の兄さんのとこから出る気?」

「いや、違います……わし……その……」

 日が完全に落ち、辺りには派手なネオンが様々な色彩を放っている。通りもやがて人の影が増え、立っている二人は通行の邪魔になっている。奇っ怪な須藤の姿を見て、綺麗に着飾った若い娘達が眉をひそめながらよけて通っていく。

 須藤はしどろもどろで、何か小声でぶつぶつと言っていた。

「なんか事情があんのやったら、相談にのるで」

 と浅田は言った。須藤は顔を上げて浅田を見た。醜い顔の中で、瞳がやけに悲しそうであった。


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