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  作者: 猫又
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ごきかぶり2

「英美! やったわね、臨時ボーナスだってさ!」

「ま、あたりまえっしょ。あんだけ稼いだんだもん」

 ふんふんと鏡の前で化粧を直しながら山田英美は言った。

「どいつもこいつも馬鹿ばっか、すぐにその気になっていくらでも買うんだもん。あたし、笑いを堪えるのに必死よお」

 山田英美は色の白い綺麗な肌の女だった。だが美人ではなかった。ぱっと人目をひくという顔でもなく、スタイル抜群というわけでもない。ただどことなく人の良さそうな顔はしている。こんな女に騙される男がいるのか、と思われそうな女だった。

 だが不美人だからこそ男は騙される。身の丈に合った恋人を探している男にはぴったりの女だからだ。不細工ではなく、料理が上手、愛想がいい、話し上手、そして生活態度が真面目な女、それだけアピールすればいい。

 適齢期を過ぎた頃の男で真面目に結婚相手を探している男にはぴったりの女だ。

 なまじ美人だと余計に相手は警戒する。

 英美は鏡の中の自分を見た。シミ一つない肌だけが自慢だった。格別美人でない自分でもこの色白の美肌で三割増しという事も知っている。

 色白は相手に清潔感を与える。それだけで誰も英美のやっている事が詐欺だとは気づかない。英美自身も詐欺を行っているという自覚もない。

 上手におだてて宝石を買わせるだけだ。契約するのは客自身の決断なのだから、英美が誰に責められる筋合いはない、と考えている。

 街を歩けばいくらでも客になりそうな男が歩いている。

 あまりお洒落で派手な男には声をかけない。逆に売り込まれる場合があるからだ。

 水商売系や年配のサラリーマンも除外する。学生にはたまに声をかけてみるがたいてい逃げられるか、逆にからかわれて終わる。

 カモは少し冴えない、恋人がいないような男だ。

 甘い恋人の顔をしてやれば英美の為に喜んで宝石を買ってくれる。

 いわゆるデート商法という奴だ。

 クーリングオフ期間はメールや電話で恋人を装ってやればいいだけの事だ。

 英美は二点以上の宝石を買わせる事を自分のノルマにしている。

 最初は恋人同志のリングから最終的には結婚指輪までだが、その間にいくつも買わせる事に成功する時もある。

 別れの準備も出来ている。自分に癌がみつかった、または母親の介護のために等。

 自分に入る金を考えるとしおらしい演技くらい出来るし、涙もいくらでも流せる。

「さて、次のカモを探しに行きますか~」

 英美は鏡の中の自分ににやっと笑った。 

 洗面所を出て事務所にしている部屋に戻る。

 安い貸し部屋を事務所にしていたが、学校にあるようなパイプの机に白い布を引いて、その上に宝石を置いてあるだけだった。ライトアップもない。がちゃがちゃとした豪華な宝石よりもべっちんのケースがやけに上等の品に見える。

 仮にも百万の値がついているのに、客に勧める椅子はパイプ椅子で、飲み物すら出さない。

 同僚の男が客を連れて来ていた。男は不健康そうな肌の黒い男だった。痛んだ茶髪に安物のスーツがみすぼらしい。男は連れてきた客に宝石の説明をしていた。

 これは自分がデザインしたものだから、是非君につけていて欲しい、と男が言った。

 他の誰にも売りたくない、と言った。

 どこから見てもデザイナーの片鱗すら見つけられないような男の言葉を真に受ける方も馬鹿だが、堂々と自分はデザイナーで、という男の厚かましさに英美は苦笑した。

 みんなが必死である。金の為だ。全ては騙される方が悪い。騙される方が馬鹿だ。

 否、そんな事を考えるのさえ億劫だ。自分だけが儲かればいいのだ。誰が悪いとか悪くないとか思いつきもしない。

 だから英美は今まで騙してきた男のことなぞ覚えていなかった。名前と顔すら一致しないし、もう顔すら思い出せない男もいる。

 一番最近のカモは尾上という男だった。オタクで気の小さい男だった。

 真面目だが、面白くもなんともない人間だった。英美が笑顔を振りまいて優しい言葉をかけてやると、彼女の踏んだ地面までありがたがる勢いで感激していた。

 冴えないサラリーマンだからそう金にはならないと思っていたのに、六百万もの売り上げを出せた。

「ひ、英美」

 と尾上は彼女の事を呼んだ。必ず「ひ、英美」とどもる。どもりながらでも名前を呼び捨てにする事で自分の女だという事を確認しているようだった。

 だが英美がわざと返事をしなかったり、つんけんとした態度で返すと慌てて「英美さん」に変わった。

 覚えているのはそんな事と実家が金持ちだという事だった。もの凄い金持ちならばもう少し個人的につきあってやってもよかったが、金持ちでもほどほどの程度だった。

 実家は農家をやっていて土地はかなりあるが、結局跡継ぎの兄の物になるらしい。尾上の取り分も多少はあるが、尾上と一緒に農業をするのはごめんだ。土地を売ったところで一生遊んでくらす程でもないだろう。第一、一生遊んで暮らす金があったとしても、英美に田舎暮らしはありえなかった。

 冗談じゃない。あんな不細工な不潔な男と田舎で暮らすなんて。

 英美はバックの留め金をパチンとしめて立ち上がった。

「店長、外回り行ってきまぁす」

 白いスーツの男が隅の方で書類をめくっていた。

 金のネックレスをした、長髪の男は顔を上げた。一昔前のサーファーのような長髪と日に焼けた肌をしていた。佐々木宜哉、三十五才。

 宜哉は英美ににやっと笑いかけて、

「山田さん、今月がんばってるね。その調子、その調子!」

 と愛想よく言った。 

「はあい」

 英美が部屋の外に出ると、

「みんな、山田さんのようにがんばってね!」

 と宜哉の酒やけで潰れただみ声が聞こえてきた。


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