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【書籍発売中!】ライブラリアン〜本が読めるだけのスキルは無能ですか!?  作者: 南の月
第四章 開花するスキル

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クラティエ帝国の民

「トリム王国はこの大陸のほとんどを治める大きな国だったのは知っているな。そこから分裂し、今のレペレンス、トリフォニアができた。今我々のいるクラティエ帝国がある場所はさらに細分化したいくつもの国に分かれた。それはもちろんトリムの都から遠く、後から併合された部族が多かったからだ。つまりトリム王国という強大な国の中にありながら、彼らは完全にトリム王国の民という意識がなかったのだと俺は思う」

新学期が始まり、イライアス皇子、クリス様と共にオルトヴェイン先生の講義を受けている。

久しぶりに受けるオルトヴェイン先生の講義は、知識を覚えるだけだった私の学習と違ってとても難しい。

特にSクラスに上がってからの講義は難しい。

学園に入った時点で、学生はある程度の知識を持っていることを前提としてオルトヴェイン先生は講義をする。

だから、1年生の時は何かの出来事があったら、そうなった理由を考えるような授業だった。

今でも覚えている。一番最初の授業だ。

入試問題をもう一度解かせた後、餓死者数の推移を出して、なぜこれほど餓死者が減ったのか考えろという授業だったのだ。

オルトヴェイン先生は、言っていた。

知識を覚えるのは、学習のスタートラインに立ったに過ぎないって。

結局その問題は宿題としてレポート提出になった。

入学して最初の授業から、トップスピードを出していて、まだナリス語に不安もあった私はひーひー言いながら、本を読み、数字を追い、仮定から結論まで何度も何度も考えて、レポートにガリガリ書いた。

今ならわかる。

あの1年でオルトヴェイン先生が私たちに身につけさせたかったのは、調査の方法、複数の事実から結論を導き出す方法だったのではないかって。

何度も何度も、いろんな出来事の何故を問うことで、私たちにとにかく考えさせようとしていた。

つまり、学園入学前の知識を詰め込むばかりの学習方法から、自分で考える学習方法へ私たちの頭を作り変えようとしていたんだ。きっと。

覚える頭から、考える頭へ。

ちなみにナオが言うには、これは2年になっても変わらないらしい。

扱う題材が複雑になったり、ただ数字を見るだけではわからない文化的背景なども調査しなければならなかったり、2年時の授業の方が格段に難しいのは難しいらしいが、授業のスタイルは変わらず、過去の出来事の何故を問う形らしい。

なぜ「らしい」が付くかというと、私はSクラスということで、ナオたちとは違う授業だからだ。


では、Sクラスの授業はどんなものかというと、未来を読む授業だ。

今起きている出来事から、今後どうなっていくかを予想する授業と言ったらいいだろうか。

まだ起きていないから、適当に答えればいいという問題ではない。

ちゃんとした論拠が必要だ。

だから、例えば今話しているのはクラティエ帝国ができる以前のトリム王国の話をしているが、その時に起こったことと今クラティエ帝国は似たような状況なのではないかと比較し、帝国は今後どうなっていくのかを話し合っているのだ。

わかるだろうか。

もっと具体的に言うと、トリム王国は度重なる戦争でこの大陸のほとんどを支配した巨大な国なのだが、このトリム王国の最後はレペレンス、トリフォニア、そして小さな国々に分裂して終わった。

このクラティエ帝国もトリム王国ほどではないが、戦争によって少しずつ領土を増やしてきた大国だ。では、この帝国も分裂してしまうのか。

分裂するとしたら、何を基準に分かれるのか……なんてことを話し合い、話し合っているうちに脱線し、今はそもそも国民とはなんだという問いについて考えている。

その場所に住んでいたら国民なのか、話す言語が同じならいいのか、血なのか、文化なのか……。

つまり何が言いたいかというと……Sクラスの授業は今までとは別次元の考える力が必要なようで、とても、本当にとても難しい。

1年の時からSクラスのイライアス皇子とクリス様は1年からこんな授業を受けていたのかと愕然とする。


「良いところに気が付いたな。今君らが話している「国民とはなんだ」というような根源的な問いは、今後いろんなことを考えるための武器になる」

オルトヴェイン先生が声をかける。

「武器……ですか?」

「あぁ。武器、というか道具だな。何かについて考える時、人は自分なりの道具を使って考えている。物差しというやつもいるな。わかるか」

そう言ってオルトヴェイン先生が簡単な例を出す。

例えば、国王が平民を殺した場合。

実際問題、王がどうなるかは別として、100人に率直な意見を聞けばいろんな意見が出るだろうと。

法律という道具を使って考えた人は、王を裁判にかけるだろう。

身分という道具を使う人は、王の行為を見て見ぬふりをするだろう。

博愛という道具を使う人なら、王に懇々と愛を説くかもしれない。

同じ出来事でも、使う道具が違えば意見が変わる。善悪すら変わる。

そうオルトヴェイン先生は言う。

「だから、そういう道具をたくさん持っていてほしい。いろんな道具を使って物事を考え、その上で自分なりの意見を作ることが大事なんだ。それに、たくさん道具を持てば持つほどいろんな可能性も考えられるし、いろんな人の考えを真に理解できるしな。ということで、残りはレポートで」

オルトヴェイン先生の授業は難しいが面白い。

だけど、夏休み後一発目にもかかわらずヘヴィー級の授業で、夏休み気分が一気に消し飛んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、これ完全に国のトップ層向けの教育だわ。
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