いい話
大まかな打ち合わせを終えて、2人と別れた私はやっと我が家へ帰宅。
殆どのお菓子をエイミーに食べられてしまったせいか、はしたなくもグウとお腹が鳴る。
もう!エイミーってば好きな物だけ食べ尽くし系なんだから。
そんな訳で今夜の夕食は何だろう?なんて考えてしまうのはしょうがないよね。
なんといっても食べ盛りの成長期だもん!
と、少々食い意地の張った自分に言い訳をしてみると、久しぶりに聞く声が私の名前を呼んだ。
「おかえりなさいリリア」
「姉様!それにヴィンスも!いつこっちへ戻って来たの?」
こっちへと聞いたのは、姉のメリッサとその婚約者ヴィンスが、祖父母の住む南の領地へ行っていたから。
体の弱い姉は、大人になってからは幾分ましにはなったが、それでも季節の変わり目なんかは寝込む事が多い。
そんな時祖父母から「腕のいい治療師が見つかったから、一度診てもらったらどうだ?」と提案され、暫く祖父母の元で治療に励んでいたという訳。
まあ、ヴィンスはちょうど南の方で仕事があったからと言い訳して、姉に付いて行ったのだけど、片時も離れたくなかったというのが本心だろうな。
なんせお湯が沸くレベルでアツアツの2人だから。
いや、お湯よりジュージューと鉄板の上で、音を立てる肉レベル?
と、食い意地がまた出てしまった!どちらにしろアツアツには違いないけどね。
「今日の昼頃よ。早くリリアに会いたかったのに、リリアったら中々帰って来ないんだもの!」
「あーごめんね!ちょっとエイミー達と色々話してたの」
「もう!それなら連絡くらいしてくれてもいいじゃない!」
プーッと頰を膨らませ、拗ねる素振りを見せる姉に、ヴィンスがそっと宥める様、肩に手を乗せた。
「まあまあ、リリアにも付き合いがあるんだよ。折角久しぶりに会ったのだから、メリッサも怒らずリリアを迎えてあげなければね。いい話もあるのだから」
ヴィンスが穏やかに言い聞かせると、姉は途端に機嫌を直す。
う〜んアツアツ!
今ではお互い想い合っているこの2人だけど、最初は姉の一目惚れから始まったんだから驚きだ。
体が弱くあまり学校へ通えなかった姉は、遅れがちな勉強に、塞ぎ込む事が多かった。
それを憐れに思った父は、友人であるクライブ男爵へ相談してみたのよね。
そうしたらクライブ男爵は、かねてより優秀だと評判の次男を、家庭教師として寄越してくれたのだ。
それが今では姉の婚約者となったヴィンス。
彼は隣国への留学が決まっていた為、短期間ではあったけど、根気よく丁寧に姉の勉強を見てくれたっけ。
ついでに私の勉強もね。
彼の穏やかな人柄と、何より容姿が姉のどストライクだった事から、側で見ていても尊敬に値する程、姉は猛アピールを仕掛けていたわ。
当のヴィンスは案外鈍感で、姉の気持ちには気付かなかったみたいだけど。
儚げな印象の割に行動力がある姉は、留学中も猛アピールを続け、遂にヴィンスを陥落させたのだ。
まあ、姉程の美しさがあれば、向かう所敵なしと言っても過言ではないのだけど、ヴィンスは容姿より姉の書いた手紙に心を打たれた様で、そういった点でも尊敬出来る人である。
そして彼は現在、投資や不動産取引なんかで成功を収めているので、何というかまあ、姉の見る目は確かだったと感心するよ。
1度目より2度目の今は、より深くそう感じる。
「いい話って今言わなかった?いい話ってどんな話?」
「あらリリア、いい話って言ったら、どんなも何もいい話に決まっているじゃない」
「いや、揚げ足はいいからね。内容について尋ねてるだけだから。さては遅くなったからって、焦らしてみた作戦?」
「バレたか」
「バレバレ。何年妹やってると思う?」
「16年」
「うわーめんどくさっ!まだ焦らすってめんどくさっ!そういうのもういいからね!ヴィンス、何の話か教えて?」
私達姉妹のやり取りに、引くどころかクックッと笑い、ヴィンスは待ってましたとばかりに口を開いた。
それも凄く嬉しそうに。
「メリッサの治療が上手くいってね、後は基礎体力をつけるだけになったんだよ」
「えっ!!」
思わず驚いてじっくりと姉を観察すれば、青白かった肌は少し日に焼け、頰には薄ら赤みがさしている。
姉も嬉しそうに微笑んではいるけど、若干ドヤ顔なのは‥許すとしよう。
「凄い!!姉様が日に焼けてる!ていうか凄いよその治療師!奇跡だわ!」
「ウフフ‥本当、私にとっては奇跡よね。これからは諦めていた事にも挑戦出来るし、リリアと買い物にだって行けるんだもの。いい治療師を紹介してくれた、お祖母様達に感謝しなきゃ」
「そうだねメリッサ。でも、まずは基礎体力をつけてからという事を忘れずにね。それと、いい話はもう一つあるのだろう?」
「そう!こっちはリリアにとって、とてもいい話なのよ!だから一番に言いたかったの!」
「私にとっていい話?えっ?何だろ?‥夕食が私の好きな子豚のローストとか?」
おっと、また食い意地が出ちゃった。
「もうリリアったら、それくらいちゃんと用意しているわよ。何といってもお祝いなんだから」
「お祝い?ハテ‥誕生日はまだ3ヶ月先だし‥」
首を捻る私とは対照的に、姉とヴィンスはニコニコ顔。
う〜ん、まだ焦らしプレイ継続なのか?なんて若干のイラつきを覚えていたら、次の瞬間姉の口から信じられない言葉が出た。
「おめでとうリリア!貴女の婚約が正式に決まったわ!」
「うい?」
と、何とも間抜けな声が漏れた後、一瞬のフリーズ。
婚約?蒟蒻の聞き間違いじゃないよね?
いや、出来れば蒟蒻であって欲しい。
婚約って‥ええっ!?
「私達が到着した頃、ちょうどアスベル卿とお父様が応接室から出て来られてね、聞いたらアスベル卿直々に申し込みにいらしゃったと言うじゃない、もうリリアったら、すっかりアスベル卿のハートをキャッチしちゃったのね!」
なんだと!?
ユーエン自ら?
ちょっと待て、私断ってくれって頼んだよね?
どういう事だ!?
「ん〜でもアスベル卿の気持ちも分かるわ〜!リリアの可愛さを知ったら、クセになるもの。なんていうか‥小動物系?」
「メリッサは相変わらずリリアが可愛くてしょうがないのだから、少々妬けてしまうよ」
段々と血の気が引いて行く私とは対照的に、姉達アツアツカップルは呑気にアハハウフフと笑い合っている。
ダメだこりゃ。
とにかく夕食の席で、父にじっくり確認しなければ!
まだ話足りなそうにしている姉を尻目に、私はさっさと自分の部屋へ着替えに向かった。
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