無自覚?いいえ自覚しています!
「俺さー、あんなに危機感を覚えたのは初めてだよ」
大袈裟な身振り手振りを交え、ハリーは昨日を振り返る。
まあ気持ちも分かるので、相槌を入れてはうんうんと同意。
で、直接の当事者ではないエイミーは、適当に相槌を打ってはお茶菓子に手を伸ばしている。
ハリーの話より、目の前のマフィンに夢中の様だ。
「ねえハリー、このマフィンってウインストンズの?」
エイミーがあまり自分の話に関心がないと感じていたのか、ハリーは茶菓子の話題にパアッと顔を輝かせ、得意げに答える。
「そう!エイミーはあそこの好きだろ?」
「フフッ‥良く分かっているじゃない」
途端に満面の笑み。
単純過ぎるだろハリーよ!
これでエイミーへの好意が、誰にもバレてないと思ってるんだから、案外鈍感なのかもしれない。
「ところで、今日ここへ来た目的を忘れてない?結果はどうだったの?」
「そうそう、忘れる所だった!ほら、学校だとこの話出来ないからさー、ついね」
そうなのだ。
2人にはユーエンとの縁談を、絶対に他言無用と頼んである。
特に学校では、ユーエンのユの字も口にしないで欲しいと、釘を刺してあった。
だって万が一ウルセラの耳にでも入ったら、面倒臭い事この上ないし。
こういう点では未来を知ってると、対策が立てられて便利だよね。
で、今日は放課後ハリーの家に来て、話しているという訳。
まあ、本当は昨日の話をしに来たのではなく、別の用事で来ているんだけど。
「さっきうちの従業員に聞いたら、3人に聞かれたって言ってたよ。やっぱ俺の目利きアンテナってスゲ〜!」
「はいはい。でも、3人が気に留めたって事は、リリアの絵には、それだけの魅力があるって証明された訳よね。これは凄い事だわ!」
「証明って‥3人だけじゃない」
「あら、素人の絵に3人もの人が目を留めたら大した物よ。ね、ハリー?」
「うん。しかも大した額に入れていた訳じゃない。いかにも高級な額縁なら、気になって絵の価値を聞くお客様はいるけど、リリアの絵は作者が誰かを尋ねられたってよ」
「えっ!?それで私の名前言っちゃったの!?」
「いいや、新人画家のリオって名前にしといた。リリアでオーサーだからさ、リオでよくない?」
よくない?って‥結構適当じゃないか?
「リオっていいわね!流石ハリー!ネーミングセンスがあるわ!」
えっ!?いいのか?
これはセンスありなのか?
エイミーに褒められたハリーは上機嫌。
まあ、特に文句もないから良しとしよう。
「それでさーリリア、相談なんだけど、リリアの絵をさ、本格的に売ってみないか?」
「ええっ!?う、売る?」
「うん。言っただろ?リリアの絵は価値があるって。折角才能があるのに、このまま埋もれさせておくのはもったいないよ!」
「いい提案ねハリー!私もその案に乗るわ!ハリーがプロデュース、私がサポートでどう?」
うわぁ‥2人の間ではもう決まっちゃってるよ。
でも、これは折角のチャンスでもある。
もしこれを受けて軌道に乗れば、将来的に道が広がって、1人でも生きていけるかもしれない。
そこではたと気付いた。
昨日ハリーを家に招いた事により、前回とは違う道が現れたのだという事に。
未来が変わって来ている‥それもかなりいい方向に。
それならこれを断る理由なんてない!
「分かったわ、2人に任せる。でも、あまり沢山は描けないから、少しずつでもいい?」
「もちろん!その方が余計価値が出るよ。あとそうだな‥贋作防止の為に、サインを特徴的なものにしようか」
「サイン?さっきのリオって名前で?」
「うん。人気が出る絵ってのは、必ず贋作が出回るんだ。だから簡単には、真似出来ないサインがいいかな。それから、リリアの絵はウチでしか販売出来ない様にして、鑑定書も付けるとして‥」
「ハリー、そういう話は私達で決めて、リリアにはサインだけ考えて貰う様にしない?ほら、リリアはアスベル卿との縁談もあるし、色々忙しいでしょ」
「ああ、そうだった!あっぶな!今度こそアスベル卿に殺される所だった!」
「ちょっと、私の絵とアスベル卿は無関係でしょ!」
「えーだってさ、ねぇエイミー?」
「うん、ハリーが危惧している事は分かるわ。リリアの周りをウロチョロしていたら、睨まれるだけじゃ済みそうにないもんね」
確かに昨日は随分と怖い顔でハリーを睨んでいたけど、それとエイミーが言っている言葉の意味が結びつかない。
「どういう意味?」
「もう!リリアったら無自覚!?あんなに独占欲むき出しだったのに無自覚!?」
「独占欲?誰が?」
「アスベル卿よ!」
「はぁ?何に対しての独占欲?」
「リリアに決まってるでしょ!」
「エイミー‥今日が何年何月何日か分かる?」
「分かってるわよ!分かってないのはリリアの方!アスベル卿は間違いなく、リリアに対して好意を抱いているわ。そうよねハリー、ハリーもそう感じたでしょ?」
うんうんと大きく頷き、ハリーはエイミーに同意している。
そりゃあエイミーの言う事に、ハリーが反対する筈ないってば!
全くエイミーもおかしな事を言うんだから。
「エイミー、誓って言うわ。アスベル卿が私に好意を抱くなんて事は、明日から私が王様になるくらいあり得ない事なの。多分だけど、天気予報で雨と出た時用の、傘くらいには私を必要としているんじゃないかしら?」
「いや、リリアは女性だから、女王様の方が表現としては正しいぜ」
「ハリー、そこは重要じゃないわ。重要なのはリリアが無自覚って所。て、いうか‥今日の所はまあいいわ。案外頑固だって知ってるし」
「頑固じゃないわ!これは絶対私の方が正しいの!」
だって私には、ユーエンとの2年間の記憶があるんだから!
なんて言いたくなったけど、その言葉は飲み込んで2人を見る。
ハリーは両手を上げてお手上げポーズをしていたし、エイミーは軽く溜息を吐いて呆れた顔をしていたけど、結局その後はこの話題には触れず、絵についての話を詰めていった。
読んで頂いてありがとうございます。




