73話目 シャボン「株やってたもんね」
そうよね、イーちゃん女王の〖オーメン〗は、まだ巷に出回ってないんだもの。
手に入るなかで、1番衝撃的だった【死の群れ】に殺到しちゃったんだわ。
下では、リスリスさんが応対してた。
「申し訳ありませんが、先日までとは大きく事情が変わりましたので、ユニット交換については、製作者本人の了解を得てからとさせていただきます」
ああー、申し訳ない、リスリスさん!
「値上げするのかよー!」
「ズリィぞー!」
集まったアバターの一部からは、ブウブウ言う声が上がる。
「あ! サボテンがいるぞ!」
誰かが気付いたみたい。みんな次々と見上げてくる。
あたしは、速やかにリスリスさんの隣へと着地した。
「みなさん。メリッサに注目してくださって、ありがとうございます」
「シャボンさーん! めるぽに言ってやってくれよー!」
ギャラリーの中からぶしつけな声が上がる。はぁー、そんな権限ないってば。
代わりに、ニッコリ笑ってみせた。
「メルティングポット工房さんには、すごくお世話になってます。製作者さんの了解を得てからというリスリスさんの言葉を、あたしも支持します」
「えー」
やっぱりブーブー言う輩はいたけど、ごく一部だった。大半の人は、「今すぐ変えてもらえないのは不満だけど、まあしょうがないか」って感じね。
リスリスさんが改めて説明して、「了解が得られましたら、工房のホームページでアナウンスします」と頭を下げて、みんなを帰した。
「リスリスさん。すみませんでした」
「いいえ、シャボンさんが謝ることではないですよ。むしろ、広めてくださったんですから」
あー、うん。本来は喜ばしいハズなんですケドね。
イキナリ、殺到するほどの人気を集めちゃったら、やっぱ迷惑だっただろうなあって。
中に入れてもらうと、シルクハットの猫さんや、せんべいピアスの鹿さんが、休憩室でこたつに入ってた。そこで、同じくこたつにINしてる機械クンを元気づけてる。――あうぅ~、すでにいたのね。
「シャボンさん……」
E-MIXクンもこっちに気付いたみたい。弱々しくほほ笑みかけてくる。
「すみません……。せっかく注目を集めてもらったのに、ショックが大きくて……。待ったをかけてもらいました……」
「ううん、あたしのことは構わないでいいのよ」
大げさに手でプイプイ否定してみせる。
「むしろ、あたしの方こそ、Eクンと工房のみなさんに負担を掛けちゃったわ。ごめんなさい」
「いえ、そんな……」
うつむくEクンを、猫のベンガルさんが「大丈夫だよ。心ないことを言う人は、ほんの少しだから」っていたわってる。鹿のDianaさんも、「そうです。たくさんの人があなたのユニットを応援してますよ」ってフォローしてる。
――あー、なんとなく、問題が見えてきたわね。
(シャボンさん)
少し離れた場所で、リスリスさんが手招きしてくれた。
(あの、イシュタールさんを倒した動画がありましたよね?)
(ええ)
(そこのコメント欄に、「このハチはズルいだろ」みたいな言葉が載ってたんですよ)
(うわ~。〖オーメン〗や〖ナイン・エレメンタル〗が有りなのに、ハチがチートって言われても、笑っちゃうダケなんですけどねえ)
(はい。だけどEクンは、それが気になって、ズルズルと調べ始めちゃったみたいで)
(ああ~……。ネットの掲示板で、悪口を見ちゃったんですね?)
(はい)
あうあう、ダメだってばー、Eクン。心が弱ってるときにエゴサーチは、本当に厳禁だから。機械の体に塩塗り込むと、サビちゃうわよー?
こたつでは、Eクンがぽつりぽつりと話してた。
「おととい、シャボンさんに喜んでもらったときは、スゴく嬉しかったんです……。だけど……ワーッと注目されたら、批判もあって……。それで今日、大勢の人に来られたとき、すごく怖くなって……。これで有名になったら、もっとハゲしく叩かれるんじゃないかって……」
あー、もうホンットごめんね。カードが人気化するって視点が、完全に抜け落ちてたわ。女王様に勝った時点で、Eクンに連絡して、対応を話し合うべきだったのね。
見ると、ショック自体は、すでに工房の人たちがやわらげてくれてるみたい。なんでも、ちょい強引にココに呼んでくれたんだって。流石のケアですわ。
――いよっし。じゃああたしは、批判に対するメンタルを構築してあげましょ。
「ねえ、Eクン」
あたしは、こたつを挟んで向かい側に座った。
「誰もがスゴイって言う作品って、あるのかな?」
「え……?」
「地球上の、全ての人がスゴイっていう作品ね」
「えっと……。な、ない……と、思います……」
「うん。みんながスゴイって思う作品なんて、存在しないわ。――ううん。むしろ、逆。あたしが『スゴイ!』って思っても、誰かが見たら『えー、何コレー?』みたいな感想の方が、よくあるの」
――そう。あたしは、よーく知ってる。
どんなに間違いなく騰がるって確信した株でも、「売り」が出てることを。
つまり……あたしと真っ向反対の立場を取る人が、毎回いるってことを!
「でもね、Eクン? ――人って、そういうモンよ。色んな考えがあるの」
あたしは軽く笑った。
「だから……そういう時は、基本に返るの。E-MIXクンが、メリッサを作ってどうだったのかって」
「僕が、メリッサを作ったとき……」
Eクンは、両手を拝むようにして、ぎゅっと握ってた。
「えっと……。すごく改良して、お尻の針をスピアに変えて、4体のバージョンを作りました……」
「ん。シグマちゃん、タウちゃん、ウプシロンちゃん、ファイちゃんね」
「はい……。おとといの時点での、全力を出せたと思います……」
「じゃあ、最高傑作ね?」
「――はい!」
お。今日初めて元気な声が聞けたわ。
「だけど……」
ありゃま。スグまたショボくれちゃった。
「批判されると、ツラくて……」
「うんうん。全力で出した作品が叩かれると、ツライわよね」
あたしは深くうなずいた。――うふふふふ、「精神的動揺による取引ミスは決してない!」と自負するあたしだってそうよ。何度も苦汁をなめさせられたもんね。しまいには、自信を持って買った株が、底なし沼に落ちてったから。ははは、はぁ……。
どんよりした感情を、しっかり呼吸を整えて消し去ったあたしは、E-MIXクンを正面から見つめた。
「でも、Eクンは、自信を持ってメリッサを世に送り出したんでしょ?」
「はい」
「なら、胸を張って。それが、『作品』に対する礼儀よ」
「でも、批判は……」
「ムシしてよし!」
「ええ……?」
みんなは失笑したけど、Eクンは困惑気味。
「で、でも、どこが悪いかとかの、改善は……」
「工房の人に聞けば、それで十分よ」
あたしは、手でリスリスさん、ベンガルさん、Dianaさんを示していった。
「否定する書き込みなんかより、よっぽど親身になってアドバイスしてくれるわ」
みんなも、「うんうん」と頼もしくうなずいてくれる。
あたしは優しくほほ笑んだ。
「だから……ね? 心配しなくていいのよ」
「シャボンさん、みなさん。――本当に、ありがとうございます」
目を潤ませたEクンは、静かに頭を下げた。
その後、Eクンは【メリッサ】への交換を再開させた。ちょっぴり金額を変更して。
「0円にします」
おおう、思い切ったわね。
なんでも、タダにすると、OK社の審査が緩くなるんだそうで。
「それと、ダウンロード方式にしてもらいました」
うん。実はこの変更こそが、1番大きいかもね。
つまり、工房に殺到することがなくなるのよ。どんな人でも、欲しい数の【メリッサ】を、持ってる【死の群れ】と交換できるんだもの。
ちなみに、他の人たちはみんなダウンロード方式だった。Eクンは、そこに並べてるよりも、面と向かってゆっくり販売したかったみたい。でも、あたしが思いのほか大ブレイクさせちゃって、そうも行かなくなっちゃった、と。
リスリスさんたちの予想通り、少しの時間で認可が下りた。工房のホームページに、ダウンロード可能になった旨が記載されるや、すごい勢いでカウントが増えていく。
――ふう。これで工房も静かになるわね。
「でも、Eクン。タダで売っちゃって良かったの? 今なら高値で交換できたわよ?」
「僕のわがままで工房に迷惑を掛けてしまったので、なるべく負担がないようにしようと思いまして。それと……欲しいと思ってくれたみなさんにも」
うーん、大人だわ、Eクン。
しばらくして、工房に1人の〈球体〉さんが来た。
(あの……シャボン様の動画を見て来ました)
「ありがとうございます」
リスリスさんが玄関前で応対してた。
「【メリッサ】への交換でしたら、現在ダウンロードで行っておりますので、そちらをご利用ください」
(あ! い、いえ! 交換は、ハイ、4枚させていただきました……)
玄関の監視カメラ越しだけど、宙に浮かんでるボールが大回転。触手が絡まってわたわたしてる。
(ええっと……。こ、こんなスゴいユニットを作られた作者さんに、「ありがとうございます、応援してます」って、どうしても伝えたくって……。すみません、迷惑もかえりみずに……)
「分かりました。――あ、少しお待ち下さい」
リスリスさんが、外からEクンをちょいちょいって呼んでる。お、Eクン行った。
「ありがとうございます。僕が製作者のE-MIXです」
(うわー!! スゴイ! ひゃー、うわー!!!)
この〈球体〉さんもスゴイわ。表情なんてないのに、全身で喜びが分かるし。
んでも……Eクンにしっかり伝わったみたい。うんうん、お互い良かったわね。
その後話が盛り上がって、Eクンがあたしを呼んだものだから、〈球体〉さんは高速スピンしてた。
(キャー! うっきゃー!!)
あはは、語彙を喪失しちゃってるわ。まあ、あちこちウロついてるあたしがココにいたのは、本当に偶然だものね。――あ、お名前は「周←ぐるり」だって。んー、と~っても名は体を表してるわー。
あたしとEクンは、【メリッサ】のカードに「ぐるりさんへ」とサインしてあげたのでした。




