52話目 あたしはまだ、この世界を知らない。
「まあ、スグに戻ってくるんだがな、天使」
ええ……こんな世界だものね。
本社ビルが空から戻ってくるのと同じ頃、少年社長は、ビルの前で【開始】していた。
「やーれやれ、軽くひとひねりだと思ってたんだが、自分のナイフにやられてりゃ世話ねえな」
「あたし、もっとエゲつない手に出てくると思ってたけど」
「ハッ! こんなゲリラバトルで、手の内全部は明かさねえっての」
社長は手で否定した。
「サボテン。もし本気が知りたけりゃ、リアルに来い。俺がガチバトルしてやるぜ」
「イヤよ」
っていうか、そんなに現実で戦いたいワケ? 実はムキムキのマッチョマンだったりするの?
「あたし、絶対に行かないから」
「そうか……ちょいと残念だ」
社長が黒いネクタイを直していると、大柄の影さんが肩を叩いた。
「社長、そろそろ時間だ」
「おお、フクダ。コッチは時間経過が早ぇな」
社長はギャラリーに手を振ってみせた。
「お前ら、喜べ。俺がくたばったぜ」
喝采を上げる人、ブーイングをする人……色んな反応をしてるわね。
社長は苦笑してた。
「まあ、コッチのイベントは、ぼちぼちやってくツモリだ。今みてーな対人バトルや、ユニットバトルとかを充実させてよぉ。じゃあ、あばよ」
社長は、影さんともども、あっという間に【終了】していった。
――ん? 「コッチ」?
あたしは首をひねった。
え、なんかヤケにあっさりって感じよね。この世界って、社長の肝いりじゃないの?
「シャボン」
「あ、おっちゃん」
あたしは、美少女マーメイドのアイスに手を振った。
「えっへっへー。あたし、勝ったわ」
「おお、またスゴい止め方したな」
「大量のナイフ?」
「ああ。まさかあんなに仕込んでるとは思わなくてな。すまん」
「んーん。アレはもっと上手く止められたと思うわ」
もっとも、そのオカゲで【大地の竜】を倒せたんだから、塞翁が馬よね。
「銀ちゃんはドコ行ったの?」
「あいつは編集作業だ。ほぼそのまま投稿するだろうがな」
「アハハ」
銀ちゃんらしいわね。
――正直、胸にポッカリと穴が空いたみたい。社長を倒すって目標を、とりあえず達成したからかしら。
「しかしシャボン、お前はスゴいと思ったが、とうとう社長まで殺すとはな」
「ちょっと~、人聞きが悪いわよ? そりゃ、ゲーム的には殺したケド、実際に人が死ぬわけでもないんだし」
「は?」
――え?
おっちゃんの真顔に、ゾクリとした。
「シャボン……お前、マジで言ってるのか?」
「えっ……? ど、どういうコト?」
分かんないんだケド。まさか、人が死ぬデスゲームだったとか? ――って、それはないわね。あたしがスカーレットちゃんに何回焼かれたと思ってるのよ、あははは。
(シャボン)
アイスから念話がきた。
(お前、去年の事件を知らんのか)
(えっと……ごめん、アイス。その辺のことは、記憶から抜けてるの)
(――記憶喪失か?)
(そんな感じね。今、一歩も動けないし)
(そうか……スマン)
おっちゃんは、深々と頭を下げた。
(現実を詮索するつもりはなかった)
(あ、深刻にならないで。これはこれでケッコー楽しいし)
サボテンに転生したから、VR関連の記憶もないし、動けないのも本当。あんまりマジだったから、怖くてつい思考が漏れちゃったわ。
おっちゃんは、喫茶店へと向かいつつ念話してくれた。
(これは、「4.3事件」と呼ばれててな。去年の4月3日、社長の作ったVR「マホロバ」がスタートした時の事件だ)
え?
(今って2月でしょ? 12月にスタートしたんじゃないの?)
(それは、コッチ……つまり、「マホロバ・ライト」の話だな)
ん?
(俺が言ってるのは、現在の「マホロバ・リアル」の話だ)
(「マホロバ」は、2つあったの?)
(そうだ)
――あ。
リアルって……「マホロバ・リアル」のことだったのね!?
おっちゃんは続けた。
(スタート時の触れ込みは、「現実以上のリアルを」だったが……死までリアルとは、誰も想像できなかった)
ちょ、ちょっと待って。
コワイコワイコワイ。
(社長の作品は、前作も大人気でな。当時、「マホロバ」は、膨大な人数がプレイしていた)
(事件って、まさか……)
(ああ。――ゲームで死んだら、脳死したんだよ。1万人な)
おっちゃんは喫茶「サラマンダーの夜」の扉を開けて入ろうとするが、そこでゆっくりと振り向いた。
(シャボン……)
あたしは、そこで留まっていた。
(ゴメン、おっちゃん……。ちょっと、想像を超えてて、処理が追いつかないわ……)
(――ああ。俺も初めて聞いたときはショックがデカかった)
(詳しい資料とか、ある?)
(ネットに山ほど転がってるぞ)
そうね……大事件だったでしょうし。
(ちょっと、調べてみるわ。――あ、大丈夫よ。また戻ってくるつもり)
あたしは【終了】して、プライベートルームにやってきた。
――その時、何があったのか。
あたしはまだ、この世界を知らない。




