三十話 幸運と始まりの終わり
長いです。そして説明です。オリジナル単語が大量です。
……後日、設定集を別口で作ろうと思いますので、興味の無い方は中盤を読み飛ばしていただいて結構かと……
やや時が経ち、VEMMO『Fragment of "The World"』スタートから、5日目。
ギルド『ミスラの庭』の本拠地から自分が作った町へと帰って来た私は、その自分の部屋に入ると鍵をかけてカーテンを閉め、その上で電気の代わりであるランプ (魔法式の火を使わないもの)を付けた。
あらかじめフォーとグラキアには、しばらくチャットで大事な話をするから入ってこないように、と頼んであるので、これで準備は完了。歩けば遠い……実は本気を出して飛べばさほどかからないんだけど……まあ、それなりに遠い空の下にいるディーグ達4人にチャットを送る。
「やっほー、どーよそっちの調子はー?」
『魔人6人衆とか魔神四天王とか、いかにも思春期の子供が考えそうな名前の奴らがズラリな上、倒したと思ったら捨て台詞を吐いて去っていく。総合して何と言うか、テンプレ乙、だな』
頭に響くのは、ぱっと聞くとよく分からないディーグの言葉。それもその筈、現在あの4人は、その、何と言うか、異世界召喚モノのテンプレによくある、魔王討伐の旅なんかをしちゃってたりするのだ。
原因は、サービス開始2日目……じゃない、日付変更線を越えたから、3日目の戦争。その時に追加の群れを率いるボスモンスターとして出てきた、固有名[Blink Bat]という奴を覚えているだろうか。
アレの事を指して、暴走したリーベを除く全員が『魔王様のお気に入り』と呼んで絶望したのは、まさにこのイベントが起こるせいだ。
より正確には、『魔王様のお気に入り』という称号を引っ提げたモンスターに止めを刺したプレイヤーが、お気に入りを倒されて激高し世界丸ごとをひっくるめて復讐しようとする『魔王』を、怒らせた原因としての責任を持って『勇者』の看板を引き受け倒す、というイベントである。
この普通のRPGなら主役になれるという美味しい筈のイベント。事実、実装された時は『魔王様のお気に入り』という称号を持ったモンスターを探すプレイヤーが続出。やがて神町 (運営が管理している町)襲撃イベントの追加ボスとして現れるというのが分かってからしばらくは大手ギルド同士が話し合い、大陸をある程度エリア分けして神町を分けあうという事態まで起こる始末。
ただまあ当然ながらあの運営が企画したイベントである。最初こそ、やっとまともなイベントキターとかはしゃいでいたプレイヤーも、そのイベントの詳細が明かされるとあっという間に鎮静化した。
「あー……まあ、何と言うか、ガンバレー」
『いかにも適当で心のこもらない棒読みは止めろ。ただでさえ削られ気味な気力がさらに減る』
「まー、どーせディーグ達の事だから魔人 (以下略)が出てきても5秒かからんでしょー。なのに捨て台詞で倒しきれないとか、大分ストレス溜まるだろーにー。10倍キルとかやってみたー?」
『コンボ組んで30倍までは確認した。もうその数字だけを楽しみに挑んでるといっても過言じゃない』
「あはははははー、あれだよ、会話ログを敵のだけ置いといて、掲示板に上げれば楽しいんじゃないかなー」
詳細、というのが、この会話で分かる通り……敵の構成・名前・台詞の全てが黒歴史レベルのクオリティ。それが、攻略にリアル7~8時間かかる迷宮型ダンジョンとほぼ同じだけの時間ずっとである。
しかも大陸中を移動する都合上、自分の町の世話が出来なくなる。その上、世界崩壊の原因の原因が勇者である為、NPCの対応が悪くなるor同情的になるというペナルティ付き。実装後盛り上がったのは最初のイベント経験者が出るまでで、それ以降『魔王様のお気に入り』に手を出してはいけない、というのが不文律になった。
『そうだな。どうせあの運営の事だからそれすらも楽しんでしまうんだろうが』
「……あー、その事なんだけどねー、ディーグ」
『ん? どうかしたか?』
それはさておき、私はディーグ及び全てのボーナス対象者に言わなければならない事がある。実は、これを調べる為に『ミスラの庭』本拠地に行っていたのだ。
懐を探り、神々しい輝きを持つ金色の筒を取り出す。アイテムボックスに入れると逆に大変な気がして、形そのままここまで持ってきた物だ。
「ちょっとね、長くなると思うんだけど、全員に聞いてほしいんだ、是非ともー。ていうか、コレ聞くのと聞かないのじゃ世界の見方が根本から変わるって言うかー?」
『それはまた、随分な……。まあ分かった、10秒待て。退屈過ぎて、さっきやって来た手下その8ぐらいをひたすらいじめてたんだ。止めを刺して送り返す』
「あー……まあ、ほどほどにねー……」
若干引きつった言葉で言えば、『ほどほど……? この世界にはどんな秘密があるんだ……』という戦慄したような呟きが聞こえたが、聞かなかった事にした。10秒待ってる間に、今日までに探しだした知り合い全員にチャットを繋ぐ。
『いいぞ。全員落ち着いた』
「こっちも知り合い全員に接続できたー。……んじゃ、まずは、コレの種明かしからー」
細やかな細工が一面に施された金色の筒から、薄く紫がかった銀色の羊皮紙を取り出す。丁重に取り出して筒を机の上に置き、私は両手を使って羊皮紙を膝の上に広げ、気持ちを切り替えて声を出した。
「――“これより、“契約と友愛”ミスラの使徒Luckが、神より賜わった契約書の真実の写しを講読します”」
『……使徒、だと……!?』
出だしを言い終えると、チャットの向こうでそんな驚きの声が小さく上がった。私はそれに構わず、主神、“契約と友愛”ミスラから条件と引き換えに得た、通常扱えない羊皮紙を読み上げる。
「“まず初めに、契約を交わす両世界を言葉で定義する。神が存在し、その多数の神によって管理・制御されているこの世界を、神理世界と定義・呼称する。一方、余りあり暴走を繰り返す力を封印する事によって成立しているこの世界を、封印世界と定義・呼称する”」
チャットの向こうで息を飲む気配がしたが、恐らく気のせいではないだろう。ちょっと特殊なこの言い回しと発音は、神及び、神自身が試練を課して、恐ろしく厳しいその試練を突破しなければ得られない、使徒、という称号が必要だからだ。
この称号を得られるのは主神に設定した神一柱のみ。その上一度使徒に選ばれてしまうと、二度と宗旨替えは出来ないというデメリットを併せ持つ。見返りは十分とは言え、なかなかなろうとする者はいない。
というのは置いておき、“契約と友愛”ミスラが、その名において立ち会い、厳しく管理している、この契約。
これが、問題なのだ。
「“封印世界と神理世界の両方に存在し、なおかつ行き来する事に耐えられる魂を選び出す為に封印世界に神理世界の模写を作る。その際神理世界の歴史へのある程度の干渉を許容するものとし、選ばれた魂を共鳴者と呼称する”」
「“模写である世界は共鳴者の選出終了と同時に消去する。またその世界で共鳴者が自身の分身として居た者を神理世界の共鳴者と非常に近しい者として存在を許可する。同様に、直接の関係がある者はそのままの間柄での存在を許可する”」
「“この契約を秘する為、無関係な封印世界からの客人の存在を許可する。それに応じてある程度の創造の許可を神理世界の創造主に与える。また封印世界の契約行使者は神理世界の真実が知れ渡らぬように努力を続け、共鳴者の選別を続ける義務を負う事とする”」
「“無用の混乱を避ける為にこの契約の内容は神理世界において理を保持する最上位神、封印世界の契約行使者及びこの契約を保証する“契約と友愛”ミスラ以外への開示を原則禁止とする。唯一の例外として、“契約と友愛”ミスラ及び理を保持する最上位神がその使徒の求めに応じる場合を除く”」
「“以上を鑑み、以後この契約を勇者召喚契約と定義・呼称する。期限は神理世界の安定が10000年の予知で8割保障されるまでとする。契約終了時は速やかに共鳴者を封印世界に固定し、神理世界の体に死を与えるものとする”」
「“なお、神理世界の危機救済の貢献度に応じ、理を乱さない程度の褒章を与える事は可能とする。これらを以て契約の目的とする”」
口を閉じ、チャットの向こうに耳をすませる。…………反応が無い。
一応、出てきた専門用語を整理しておくと――
神と理によって成り立つ世界=神理世界=『Fragment of ”The World”』
暴走する力の封印によって成り立つ世界=封印世界=私達の元の世界
神理世界の模写=『Free to There』
封印世界と神理世界を行き来できる魂=共鳴者=例の特典付きメールが来たプレイヤー
自身の分身=『Free to There』のキャラ(私の場合はフォー)
直接の関係がある者=人町の重要な住人=守衛軍幹部・運営幹部(私の場合、リグルやグラキア)
無関係な封印世界からの客人=VRになってからの一般プレイヤー
封印世界の契約行使者=『Free to There』及び『Fragment of "The World"』のゲームマスター
理を保持する最上位神=恐らく色々と理不尽すぎる思い出しかないあの無茶苦茶な存在
――という事だ。
つまりぶっちゃけて言うと、いつの間にやら選ばれて召喚されて異世界の危機を救わなければならない、という事らしい。
異世界。そう、ゲームの中だと思っていた現在居るこの場所は、紛れもない異世界なのだ。
「……どしたのー。ここは、何と言う事でしょう、VRかと思ったら異世界召喚ですよ! というリアクションが出る所なんじゃないのー」
『あー、すまん。それと1ついいか』
「どしたのディーグー」
『えーとだな。俺が言うのも何なんだが、死んだらどうなるんだ? いや、生き返るのは分かってるんだが、その、今の話だと、一応本当に死んでる訳だろう?』
声が震えているし、確かにその不安も分からない事は無いが、うん、開始数時間で既に死んでるお前が言うな。
「あー、うん。死んでるよー、思いっきりちゃんとー。えーとねー……このへんかー、読むよー」
当然ながらチェック済みだ。目を下にずらせば長さが変わらないのに何故か文章が下から上へと流れる羊皮紙。当然ながら文章自体は動いてないよ?
「“第32条:共鳴者及び無関係な封印世界からの客人の神理世界においての死は、その意識の及ばぬ場所で回避されるものとする”
“第33条:第32条の為共鳴者及び無関係な封印世界からの客人には悟られぬように精霊の加護を授けるものとする”
“第34条:第32条の為共鳴者及び無関係な封印世界からの客人が死に瀕した場合、その者が信心を捧げている神が速やかに魂と命を体から分離し、直前の最も新しい世界年表の本人の身体の記録を検索、創造神にその3つを提出し新たな体の作成を依頼。完成後すみやかにその者が別途契約にて定めた場所へ転送すること。この手順を死に戻りの手順とし、第30条に定めた時間内に行うこととする”
“第35条:第34条に当てはまらない共鳴者及び無関係な封印世界からの客人が死に瀕した場合、その死に戻りの手順は創造神もしくは空間神が行うこととする”」
たぶんこんな所だろう。
うーん、何て言うか、『Fragment of ”The World”』もとい神理世界に来た私達プレイヤーは、魂とやらが本体で、体の方は後付けのようだ。魂と命を体から分離し、なんて書いてあるあたりが特に。むしろその2つがあったら大丈夫なのかと。
で、直前の最も新しい以下略、のあたりがデスペナルティ激化の理由だろう。これを踏まえて見ると、その日の経験値の全てと所持品の8割、というのはなるほど納得だ。
『……なるほど、体だけ作りなおしているから所持品まで回収してる余裕が無いんだな』
「という事だねー。だからディーグ、っていうかリーベ、精一杯頑張ってはりきって、最初にして最も分かりやすい災厄である『魔王』をとっちめちゃってー」
質問が無いようなので、単体でとんでもない価値を持つ不思議満載の羊皮紙をくるくると丸め、机の上の筒に戻す。蓋をして再び懐へ。実はこの筒、正真正銘神器なので迂闊に扱ったらとんでもない事に。
『そうか……という事は、その災厄とやらが何とかならない限り、強制的にこっちに召喚される事もあるのか?』
「そういう事も書いてあったよー。まあ魂だけだから、召喚っつっても封印世界の体は寝てるだけだし、空間いじってその間だけ時間倍率変えるみたいだからそんな誤差も起こらないって書いてあったから心配いらないと思うけどー」
『だとしても、あまり長時間になると原因不明の眠り病か。何か起こったらプレイヤー……ではないか、共鳴者全員で協力して、可能な限り早く何とかしないといけない訳だな』
「うん、だからとりあえずリーベは『魔王』を何とかしてねー」
『あうぅ、責任重大ですぅ~……』
まあ、『魔王』を倒した所で多分災厄は無くなりきりはしないと思うけど。何せ1万年先の未来まで平和が続かなきゃいけないのだ。まず終わらないと見ていい。
メールに釣られて気軽な感じで手を出してみたが……どうやらこれは、一生の付き合いになる可能性高し、である。
ここでやっとあらすじに沿えるというまさかの展開。
……一応伏線のつもりでした。下手な作者でごめんなさい。
トリップしてないのにトリップタグ、主人公が何故契約なんて色モノの神を信仰しているのか、運営はどうやって『Free to There』を考えたのか。
これら全てのネタばらしが終わりました。
……トリップと召喚は違うんではないかと。はい、作者も途中で違和感を覚え続けてました。
でもこのまま行きます。要するに異世界なんです。
さて後書きまで長々となりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました!
エピローグが続きますが、実は後日談、しかも別人視点です。
なので、本編はこれまで……
また時間がありましたら続編ないし連動した話を書かせていただきたいと思います。
では最後にもう一度
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




