幕間 行く者来る者
これは2年くらい前の、とある紅い狼が橙色だった頃の、中の人の話。
“Fortunaがログインしました”
ポン、という電子音がして、画面の右端にそんな文章が黄色いフォントで現れた。画面の向こうでそれを見つけた背後、または中の人と呼ばれる人間は、軽く首をかしげてキーボードを操作、自分のキャラクター――ルガードに疑問の声を上げさせる。
「フォーがログインしてきたんだが、年末年始は家族で過ごすとか言ってなかったか?」
「さぁー? 予定が変わったんじゃない? 直接中の人に聞いてみればー?」
パーティを組んで一緒に狩りをしていた相手からそんな返事が来る。それもそうか、と此方側で小さく頷いてマウスを動かし別の画面を開く。
『どうしたんだ? 家族で過ごすと言っていたのにこんな所に来て。一緒にいるんだからこもるなと散々言われているんじゃなかったのか』
キャラクターのそれとはまた別のメール画面にそれだけ打ち込んで、送信のボタンをクリック。そのままメイン画面に戻って、湧いてきていたモンスターに攻撃を叩き込んでいく。
と、不意に手紙のアイコンが現れた、と思うと同時、
「っ!?」
ルガードの背後から頭にぶつけられ、前のめりに思い切り転んだ。慌てて体勢を整えていつの間にか群れになっていたモンスターを殲滅。散乱するドロップアイテムの中から、手紙を拾い上げてアイテムボックスにしまい、他のアイテムを回収してから使用してみる。
と、背後専用のメールが届いた、とのメッセージが届いた。ルガードのHPが数ドットながら削れているのを引きつった呆れ顔で確認しながら、一度閉じた画面を開く。
『るっさいー。昨日の5時になっても買い物から帰ってこないと思ったら、年末のヨーロッパ年越し旅行ペアが当たったから行ってくる (ハート)なんてメールが来るとかふざけんなー!? って感じだと思わないー? っとにあの両親はラブラブ過ぎんのよーあ゛ーもー』
なるほど、これはしょうがない。
というか、えらく慣れてるようだが生活は大丈夫なのか?
そんな感想を抱く中の人。そしてその文面を読み終えるのとほぼ同時に、画面の右側、つまり手紙が飛んできた方向から、新しいキャラがやってきた。黒髪黒翼黒尾、黒いドレスアーマーに銀縁の黒く巨大なハルバードと、黒ずくめの小さな少女だ。彼女こそ先程ログインしたばかりの友人であり、さっきのメールを送ってきた中の人が操るfortuna、通称フォーだ。
「あの、とりあえず投げなきゃいけないような気がしたんですけどー……大丈夫でしたかー?」
「……不意打ちには驚いたが、まぁ大したことは無い。気にするな」
向こうは向こうで中の人と全然性格の違うフォーに、こちらもルガードで返答する。それと並行してメールの方にも文章を打ち込み送信。
『実際にダメージが発生してたぞ。不意打ちだけは本当にやめろ。お前のとこのフォーがやるとシャレにならん』
返答までの時間はほぼきっちり5秒。
『分かっててやってるっつのー! 八つ当たりだってのは自分でもよく分かってる上、本命はクエスト協力ついでに魔法補助と探索支援しにきたんだしー。ほら、パーティ申請ぷりーずー』
分かっているならやるな。と、返そうとした中の人。が、送信ボタンをクリックする直前で舌戦で勝てた試しが無い事を思い出して踏みとどまった。文章を消去して、ルガードの方を動かす。
「ところで、こんな所に来ると言う事はフォーもあの依頼が目当てか」
「そうなんですよー。6番目の装備がいいなーって思ったのでー」
『6番目って、お前はまたなんてものを持たせるんだ。どこに向かってるんだ一体』
『2番目を狙って3日も前からありとあらゆる狩場で暴れ倒してる廃人に言われたくないー!』
キャラ同士はほのぼのと会話し、それと並行して中の人同士は辛辣な言葉の応酬を開始する。
「ならちょうど良い、俺もあの中に目当てがあってな。一緒に狩らないか」
「わぁ、ありがとうございますー。それじゃあ私は補助に徹した方が良いですねー」
『何でお前がそれを知ってる!?』
『3日前にお気に入りの狩り場に行ってたら枯れてたからー。“?”って思って一覧見たら案の定好みっぽい武器があるから一応かまかけてみただけだったんだけどー、何で知ってるって言い返すって事はやっぱりかー!!』
難なく長文を打ち返してくるフォーの中の人。その勢いと糾弾の勢いに押され気味になりつつも、キャラの会話自体はほのぼのと済ませる。
「じゃあパーティ申請だな」
「はい、受けましたー。今はどこに行く途中だったんですかー?」
『っぐ……3日前というと、あの狩場か。気に入っているなら毎日でも来れば近寄らなかったんだが』
『どの狩場を思い浮かべてるのか激しく不安なんだけどー。つーかここ1週間は家族で家の中に引きこもれるかと思ったからさー、大掃除とかめちゃくちゃ頑張ってたってのー』
「あぁ、とりあえずここのボス部屋まで行って、そこで雑魚を召喚させて数を稼ぐつもりだ」
「了解ですー、ちょっと『重ね撃ち』組みますから待ってくださいねー」
『じゃあせめて複数気に入りを確保しておけ。いちいち叩かれるこっちの身が持たん』
『あーやっぱり不安的中だよこれー。お気に入りの狩り場が全部枯れてたからさすがに異常だと思ったんだけどねー? 伝わってるー? 理解してるー?』
全部、というと、ぱっと見てよさそうだ、と思ったあの狩場、全てがフォー(の中の人)のお気に入り狩りスポットだったと言う事か、と、妙な納得をする中の人。さすがに暴れまわり過ぎた自覚はあったのか、ルガードのステータスに並ぶブーストアイコンを確認するのと並行して新しくメールを打つ。
『……すまんかった』
「さて、行くか」
『いーよもー。すごく不本意だけど慣れちゃったしー。その代わり今からはダメージ比でアイテム配分ねー』
「はい、行きましょうー。私も頑張りますよー」
そんなメールが届くと同時、画面の中でばさりと翼を広げるフォー。その予備動作で何の技が放たれるのか分かった中の人は、慌ててルガードを壁際に退避させた。
銀縁の黒く巨大なハルバードを突きの形に構えたフォーは、そんな慌てぶりを意に介さずアーツを発動。
「いきまーす! 重量級汎用アーツ其の三、『ラッシュクラッシュ』!」
直線上の全てを力任せに薙ぎ払う、要するにただの突進な訳だが……筋力値極であるフォーが、こんな一直線に狭い洞窟型ダンジョンの中でそんな物を使えばどうなるか、なんて、考えるまでもない。
年末スペシャルです。活動報告のアンケートとしては2番に当たります。
橙色の狼ルガード、さて、現在は……? まぁ、中の人は一緒なんですけどね。




