9 血塗れし肌 咲く華の艶(短歌・解説・イラストあり)現代
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現代 5
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「いやぁぁぁぁ!」
ブシュゥゥゥゥゥ
「あああ…… い、痛いぃ…… ううぅ……」
剣奈の服は焼けた。無残に焼け落ちた。ブレスがかすった左腕は炭化して黒くなってしまった。剣奈は勢いよく地面に滑り落ちた。
ドシャ ズザザザザ ブチブチブチィ
地面はでこぼこだった。小石交じりの土、そしてところどころに岩が突き出ていた。地面はまさに鋭くとがったおろし金だった。剣奈は勢いよくおろし金に突っ込んだ。おろし金の上をさんざんにすりおろされた。剣奈の右腕、そして肩から胸にかけて無残に肌は裂かれき、えぐられ、ずたずたされていた。血まみれだった。剣奈の左腕はブレスに焼かれて黒く炭化し、右半身はボロボロの血まみれになってしまっていた。
ビクンビクンビクン
剣奈は地面に横たわったまま痙攣していた。白目をむいていた。
グオオオオオオオオ!
「妾に、妾に入るなぁ!」
九尾が吠えた。
剣奈にとっては幸いだった。もし九尾が追撃のブレスを放っていたらどうなったか?剣奈はもはや避けることができない。直撃を受けた剣奈は瞬時に焼かれ、彼女の全身は炭化して黒焦げになってただろう。
ジュッ
あるいはとてつもない妖気と高温に全身が瞬時に焼き尽くされ、一瞬にして蒸発させられてしまっていたかもしれない。まさに剣奈は死の淵に追い詰められていた。
……妖狐は……剣奈を見ていないかった。
……追撃は……来なかった……
「剣奈ぁ!」
玲奈は剣奈に駆け寄った。剣奈は無残な姿だった。服は焼かれて上半身から腰にかけて裸身になっていた。輝くほど瑞々しかった肌。それがいまやボロボロだった。左半身は黒く炭化していた。触るとボロボロ崩れそうだった。
右半身は至る所で皮膚が裂け、肉がえぐられ露出していた。血まみれだった。剣奈の意識はなかった。剣奈は白目をむいていた痙攣していた……。明らかに……致命傷だった……
グオオオオオオオッ!
九尾が再び吠えた。玲奈は妖狐を振り返った。しかし妖狐はこちらを見ていなかった。激しく身体をゆすり吼え叫んでいた。
「なんだ?何が起こってやがる?」
本来なら撃墜した剣奈にとどめを刺すところである。いまの剣奈にとどめを刺すことなどたわいもないことだった。なんならゆっくり足をあげて踏み下ろす。それだけで剣奈はあっけなく四散してしまっただろう。
玲奈は九尾の行動がわからなかった。しかし、なんにせよ追撃が来ないのは幸いだった。
「よっ」
玲奈はそっと剣奈を抱いた。炭化した半身が崩れないように細心の注意を払った。 ともかくここから離れないとけいけない。九尾が一人(一匹?)で吠えているうちに……九尾の注意がこちらに向いてないうちに……
逃げないといけない……
玲奈は剣奈を抱いて静かに歩き始めた。九尾に気づかれないようにそっと、しかし急いで。玲奈は木が生い茂る茂みに向かって速足で歩いた。九尾から身を隠すために……
玲奈は林の奥深く分け入った。そして剣奈を横たえた。
剣奈はもう助からない……
せめて最後の時は側にいてやりたかった。玲奈は剣奈の髪をやさしく撫でた。
「こんなボロボロになりやがって…… それでも離さねぇのかよ。テメエの分身を……」
玲奈は来国光を右手に握ったまま血まみれになった右半身を眺めた。
「ん♡んんんんん♡ ああああん♡」
こんな時にナニ悶えてやがる。痛みを快感に変えちまったのか?今際の際に変な快感に目覚めやがって……
が…… 痛み苦しみながら逝くよりはましか……
玲奈はいきなり嬌声をあげはじめた剣奈を優しく見守った。
そういやコイツ、結局、処女のまま死ぬのか…… まあ普通の女じゃ得られない快感を何度も味わってるしな…… 自覚してねぇようだが女の幸せはもう味わったか…… ならもう本望だろ……
玲奈は優しく剣奈の髪を撫でた…… 死にゆく剣奈を最後まで看取るつもりだった……
ある特殊な性癖を持つ人が痛みを快感に感じることはよく知られている。その性癖の人は痛みによる刺激を脳で快感に変換させているのである。無自覚に。
痛みは医学的にみると前帯状皮質、島皮質、扁桃体、前頭前野などにより処理される。前帯状皮質(anterior cingulate cortex)で人は痛みの不快感や辛さを強く知覚する。島皮質(insula)は痛みの感覚的・情動的な神経信号や痛覚信号をの統合を行う中枢である。扁桃体(amygdala)は痛みに対する恐怖、不安、ストレス、記憶の処理を行う。そして前頭前野(prefrontal cortex)は痛みを意識的に認知する。
強烈な痛みを与え続けられた人は身体に防御反応が起こる。時としてこれら脳内処理がバグるのである。痛み刺激は通常「不快な感覚・情動」として前帯状皮質・島皮質に入力される。
しかし特殊な性癖の人は……、いや、もうめんどくさい。被虐趣味、マゾヒスト、マゾっ娘と呼んでしまおう。もういいや。
で、マゾっ娘は痛みの情報を無意識的に、前向き、ポジティブに身体がとらえるのである。扁桃体や前頭前野は痛みを「快感」として認識するのである。するとどうなるか?痛みによる「痛い」、あるいは「辛い」というネガティブ感情が抑制されるのである。そして報酬系部位、腹側線条体(ventral striatum)や眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex,OFC)が活性化する。すると脳波「痛み」の刺激を「快感」として認識するのである。この際、脳内物質のオピオイドやドーパミン系などが活発に分泌されることが知られている。
玲奈は思った。剣奈がマゾっ娘になったのであれば、マゾっ娘に目覚めたのであれば、快感の中で幸せに逝けるのではないかと。むしろそれは剣奈の幸せではなかろうかと……
「なんならテメエをマゾッ娘として存分に可愛がってやってもいいんだぜ……。だから元気になれよ……」
玲奈の目が潤み、一粒の涙が頬をつたった。玲奈は愛おしく、優しく剣奈を見つめた……
◆血塗れし肌 咲く華の艶
って、いや玲奈よ。それでは君が忌み嫌う藤倉と同じだぞ?剣奈が裸身で黒焦げでぐちゃぐちゃの血まみれで。君の脳が現実逃避してるのはわかる。わかるのだが……。まあしかし落ち着け。いったん落ち着け!
違うから!
剣奈の身に起きてるのはそれじゃないから!
あっ!いかん。頑張って文学風に書いてきたのに……。これは『剣に見込まれヒーロー(♀)に』のノリである。戻すのだ夏風!『千年たっても愛してる』はその文体じゃないぞ。
サラリ。サラサラ。サラリ。
玲奈は剣奈の頭をやさしくなでた。死にゆく剣奈を安らかに送ってやるつもりだった。
「ん?まてよ?ついこの間、似たようなことなかったか?」
九尾のあまりにもの圧倒的脅威に玲奈の精神は支配されていた。あの暴虐な妖狐からいかに剣奈を逃がすのか。せめて安らかに逝かせてやることは出来ないのか。そのことしか頭になかった。
九尾の意識から逃れ、身を隠せる場所に逃げ込めた。剣奈を横たえて静かに頭をなでた。それらは玲奈に精神的余裕をもたらしたのである。
玲奈ははっと思った。
「あのエッチィ潤んだ声……もしかしてアタイの勘違いか?全身の痛みを気持ちいいと思ったんじゃねぇのか?マゾッ娘になったんじゃねぇのか?」
そして玲奈は異変に気づいた。剣奈の身体が白黄に薄っすらと輝き始めたのである。
…………
◆今日の短歌
おにびほゆ
やけたゞれしも
よろこびぬ
ちまみれしはだ
つやのはなさく
鬼火吼ゆ
焼け爛れしも
悦びぬ
血塗れし肌
艶の華咲く
夏風
◆短歌の解説 込めた想い
あまりに暴虐なる九尾の狐の放った怒号のブレス攻撃を剣奈は浴びてしまいます。そしてかろうじて直撃は避けたものの左半身は焼かれて黒焦げになってしまいます。服も焼け落ちて上半身は裸になっていまいます。そして剣奈は空中から地面に激突してしまいます。地面の尖った岩によってて剣奈の身は裂かれ、肉はえぐれ、血まみれになってしまいます。玲奈は駆け寄ります。剣奈を抱いて必死に逃げます。ようやく林の奥に逃げ切ります。そして剣奈を横たえます。すると剣奈は色気に満ちた嬌声をあげて悶え始めます。玲奈は思います。剣奈が被虐に目覚めてしまったと。あまりにもの苦痛から逃れるためマゾッ娘になってしまったと。しかしそれは玲奈の誤解のようでした。やがて剣奈の身体は光り輝き始めるのでした。
この歌は、壮絶な状況の中で生まれる美と倒錯(玲奈の勘違い)、命のきらめきと強靭さを詠いつつ、最後に謎の光に包まれる不思議さを加えました。
一句目、初句は「鬼火吼ゆ おにびほゆ」です。荒々しく迫りくるブレスを五音にするのにちょっと悩みました。業火とか。でも九尾は妖狐だし、鬼火ありじゃね?とか思って鬼火にしました。咆哮の情景を表すのに吼ゆとしました。怪異九尾の放つ恐ろしいブレスによる死の間際の緊迫した情景、超常的な存在のエネルギーが一気に襲いかかるさまをイメージして詠みました。
二句目は「焼け爛れしも やけたゞれしも」です。鬼火を浴びて身体が焼かれ、肌や肉が爛れ朽ちていく痛ましい様子を荒らしました。語尾の「しも」は「~であっても」の意味を含ませて、その哀れで痛ましいボロボロの様になっても、とした感じで詠みました。
三句目は「悦びぬ よろこびぬ」です。本来は苦しみや絶望の極致であるはずの場面なのに「悦び」を感じてしまう。この倒錯的な情動は、苦しみのピークを超えたのちに訪れる解放や恍惚、もしくは自己超越の瞬間を表しました。「よろこびぬ」は文語完了形で、ボロボロで身体中苦痛にさいなまれているはずなのに「悦んでしまった」というニュアンスを持たせました。いいえ、全部玲奈姉の誤解です。妄想です。でも…… 『剣巫女』本体に掲載するとき、この話の題名を「マゾッ娘への目覚め?」にしたい気まんまんです。秋ごろに本体に現れた時もしそのタイトルだったら、夏風やりやがったなとニヤリとお許し下さいませ…… 『千年へても愛してる』ではそのようなおふざけのタイトルはいたしません。えっへん。
第四句目は「血塗れし肌 ちまみれしはだ」です。剣奈の焼け爛れた皮膚は赤く染まり、凄惨なまでに血にまみれています。ただし「肌」という語に肉体の生々しさや官能性をほんのり漂わせました。R18の直接的な感じではなく、あくまでほのめかせです……
第五句、絶句は「艶の華咲く つやのはなさく」です。ぎりぎりまで「花ごとく咲く はなごとくさく」だったのですが、差し替えました。でも、「咲く華の艶」や「咲く艶の華」、いろいろ迷ってます。これまで書いたらすぐに投稿していたのですが、ちょっと置く時間は必要だと改めて思いました。上の初出では「艶の花咲く」下のむすびでは「花の艶」にしてます……
「咲く」は「裂く」にもかけて、裂かれて血まみれになった肌、苦悶と悦び……それらが艶やかに咲く様でしめくくりました。本来なら枯れてしまう状況でなお美しく艶やかに咲き誇る生命力、苦しみの中で輝く美、そして被虐性を踏まえた昇華です。と、ここまではあくまで玲奈さんの勘違いです。
ホントの意味は次々回で明らかになりますが、アレです……。光り輝くナニカにつつまれる様を「艶やかな花のように輝かしく咲く」と詠んだのが本当です。
つまり玲奈さん的には「ボロボロになってマゾっ娘になって艶やかな喜びの中に花開く」ですが、夏風の真意は「ボロボロになって血まみれの剣奈を光が艶やかな華のごとく包み込む」です。なのでやっぱり本意的には「咲く艶の華」か「艶の華咲く」なんでしょうね。「咲く華の艶」捨てがたく下で使ってますしタイトルもそうしてますが……
なにぐだってるんでしょうね。すいません。
………………
鬼火吼ゆ
焼け爛れしも
悦びぬ
血塗れし肌
咲く華の艶
焼け爛れ 血塗れし肌
咲く艶の華……
夏風




