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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 70話 恵真の秘密、祖母の秘密

いつもありがとうございます。

今日から10月ですね。


 最近は暑さもだいぶ落ち着き、涼しさが感じられるようになった。朝6時とまだ早い時刻だが、今日も晴天となりそうだ。

 空は高くなり、草木は少しずつ色を変える。日差しも柔らかく心地良いものとなり、過ごしやすい朝なのだが恵真の表情は晴れない。

 そんな恵真を今日も起こしたクロはむしゃむしゃと朝食を食べている。その様子をぼんやりと見ていた恵真は深いため息をつく。

 今日は恵真の祖母が帰ってくる日なのだ。



 朝食を済ませ、食器を片付けた恵真はふきんをかける。

 クロと恵真しかいない部屋は静かである。本来であればもうそろそろアッシャーとテオが訪れる時間だ。週に3.4回、だがその喫茶エニシでの日々を中心にこの半年間、恵真の日常があった。

 昨日の5人の様子を恵真は思い返す。恵真は彼らに約束したのだ。アッシャーとテオと再び働くと、喫茶エニシでまた皆に会うと。

 キッチンから見える裏庭のドアが今日は昨日より遠く感じる。そのドアを開けば、また皆に会えるのだ。アッシャーやテオが笑顔でこちらに足を踏み入れ、そんな2人を見守るようにリアムとバートも訪れるだろう。

 リリアやナタリア、セドリックたちもここで食事をしながら、様々な事を恵真に話してくれるはずだ。

 1日会わないだけで漠然とした不安に襲われる自分の心を恵真は奮い立たせる。

 彼らにも、そして自分の心にも恵真は誓ったのだ。

 再び、この場所で皆に会うと。

 


*****



 久しぶりに日本に戻ってきた祖母には緑茶が良いだろうと恵真は考えた。であれば菓子も緑茶に会うものが良い。せんべいなどを用意した恵真は祖母が帰ってきたら、りんごも切ろうと思う。瑞々しいりんごは秋の味覚でもあるし、せっかく帰ってきた祖母に何か季節の訪れを感じるものを食べて欲しかったのだ。

 様々な事情を抱えた恵真だが、長い旅行中に何事もなく無事に帰ってきた祖母を労いたい気持ちはある。


 「でも怒られる。29歳にしておばあちゃんに怒られてしまう」

 「みゃう」


 落ち込んではいけないとは思いつつ、事情を話せば叱られる、あるいは信じて貰えないのではという怖さがある。

 喫茶エニシと裏庭のドアの向こう側の世界、この2つは恵真がこの半年間、誰にも打ち明けていない秘密なのだ。

 感情の振れ幅が忙しく落ち着かない恵真を、同じようになぜかそわそわした様子のクロが見つめる。

 結局、祖母が帰ってくるまで気が気でない恵真とクロは、ただ過ぎていく時間と共に心落ち着かぬ思いを抱えて祖母を待つのであった。



 

 「恵真ちゃん!ただいまー!」

 「お、おかえりなさい、おばあちゃん!」


 帰宅を知らせるチャイムの音に、慌てて玄関へと急いだ恵真が見たのは変わらず元気そうな祖母の姿だ。

柔らかい品の良い笑顔に白くなった髪は華やかにカールされている。首元にはスカーフを巻き、色の入った大きめの眼鏡も印象的だ。派手ではないが丁寧な化粧やマニュキュアも祖母を明るい雰囲気にし、上品である。

 スーツケースと大きな紙袋と共に戻った祖母は、嬉しそうに恵真を抱きしめる。


 「長い間、迷惑をかけたわね恵真ちゃん!いっぱいお土産買ってきたのよ!早く見せたいわー!」

 「うん、ありがとう!じゃあ、私が荷物持つね」

 「あらあら!いいのよー」


 にこにこと長旅の疲れも見せずに祖母は家へと上がる。スーツケースを軽くタオルで拭いた恵真はそれを運ぶ。スーツケースはずっしりと重い。それを運んできた祖母のタフさに恵真は驚くが、祖母らしいとも思うのだった。


 「ふふ、変わらず元気だね。おばあちゃん」

 「あらあら!私はいつでも元気よ?恵真ちゃんも知ってる通りね。お土産早く見せたいわー、ジャムでしょう?お菓子に調味料に、あ!恵真ちゃんに似合いそうなショールも買っちゃった!」

 

 機嫌良くダイニングキッチンへと足を踏み入れた祖母は途端に静かになる。

 その急激な変化に恵真は驚くが、同時に背中を汗が伝う。

 部屋自体はこの半年間で大きな変化はないはずだ。細かい小物も出来る限り、以前の配置に戻して置いたのだ。だが、長くこの家に住んでいた祖母には何かしらの違和感があるようだ。部屋をなぜか見渡している。

 部屋をキョロキョロと見回した祖母は、ポツリと呟く。


 「何かが違うわ」

 「えっと、家具の位置かなー?少し小物とかも移動してるかも!」

 「ううん、そういうんじゃないの。久しぶりだからかしら?何か、違和感があるのよ」

 「そ、そっか」


 恵真は現状を正直に話すつもりである。

 だが、今この状況ではなく落ち着いて座ってから話すつもりだったのだ。自身の心の準備が間に合わず、動揺した恵真は咄嗟に違う話題を選ぶ。

 祖母は久しぶりに帰ってきたのだ。飼い猫のクロの事も気になるだろう。


 「あ、そうだ。クロはね、いい子にしてたよ!ごはんも毎日……」

 「クロ、そう、それだわ……!」

 「それ?クロ、なんか変わった?」


 クロはこの半年間、健康そのものだ。朝も決まった時間に起きて食事をするし、日中は恵真の側で気ままに過ごす。変わったといえば朝晩のルーティーンのパトロールであろう。

 家の管理という面では好き勝手してしまった感のある恵真だが、クロの面倒に関しては何の問題もないと思う。

 だが、なぜかそろりそろりとクロが逃げ出そうとしている姿が恵真の目に入る。

 せっかく帰ってきたのだ。祖母もクロももっと再会を喜べばいいのにと思う恵真の目に想像していない光景が飛び込む。


 「この黒猫!あんた、うちの恵真ちゃんに何をしたの!!」

 「ぶみゃー!」

 

 クロに向かい、怒りをあらわにする祖母とそんな祖母に毛を逆立てるクロ。どちらの姿も今まで恵真が見た事がないものだ。

 恵真が知る祖母は外見に反して大胆で思い切りが良いが上品である。穏やかな気性でいつも笑顔を絶やさない人だ。クロはクロで、朝早く恵真を起こすものの性格的には甘えん坊で恵真の側を離れようとはしない。鳴き声を上げることもあるが、こんな鳴き声は聞いたことがない。

 どちらも恵真の前での姿とは全く違うのだ。


 「あんたが何かしたんでしょう!この部屋の空気が、雰囲気が変わってるわ!私がいない隙を狙ったのね!なんてことなの!」

 「ぶみー!」

 「この性悪猫!うちの可愛い孫をどうするつもり!あ、ちょっと背中を向けるんじゃないわよ!」

 「ぶみゃう、みゃう!」


 対立するような2人の様子に恵真は戸惑う。

 何がどうしたのかはまったくわからないが、どうやら祖母とクロの関係は自分が思っているようなものではないということは理解した恵真だった。

 


*****



 なぜ祖母とクロが揉めたのかはさっぱりわからぬ恵真だが、気を取り直して湯を沸かす。緑茶がいいと祖母が言ったためだ。りんごも切って皿にのせる。

 キッチンから見える祖母は土産をテーブルの上に取り出している。

 先程言っていた通りの調味料の瓶や菓子の袋、ジャムの瓶も見える。料理好きな祖母らしい品々に恵真は微笑む。

 クロはと言うと高い棚の上に避難しつつ、祖母の様子を確認しているようだ。

 通常、長年飼っている飼い猫と飼い主の久しぶりの再会はこのようなものではないだろう。そもそも、祖母は猫嫌いではない。にもかかわらず、あの様子はおかしい。


 クロが恵真に何かをしたというのも不明である。

 恵真とクロの関係は良好で、引っかかれた傷などもない。だが、祖母はクロが何事かをしたと思っているのだ。

 相談事の前に、祖母の様子が気になってしまった恵真だが、とりあえずは旅行の疲れを労うために緑茶や茶菓子を用意する。

 久しぶりに帰ってきたのだ。まずはゆっくりと休みつつ、旅行の話を聞いてみようと恵真は思う。祖母の買ってきた土産は恵真にとっても、気になるものだ。

 緑茶を湯呑に入れた恵真は祖母の元へとそれらを運ぶ。


 祖母とクロ、この関係は複雑なものである。

 クロがこの家を訪ねた時から続く関係だが、その本当のきっかけを誰も知らないのだ。実のところ、共に暮らしてはいるが親しいわけではない。お互いにとってはあくまで同居人という関係だ。

 それを知るのは当人同士だけであるため、恵真が驚くのも無理はない。どちらも他の家族がいるときは卒なく猫を被っているのだ。


 クロと遠野家の女性に続く長き縁。

 半年間抱えてきた秘密を打ち明けようと決意を固める恵真は、これから逆に自身が様々な秘密を知ることになるとはまだ知らずにいた。





10月に入りました。

半年間、読んで下さりありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します。

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