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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 69話  再会の誓い

いつもありがとうございます。

楽しんで頂けますように。


 恵真には懸念が幾つかあった。

 その中で大きいものが数日でも店を開けない場合にはアッシャーやテオ、そしてバゲットサンドを買い求める人々に迷惑が掛かることだ。

 それを口にするとバートの顔色が青くなる。喫茶エニシで働くアッシャーとテオではなく、なぜバートの顔色が悪くなるのか疑問に思う恵真の前でバートは急にリアムの服を引っ張る。


 「ど、どうするんすか!リアムさん、ま、魔法誓約書をセドリックさんと交わしたんすよね!?」

 「あぁ、そうだったな」

 「何落ち着いてるんすかぁ!大変っす!トーノ様!リアムさんがぁ!!」

 「バート、お前こそ落ち着け」

 

 リアムの服を両手でぐいと持ち、半泣きでしがみつくバートをリアムは眉間に皺を寄せながらも笑ってみている。

 恵真も兄弟も話の流れがわからず、目を瞬かせながら2人を見る。はたから見ればじゃれ合っているようにも見えるが、めずらしくバートは慌てふためいているようだ。

 

 「あの、魔法誓約書ってなんですか?」

 

 恵真の問いにバートは悲壮な顔で訴える。


 「それを交わすと絶対に守らなきゃいけない誓約書っす!トーノ様がバゲットサンドを卸す際の契約にそれを使うことになったって!……リアムさん、前にそう言ってたっすよね?」

 「あぁ、予定にはなかったんだが流れでな。セドリックに用意されていたんだ。だが、まぁ仕方ないだろう」

 「何、悠長なこと言ってるんすか!もしトーノ様がバゲットサンドを卸せなかったら……!」

 

 恵真にしてみれば、リアムがセドリックとそんな誓約を結んでいたこと自体が初耳である。バートの慌てようをみれば、魔法誓約書というものは大きな意味を持つのだろう。恐る恐る恵真はリアムに尋ねる。


 「あ、あの魔法誓約って破ったらどうなるんでしょう?」

 「……」


 恵真の問いにリアムは穏やかだが隙のない笑みを浮かべる。その笑みに恵真の表情も一瞬で青ざめる。バートと同じようにリアムの服を引っ張り、グイグイと詰め寄る。


 「ど、どうするんですかリアムさん!どうしてそんな大切な事を言ってくれなかったんですか!私のせいで、リアムさんが!リアムさんが……!!」

 「……ご心配頂きありがとうございます。ですが問題ありません」

 「問題大アリっす!」

 「そうですよ!」

 

 必死な様子の2人にその様子をどこか面白そうに見ているリアム、それを見るアッシャーとテオは小首を傾げている。

 そっと恵真の手に触れるとリアムは穏やかに笑う。

 

 「大丈夫です。その点も考慮して誓約しておりますから」

 「コウリョして……?」

 「セイヤク……?」


 ぎゅっとリアムの服にしがみついたままの恵真とバート。リアムはそんな2人を優しい目で見つめるのであった。



*****



 「いいか、誓約書には薬草入りのバゲットサンドを俺が冒険者ギルドに卸す事が制約として誓われている」

 「そりゃ、そうっすよ!」


 リアムの説明に何を言うのかとバートはムッとした表情を浮かべる。だからこそバートはリアムを案じているのだ。貴族は幼い頃から魔法誓約書の恐ろしさを再三教えられて育つ。子爵家に生まれたバートも例外ではない。その効力を考えれば極力使わないに限るとバートは考えていた。

 そんなバートにリアムは人差し指を立てて、確認する。


 「つまり誰が制作したか、また質に関しても味に関しても特に規定はない」

 「……は?」

 

 きょとんとしたバートにリアムはにやりと笑いながら指摘する。


 「最悪、どんな形でも薬草を使ったバゲットサンドを卸せれば、誓約を破ったことにはならないんだ」

 「うーわ、なんすかそれ……」

 

 安堵からか力が抜けたバートがしゃがみ込む。その隣で、今もリアムの服を掴んだままの恵真がバートに確認する。


 「バートさん?……えっと、じゃあリアムさんは?」

 「無事っす。だってリアムさん、伝手も金もあるっすから。よっぽど長期じゃない限り、バゲットサンドもどきを納められるっすね……」

 「よ、良かったー……」


 力が抜けた恵真も掴んでいた服から手を放し、大きく息をつく。恵真からすれば魔法誓約書の件自体を知らなかったのだ。恵真に配慮したのだろうが、リアムの独断である。何かあれば、彼が被害を受けていたのだと思うと恵真はまだ動悸が収まらない。


 「セドリックさん、可哀想っすね……」

 「契約が不履行になって困るのは俺だけじゃない。あいつのためにも余裕を持たせた契約にしてある。まぁ、魔法誓約書を交わすときの知恵のようなものだな」

 「はぁ、魔法誓約書は公的にも大きな意味を持つっすからね……そんな裏技があるなんて知らなかったっすよ。小さい頃から魔法誓約書には手を出すなって言われてたっすもん」

 「まぁ、それがある意味では正しいんだ。力が大きい分、扱いにも注意が必要だからな」

 

 すっかり納得した様子のバートと笑って話していたリアムが恵真に目を向ける。両手で頬を包みながら、恵真は真剣な表情で何やら考えているようだ。

そのとき、恵真の目がハッと見開かれる。慌てた様子で恵真はリアムたちの方を向く。


 「で、でも問題が1つあります!」

 

 リアムは恵真の表情に何か重要な見落としがあったかと眉をひそめる。バートもまたリアムに視線を向け、再び恵真を見ると確認するように恵真に尋ねる。


 「……なんっすか?トーノ様」

 「……」


 リアムもバートも魔法誓約書を交わす恐ろしさを知っているため、恵真の答えを待つ表情は引き締まる。そんな2人に頬を両手で包んだままの恵真は、目を大きく開き重要な問題を口にする。


 「そのバゲットサンドって美味しくないんじゃないですか?」

 「……ぶふっ」

 「……ふ、ふふ。す、すみません」


 恵真の問いにバートもリアムもつい笑ってしまう。いや、2人とも恵真の食への思いを笑っているわけではない。どこまでも食と客へ誠実で真摯な思いを向ける恵真を微笑ましく思ったのだ。

 魔法誓約書を知る2人にとって、恵真が気付いた問題と誓約自体の問題の意味合いの違いによる落差もあるのだが、確かに味は恵真にとっては重要なことであろう。

 

 「重要なことですよ!……でも!大丈夫です。私、今日あるものを作っておいたんです。薬草としての効果がどうなのかはまだわからないんですけど、でも味は保障します!」

 

 どうやら恵真はその問題の解決を自ら見つけ出したらしい。

 薬草としての効果があれば味はどうであれバゲットサンドを卸す冒険者ギルドからは不満は上がらないのだが、薬草の効果ではなく恵真は味を保証すると言う。

 そんな恵真の様子にリアムとバートは視線を交わすと笑い合う。大人たちの話を聞いていたアッシャーとテオもどうやら問題がないのだと理解したようだ。

 当の恵真は、その用意したものを取りにいそいそとキッチンへと向かうのであった。



*****



 翌日、喫茶エニシに訪れたのは昨日の4人とリリアである。

 昨日の話し合いで恵真が用意したものを託しておくのは彼女が最適であろうという結論に達したのだ。リリアは呼ばれた理由はわからないものの、恵真に会えるので非常に喜んで足を運んだ。


 「来てくれてありがとう、リリアちゃん。実はねリリアちゃんにお願いしたいことがあるの。もちろん、リリアちゃんの都合が悪いならどうぞ断ってね。無理はしないでいいからね」

 「いえ!私を頼って頂けるなんて光栄です!ぜひ!何なりとお申し付けください!」


 リリアが断りにくいかもしれないと前置きして頼んだ恵真だが、リリアは請け負うと即答する。その熱量となぜか嬉しそうな様子に恵真は安心するが、この流れは周囲の者からは想像通りである。

 そして頼む事柄を聞けば、リリアがより興奮する事も彼らには予測できていた。


 「えっと、リリアちゃんに頼みたいことはこのオイルなの」

 「オイル、何のオイルですか?」

 「バジルのオイル漬けよ。今はフレッシュなものを使っているから、それを使って作ってみたの。これならバジルの保存が効くから。にんにくも使っているし風味もいいの。これをリリアちゃんに預かってほしいの」

 「わ、わかりましたっ」


 快く引き受けてくれたリリアに恵真は少し微笑みを返す。だが、問題はここからだ。リリアにも都合がある。これから告げる頼みは引き受けて貰えないかもしれないと恵真は思っていた。

それでも万が一のことを恵真は恐れている。そのためには彼女に頼むことが最善であろう。


 「それで、ここからは難しいかもしれないのだけれど、もし私が数日店を開けられない事になったら、その間リリアちゃんにバゲットサンドの制作をお願いしたいの。もちろん、お金は支払います。お店の事もあるし、とても難しいとは思うんだけれど……」


 その言葉にリリアは目を輝かせ、頬を染める。

 バゲットサンドは喫茶エニシの看板商品であり、今や冒険者ギルドにも卸されている。街の多くの人々に支持される品を数日でもリリアに託してくれるというのだ。

 無論、恵真が店を開けられるに越したことはない。だが敬愛する恵真がその看板商品を自分に任せるという言葉にリリアは感動で打ち震える。


 「いいんですか!私に、作らせてもらっても!」

 「え、えぇ、パンは私が用意してもいいし、あるいはクランペットを使ってもいいかもしれないわ。リリアちゃんがやりやすい方法を選んでね」

 「ありがとうございます!!誓います!何人たりともこのバジルには触れさせません!父にもです!」

 「ごめんね、急に無理を言って。リリアちゃん本当にありがとう」

 「いいえ!私の方こそ……嬉しいです!」


 興奮しているリリアに恵真は申し訳なく思いつつも安堵する。これでバゲットサンドが卸せなくなるという事態は回避できた。リアムの魔法誓約書の件も数日はしのげるはずだ。

 もう1つの問題はアッシャーとテオである。もし店が開けない場合、彼らにも迷惑が掛かってしまうだろう。

 恵真はアッシャーとテオの側に近付き、2人に頼む。


 「もしかしたら数日、お仕事をお休みしてもらうかもしれないの、ごめんね。食事は大丈夫?あ、何か作っておこうかな。お母さんにも申し訳ないって伝えて貰っていい?」


 2人と目線を合わせ、申し訳なさそうに様々な提案をする恵真にテオが指摘する。


 「エマさんはまず、おばあさんにちゃんとごめんなさいって言わなきゃダメだよ」

 「テオ!」

 「うっ!そ、その通りです」

 「僕らなら大丈夫です。今まで頂いたお金もありますし、母もだいぶ元気になったんです。……エマさんのおかげです」

 「うん、もしおばあさんに怒られたら、そう言ってね」

 「ありがとう、2人とも」


 そう言うと恵真は両手を2人に向けて伸ばす。

 それを見たテオは恵真のエプロンに飛び込む。そんなテオと恵真を見て、どうしたらいいか迷うアッシャーを恵真はテオの背中を撫でている反対の手で手招きする。すると、感情が弾けたようにアッシャーもまた恵真の元へと駆けだす。

 そんな2人を抱きしめながら、恵真は彼らに約束をする。


 「待っててね。また一緒にお店を手伝ってね」

 「うん、絶対だよ。絶対だからね」

 「必ず、ここで、喫茶エニシでまた働けますよね?エマさんに会えますよね?」

 

 ぎゅっと不安げに抱きつく2人を、抱きしめながら、自分自身に言い聞かせるように恵真は言う。


 「うん、絶対。絶対私はまたここで皆と会うの」


 リリアとバート、そしてリアムと視線を交わした恵真は微笑み頷く。

 この場所、喫茶エニシとそこに集う彼らは恵真にとってかけがえのない存在なのだ。

 

 再会を誓う、静かで穏やかな時が流れる。

 深い緑の瞳をした小さな生き物はその光景をじっと見つめていた。

 

 

秋を感じる事も増えてきましたね。

作中にも少し秋が訪れています。

明日から10月、書き始めて半年です。

恵真たちと同じ時間や季節、

楽しんで頂けていたら嬉しいです。

明日も更新します。


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