表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/256

 64話 喫茶エニシの夏休み 2

いつもありがとうございます。

お楽しみ頂けたら嬉しいです。


 「で、夏休みってどうすれば夏休みになるんだろう……」

 「みゃおん」


  昼休憩中の喫茶エニシで恵真は頭をフル回転させている。

 「夏休みを皆でしよう」そう持ち掛けたものの、恵真が思い描く夏休みという概念をどうまとめて、それを体験という形に落とし込むか。それは小中高大と夏休みを経験してきた恵真の腕の見せ所である。いや、幼稚園時代も含めれば、さらに夏休みを経験しているのだ。夏休みのプロフェッショナルと言えるだろう。

 だが、夏休み特有の情緒やそこはかとなく郷愁を誘う風景にイベント、それをどう表現するかという高い壁に今、悩んでいるのだ。

 

 そんな恵真の前でアッシャーとテオはまかないを食べている。

 今日のまかないご飯は「鶏飯」をアレンジしたものにした。鶏飯とは奄美大島近郊で食べられている郷土料理である。米の上に、ほぐした鶏肉や錦糸卵、味付けした椎茸に薬味をのせて、鶏から取る出汁をかけて食べる物だ。

 

 先日、米のリゾットの調理法を教えたお礼にアルロが米を持ってきてくれたのだ。販売するときに、口頭でリゾットの調理法を教えるのは好評なようで、以前より購入する者が増えているようだ。アメリアの言った湯がいた米をスープで煮てしまう方法も、茹で過ぎた際や柔らかすぎた際の食べ方として教えているらしい。

 その米を今日の鶏飯に使っている。さらりと温かな出汁で食べる鶏飯を大きめのさじでアッシャーとテオが食べるのを見ている恵真に、テオがふと尋ねる。


 「夏休みっておいしいものを食べるの?」

 「え?」

 

 急に飛び出した不思議な質問に恵真は聞き返す。すると、アッシャーがテオの言葉を補足する。


 「きっと、バートが言ってた言葉だと思います」

 「あぁ、そういえば……」


 恵真はバートの言葉を思い出す。


 『スイカってなんすか?アイスってなんすか?そうめんって何回も食べれるんすか?ぜひ、聞きたいっす!』


 恵真は夏休みをアッシャー達に体験して欲しいと思い、こちらの祭りやイベントについて聞いてしまったが、あのときにバートが食いついてきたのは食事の事だ。そう、夏休みといえば特有のイベントでの食事も印象深い。縁日や海の家、お盆で帰った祖父母の家での食事、確かに夏の思い出と共に深く心に残っているものだ。

 

 「スイカ、アイス、そうめん…アイスやそうめんは夏じゃなくっても食べられるんだけど、確かに夏といえばって思い出す味覚だよなぁ…うん、そうだよね。私は今、喫茶エニシを開いてるんだもの。そこで出来る事は決まってるよね」


 1人納得してうんうんと頷く恵真には少しずつ夏休みのイメージが固まってくる。

 4人の力を借りて喫茶エニシを開き、そこで出会った人たちと料理を通して交流が深まったこの数か月、夏をイメージして何か行うなら、その人達も招き、簡易で気軽な形式のパーティーがいいだろう。


 最近はこちらの世界に合う料理を作ることが多かった。食材や料理を広めるのが目的にあったので、食材や調理法で少し制限があったのだ。今日、鶏飯で使っている錦糸卵も卵が高価なこの国ではめずらしい使い方になるだろう。

 今回は恵真の過ごしてきた「夏休み」を表現するのだ。少しいつもより食材や調理も恵真の世界に合わせてもいいだろう。招く人たちも恵真が世話になってきた人に声をかけるつもりだ。


 「よし!夏休みをイメージした食事会に決めました!アッシャー君もテオ君も、もちろん参加してね!」


 鶏飯を食べていたアッシャーとテオはきょとんとした表情で恵真を見つめる。


 「食事会ってごはんを食べる集まりだよね?」

 「うん、そうだよ。ここを貸し切りにして、皆でご飯を食べる食事会にしようと思ってるんだ。アッシャー君達もその日は来てくれる?」

 「えっと、食事会がよくわからなくって…普段と違うんですか?」

 「うん、リアムさんやバートさん以外にもお世話になった人を呼んで、私の過ごしてきた夏休みの食事を皆にも味わってもらう!…そんな形になるかなぁ」

 

 そう言うと理解したと頷き、アッシャーは恵真に尋ねる。


 「わかりました。その日はいつも通りの時間にここに来ればいいですか?」

 「ううん、その日の準備は私がするから、アッシャー君とテオ君は皆と同じくらいの時間に来て良いよ。夕方前かなぁ…あ!招待状とかあるとそれっぽくて楽しいかもね」


 招待状というアイディアに恵真が楽しそうに笑うが、アッシャーの顔が困惑した表情に変わる。


 「それだと、食事会の給仕だけが仕事ですか?あ、片付けもありますね」

 「いや、給仕はいらないよ。立食形式っていうか自由に取れる形にして、片付けも次の日をお休みの日に選んでおけば、私がもし片付けきれなくっても問題ないし」

 「え?」

 「え?」

 

 今度は2人とも困惑した表情になってしまう。すると首を傾げたテオがぽつりと呟く。

 

 「…エマさん、もしかしてぼくたちも食事会に招待してくれるの?」

 「え、ええ、もちろん!」

 

 恵真としては当然そのつもりであった。日頃、頑張る2人を労う思いもあって「夏休み」を提案したのだ。

 だが、恵真が昨日、口にしたのは「皆で『夏休み』しましょう!」という言葉である。アッシャーやテオにも夏休みを味わってほしいという思いは言葉にしていなかったのだ。

 

 「さっき、お世話になった人を呼ぶって言ったでしょう?私が1番、お世話になってるのはここで働いてくれるアッシャー君とテオ君だから、私としては2人にも来てほしいな」

 「良いんですか…?」

 「うん、招待状も書くね」

 「ぼくにも?」


 テオが招待状という言葉に目を輝かせる。招待状といっても手書きの簡易なものである。だが、招待状を子どもが貰う機会は確かにない。きっと特別な事に感じられるのだろうと恵真は思う。


 「うん、じゃあ、1人1枚ずつにしよっか?」

 「うん!ぼく、お手紙もらったことない!」

 「すみません…気を遣わせてしまって」

 「ううん、じゃあ3枚書いておくから、今度来た時に渡すね」

 「3枚ですか?」

 「うん、もし体調に問題がなければ、お母さんと3人で来たらどうかなって。あ!でも、無理はしないでね。もしよければ、の話だから!でも…よかったら、ね?」


 恵真が親しい人々を招く会であるため、そこまで気を張る必要はない。だが、体調に不安を抱えるハンナの負担にならないかは恵真も気になるところである。招待状にもその点は記すつもりではあるが、直接アッシャーを通して伝えておいた方がいいだろう。

 その言葉にアッシャーは驚いたようだが、テオはぱあっと表情を明るくする。


 「皆でご飯なんだねぇ、夏休みが楽しみだね」

 

 恵真は自身が1番世話になっているのはアッシャーとテオだと本心で思っている。ニコニコと笑うテオと未だ戸惑った様子のアッシャーを見て、今度は何を作れば「夏休み」を楽しめる料理になるかを恵真は考えだすのであった。




_____

 

 

 「夏休み?」

 

 マルティアの冒険者ギルド長室にいるのは部屋の主であるセドリック、元王宮魔導師のオリヴィエ、そして訪ねてきた冒険者のリアムである。


 「あぁ、トーノ様が簡易な会食を開きたいとのことだ。正式な招待状の前に都合が合うかを尋ねておこうと思ってな」


 そう言われたセドリックは上を向いて、少し考える。バゲットサンドの件でも世話になっているトーノ・エマ嬢の食事会である。せっかくの誘いに応じないのは失礼になるだろう。だが、あいにくその日には仕事が先に入ってる。


 「だが、その日は難しいぞ」

 「いや、誘っているのはお前じゃない」

 「は?」

 

 リアムはソファーに座るオリヴィエを見る。今日も片手に携帯食を食べていたようで、テーブルの上にはその空袋が置かれている。足を組んで座るオリヴィエはリアムの視線に不思議そうな表情になる。

 

 「オリヴィエだ」

 「ボク?」

 

 オリヴィエは招待されるのが自分だとは思っていなかったようで少し動揺している様子だ。海のように深い緑色の瞳が驚きで揺れている。


 「トーノ様がおっしゃるには子どもには夏休みが必要だそうなんだ。おそらく長期休暇中に、子どもの健やかな成長を願う。それが夏休みなのだろう」

 「そうか…」

 「ふぅん…」


 オリヴィエが子どもとして扱われることはあまりない。セドリックもリアムもその能力に敬意を払い、同時に対等な仲間として接しているが、恵真達は見た目の年齢と同じように接している。

 それはリアムもセドリックも好ましい事として見ているが、当のオリヴィエは少しくすぐったい思いなのだろう。嬉しい反面、それを素直に出せないようだ。


 「夏休みを1日で行う事は難しいということで、夏休みに行われるエンニチを模した食事会にしたいとのことだ」

 「エンニチとはなんだ?」

 「わからん。だが、食事はトーノ様自ら作られるそうだ」

 「……そうか」


 再び、セドリックは上を向いて考え出す。


 「うん。その日は空けられるな、いや、空いているぞ!リアム、俺は行けないのか…?」

 「全く誘われていないのではない。冒険者ギルド長のお前とホロッホ亭のマダムは多忙であろうとのトーノ様のご配慮だ」

 「なら、問題ない!俺は行く、俺は行くぞ!リアム」

 「…伝えておく」

 

 1人盛り上がるセドリックは放っておいて、リアムは肝心のオリヴィエへと視線を移す。子どもにとっては思い出に残るという夏休みというものに、恵真からオリヴィエをどうしても誘って欲しいと言われている。ただ、「シシュンキ」である少年は素直になれないため、難しいかもしれないと恵真は気にしていたのだ。

 リアムとしても、オリヴィエと喫茶エニシの関係は好ましく映っているのだが、さてどう説得するべきか。そんなリアムの目に飛び込んできたオリヴィエは頬を染め、ムッとした様子である。足を組み、腕も組んでいるがソワソワしているのが伝わってくる。


 どうやら、恵真達の願い通りにオリヴィエは招待を受けてくれそうだ。無論、素直な返答ではないだろうが、必ず彼は招待に応じてくれるはずだ。子どもらしいオリヴィエの反応に、穏やかな笑みをリアムは浮かべる。夏休みが子どものものならば、きっとオリヴィエも良い時間が過ごせるはずなのだから。


 窓から見える夏の空はどこまでも青く、浮かぶ雲の白さとの対比が目に眩しい。今年の夏は今までと違う夏になるだろう。そんな予感をリアムは感じていた。


 

 

 

 

 

 

いつもブックマークや評価

いいねをありがとうございます。

暑い日が続いていますね。

皆さんもお体にお気をつけください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ