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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 62話 携帯食と魔導師 4

いつもありがとうございます。

楽しんで頂けていたら嬉しいです。


 暑い日差しと気温の中、オリヴィエが足を運んだのは喫茶エニシだ。

 魔術師が体力がないのはよく言われる話なのだがオリヴィエもまたそれに当てはまる。セドリックに言われたとおり、普段は部屋の中で魔術の本を読みふけり、1人学びと実験を繰り返しているのだ。体力など他者と比べようがないほどに低いだろう。


 それにもかかわらず、こうして喫茶エニシの前にオリヴィエは立っている。再訪を頼む、それは商売をしている者の挨拶であろうとオリヴィエもわかっている。だがその言葉が頭から離れずこうして来てしまったのだ。

 存外、単純な自分にうんざりしつつ、喫茶エニシの特殊なドアをオリヴィエは開く。


 「いらっしゃいませ!」

 「あ、魔術のお兄さんだ!」


 開けるとひんやりとした冷気と共に元気な声が聞こえてくる。店員であるアッシャーとテオの声だ。


 「こら、テオ。お客様にそんな言い方しないんだぞ」

 「じゃあ、携帯食のお兄さん?」

 

 どちらもオリヴィエのことだろう。事実だがそう呼ばれ続けるのも困ると思ったオリヴィエは肩を竦めてテオに言う。


 「…ボクのことはオリヴィエでいいよ」

 「わかった!オリヴィエのお兄さん!」

 「わかりました!じゃあ、僕もそう呼びますね」

 「…いや、ボクが言いたいのはそういうんじゃないんだけどね」


 いきなり「お兄さん」そう呼ばれたオリヴィエはいつもの調子が出ない。素直でまっすぐな2人にどう接すればよいのか、いまひとつわからないのだ。


 「オリヴィエ君!来てくれたの!」

 「…うん、まぁ、ほら魔道具とか魔獣とか気になったから」

 「そっか、私もね、この間からオリヴィエ君に何を出したらいいのか考えてたの」

 「…へぇ、そう」


 あのとき、帰り際にかけられた言葉を恵真も忘れず、オリヴィエに出す食事を考えてくれていた。そんな事実に驚き、オリヴィエはつい素っ気ない対応になってしまう。アッシャーやテオ同様、恵真もまた自然に接してくるため、どう振舞っていいのかわからずオリヴィエは戸惑う。


 そんなオリヴィエをテオが席へと招き、アッシャーが水を用意してくれる。

ふっくらとしたソファーに座ったオリヴィエは何を頼んでよいのか悩む。昼休憩前に来たのは、客が少なければ携帯食を摂っても店に迷惑がかかりにくい、そんな考えがあってのことだ。

 魔道具からの冷風のおかげで、早朝の高原にいるかのように涼やかな喫茶エニシにはまだ数名の客がいる。こうなると携帯食は難しいだろう。何を注文すべきか悩むオリヴィエの元に恵真が近付く。


 「もう少しで休憩時間だから一緒に食べない?」

 「え?」

 「ほら、ごちそうするって約束したでしょ?」

 「…そうだった?」

 「もう!私、オリヴィエ君が何なら食べてくれるか、ずいぶん悩んだのよ?」

 「……」


 恵真から帰り際にかけられたその言葉をオリヴィエとて忘れてはいない。だが、それがただの客への挨拶であれば、覚えていた自分だけが傷付く事になる。だからオリヴィエは出来る限り、気にしないようにしていた。今日、店を訪ねるのだって本当は前日から不安だったのだ。


 だが、ドアを開けてみれば緊張はあっけなく吹き飛んだ。アッシャーとテオも覚えており、声をかけてくれた。恵真に至ってはオリヴィエに出す料理を考えていたのだ。


 未だ、どう振舞っていいのかはわからない。だが、オリヴィエは安堵する。自分自身、その気持ちがどうしてなのかわからないが、この店に自分はいても良いのだ。そう肯定されたようで強張った心がほどけていく。

 

 「でも、その時間まで手持無沙汰だよね」

 「は?」

 「じゃあ、お手伝いして貰おうかな」

 「はぁっ!?」


 にっこり笑う恵真は冗談を言っているようには見えない。恵真の言葉になぜかアッシャーとテオは仲間が増えたかのようにニコニコとオリヴィエに笑顔を向けてくる。到底、断れる雰囲気ではない。

 

 「……わかったよ」


 こうしてオリヴィエは来店3回目にして、喫茶エニシの手伝いをすることになったのだ。



 「あ、オリヴィエのお兄さん!それはこっちだよ」

 「オリヴィエのお兄さんー!これも下げてください」

 「……きみら、意外と人使いが荒くない?ボク、客なんだけど?」

 「ん?今は違うからいいかなって」

 「うん、今は違うよな!」

 「……ボク、これでも元王宮魔導師なんだけどね」


 可愛い2人の兄弟はオリヴィエに的確な指示を出し、店内を片付けていく。不満を溢しながらも自分より幼い2人の指示に従い、オリヴィエは作業を手伝う。 

 恵真がキッチンで食事の準備をしているようだ。氷を生みだす魔道具から取り出したカップをトレーに乗せている。様々な魔道具を恵真はどこで入手したのかは不明だが、魔道具に囲まれた生活には恵真本人の力の低さが関係しているのだろう。魔獣である小さな動物を傍らに置くのもそれが大きいはずだ。納得しつつ、オリヴィエは手を洗い席に座るのだった。



_____

 

 

 テーブルに並べられたのは数々の料理、恵真たち3人にの前には香ばしい鶏のソテーにトマトソースがかけられたもの、瑞々しい野菜のサラダ、マグカップに入った黄色い液体、そして中央にはカゴに盛られたバゲットがある。だが、オリヴィエの前にあるのはマグカップ1つと空の皿が1つ。

 普通なら傷付く光景だが、オリヴィエは黙ってカップを見つめる。


 「そのお皿に携帯食を入れていいからね」

 「…うん」

 「カップのは冷たいスープなんだよ!ひんやりしてて甘くておいしいんだ!」

 「冷たい…」

 「カップだから手で持ってそのまま飲んでも大丈夫だからね。じゃあ、どうぞ召し上がれ!」


 オリヴィエはいつものように携帯食を取り出す。口に運ぶと鈍い音がして砕ける。すると口に特有の苦みとエグみが広がるが慣れた風味で特に何も思う事はない。


 目線を上げるとアッシャーとテオが嬉しそうに肉を頬張り、恵真が頬に付いたソースを指摘して笑っている。鶏肉とトマトソースの香り、色鮮やかなサラダ、美味しそうにそれを食べる姿、その食卓に自分も加わっている。


 口の中の水分が携帯食で奪われたオリヴィエは目の前のマグカップに手を伸ばす。そっと触れると確かにカップはひんやりと冷たい。黄色いクリーム状のスープは何かをペーストにしたものなのか滑らかなのがわかる。口をつけるととろりとして甘く濃厚な風味が口に広がった。


 「…!」

 「ね!おいしいでしょ?甘くてとろとろでひんやりしてるんだよ!」

 「…あぁ、確かに飲みやすいね」

 「バゲットを入れて、パンをしみしみにして食べても美味しいんですよ」

 「そう!こうするんだよ!」

 

 得意げにテオがバゲットをスープに浸して、口に運ぶ。場所によってはマナー違反な気もするが、口に運んだテオは幸せそうにもぐもぐと口を動かしている。


 「……」

 「はい!よかったらどうぞ!」

 「うん!しみしみになるよ!」

 「……」


 ニコニコとしてこちらにカゴを2人の好意を無下にも出来ず、オリヴィエはバゲットを受け取り、ちぎってスープに少し浸して口に運ぶ。外側がカリッと硬いパンだが噛むと内側は柔らかく、じわっと濃厚なスープが出てくる。


 「ね!しみしみでおいしいでしょう?」

 「…あぁ、そうだね」

 「ふふふ」

 「なんでテオが喜ぶんだよ」

 「だって、自分がおいしいって思ったものを『おいしい』って言って貰えると嬉しいでしょ?」


 恵真もそんなオリヴィエ達の様子に嬉しそうに笑う。


 「コーンのポタージュスープよ。茹でたとうもろこしと炒めたたまねぎ、それにミルクをお鍋で温めて、それをミキサーで攪拌して濾して冷やしておいたの」

 「ミキサー?それも何かの魔道具?」

 「うーん…こう、刃がついてて硬いものを一気に攪拌して粉々にする…?」

 「何それ…!そんな恐ろしい魔道具、どうやって手に入れたのさ!」

 「で、でも出来上がるのは美味しい料理だから!このスープもそうでしょ?」

 「……まぁね」


 パンとスープ、食べたのはそれだけである。だが、オリヴィエが食事らしい食事を摂ったのはいつ振りになるのだろう。オリヴィエ本人ですら覚えていないのだ。

 今、こうしてごく自然にテーブルを囲む恵真達と共にオリヴィエも過ごしている。携帯食を摂る習慣を変えるつもりはまったくない。だが、たまにはこういう時間も悪くはない。

 そう思うオリヴィエの口元がほんの少し弧を描いているのを、恵真達もオリヴィエ本人も気付いてはいなかった。

 

 

 

_____



 冒険者ギルド長室にガリゴリと鈍い音が響く。ソファーに座ったオリヴィエが携帯食を食べているのだ。そんな姿を眉間に皺を寄せ、見ていたセドリックが呟く。


 「見てるこっちまで口の中が苦くなってくるな」

 「よく表情一つ変えず食べられるものだ」


 リアムもどこか感心したように呟く。一方のセドリックは予想が外れたのか椅子の背もたれに寄りかかり、頭の後ろで腕を組む。


 「あの店に行ってもそこは変わんないとはなー」

 「別にあの店のせいじゃないよ。ボクにはボクの生活スタイルがあるってだけ!」

 「ほう…」

 「何さ?」

 

 喫茶エニシとそこの人々を庇うような言い方をするオリヴィエをセドリックは興味深く見つめる。


 「この街に滞在する間、また店に足を運ぶのか?」

 「違和感の正体がわからなかったし、魔獣も魔道具もあるんだ。魔導師としては足を運ぶ必要があるだろ」

 

 リアムの言葉に理由をつけて話すオリヴィエにセドリックがニヤニヤしだす。だが、大事なことを尋ね損ねていることに気が付く。


 「で、お前言ったのか?」

 「…何を?」

 「お前の本当の年齢だよ。ははん?その様子じゃ言ってないな?」

 「だって…ただでさえこんなに緑の瞳なのに、本当の年齢知ったら…」

 「年齢だけではない。種族も話しておかなくて良いのか?」

 「リアムまで…」


 足を組み、ソファーに座るオリヴィエが腕組みしながら肩を竦め、頬を膨らます。


 「だって!ハーフエルフでこの外見だけど100歳超えてます!って言えないでしょ!」

 「おい、サバを読むんじゃない。お前、今年で156歳になるだろう!」

 「誤差だろ!」

 「56歳だぞ!俺の年齢を軽く超えてるのに誤差で済ますな!」


 ハーフエルフでの感覚で言えば156歳は扱いは10代の子どもといってもそうおかしなことではない。だが、人間からするとそうはいかない。そのため、外見や精神年齢は10代にもかかわらず、オリヴィエは年齢相応の大人として振る舞ってきたのだ。


 生意気な態度に反抗的な振る舞い、そこに156年生きてきた経験や学びがあるオリヴィエは長く人の中で暮らしてきた。そのため、本来の内面より背伸びをして生きてきたともいえる。


 精神年齢でいえば近いアッシャーやテオ、穏やかに見守る恵真、そんな3人がいる喫茶エニシはオリヴィエにとって居心地が良かったのかもしれない。

 そして、リアムには本当の事を知っても3人の態度が大きく変わるとも思えない。だが、大事なのはオリヴィエの心だ。しばらくの間、この様子を見守ろうとリアムは思うのだった。

 


 「…ボクだって彼女の年齢を秘密にするつもりだし、おあいこじゃないか」

 「何か言ったか?」

 「何も!ボク、そろそろ行くから!アッシャーとテオが今日もお昼、来ないかって!」

 「…携帯食、食うのか?」

 「…休憩時間ならいいって!」


 背を向けて走り出すオリヴィエの姿は少年そのもので、セドリックとリアムは目を合わせ、その様子に笑みを浮かべるのだった。







 

明日で書き始めて4か月です。

続けてこられたのは読んで下さる

皆さんがいらっしゃったからです。

いつもありがとうございます。

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