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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 47話 ホットケーキとクランペット 2

いつもアクセス頂き、ありがとうございます。

楽しんで頂けていたら嬉しいです。


 「まぁ!エヴァンス様、こんなところまで足を運んでくださり、申し訳ありません」

 「…久しいが体調の方はどうだ?」

 「御覧の通り、随分と良くなったのです。これもあの方のおかげですわ」

 「…あぁ、そうだな」


 リアムが訪れたのは街外れのディグル地域、アッシャーとテオの母ハンナの元である。恵真からの相談である兄弟への給金の話をするために、リアムは2人が喫茶エニシで働く時間に尋ねたのだ。

 久しぶりに会うハンナは以前より頬がふっくらとし、顔色も良い。彼女は恵真のおかげだと感謝を述べていたが、リアムもまたそれを感じる。ハンナは食事と心労が減った事を言っているのだが、リアムにはそれ以外にもあると気付いていた。アッシャーとテオが持ち帰っている食事には稀に薬草が使われていることもあるからだ。だが、それを知れば控えめなハンナは一層恐縮するだろう。リアムは曖昧な、だが真実からは外れない答えをハンナに返すのだった。


 「2人がいないときに訪ねたのは、聞かれては都合の悪い話があってな」

 「何かあの子達が致しましたか?」

 「いや、そうではないんだ…だが、ここで言うのは少しな」

 

 玄関先での話は壁の薄いこの会話は聞こえてしまうかもしれない。それはいらぬ反感を周囲から招く事にもなりかねない。そう思ったリアムは恵真から手渡された物をハンナに差し出す。それは淡い色の1通の手紙であった。

 

 「これを預かってきたのだ。その返事を聞かせて欲しい」

 「わかりました。それでは、失礼して読ませていただきます」


 封を開けたハンナはその手紙に目を通していく。緊張した面持ちだったが読み進めていくうちに、表情は柔らかく安堵の息を溢す。その様子から、アッシャーとテオの働きぶりにも触れられているのだろう。2人の喫茶エニシでの姿を知るリアムも口元に微かに笑みが浮かぶ。

 すると、読み進めていたハンナがひゅっと息を呑み、口元に手を当てる。そう、恵真の今回の手紙には2人に給金を払いたいという事が綴られているのだ。恵真からの手紙を真剣な眼差しで見つめたハンナはリアムに引き締めた表情で話しかける。


 「…このお話は光栄なことだと思います」

 「なら…」

 「ですが、その前にお願いしたいことがございます」


 リアムは毅然としたハンナの様子に強い意志を感じ、その答えを待った。


 「最近、わたくしの体調が以前に比べ格段に良くなりました。少しの時間であれば外出も可能です。ですので、実際にそちらのお店に伺っても構わないでしょうか。もちろん、裏口からお邪魔にならないように致します。ですので…」

 「では、客として訪ねてはどうだろう」

 「え、それはご迷惑では…」

 「そんなお方ではないし、むしろ庶民にこそ来て欲しいと思ってらっしゃるようだ。気兼ねする必要はない…見てみたいのだろう?2人の様子を」


 リアムの問い掛けにハンナは頷く。今までのハンナであれば、長時間の外出は困難であったし、何より世話になっている方の前で体調を崩してしまう恐れがあった。でもここ最近、体調は安定している。きちんと伺い、挨拶をしておきたいという気持ちが以前よりあったのだ。

 そして、今日この手紙を見てその思いは一層強くなった。


 「あの子達の働く姿を見て、それからこのお話を受けるか決めたいのです」

 「…わかった。そう伝えよう」

 

 ハンナの母としての想いと誠実な人柄がそこに表れていた。そのため、リアムもここで給金を受け取るように説得はせず、その答えを持ち帰る事とした。ハンナが店に訪ねてくることは恵真であればきっと快諾するであろう。あの子達にとっても日頃の頑張りを見て貰うのは悪い事ではない。

 ハンナが深く礼をするのを、リアムは笑顔で止め、彼女の家を後にするのだった。

 

_____


 

 「ナタリア!見て!買えたのよ!」

 「…そうか、良かったな」


 恵真から冒険者ギルド用のバケットサンドを受け取り、ギルドへと届けてきたナタリアに声を掛けてきたのはリリアだ。その手には1つのバケットサンドが握られている。どうやら本当にバケットサンドを買いに来たようだ。そんなリリアは普段とは異なる髪型をし、着ている服も何やら愛らしい。そういった事に疎いナタリアなので、なんとなくだがいつもよりこだわっているのはわかる。

 

 「ねぇ、見て!このパン、香りが良いの!それにこのバケットサンドの中身も凄いのよ!大きなお肉と薬草が挟まっているんですって!早く食べてみたいわ…」

 「…そうか、それではゆっくりと家で食べるといい。私はこれから、店主に報告があるからな」

 

 そう言ってリリアに背中を向けて歩き出すナタリアの袖口は後ろからくいっと引っ張られる。振り向くとリリアは目を輝かせてナタリアを見つめている。なんとなくこれから何を言われるのかをナタリアは察し、片眉を上げる。


 「ねぇ、ナタリア、私もお店に行ってみたいの!」

 「…だが、この店は外観から受ける印象程、高額ではないがそこらの店よりは値段はするはずだぞ」

 「大丈夫よ!ちゃんと持ってきたの!あぁ、楽しみね…どんな方なのかしら!」


 噂の黒髪の聖女に会えるのを、ナタリアの想像以上にリリアは楽しみにしていたようだ。ナタリアとしてはバケットサンドを口にしたリリアが傷付く事があってはならないと心配していたのだが、どうやら杞憂だったのだろうか。だが、実際にはまだ口にしてはいないし、店内で店主と出会ってそこでの会話で傷付くのではと今度はそこが気になってくる。

 店主とは必要以上に関わる気がないナタリアであったが、リリアを1人で店に置いて帰る気にもなれず、結局2人で喫茶エニシへと入っていくのだった。



_____


 

 「みゃおん」

 「まぁ!可愛らしい!え、でも緑の瞳をしているのね!」

 「…あぁ、小さくとも魔獣という事だ。不用意に近付くなよ」

 

 その黒い小さな魔獣はテトテトと歩き、しなやかな動きで戸棚の上へと飛び移る。リリアはそっと視線を店の内装へと移す。落ち着いた温かい雰囲気のしつらえであるが、置かれた調度品は良質で上品であり、美しいレースのカーテンも瀟洒で美しい。魔道具であろうか、見た事がない不思議な家具も数点ある。キッチンの中には様々な瓶や容器が置かれ、中には食材が入っている。それはどんな味がしてどんな用途に使うのだろうとリリアは胸をときめかせる。

 そんなリリアの前を歩くナタリアは素っ気ない態度で、1人の女性に話しかける。


 「…ギルドに届けてきました。これで今日のここでの職務は終わりです」

 「ありがとうございます。暑かったでしょう?今、お茶をお出ししますね」

 「いえ、私は」

 「あ!お金は頂きませんよ!大丈夫です!」


 不愛想なナタリアにその女性は笑顔を向けるのをリリアは黙って見つめている。その目は女性を熱く見つめている。そう、リリアがどうしても会いたかった女性がそこにいたのだ。そんなリリアに張りのある焦げ茶の髪の少年が声を掛ける。リリアより少し幼いくらいの少年で、どこかやんちゃそうな印象を受けるがその振る舞いは落ち着いている。


 「よろしければ、お席にご案内いたします」

 「は、はい!」


 ついつい熱心に見つめていたリリアは少年の言葉にびくりと肩を上げる。すると、そんな彼女に柔らかな声が掛けられる。艶のある長い黒髪に、優しい黒い瞳、それは噂を聞いた時よりリリアが会いたいと密かに熱望していた女性。


 「あ、バケットサンドを買って下さったんですね。今日は暑いですから、中でお召し上がりになりますか?」

 「いえ!こちらは持ち帰ります!他に…他に何かこちらで頂けるお料理はありますか!」

 「今日はトマトと野菜の煮込みにベイクドポテト、あとはコールスローサラダ…えっとキャベツを使ったサラダですね。そちらとバケットをワンプレートにしたものです。苦手なものはありますか?」

 「ベイクドポテトにキャベツのサラダ…食べてみたかったんです!話では聞いていたんですけど、私まだホロッホ亭には行けないので…それにします!」

 「ありがとうございます。アッシャー、席にご案内してください」

 

 リリアの様子に驚いたのはナタリアである。店に入る前もバケットサンドに興奮した様子であったが、店に入った彼女は内装をしげしげと見つめ、店主であるトーノ・エマに会ったリリアはまるで憧れの人物に会ったかのようだ。

 浮ついた様子のリリアを1人置いていくのは気が引ける。


 「…トーノ殿。私もリリア…彼女と同じものをここで食べていっても構いませんか?」

 「もちろんです!リリアさん…お名前をご存じなんですね。ではお席はあちらのかたとご一緒ですか?」

 「…えぇ、そうです」

 

 名を呼ばれたリリアが顔を赤くし、下を向くのがナタリアからも見える。バケットサンドの件で、パン屋の娘であるリリアが気落ちするのではと考えていたのは全くの杞憂であった。どういうわけかリリアは店主トーノ・エマに憧憬を抱いているようにナタリアには見える。パン屋の娘として悩んだり傷付く事がないのは救いだが、この状況は想定していない。食事をしながらでも理由を聞かねばと、リリアの様子にため息を付くナタリアであった。


 

 実は落ち着かない気持ちで過ごしているのはリリアだけではない。アッシャーもテオも、そして店主である恵真も今日は緊張を抱えながらの仕事である。恵真が以前より、会いたいと願っていた人物にいよいよ今日会えるのだ。


 「みゃあ!」

 

 ドアの前でクロが鳴く。それは待ち人の来訪を告げているかのようだ。ドアが開くと肩までの長さの薄茶の髪をした優し気な眼差しの女性が店へと入ってくる。


 「い、いらっしゃいませ!」

 「…いらっしゃいませ」

 

 テオの声は少し上擦り、アッシャーの声は少し硬い。恵真はそんな2人の様子から、その客が誰であるかを悟る。それは今日訪れる予定の女性、アッシャーとテオの母ハンナだ。恵真もまた少しの緊張を抱え、やっと会えた彼女を招き入れたのだった。


 





 

20話とSSハンナと息子たちにハンナは登場しています。


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