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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 46話 ホットケーキとクランペット

いつもアクセス頂き、ありがとうございます。

楽しんで頂けていたら嬉しいです。




 「こ、こちらがバゲットサンドですか!」

 「えっと、正確には違う呼び方があるんですが、バゲットサンドに統一した方がきっとお客様にはわかりやすいですよね」

 「は、はい!そのように致しましょう!」

 

 上擦った声で恵真と話すのはマルティアの冒険者ギルド長セドリックである。つい先日、リアムに対して兄貴風を吹かせていた男は恵真を前に極度の緊張をしているようだ。

 喫茶エニシは閉店の時間を迎えてはいたが、その窓には明かりがついている。そこにいるのは店主である恵真、冒険者のリアム、そして黒猫のクロ、冒険者ギルドのギルド長セドリックともう1人の来客者だ。

 

 「みゃあ」

 「っ!!」

 「もうお客様を驚かせないでね」


 セドリックが突然鳴き声を上げたクロに警戒をする。彼もまた冒険者ギルドで高位ランクを持っている男、緑の瞳の魔獣を前に落ち着かないのも無理はない。

 恵真はクロを抱き寄せる。少し迷惑そうにしながらもクロは大人しく恵真の腕の中にいる。その様子にセドリックは深い緑の瞳の魔獣を容易く、腕に抱ける彼女に驚嘆する。穏やかそうな女性であるが、魔獣を支配下に置けるそんな人物でもあるのだろう。

 

 「良かったら召し上がってください。そちらの方もぜひ」


 セドリックの後ろには革の防具を身に付けた女性が立っている。長い金の髪をそのまま下ろし、毅然とした態度にはある種の潔癖さすら感じる。冒険者というより騎士といった風格の女性は、恵真の問いに短く答える。

 

 「まだ、職務中ですので」

 「おいおい、ナタリア。君が預かってギルドへ運ぶ品だ。それをどんなものか把握するのもまた職務の一環ではないか?」

 「…」


 ギルド長であるセドリックの言葉にナタリアと呼ばれた女性は片眉をぐいっと上げる。カウンターテーブルの上には2つの皿が置かれていた。透明度の高いグラスには水が入っており、氷まで浮かんでいる。

 トーノ・エマと名乗った店主の艶やかな黒髪には繊細な細工の髪留めが使われ、その服装は華美ではないが質の良さが際立つ。店内は清潔で落ち着いた調度品、そして魔道具らしきものが置かれている。魔道具に魔獣、それを有する黒髪黒目の女性が、どこよりも先に薬草入りのバゲットサンドを卸し、冒険者ギルドに所属する。

リアムはセドリックを巻き込んだことを気にしていた様子だが、これは名誉な事であるとセドリックは受け取っていた。何より、それは冒険者の安全に役立つのだ。


 「これは…肉の腸詰めに薬草とトマトのソースが入っているのですね」

 「はい。携帯するという事もあり、とろみのあるソースで味は濃い目です。冷めると味は薄く感じますし、冒険者の方はお肉を好むかと思いまして」


 ロールパンに肉の腸詰をトマトソースとバジルを添えたもの、そうこれはホットドッグである。ケチャップはバジルと相性が良いし、塩気があると水分を摂りながら食べるだろうという熱中症への対策も踏まえている。


 「これは…旨いな!昼食や野営に持っていけるし、今までの携帯食とは全く違い、食事をした満足感があるな…!携帯食が買えない者も多い。そんな奴らもこれなら手を出せるな!なぁ、ナタリア」

 「……」


 感嘆の声を漏らすセドリックに対し、ナタリアは静かに食事を進めている。口に合わなかったようでもなさそうだが、特に味に関して語る事もない。そんなナタリアに恵真が話しかける。

 

 「バゲットサンドの件、よろしくお願いします」

 「…いえ、こちらこそ」

 

 そう答えるナタリアは失礼ではないものの、些か素っ気なくあまり恵真と目線を合わせていないようにも見える。そんな彼女の様子に、リアムはセドリックに目で問いかける。セドリックが女性冒険者の中から信頼のおける者に選んだという話であったが、恵真に対する態度を見ると今後に不安が残る。

 セドリックを見ると首を振っている。どうやら彼女のこの態度に彼も思い当たることはないようだ。だがあのドアを開け、入って来れた腕の立つ女性冒険者、こういった人物が他にいるとも限らない。何より当の恵真本人は気にした様子もなく、ナタリアに話しかけている。

 こうして、恵真の冒険者ギルド所属の件とバゲットサンドの件はどちらも進んでいくこととなる。

 


_____



 「実はお2人にご相談したいことがありまして…」

 「…勿論、私どもでよければ、お力添えしたいと思っています」

 「…そうっすね……内容によるっすけど」

 「バート!」


 恵真の言葉にリアムとバートは少し構える。普段穏やかな恵真ではあるが、意外と芯が強い。そんな彼女に協力を仰がれた結果、彼女は店を開き、薬草の入ったバゲットサンドが販売され、じゃがいもが庶民に少しずつ普及しだした。世間には知られていないが、兵士達の熱中症は大幅に減少した。

 そして今回は何か相談したいことがあるとの事、構えるなというのが無理であろう。

 

 「ええっと、バゲットサンドの売れ行きは順調で今後、冒険者ギルドにも卸す事が決まりました。今現在、お店のお客様は決して多くはありませんが損益は出ておりません」

 「…はい」

 「また、薬師ギルドへ薬草を卸す事も想定しております」

 「…はい」

 「私の住居はここですし、ここでかかる費用の多くは祖母が出しております。そういった点から考えましても、喫茶エニシの経営状況には一応の安定があると考えてもよろしいかと思います」


 恵真の受け答えはスムーズだが普段より言葉選びも表情も硬い。理論武装し、必死な様子から何か断られたくないそんな内容ではと、リアムとバートは目で合図を送る。恵真の真剣な様子に、敢えてその空気を変えるように軽くバートが尋ねる。


 「えっと…なんっすかね?オレら、トーノさまにはお世話になってるし、内容によっては力になれるかもしれませんよ!内容によっては!」

 「本当ですか!ありがとうございます!」

 「うっ!」


 「内容によっては」と念押しして予防線を張ったバートであったが、恵真はその言葉をそのまま受け取ったらしい。嬉しそうな表情を浮かべる恵真にバートは罪悪感を抱いてしまう。その様子を隣で見ていたリアムは自分達の敗北を悟った。


 「それで、どのようなお話でしょうか?」

 

 恵真はすぅと息を吸い込むと、両手を胸元でぎゅっと握る。黒い瞳には真剣な思いが宿るようだ。


 「私、アッシャー君とテオ君にお給料を払いたいです!」

 「…はい?」

 「…給料っすか」


 それは2人が予想していなかった事、恵真の相談とは働く2人の兄弟に関する内容であった。そのため、リアムもバートも反応に少し遅れが出る。そんな2人の返事を恵真は緊張を抱えて待つのであった。



_____


 

 「ねぇ、ナタリア!どんな人だった?」

 「…リリア」

 

 パタパタと少女がナタリアの元に駆けてくる。ここはナタリアの常宿であり、リリアはその隣のパン屋の娘である。この宿にパンを届けに来たリリアはナタリアにどうしても聞きたいことがあったのだ。


 「お店に入れたんだから黒髪黒目の女性に会ったんでしょう!ねぇ、どんな人?」

 「…わからない。私は少ししかいなかったからな」

 「そう…でも本当に存在するのね!バゲットサンドは?あそこで今話題になっているのよ!薬草が入っているのに美味しいんですって!」

 「…そうか」


 興味津々と言った様子で喫茶エニシの事を尋ねてくるリリアだが、彼女の家はパン屋を経営している。従来のパンよりも甘みがあり薫り高いバゲットサンドの評判が高くなれば、少なからず影響を受けるのではとナタリアは案じていたのだ。

 実際、食べたナタリアはその良さをすぐ理解した。冒険者としては薬草がより手に入れやすくなり、味も美味となればその価値は大きい。だが、リリアと親しくしているナタリアの心情としては納得できぬ部分もあるのだ。

 そんなナタリアの心情を知らないリリアは無邪気に店の事を聞いてくる。その眼差しはキラキラと輝き、まだ見ぬ店主とバゲットサンドに期待を抱いているようだ。


 「私も行ってみたいわ!そのバゲットサンドを食べてみたいの」

 「…店に来るのは自由だが、私がいるからといって融通は出来ないぞ」

 「もう!ちゃんと並んで買うわよ!…どんな味なのかしら」


 そんなリリアの表情を見つめるナタリアは複雑そうな表情を浮かべる。今日、喫茶エニシで食べたパンは美味で、その驚きを表情に出さぬようにナタリアは努めた。店で扱う物とはまた違う物らしいが、それもまた味が良いのだろう。

それを食べたリリアがどう感じるのか、気がかりなナタリアはその整った眉をひそめるのであった。





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仕入れや店の維持費は日本円 店で日本円を稼げない以上 そのうち破綻するのでは?
[気になる点] 「ここでかかる費用の多くは祖母が」 めっちゃ気になってました。 裏口の扉と食事処の件 お祖母様に相談したのでしょうか。 今の時代、連絡手段が無いとは思えない。 食事を振舞うのが好きな方…
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