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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 45話 カリカリ梅と夏野菜のピクルス 4

梅雨に入った地域も多いようです。

気温の変化により、体調の変化も起こりやすい時期。

ご自愛ください。


 クーラーからのひんやりとした空気が部屋に満ちている。外の気温を考え、帰宅前のアッシャーとテオにも麦茶などを恵真は差し出す。バートの顔色はだいぶ良くなり、先程からパクパクとピクルスやカリカリ梅を口に入れている。そんな様子を見て安心した恵真がバートに尋ねる。


 「バートさん、お仕事中に水分は摂られていますか?」

 「摂ってないっすよ!てか、そんな事してたら『いざというときのために鍛えているのがわからんのか!』って叱られるっすよ」

 「あぁ、昔のスポ根パターンですね…はい、わかりました」

 「昔のスポコンパターン…?」

 「どんなに鍛えていても…いえ、鍛えているからこそ慢心してしまい、具合が悪くても無理をしてしまうんです。塩分と水分、そして睡眠や食事など体には必要なんですよ?」


 恵真も見た事はないが先程のバートの言葉は、漫画やドラマであるスポーツ根性系で出てきそうなセリフである。そんな状況では水分も塩分も摂れないだろう。

 ただでさえ体調を崩しやすい季節の変わり目に、この高温多湿な天気である。健康で体力がある者だからこそ、屋外で活動することが多く、またその体への過信から無理もしてしまうのではないか、そんな恵真の言葉にリアムも頷く。


 「確かに冒険者も屋外で依頼をこなしている最中の体調不良が多いと聞きました。確かに冒険者の中には体力に自負がある者も多いですね…睡眠や食事も含め、不規則でむしろそれを冒険者らしさと思っている節すらありますね…」

 「兵士は兵士で、我慢こそが!みたいな雰囲気はあるんすよねぇ…」

 「それを急に変える事は難しいですね…」


 ぼやきながらパリポリとピクルスを齧るバートの意見に恵真は同意する。急に今までの常識を変えろと言われても却って強い反発を呼び、決して受け入れられないだろう。

 だが、このまま水分や塩分を補給しないまま、活動を続けるのも問題だ。恵真はその考えをどうやったら受け入れて貰えるか頭を悩ませる。

 そんな恵真の横で、パリポリと呑気にバートはアッシャー達とカリカリ梅とピクルスを齧る。

 

 「んんっ!いいっすねぇ。このカリッとした食感がいいっす」

 「このピクルスも美味しいね。酸っぱいけど甘いから僕も食べられる」

 「これだけ塩気があると自然と水分も欲しくなるし、良く出来てるっすねぇ」

 「…自然と、水分が、欲しくなる…自然と…?」


 ぱんっ!っといきなり恵真が手を打つ。その音に驚いた皆は彼女に視線を移す。そんな恵真はというと、うんうんと一人頷いている。


 「…トーノ様?何かありましたか」

 「確かに、しょっぱければ水分が欲しくなりますよね!それだ!それですよ、バートさん!それなら、相手を不快にさせることなくすみますね!」


 そんな恵真の言葉に一瞬、目を泳がせたバートだったが直ぐに答えを返す。


 「…いやぁ!そうっすよね!オレもそうじゃないかって思ってたんすよ!いやぁ、トーノ様のお役に立てたみたいで良かったっす!」

 「…バート、絶対何のことかわかってないよね」

 「あぁ。だが、トーノ様のおかげで体調も戻ったようだな」


 恵真にはこの問題への考えが何やら浮かんだらしい。これもまた恵真とは直接関わりのある事ではないのだが、だから放っておくという考えは彼女にはないらしい。彼女のそんな性分にも慣れてきたリアムは、恵真がどんな方法を考え出したのかに興味を抱くのであった。

 

 

_____



 翌日もまた日差しは強く、肌にまとわりつくような湿度がある。訓練前の兵士達はげんなりとした様子で身支度を整える。そんな空気の中でバートの呑気な声が響く。その手には様々な物が抱えられている。


 「差し入れっすー。オレの知り合いの子から、差し入れっすよー!お手製のピクルスとカリカリ梅っす」

 「ピクルスはわかるが…カリカリウメってのはなんだ」


 バートの言葉に自然と仲間の兵士たちが集まってくる。彩りの鮮やかなピクルスに丸い実のようなもの、四角い容器に入ったそれを兵士たちが次々とつまむ。


 「このピクルスは良い漬かり具合だな。酸味がちょうどいい…あぁ、これでエールがあったらな」

 「こっちのは酸っぱいな!いや、だがこれもこれで酒に合うだろうな」

 「だが、喉が渇くな」


 そんな兵士の声にバートがすっと大きな器を出す。金属製の丸いそれは今まで見た事がない程、大きいポットだ。


 「おい、バート!なんだその馬鹿デカいポットは…」

 「これはやかんっす。麦茶が入ってるんすよ、飲んでいいっすよ」

 「おぉ…麦茶…?よくわからんが悪いな」


 恵真に言われてわざわざやかんまで持ち込み、食堂の者に頼み、麦茶を沸かしたバートである。グラスにやかんにタッパーにと大荷物だ。

塩気のあるカリカリ梅とピクルスを食べた者は、自然と麦茶も口にする。そう、これこそが恵真の考えた方法である。本当はその都度、こまめに摂取するのが好ましいのだが、現状では難しいだろう。仕事中に水分・塩分を補給できないのならせめて、職務前にきちんと補給してもらうのだ。

 

 「何をしている?」

 「あ、ジャンさん。ピクルスとカリカリ梅なんすけど、いかがっすか」


 それを聞いたジャンは太い眉を顰める。


 「いらん。野菜なんてのは人間が食べるもんじゃねぇ!体を鍛えてぇなら肉だ肉!」

 「…あ、もしかして酸っぱいの食べられないんすか!じゃあ、仕方ないっすねぇ。これ、かなり酸味が強いんで無理な人は無理っすよねぇ…あぁ!残念っす。これはとある高貴な女性が、民のためにこの暑さの中、自らを律するオレ達へせめて何かしたいとの思いから差し入れてくださったんすよ…」

 

 そんなバートの言葉に、ジャンがぴたりと止まる。他の者もざわざわとバートの言葉に反応を示す。


 「女性!俺達に差し入れだと!そんな稀有な人がいるのか!?」

 「近衛師団でも魔術師団でもなく、俺らのところにか!くぅ、この汗と汚れにまみれた俺らに差し入れを渡す方がいるとは…奇跡か!」

 「くそ、バートの奴。そういう事は早く言え!それを知ってからしみじみと味わいたかった…」

 「いや、まだ残っているぞ。もう一度それを頭に叩き込みながら頂こう!」


 バートの言葉をきっかけに皆、わらわらと男達がタッパーの周りに集まってくる。それに慌てたのがジャンだ。

 

 「ちょっと待てお前ら!俺はまだ一口も食べてはいないぞ!」

 「いや、ジャンさん食わないって言ったじゃないですか!」

 「そうですよ!森ウサギになりますよ!」

 「うるせぇ!人がそんなもんになるわけねぇだろ!よこせ!」


 屈強な男たちが争って差し入れを手に入れようとする姿をバートは静かに見つめる。常日頃、恵真の料理を食べていると彼らが知ったら自分はどうなるのだろう。ブルっと身震いをするバートに、近付いてきたダンとカーシーは小声で聞く。


 「おい、お前の彼女が作ったやつだろ?いいのか?」

 「違うっす!この状況で余計な事言うんじゃないっすよ!」

 「…おい!バート!」


 そんな3人にジャンが突然、バートに声を掛けてくる。びくっと反応し、バートは返事をする。

 

 「はい!」

 「その方は、その…またこういった事をして下さるのだろうか…。いや!その、あくまで可能性での話だ!それ以上の意味はないぞ!?」


 ジャンの言葉に、ハッとしたように周りの兵士達も期待の眼差しをバートへと向ける。

 問われたバートとしては答えに悩むところである。おそらく、恵真が聞いたら二つ返事で受けてくれるだろうが、それをここで断言しても良いものだろうか。

 過度な期待を持たせれば、彼らからバートが攻められる事すら考えられる。

 ここはやんわりふんわりぼかす事が無難だとバートは判断する。

 

 「…そうっすね。あくまで可能性っすけど、なくはないんじゃないっすかね。あくまでオレが考えた可能性の話っすよ?…期待は禁物で…」

 「うおぉぉぉっ!」


 兵士達からのどよめきが起こり、バートが驚く。そんなバートの肩をいつの間にか近付いてきたジャンがガシッと掴む。目を白黒させるバートだが、声を上げなかっただけ努力したと言える。

 

 「そうか…バート!でかしたぞ」

 「…っす」

 

 恵真からの差し入れがどうなるかはさておき、バートはこの夏、自身が当たり前のようにお茶当番になる可能性に肩を竦めるのだった。だが、それによって恵真の言っていた「熱中症」はだいぶ軽減されるだろう。それも自然と彼らが望んで水分や塩分を補給する形となったのだ。

 麦茶やピクルスを食べる仲間の姿にバートはそっと口元を緩める。この報告をきっと恵真も喜んでくれるだろう。


_____


 

 「ついに、そちらをお買い上げになられたのですか?」

 「あぁ、実に素晴らしいよ!今日という日を神に感謝したいね!」

 「あなたがそのような事をおっしゃるとはめずらしいですね。以前より信仰をお持ちにならない主義だとおっしゃっていらしたのに」


 薬師ギルドのギルド長室で、まるでその部屋の主のように振舞う紳士とこの部屋の主であるにも関わらず、まるで秘書のように控える眼鏡の大人しそうな男である。その一人は今日、アッシャー達に「ちゃんとした変な人」と認定された男だ。


 「…いや、今日初めて出会ったんだよ」

 「は?…いえ、その…神にですか?」

 「彼女は聖女とも呼ばれているらしいが、私に言わせれば女神だね。『薬草の女神』だよ!」

 「はぁ…。確かにその女性は『黒髪の聖女』そう呼ばれているらしいですね。実際にいかがでしたか?本当に黒髪黒目の女性なのですよね」


 そんなギルド長の言葉に中央地域の支部長であるサイモンはなんということもないように答える。その両の掌には1つのバケットサンドが大切そうに乗せられている。薄いトパーズ色の彼の瞳はそれに向けられている。


 「…そうだったかな?」

 「え?覚えていないのですか!黒髪黒目ですよ!数多ある経典や寓話にもあるでしょう!」

 「ほら、さっき君自身も言ってたでしょう。僕には信仰がなかったって」

 「…そうでした。あなたは薬草以外には一切ご関心が向かないのでしたね。話題の黒髪黒目の聖女に会って覚えてないとは…」

 

 そんなギルド長にもあまり関心がないようで、うっとりしながらサイモンはバケットサンドを見つめている。だが、ギルド長はバケットサンドにもサイモンが行った店にも関心があるのだ。彼もまた薬師ギルドに籍を置く者、薬草には強い関心がある。


 「しかし、あの店に行けたとは。何人か黒髪の聖女に関心がある者が向かいましたが、その店に辿り着けなかったようですよ」

 

 そんなギルド長の言葉にサイモンは肩を竦め、小声でつぶやく。


 「なにせアレが重ね掛けしてあるからね。黒髪黒目に興味があるような者じゃ見つけられないよね」

 「え、何か?」

 「…素晴らしいよね、本当に素晴らしいよ」

 

 相変わらず恋に浮かれるようなサイモンの様子にギルド長はため息を付く。優秀であるが非常に変わり者であるこの男、なぜかここマルティアの薬師ギルドに入り浸っている。やんわりと帰らないのかと告げているが、この男には届いた様子はない。

 残念なことに『薬草の女神』という信仰を得たサイモンはこの土地に長く留まる気でいる。喫茶エニシには少し変わった紳士が常連客となるのだ。



 恵真の差し入れによって自然と活動前に水分などを補給する習慣が付き、それは恒常化していく。急激に減ったこの兵士達の症状の改善に、ある女性の活躍があったことを知るのは極少数の者だけである。




いつもありがとうございます。

楽しんで頂けていたら嬉しいです。

次回はまた違う料理の話になります。

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