44話 カリカリ梅と夏野菜のピクルス 3
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「店の前にちゃんとした変な人がいる」アッシャーとテオからの情報に、恵真は開店時間を20分過ぎても未だ出来ず看板を出せずにいる。そんな喫茶エニシのドアをノックする音と男性の声が聞こえる。
「すみません。開店はいつになりますか?」
「お客様だわ…。事情を説明しなきゃダメよね!」
「あ、エマさん!」
そう言った恵真はパタパタとドアの方へと向かっていく。せっかく来てくれたお客様ではあるが、事情を説明して日を改めて貰った方が良いかもしれない。そんな思いから足早にドアへと向かった恵真は、ついつい自身でドアを開けてしまう。
「エマさん!ダメですよ。僕らが開けますから!」
「あぁ、そうだったわ!ごめんなさい」
アッシャーに言われて、恵真は気付く。このドアを開けて入ってきた者は安全である。だが、不用意に開けるべきではないと注意は受けていた。リアム以外は知らないが実際には、幻影魔法と防衛魔法との重ね掛けがされたこのドアは安全そのものなのだが、警戒心の薄い恵真である。母のように細かい注意をリアムからされていた。
開けたドアの前には上質そうなジャケットとスラックスに首元にはスカーフが巻かれ、濃茶の髪に薄いヘーゼル色の瞳の瞳の男性が立っている。その表情はなぜか感動に打ち震えているように見える。
恵真はおそらくはこの外見であろうと察する。喫茶エニシに訪れる客の反応では稀にあることであった。
「…あなたですね」
「はい?」
「この素晴らしい薬草サンドを作られたのは!あぁ、本当に凄い!これは大きな変化をもたらしますね!私はこの国の神を信じてはいませんが、あなたと言う存在は女神と言ってよいでしょう。あぁ、そうか、あなたが真の神なんですね!なるほど、私は今日初めて神と言う存在を信じることが出来るのか…」
「あ、あの…」
いきなり現れた紳士が高揚した様子で恵真を神と崇めだした。よく見ると彼はバケットサンドを手にしている。どうやらお客であることは間違いないのだと恵真は思う。そして彼はすでに店内に一歩足を踏み入れている。つまりは危険な人物でもない事になる。お客様であり、危険な人物ではないが、恵真はその興奮した様子に戸惑う。そんな中、テオが小声でぽつりと言う。
「さっきの人だ…」
その言葉に恵真は納得する。テオは「普通のへんな人」、アッシャーは「ちゃんとしてそうな変な人」そう言っていた。確かにその通りの人物である。だが、ドアを越え店に踏み入れられたのならば、危害を加える問題がない人物なのであろう。
「それで、どうされましたか?」
「店内での飲食は可能ですか?」
「あぁ、そちらのバケットサンドですね。今日は暑いですもんね」
今日は日差しも強く蒸し暑いため、店内での飲食を希望されたのだろうかと恵真は思う。そんな恵真の言葉に変な紳士は首を振る。
「いえ、こちら以外に店内でも薬草入りの食事は提供されていますか?」
「あります!ワンプレートの定食があります。今日はじっくりコトコト煮込んだ鶏肉にバジルと胡椒を利かせてるんです!」
「それは素晴らしい!ぜひ、頂きたいです」
「ありがとうございます!どうぞこちらへ!」
昨日から仕込んでいた料理をぜひ食べて貰いたい、そんな気持ちで恵真は男性を案内する。少し変わった紳士もまた恵真の言葉に喜び、店内へと歩みを進める。アッシャーとテオも首を傾げながらも水やカトラリーを準備を進めるのだった。
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「美味です!煮込まれた鶏肉と野菜、そのうえで、薬草が効果的に使われている!今まで私が知っていた薬草とは鮮度も風味も全く違う!これは革新的です。あぁ、私はこの時間をどう称えたらよいのだろう…」
「えっと、味をわかってくださって嬉しいです。香草がお好きなんですね、でしたらこのピクルスはいかがでしょうか?夏野菜を使ったものなんですが、ピクルス液にはローリエを入れてるんです」
「本当ですか!ぜひ!」
変わった紳士と恵真は料理の話題で、意気投合している。アッシャーとテオはその様子を見守っていたが、確かに少し変ではあるが害はなさそうだと判断する。バケットサンドばかりが注目されているが、恵真の料理はどれも美味である。それを来てくれたお客に認めて貰えるのは良い事であろう。
「いや、今回初めてこちらの薬草サンドを購入できたのです。それまではどうしても買えず、ついに今日手に入れることが出来まして…!人に頼むことも考えましたが、やはり自身の手で見てその感動を体験し、入手したいものです。ここはまたとない職場だね、君達!」
「うん、エマさんは優しいし、ごはんも持って帰っていいんだよ」
「…それはもしや、私が食べているようなこういった薬草入りの料理かな?」
「はい、そうです」
「…そうなんだね。それは羨ましい。私も出来る事ならここで働かせてほしいものだ…」
上質そうな服に身を包む紳士の冗談に恵真は笑う。少し変わった人だと感じた恵真だが、彼は恵真が黒髪黒目なことには一切関心がないので普段通りに過ごせる。何より恵真の料理をここまで楽しんでくれるのは嬉しい事だ。少し変わった紳士は些か熱すぎる感謝を述べ、また必ず来ると誓い、喫茶エニシを後にした。
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夕焼けが窓から店内に差し込み、恵真たちの影を伸ばす。恵真は2人の持たせる食事をタッパーに詰めている。アッシャーとテオは首元の青と赤のスカーフを外す。その様子は仕事を終えた会社員がネクタイを外すようで、なんだか微笑ましく恵真の目には映る。
そんな閉店間近の喫茶エニシのドアをノックする音と聞き覚えのある声がする。
「すいませーん…オレとリアムさんっす…いいっすかぁ…」
「バートだ。エマさん、僕が開けてきます!」
ぱたぱたと小走りにアッシャーが入口へと向かい、ドアを開ける。すると、覇気のないバートと少し伏目がちなリアムが入ってきた。どちらの様子も普段とは異なるので、恵真も兄弟も顔を見合わせる。
恵真が椅子を勧めると、よろよろと力なく座ったバートはテーブルに突っ伏す。その隣に座ったリアムもアッシャー達もその様子に驚いたようだ。
「おいおい、大丈夫か?バート」
「いや、最近変なんすよね。体に力が入らないっていうか、食欲もわかないんすよ」
「バートが?それは本当に体調悪いんじゃない?」
「いや、それがオレだけじゃないんすよ。最近、急に周りの奴らの中には眩暈や頭痛があったり、立ち眩みって言うんすか?ひどいと倒れて意識を失う奴も出てきてるんすよね。大体、稽古中や屋外の作業中が多いんっすけどね」
そう話すバートからは普段の飄々とした雰囲気はなく、アッシャーやテオもその様子に首を傾げる。
リアムは今日、冒険者ギルドでセドリックから聞いた話を思い返す。体力や健康状態がある者達が体調を崩し、眩暈、頭痛、立ちくらみを起こす。兵士の中にもその症状が出ている者がいるとの話であったはずだ。では、バートもその可能性が高いのではないかとリアムが案じていると、恵真がバートにグラスに入った飲み物と小皿を渡す。
「麦茶です。あと、カリカリ梅とピクルスも食べてください」
「あ、冷たいっすねぇ…」
バートは手のひらでグラスを覆うとその冷たさを味わっているようだ。そんなバートに恵真は少し強めに声を掛ける。
「バートさん!早めに麦茶に口をつけてください。多分、今のバートさんの体は水分と塩分を必要としてると思うんです」
「体が水分と塩分を必要としてる…?」
ふわふわと力なく呟きながら、バートは麦茶をゴクリと飲む。その一口で喉を乾いていたことを思い出したように、バートは麦茶を飲み干す。それは恵真の言った「水分を必要としている」という言葉を体現したかのようだ。
恵真はエアコンのスイッチを入れ、バートのグラスに再び麦茶を注ぐ。
「麦茶だけじゃなく、しょっぱい物も食べてくださいね」
「ふぁい」
バートが目の前のピクルスに手を伸ばし、口に頬張るとパリパリと小気味いい音が響く。エアコンが稼働したことで風が流れ、夕暮れの陽の当たる部屋に涼しさが戻る。恵真は窓のカーテンもしっかりと閉めると再びキッチンに向かう。水で濡らしたタオルをきっちりと絞り、バートの元に持ってくる。
「これを首元に当ててください。クーラーもつけたので少し楽になるかと思います。もし良ければ、襟元のボタンを外したり、服装も楽にしてくださいね」
「あー、これイイっすね。ひんやりするっす」
その様子を見ていたリアムは恵真がある程度、バートの状態を把握しているのではないかと思う。麦茶と塩気のある食べ物、そして日差しを避け、何やら魔道具らしきものからは風が吹き出ている。水で濡らした布でしっかりと首を冷やさせ、何より恵真が発した「水分と塩分を必要としている」という言葉だ。
「最近、冒険者や兵士の中でバートのような状態となる者が多く現れています。ご対応を見る限り、トーノ様には何か心当たりがあるのではありませんか」
「…きちんとした知識に基づくものではないので確証があるわけではないんです」
「それで構いません。今後の対策や参考になるかと思うのです」
恵真には心当たりがある。少し体調が楽になった様子のバートを見れば、恵真の対処も予測した状態も合っていたのだろう。この時期から増えていく高温多湿で起こりやすく、日差しが弱くともまだ暑さに体が慣れない今の時期でも起こり得る症状、そこから恵真が予測したのは一つ。
「皆さん、熱中症なのではないでしょうか」
「…」
恵真の放った一声に、返事をするものは居らず、エアコンの音だけが静かな部屋に響いた。
青梅もですが、麦茶もこの時期が旬だそうです。
大麦が採れるのが5月中旬~6月とのことです。
青梅もスーパーで見かけますね。
ちょうど作中と同じ時期になっていますので
そんなところも楽しんで頂けたらいいなと。




