42話 カリカリ梅と夏野菜のピクルス
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今回は、季節の味覚の話です。
日差しはそこまで強くはないものの蒸し暑い日が続く。
恵真は大きなやかんに麦茶を沸かしてカウンターキッチンの上に置いておく。これは客用ではなく、店員であるアッシャーとテオのためである。これからの時期、水分補給は大切である。恵真は小まめに飲むように2人に言ってある。今も恵真に言われ、2人は座りながら麦茶を飲んでいる。バケットが半端に残っていたのでカリッとオーブンで焼き、ブルーベリーのジャムを添えて出した。
バケットサンドは今日も完売している。この分だと早めに冒険者ギルドに卸した方が良いかと恵真も考えていた。その分、数を用意したり早く起きたりと恵真の負担は増えるのだが、自分が作った料理が必要とされるのは恵真にとって嬉しい事でもある。
今日はその件でリアムが尋ねてきている。冒険者ギルドへの交渉は恵真不在でも良いとの事で、バケットサンドを卸す件でどう交渉すればよいかと話を進めているところだ。
「トーノ様のご希望や条件がありましたらお教えください。出来る限りこちらの要望を通させるように努めますので」
「要望ですか…ええっと、こちらからの要望はこれと言って思い浮かぶものがなくって…質問?販売するバケットサンドの個数とか、その内容は確認しておいた方がいいですよね。あとは具材!どんな具材がいいとか希望はあるのかなって。あと、もしバケットではなく他のパンにしたら問題はありますよね、やっぱり」
恵真は気になっていたことを一気にリアムに問う。考えていたのはどんなバケットサンドにするか、そしてその数、また数を増やす事でバケットが用意出来ない可能性だ。バケットは近所のパン屋で購入しているので、買える個数も限られてしまう。中身も冒険者ギルドという事もあり、好みをそちらに合わせた商品にしたほうが良いかもしれないと恵真は考えていた。
「そうですね。そちらはトーノ様のご自由になさって構わないかと思います。あちらに確認も取りますがパンの味に問題がないようでしたら構わないでしょう。現在の販売もありますので、そちらを優先させた上で出来る個数は幾つですか?」
「…50個ですかね」
「…トーノ様?」
「す、すみません!もっと必要ですよね!」
「…30個で問題ないですか?難しいようでしたら、もう少しご負担のない形を考えましょう」
ついついもっと作れるのではないかと言われるのかと思っていた恵真は安堵する。パンは恵真が焼いているわけではなく、またバケットでなくロールパンなどを使用すればより扱いやすい。そうなれば、経済的にも負担はそこまで大きくはない。
「いえ、30個なら大丈夫です。それでお願いします!」
「…わかりました。決してご無理はなさらないようにお願いします」
「はい、ありがとうございます」
具材はリアムは恵真の好きにしていいと言うのだがそういうものだろうかと恵真は気がかりである。
そんな思いは表情にも出ていたようで、リアムに問いかけられる。
「何か、気になる点がありますか?」
「あの、具材なんですが2種類出しているうちの具材が少なくなってきまして。それで違う物にしたほうが良いのか考えているんです。甘いパンを好む方もいますし、こちらではスパイスを加えた甘いものを挟むものを販売していく予定です。冒険者ギルド用はどうしたらよいのでしょう」
冒険者ギルドにとって薬草より安価で食べやすいバケットサンドは確実に入手しておきたいはずだ。そのため具材はなんであろうと香草さえ入っていれば、あちらに不満など言わせる気のないリアムだが、一方の恵真は真摯に自身の料理をより良い形で卸す事を考えていた。
そんな恵真にリアムも冒険者ギルドの要望を考慮した考えを話す。
「…そうですね。現在使っているのはバジルとシナモンでしたね。恐らく冒険者ギルドでは鎮痛・殺菌の効果を持つバジルが需要が高いと思います」
「そうなんですね。では、バジルのものにしますね!」
「えぇ、具材はバジルが入っていれば、その日によって異なっても問題ないはずです」
「日替わりサンド!いいですね!」
その日のある物で自由に作れば負担が減るのではというリアムの考えは、恵真の中では日替わりサンドという客に喜んで貰えるスタイルと受け止められたようだ。恵真はその性格上、どうしても喜んで貰えるものという考えになってしまう。リアムは出来る限り、こちら側の有利になるように自身の判断で交渉することを密かに決めた。
「薬師ギルドのお話ですが、パウダー状のもので良ければすぐご用意できますよ」
「本当によろしいのですか…でしたら、いずれは薬草が手に入りやすい形になりますね。これは…大きな変化をもたらしますね」
「いえいえ!前も言った通り、出来ることをするだけなので…」
ご用意も何もこれに関しては市販のものである。バジルは生育しているものだが、こちらは買って来ているだけなので、あまり評価される恵真としては少し心苦しい。
一方でリアムは薬師ギルドの事を考える。彼らは薬草の事しか頭にないような者達の集まりだ。先日会った中央区域の支部長サイモンの様子から見ても薬草となると目の色を変えるだろう。それを供給してくれる恵真には決して危害を加えはしないだろうが、些か面倒そうな予感がする。だが、薬師ギルド、冒険者ギルドと彼女を守る存在は多い方がいい。
リアムは冒険者ギルドのギルド長セドリックとの交渉のため、喫茶エニシを後にしたのだった。
アッシャーとテオは麦茶とバケットを食べ終えたようだ。恵真は以前、リアムが持ってきてくれたパンをパン切り包丁で切ってみる。そのかけらを口にすると一気に口中の水分が持っていかれる。堅さがあり、油分が少ないため日持ちはすると思うのだが、その分飽きも来るかもしれない。
もそもそした食感のパンを食べながら、何か美味しく食べるほうがないかと恵真は考えを膨らませるのだった。
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曇天で日差しこそないが、気温が高くかなり蒸し暑い。
バートは稽古場で訓練に精を出す。いつもは飄々とした振る舞いの目立つバートだが、兵士としてきちんと鍛錬はしている。だが、今日は精彩を欠く。それは他の者も同じだ。バートやダンはまだいい方で、新人のカーシー達はかなり疲れが出ているようだ。その様子に団長の檄も飛ぶ。
そんな中、一人の兵士が倒れた。それは体力自慢のジャンである。新人だったバートに「野菜ばかり食べると緑になる」そう言った筋骨隆々の男が倒れたのだ。訓練は一時中止となるが、他にも気分を悪くする者が何人も出る。実は最近そのような事が多いのだ。
「おい、バート。お前は大丈夫か」
「そういうダンこそどうなんすか?倒れたらオレが介抱してあげてもいいっすよ」
「その様子なら問題ないな。カーシーは?」
「あぁ、医務室っすよ」
「あの様子じゃ仕方ないな」
バートとダンが後ろを向くと数人の兵士がよたよたと他の兵士に肩を組まれ医務室へと向かっていく。だが彼らはまだいい。ジャンに至っては後輩たちが担ぎ上げ、そっと医務室へと運んでいく最中だ。いつもは後輩を厳しく指導する彼の不調に若手が騒然とする。
それには理由がある。実は最近、こういったことが多いのだ。体力は人一倍ある兵士が訓練中に次々と体調不良を起こし、ひどいものだと自力で歩くのも難いくなる。稽古中だから対応ができるが、これが戦いの最中であったならと不安が高まっているのだ。だが、理由らしい理由も見つからない。そのため、兵士たちの中では動揺が広がっているのだ。
バートは暗い空を見上げ、蒸し暑く息苦しい空気の中で重く息を付いた。
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冒険者ギルドのギルド長室には2人の男がいる。そんな中、足を組みソファーに座るリアムはゆったりと座り、紅茶を飲んでいる。その姿は寛いでいるかのようだ。向かいに座るセドリックは眉間にくっきりと深い皺を浮かべる。
「…数は30か。パン自体は変わっても問題ない。薬草入りならな。で、他には要望はあるのか」
「そうだな。バケットサンドの受け取りには信用のおける人間を1人用意してくれ。腕の立つ女性がいいだろう。勿論、口が堅い人間をだ。あと契約は彼女の都合もある。とりあえずは1月、それ以降は更新する形になる」
「…更新か。はぁ…それ以外にはあるのか」
「冒険者はギルドで買うように徹底を。そうでなければ買えなかった冒険者が店に来るだろうからな」
「わかった。周知させよう」
先程からセドリックはリアムからの提案という名の要望にほぼ従っている。リアムの提案はそれほど無茶な内容ではないし、こちらから是非にと頼んだこともある。味がよく価格も安価な薬草入りのバケットサンドを冒険者が必要とするのは明らかだ。冒険者の身の安全のためにも必要である。
「…しかし30か。もう少し何とかならんのか」
「無理だな。私が頼んで鎮痛・殺菌の効果がある薬草入りを30個にして頂いた。店舗では10個の販売であった物が3倍になってギルドでほぼ毎日買えるんだ。悪くない条件だろう。それに、いずれは薬師ギルドにも薬草を卸す計画がある」
「そうなのか…それは大きいな。それならパンがひと月ごとの契約でも問題ないな。彼女の薬草が普及するなら、値段も下がっていくだろう」
「あぁ、大きな変化になるだろうな」
薬師ギルドを通し、薬草が広がる話を聞いたセドリックは一気に表情が明るくなる。それだけ、薬草は冒険者にとって必要なものである。回復魔法を使える者もいるが、その力には限りがある。また全てのパーティーに回復魔法を使える者がいるわけではないのだ。携帯食も購入する余裕がある者たちばかりではない。特に力や経験のない新人こそ、無茶をしがちだ。
冒険者ギルドの役目は冒険者達に仕事を斡旋するためだけではなく、その権利を守り育てることである。ギルド長であるセドリックもまた、そのために力を惜しまない。
「ギルド登録の件、よろしく頼む」
「わかった。バケットサンドの件はその条件で受け入れよう。誓約書を書かねばならんな」
「…あぁ、そうだな」
セドリックは1枚の紙を取り出す。これは特殊な紙で出来ており、魔法によって契約が交わされる。魔法誓約書と呼ばれるもので正式な契約で用いられることが多い。通常の契約でも構わないのだが、魔法誓約書を持ち出したという事はセドリックがこの契約を違えて欲しくないという気持ちの表れでもあろう。魔法誓約で交わされた約束は絶対のものとなる。
ペンにインクを付けたセドリックは条件をその紙にペンを走らせていく。全ての条件を書き上げるとリアムに手渡し、確認を求める。
「…セドリック」
「ん、なんだリアム。訂正したい事でもあるのか」
「いや、情報を追加したい」
先程までの余裕の態度ではなく、リアムからは真剣かつ深刻な空気が漂う。その様子に、セドリックもまた姿勢を正し、リアムに向き合う。彼の紺碧の瞳に映るのは緊張したセドリックの姿だ。ピリッとした空気が部屋に満ちる中、リアムが口を開く。
「私がギルド登録をしたい人物、彼女は黒髪黒目の女性だ」
リアムの突然の言葉に、セドリックはただ黙って彼を見つめるのだった。
今回少し長めです。
読みにくかったらすみません。
さて、更新し始めて今日で2か月です。
いつもありがとうございます。




