41話 じゃがいもの価値と可能性 5
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今回は「裏庭のドア」「オリバー!」W更新しています。
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テーブルに並んだ料理は恵真が作ったじゃがいも料理3点、ベイクドポテト、ガレット、マッシュポテト、それぞれをタッパーに入れ、持ってきたのだ。アメリアはその器も興味深いのだろう。しげしげと見つめている。リアムが更にそれぞれを取り分けて、アメリアへと差し出す。
「これ、じゃがいもなのかい?形が随分違うけれど」
「えぇ、どれもじゃがいもを使っています。どうぞお召し上がりください」
眉間に皺を寄せたまま、アメリアはベイクドポテトを口に入れる。すると驚きで眉が上がり、眉間の皺が消える。その表情を見たリアムは満足気に笑う。そんなリアムの顔を軽く睨み、アメリアは次のガレットを食す。冷めてはいるがその味は変わらない。アメリアは一切れを食べ切ると、次のマッシュポテトへとフォークを進める。3品を口にしたアメリアは深く息を吐く。
周囲の客も自分の事のように緊張しつつ、アメリアの返答を待つ。
「で、これは誰が作ったんだい」
「それはまだ言えません。ですが、以前こちらにサワーを紹介した方といえばマダムもお分かりになるのでは」
アメリアは腕を組みながら、軽くリアムを睨む。だがその表情は先程とは違い、笑みも浮かぶ。
「噂のお嬢さんかい。サワーだけじゃないね、確かキャベツの件でも世話になってるじゃあないか。坊ちゃんも人が悪いね。先にそれを言ってくれりゃあいいのに」
「それでは正確な評価に繋がりませんからね」
「…まったく、成長したって言えばいいのか小憎らしくなったと言えばいいのか」
「両方でしょう。それでマダム、料理の味の方はいかがですか」
リアムの言葉にアメリアは肩を竦めて答える。その表情も空気も柔らかく、むしろ楽しげな様子さえ漂う。それは彼女の答えを表していた。
「問題ないね。これなら、文句なしに店に出せる…それで調理法は教えて貰えるのかい?それに幾らぐらい払えばいいのさ。サワーの分だってあるだろ?」
「調理法は勿論、お教えします。料金は求めないそうです」
「は?」
「先程、申し上げましたが、その方は風変わりでして自らの利益になるか気に掛けないのです。あくまで、ジャガイモの普及が目的だそうですよ」
リアムの言葉にアメリアは目を丸くした後、店中に響くような大きな声で笑う。まさか、リアムの言った通り、本当にじゃがいもの普及のために農家でもなんでもない女性が腕を振るうとは。
この店を長年営むアメリアにはそれなりの矜持がある。そこで出すメニューにだってアメリアのこだわりがあるのだ。そこに名を載せても構わない料理を、ただじゃがいもの普及のために考えた、その女性にアメリアは好感を抱いた。そもそもこのホロッホ亭のためにアイディアをくれたキャベツにもサワーにも見返りを求めてはいないのだ。リアムの言った通りの、風変わりで既存の価値観に囚われない女性なのだろう。
立ち上がりタッパーを手に取ったアメリアは店の客に差し出す。
「ほら、皆、これを食べてごらん。これからこのホロッホ亭で出す料理だ!じゃがいもの新しい料理を自分の舌で確かめるんだよ!」
「おぉ、女将がこう言うんだ!皆、食ってみようぜ」
「へぇ、めずらしいなぁ。こんなん食ったことがないや」
アメリアのその言葉に遠巻きに見ていた客が寄ってきて、タッパーを回す。それぞれにフォークを伸ばしたり、皿に移し替えて味を確かめているようだ。その表情と声には料理の味への驚きが満ちている。
それはリアムの狙い通りである。最も混雑するであろう時間帯を狙い、敢えて訪れた。ここ、ホロッホ亭は兵士も冒険者もいる。そこで評判が良ければ、その意外性から自然とじゃがいもの話も広がっていくだろう。アメリアがもしメニューに入れることに納得せずともその味を考えれば、客に振る舞えばある程度の効果はあるとリアムは踏んでいた。
無論、メニューに加えてくれたのは大成功である。ここホロッホ亭は歴史も古く客は勿論、周辺の店からの信頼も厚い。そのホロッホ亭で使われたなら、徐々にじゃがいもの味や調理は広まっていくだろう。
アメリアは客たちの様子を見つめつつ、ぽつりと言葉を溢す。
「このアタシに借りを作るなんてさ。坊ちゃん以来だねぇ」
「…出来ればマダムには、あの方の味方になって欲しいと思っております」
「そうさね、いつかその子に会ってから考えるよ。なにせ、バートの彼女なんだろ?」
「は?」
突然のアメリアからの言葉にリアムの表情が固まる。そんなリアムの後ろでバートがブンブンと首を振る。バートを振り返ったリアムの表情は哀れな者を見る眼差しだ。
「違うっす!リアムさん!色々言えない事が多すぎて起こった悲しい事件なんす!」
「あぁ、そうだな。確かに今俺はお前を気の毒に思っているよ」
「そうじゃないんす!」
「あぁ、そうか。それじゃあ、バートの一方通行なんだね。諦めず頑張るんだよ」
「いや、だーかーらー!」
ホロッホ亭は今宵もなかなかに騒がしい。
そして、今この場所で少しずつじゃがいもの評価も変わっていっている。身近で調理しやすいじゃがいもは今後、庶民の食卓に置いて重要な価値を持つようになる。今日がその始まりであることを知る者は少ない。だが、確実に恵真の願ったじゃがいもの価値と可能性は、料理の味と共に伝わっていくことになるのだ。
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「本当ですか?本当にお店で出してくださるとおっしゃってくれたんですか!」
「えぇ、メニューに取り入れてくださるそうです」
「良かったっすねぇ」
あの後、ホロッホ亭では恵真の作ったじゃがいも料理を皆が食べた。茹でて食べるそのイメージと違い、酒のあてとしても良いという事も評価され、全てタッパーは空になったことを伝えると恵真は満面の笑みを浮かべる。
そんな恵真の様子にリアムもバートもそっと胸を撫で下ろす。
急にすべてを変える事は難しい。だが、恵真の料理とじゃがいもの味と評価は少しずつ広がっていくだろう。それは蒔いた種が芽を出すように、ゆっくりと確実に育っていくはずだ。目の前で相好を崩す、黒髪黒目の女性トーノ・エマの功績であろう。
喫茶エニシにはこの時間、客がいない。アッシャーとテオがコップを一生懸命に拭いている。
恵真はと言えば、大きな器に沸かした茶をリアムとバートのためにグラスに注いでいる。透明なグラスに氷が入り、カラリと音を立てる。以前も飲んだその茶は麦茶というらしく、香ばしさと癖のなさが特徴だ。どうやら季節の飲み物らしい。小さなレースのコースターに入れ、茶菓子と共に差し出される。
カウンターキッチンの椅子に座ったリアムとバートは勧められるまま、そのグラスに口をつける。少し蒸し暑さの出てきたこの季節に合う風味に、リアムはふぅと息を吐く。隣のバートは茶菓子を黙々と食べている。今日、リアムが恵真の元へと訪ねてきた理由はじゃがいもの件以外にもある。ちょうど、客は今いないためその話をしても良いだろうとリアムは判断する。
「トーノ様、以前お伺いした冒険者ギルドへのバケットサンドを卸す件ですが…」
「そのお話、受けます!」
「えぇ…はい?」
「ふぇ!」
リアムの問いに食い気味に答えた恵真に、リアムもバートも驚く。以前からバケットサンドに関しては受けたほうが良いのではないかと伝えてはいたが、恵真は急に積極的な反応を見せた。冒険者ギルドへの登録は恵真の後ろ盾となるため、リアムとしては勧めていた。だが、開店間もない喫茶エニシである。恵真の負担も考え、様子を見ていたのだが、ここにきて急に恵真が意欲を見せる。
「大丈夫っすか?無理してるんじゃ…」
「あ、えっと違うんです。なんていうか…今回の件で色々考えたんです」
「今回の件…じゃがいものことっすか?」
バートの問いかけに、恵真がこくりと頷く。だが、今回のじゃがいもとバケットサンドとどんな繋がりがあるのかとバートは首を傾げる。きっかけはバケットサンドを買い求めに来た客が箱いっぱいのじゃがいもと交換して欲しいと頼んだことだ。そういった意味では関係があるとも言えるが、その件とバケットサンドをギルドに卸すのとは微妙に繋がらない。横のリアムもその表情には疑問が浮かんでいる。
そんな2人の表情を見た恵真は困ったような笑顔を浮かべる。
「…私は特別な力があるわけではありません。黒髪で黒目で目立つけどそれだけなんです。全ての人に何か出来るほどの力を持っていたなら、多くの人を救えます…でも、そうじゃない」
その言葉にリアムとバートだけではなく、アッシャーとテオも恵真を見つめる。この国において恵真の外見は特別な意味を持つ。だが、特別な存在として注目を集める彼女が、何らかの力を求められてもそれを行使できるわけではないのだ。
突然の恵真からの言葉に、誰もが言葉を失い彼女を案じる。だが、次に恵真から出た言葉は彼らが予想していたものとは違った。
「だから、せめて自分に出来る事ならしたいんです。特別な力が今の私にあるわけじゃないけど、困ってるのに何もしないで見てはいられないし…。香草が広がれば、助かる人がいるんですよね。それなら、私はバケットサンドを作ります。香草を卸す件も…前向きに考えていきます」
「…わかりました」
恵真の言葉には迷いはない。その表情にも曇りがないことからその決断は確かなものだろう。リアムは先程の恵真の言葉を思い返す。
恵真は自分に出来る事なら何かしたいと語った。だが、そのように見返りを求めずに動ける人間は決して多くはない。そして特殊な力がなくても、誰かのために行動を起こすことが出来る。そのような人間もまた少ない。風変わりで常識に捕らわれない恵真であるが、何よりもその気性は温厚で寛大だ。今回の判断も恵真のその性質ゆえのものだろう。
バケットサンドを冒険者ギルドに卸す事によって、恵真にはこの国に置いての後ろ盾が出来る可能性が高い。輸入に多くを頼るこの国で、良質で新鮮な薬草が入手できるようになるのだ。薬草ギルドも冒険者ギルドからもそこに強い関心を抱いている。
多くを望まない恵真のこの判断は、この国にゆっくりと、だが確実に大きな変化を生じさせていくのだった。
じゃがいもをテーマにした今回は
こちらで最後です。
次回はまた違う食材が登場します。




