40話 じゃがいもの価値と可能性 4
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ホロッホ亭は今夜もなかなかの賑わいを見せている。
活気ある店内には冒険者や若い兵士がテーブルを囲み、酒を飲み交わしている。一般的に兵士と冒険者の関係性は悪いため、それぞれが集まる店も自然と分かれてはいる。でなければ血の気の多い者がいたり、酒の席という事もあり、いざこざが起こってしまうのだ。
だが、ここホロッホ亭では一切見られない。そのような事に囚われない者が集まるとも言えるが、それ以上にこの店の女将アメリアの強い方針がある。何か揉め事を起こせばすぐに彼女が出てきて、その問題を強引に解決する。そんなホロッホ亭に置いて争いはご法度なのだ。
さて、そのホロッホ亭にリアムとバートはいる。その目的は2人で酒を飲み交わす事ではない。この店の女将アメリアに相談があったためである。早朝から翌日の早朝まで店を開けているホロッホ亭であるが、やはり夜が最も人出が多い。だが、敢えてその時間帯を狙ってリアムとバートは店に訪れた。そんな2人を見たアメリアは笑顔で手を上げる。
「おや!バートに坊ちゃんじゃあないか!バートはともかく坊ちゃんは久しいねぇ。元気にしてたかい?」
「…坊ちゃん?」
「あぁ、俺の事だな」
「へっ、マジっすか!リアムさん、ぼ、坊ちゃんすか!ぷっ!こんなデカいのに!」
そんなバートの軽口を表情一つ変えずリアムはアメリアの元へと歩みを進める。そして彼女にその大きな手を差し出し、握手を求める。その手をしっかりと握ったアメリアはリアムの顔を見て、満足そうに頷く。バートはきょとんとそんな2人を見つめている。
「お久しぶりです、マダムアメリア。お世話になったまま勇気が出ず、こちらになかなか伺うことが出来なかった私をお許しください。あの頃同様、ここは活気がありますね」
「アタシをマダムなんて呼ぶのは、あの頃も今もあんたぐらいだよ、坊ちゃん!…あぁ、この呼び方はやめた方がいいかい?こんなに立派な青年になったんだからね」
「いえ、いつまでもそう扱って下さる方がいるのはありがたい事ですので」
「ははっ!そう思えるアンタならもう一人前だと思うけどねぇ」
そんな2人のやり取りを黙って見つめていたバートだが、その懇意な様子に首を傾げる。今までアメリアからもリアムからも特に親しいという話を聞いたことがない。会話の中で、この街マルティアでは名が知られた2人は会話に出る事はあったが、それも一般的なレベルのものだ。だが、この様子は古くからの知人であろうとバートは感じる。
蚊帳の外になっていたバートをリアムが呼び寄せる。そう、今日リアムとバートはホロッホ亭の女将であるアメリアに相談したいことがあるのだ。アメリアも2人で訪れたには理由があると思ったのだろう。不思議そうに2人の事を見比べる。
「で、どうしたんだい。バートはともかく、坊ちゃんまで顔を出すってことは何かあるんだろ?」
「はい。マダムのご推察通りです。あなたにお願いしたいことがあって参りました」
「そうなんす。アメリアさんの力を貸してほしいんす」
そんな2人の様子にアメリアはからからと笑う。仕事柄、兵士や冒険者に相談されたり愚痴を聞かされることの多いアメリアだ。2人の話にも動じた様子がない。そんなアメリアにリアムは言葉を続ける。
「こちらの店で出して欲しいものがあるんです」
「このホロッホ亭でかい?まぁ、良いアイディアなら聞かないこともないよ?で、どんな食材だい?」
そんなアメリアにバートは少し目を逸らす。これから口に出す食材はあまりこの国では良い評価を得ていないのだ。それをメニューに加えて欲しい、そうアメリアに面と向かって言うのはなかなか勇気のいる事である。だが、バートが戸惑うのをしり目にリアムは人好きのする微笑みを浮かべ、アメリアに言う。
「じゃがいもです」
「は?」
「このホロッホ亭でじゃがいも料理をメニューとして出してください」
久しぶりに会ったかと思えば、突然笑顔で不人気のじゃがいもをメニューに加えろと言うリアムにアメリアは驚き、目を見開いてリアムを見つめている。そんなアメリアをにこやかに見るリアムに、もう少し良い伝え方や交渉があるのではとバートは赤茶の髪を掻くのだった。
偶然空いていた店の丸テーブルに3人は座っている。アメリアは眉間にくっきりと皺を寄せて、腕組みをしながら足も組んで座る。その様子から伝わってくる空気に周囲の客はそっと離れ、別の席に座る。バートは赤茶の髪を掻き、ふぅとため息を吐く。一方のリアムはと言えば、笑顔を崩さずニコニコと席に腰かけている。
「で、どういうことだい」
先に口を開いたのはアメリアだ。その表情は明確に不機嫌であることを相手に伝えるものだ。だが、向かい合うリアムはまるで天気の話でもしているかのように動じない。丸テーブルに3人という状況のため、バートの左ににこやかなリアム、右には不愉快そうなアメリアという構図だ。挟まれたバートとしてはたまったものではない。
「先程、お話しした通りです。こちらの店でじゃがいもを使った料理をメニューとして加えて欲しいのです」
「じゃがいもが人気がない事をアンタはわかっていってるのかい?」
「存じています」
「だったら…」
「そのうえで、その評価を変えたいと思っております」
「…変える?何のためにだい?」
アメリアの問いは当然のものであった。彼は冒険者であり、その生まれは侯爵家である。じゃがいもの評価がどうであろうと、リアムには関係のない事だ。なぜ、この店のメニューに加えて欲しいとリアムが頼むのか、それはアメリア以外にも気になる点であろう。
「…それを望まれている方がいます」
「なんでまたそんな事を…」
じゃがいもが広まる事で利益を得るものがいるとしたら農家ぐらいだ。だが、そのためにリアムが動くとも思えない。首を傾げるアメリアにリアムは笑みを溢す。それはごく自然なものでアメリアは眉を少し上げる。
「その方は些か風変わりでして、既存の価値観に囚われないというか…自らの利益になるかどうかなは気に留めません。私はその方に協力すると誓いましたから、それを守るだけです」
「……」
しばらくの間、リアムとアメリアは黙って相手を見つめている。その様子を同じテーブルで息を殺しながらバートは見守る。いつの間にか、そんな3人のテーブルを周囲の客もまた店員も気にかけ、自然と注目を集めてしまっている。
すると、リアムはバッグの中から何かを取り出し、テーブルの上に置き始める。それは3つの箱のようなものだ。怪訝な顔をするアメリアにリアムが、蓋を開けて中を見せる。中には何やら見た事のない形状の物が入っている。おそらく料理であろう。少し気を引かれるアメリアだが、そうと知られるのは癪だ。そんな素振りをリアム達には見せぬようにする。
「どうぞ、こちらをお召し上がりになってください」
「…ウチは持ち込み禁止なんだがね」
「客が食べるわけではありません。マダムに確かめて頂きたいんです」
「味をかい?」
アメリアの問いにリアムは口角を上げる。その紺碧の瞳は楽しそうですらある。
「いえ、この料理の価値と可能性をです」
そんなリアムの答えに、アメリアは目を瞠る。だが、その言葉は彼女の関心を買うのに十分だったようだ。アメリアもまた口角を上げ、挑戦的な瞳でリアムを見る。そんな2人にバートも周囲の者達もひやひやしながら様子を窺う。
「面白いじゃないか。誰か!皿とフォークを持っておいで!」
「はい!」
アメリアの声に従業員がパタパタと動き出し、取り皿を何枚かとカトラリーを持ってきた。リアムが予想していたよりずっと良い形で話が進んでいる。リアムは静かに笑みを深めるのだった。
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