37話 じゃがいもの価値と可能性
36話でのアメリアさんとバートの会話は
「SS バートとハチミツ入り紅茶」のものです。
彼女が出来た?みたいなところは
その回の前半に出てきます。
今日、喫茶エニシでは小さなトラブルが起きた。とは言っても暴力的なものではなく、また誰かがケガをしたわけでもない。だがそれは恵真にとって今後を考えさせる、そんな出来事となる。
最近、喫茶エニシ周辺には開店前に人が集うようになった。その大きな理由が恵真が作るバゲットサンドである。片方には鶏もも肉とバジルが、もう片方にはハチミツバターとミンスミートが入っている。特に冒険者達にはバジルが入った物が人気だ。
販売を任されているのはアッシャーとテオだ。子どものみという点が気になっていた恵真だが、周辺の治安は良い事もあり、2人に任せている。以前、リアムが2人の販売に付き添ったことが数度あった。それを冒険者は覚えているのか、幸いなことに今のところ購入の際に混乱は起きていない。だがバゲットサンドの数量は限られている。今回、最後の一つを巡ってちょっとしたトラブルがあったのだ。
「じゃがいも?」
突然、会話の中で飛び出した言葉にアッシャーに聞き返すと困ったような表情で恵真に頷く。
今は店内に客はいない。いつも通りバゲットサンドが開店早々売り切れた後は静かな喫茶エニシである。たまに店に顔を出す人もいるのだが、恵真の風貌を見てたじろぎながらも食事をしてはそそくさと帰っていく。不快に思われてはいないようで、食事をしながらチラチラとこちらを見る視線を恵真は感じている。だが皆、恵真が視線を合わせ、笑顔を向けるとサッと視線を外すのだ。
今日も客は少ないし、恵真もアッシャーとテオの様子を見ながら作業している。アッシャーが言っているのは今朝、バゲットサンドを売った時の話だ。
「うん。その人がお金の代わりに箱いっぱいのじゃがいもを持ってきてたんだ」
どうやら、持ち合わせのないその男性は物々交換を求めたらしい。だが、それを認めては他の人々に示しがつかないとアッシャーは断った。そして、最後のバゲットサンドは他の者の手に渡り、その男性は肩を落とし帰っていったという。
そう話すアッシャーとテオはなぜか悲し気である。恵真としては2人の行動が間違ったものとは思えない。もし、それを受け取ってしまったら、他の者にも同じことをしなけばならない。だが2人の選択は勇気のいるものだったであろう。恵真はそんな気持ちを二人に伝える。
「アッシャー君もテオ君もお店のためにそう言ってくれたんだよね、ありがとう。2人で大人に言うのは勇気がいったよね。もし今度、判断に悩むことがあったら私に相談してね」
「…はい」
恵真の言葉にアッシャーは小さな声で返事をする。テオもどこか沈んでいる様子だ。アッシャーもテオも優しく真っすぐな気性の子だ。きっと、男性が買えなかった事、それを断った事に心を痛めているのだろう。そう思った恵真はそれ以上、その話をせずにいつも通りの対応を心掛けたのだった。
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夕暮れ過ぎに訪れたリアムとバートに今日の件を話す。同時にその後のアッシャーとテオの様子が気がかりである事に触れると、2人は複雑そうな表情を浮かべた。恵真が理由を尋ねるとリアムが言葉を選ぶように話し出した。
「おそらく、アッシャー達は自分達の境遇と重ねたのでしょう」
「え?」
「今、二人はこちらで職を得て、対価として食事を得ています。そのため日々の食事に困る事はなくなりました。ですが、その男性を見てかつての自分達の状況と重ねたのだと思います」
「それは…あの子達に悪い事をしました。きっと断るのも辛かったはずです。私が出られたら良かったんですが…」
それが理由であるならば、きっとアッシャーもテオも断るのは辛かったであろうと恵真は2人の気持ちを慮る。恵真としては対価が食材でも困る事はない。雇用が物資で可能なら、物々交換も可能なのではと恵真は思う。ただ、こちらの基準や価値がわからない状況では対等な取引にはならない恐れがある。実際にまた同じような事が起こった場合、どうするのが良いのだろうと二人に尋ねる。
「物々交換っすか…まったく出来ない訳じゃないっすけど。トーノ様が言った通り、公平な交換になるかの問題があるっすよね。特にバゲットサンドは人気っすからね」
「バートの言う通り、アッシャー達が相手と思って強引な交換を申し出る者もいるかもしれません。そう言った点を考慮すると現時点では物々交換は難しいかと思います」
「そうですか…そうですよね」
2人の考えも恵真と同じものであった。やはりトラブル防止のためにも物々交換は控えたほうが良いだろう。実際には普段、岩間さんや近所の人々と頻繁に料理と食材を交換している恵真としてはじゃがいもとバゲットサンドとの交換には抵抗はあまりない。こちらの貨幣を得たい理由としては、アッシャーとテオに今渡している食事以外に対価を渡したいのと、いざというときに必要な場面がある可能性があるからだ。箱いっぱいのじゃがいもとなら交換しても良いのではないかと恵真は思ってしまう。
だが、それを2人に伝えるとリアムもバートも驚きの表情を浮かべた。
「じゃがいもっすよね?薬草入りのバゲットサンドと交換するには微妙なとこじゃないっすか?」
「だって、箱いっぱいですよ?じゃがいもは使い道が幅広いですし、お店でも出せるじゃないですか」
そう答える恵真にまたも2人は微妙な表情を浮かべる。じゃがいもは甘みもあり、メインにもサイドメニューにも使える便利な食材だと恵真は思う。特に苦手な人も少ないだろうから、店の食材としても使い勝手が良いと考えたのだ。だが、そんな恵真の考えに2人は難色を示す。
「じゃがいもはあまりこの国では好まれませんね。どちらかというとその…庶民の味と言いますか、豆もそうなのですが敬遠する者も多いかと思いますよ」
「そうっすよね。貴族なんかは絶対口にしないっす。小麦粉やパンが買えない家庭では主食になることが多いんすよ。そのイメージがあって不人気で市場でも安く買い叩かれるみたいっすよ」
「え!でも私、前にミネストローネで皆さんにお出ししましたよ?ポトフにもじゃがいも使ってたし、チリコンカンにも豆をたくさん使ってたじゃないですか?」
2人の言葉は恵真にとって予想外のものであった。以前、恵真が料理を作った時には豆もじゃがいもも入れている。どちらも恵真の世界では一般的な食材であり、特に不人気という事もなかったのだ。豆は健康に良いし、じゃがいもはその味と使い勝手の良さから人気が高い。そのため、恵真としてはその食材を使う事を特に意識はしていなかった。だが、2人はそれぞれ違う事を思っていたらしい。
「そうっすね。味も旨かったっす!何よりも貴族に敬遠される食材と貴族が好む香辛料を一緒に使うなんて、最高に皮肉が効いてていいなって思ったんすよ!」
「私は敢えて、庶民的な食材を使う事で価格を落とし、周りの店とのバランスを考慮なさったのかと…香辛料を使えば価格は上がってしまいますから」
確かにあのとき、バートは恵真に「スパイスが効いている」と言った。恵真は文字通り、香辛料が料理に効いている、そう捉えていたのだがそんな意味合いが含まれていたとは。確かに恵真にとっては身近な香辛料だが、こちらの世界では高価になる。どうやらそれが行き違いを生んでいたらしい。
だが、じゃがいもがそこまで人気がないというのがどうにも恵真は腑に落ちない。そこまで苦手意識を持たれるような苦みやクセはないのだ。こちらの世界ではどのような調理をされているのだろうと恵真は気になり、2人に尋ねた。
「んー、やっぱり茹でることが多いっすよね。あとはそのまま煮る?で塩をかける感じっすかね。トーノ様が作ったみたいにスープに入れるのはあんまりないっすよ。あくまで主食って食べ方っすね」
「確かに素材のまま、シンプルに頂くことが多いと聞きますね。それも不人気な理由かもしれません」
その食べ方でもじゃがいもの種類によっては美味しいだろうが、飽きも来るし味気ないだろう。じゃがいも本来の旨味がしっかりとあるものであれば良いのだが、不人気であるじゃがいもが品種改良されているとは思えない。それでは、じゃがいも本来の魅力がここではしっかりと伝わってないという事になる。
恵真はそのことに憤りを感じる。きちんと手間をかけて育てられた食材が軽んじられて良いわけがないのだ。そして今、恵真は目の前の二人に行動として示そうとしている。
「お二人とも、少しお時間よろしいでしょうか!」
「えぇ、問題ありません」
「ハイっす!問題ないっす!」
なぜかわからないが恵真が機嫌を損ね、何かに対して怒っているのがリアムにもバートにもわかる。だがこの話の流れから考えると、自分達に対しての怒りではないだろうと2人は推測する。風変わりだが人の好い女性、恵真のその印象は変わらない。そして時折、彼女は妙に頑固である。こういったときは静かに様子を見守るのがいいというのが二人の判断だ。
そんな2人をテトテトと歩いてきたクロが、「お前達もわかってきたじゃないか」そんな風にチラリと見て、トン、トン、とキッチンテーブルに飛び乗った。そんなクロとリアムとバートの視線の先に恵真はいた。きりっと真剣な表情の恵真の手に握られているのはじゃがいもである。それを手に、恵真は断言する。
「私が…じゃがいもの価値を私が変えてみせます」
それは謙虚で控えめな印象の恵真としてはめずらしい強い言葉、だがそこには確固とした意志と願いが感じられる。普段とは異なる恵真の様子にリアムとバートは息を呑む。
そして、実際にそんな恵真の行動がこの国に小さな変化と大きな変化をもたらすのだった。
いつもアクセス頂きありがとうございます。
今回はじゃがいもの話です。
どんな料理が出てくるのか…
お楽しみ頂けたら嬉しいです。




