SS リアムと屋台 1
本編が始まる予定ですが、SSとなりました。
少し長いので2回に分けています。
今回はリアムが中心の話です。
夕方近くのギルドは混雑している。その日の仕事を終えた冒険者たちがその日の成果を金に換えるため、行列を作るからだ。少しでも良い状態で採取した素材や肉を卸したい気持ちから、苛立ちや焦りがその場には強く漂う。その喧騒の中にリアムはいた。背の高いリアムは座っている窓口の職員からも見つけやすいのだろう。近くの女性職員が声を掛けてくる。
「あ、あの!リアムさん、お急ぎでしたらどうぞこちらに」
「いや、少しギルド長に聞きたい事があるんだ」
「ギルド長にですか?今、来客中で…もう少しお待ちいただけますか。よろしければ、その間にこちらでお待ちください。あぁ、そうです、先日は急な依頼を受けて頂きありがとうございました!リアムさんでなければ、この件は長引いたと思います。それで…」
「いや、急ぎではないから次回にするよ。ギルド長には顔を出したことを伝えておいてくれ」
「あ…」
女性職員が自分を見上げ話し続けるのを軽く止め、リアムはギルドの扉へと向かう。その背中を残念そうに職員は見送る。そんな後輩職員に先輩職員が注意する。
「さっさと窓口業務に戻んなさい。先に来た人をちゃんと優先しなさいよ。リアムさんは特別扱いを嫌うわ」
「はい、すみませんでした…」
そう答え、少し落ち込んだ職員は気が立っている冒険者たちの相手に戻る。そんな後輩の様子に先輩職員はため息を付く。リアムが特別扱いを嫌う事を知っていたのは、彼女もまた似たようなことをしたからなのだ。
リアムがギルドを訪れたのは、恵真を何かしらのギルドに加入させる考えがあったからだ。現在、後ろ盾のない彼女をギルドに所属させることで国や教会等から守ることが出来るのではないか。そんな考えがリアムにはあった。
ギルドは独立した組織である。ギルドは人種、生まれ、身分を問わず、条件を満たし掟を守れば基本的に誰でも加入できる。冒険者、商業が2大ギルドであり、それに所属することで仕事の斡旋は勿論、身元の保証や情報の共有など様々なメリットがある。
バートが言った通り、街で屋台をやっている者などは加入していない。あれは自由市として税が免除される独自のものだ。また、庶民向けの飲食店もそれに含まれているため、恵真の店もその範疇になる。だから、商売として考えれば加入する必要があるとは言えない。だが今後を考えギルド長に尋ねたい点が幾つかあったのだ。無論、恵真の存在は隠したまま。
「リアムさん!お疲れさまです」
「あ!リアムさん、ウチの料理を食べてかないか」
街で顔が知られたリアムに声を掛けるものも多い。リアムは鷹揚に相手をしつつ、歩みを進める。
しかし先程のギルド職員の様子にはリアムは少し困惑した。家を離れ、冒険者となって日も経つが、それでも生まれが侯爵家である事で気を遣わせてしまうのだろうとリアムは思う。
現在、エヴァンス家は父ヘンリーが当主である。そしてその後継者はリアムの兄、シリルだ。兄はリアムより12歳上で、リアムが物心ついた頃には兄は成人していた。そのため、家を継ぐのは兄であるというのは既定路線であった。
幼き頃から剣を振るっていたリアムは12歳の時に冒険者となると決めた。13歳で冒険者ギルドに加入できるためだ。軍に入るとしても侯爵家では近衛師団入りとなるだろう。何のために、誰のために剣を振るうのか、それを考えたとき冒険者となるのはリアムの中で確固としたものとなった。
その思いを打ち明けたとき、意外にも父も兄も反対はしなかった。年の離れた姉達はリアムの身を案じはしたが止めはしなかった。最も反対したのはコンラッドだ。
父はリアムの顔を見つめ、皮肉気に笑った。
「軍に入らずとも今のままでは王子の侍従となるか、王配となり影から支えるかだ。王家にリアムを捕られるのもつまらん。好きにしろ。家はシリルが継ぎ、その次はその息子だ。それで構わぬな」
「…お許しくださるんですね」
「ただし、籍は残せ。それが条件だ」
「はい!」
「良いな、シリル」
「了承致しました」
リアムは兄シリルの顔を見る。12歳上の兄はリアムにとってもう一人の父のような存在だ。父に話す前に、その思いを兄には話していた。そのとき兄はリアムの顔を見て笑いながら言った。「弟の我儘を許せるくらいの甲斐性はある」と。そう言って兄はリアムの頭に手を置いたのだった。
13歳で侯爵家を離れ、父の知人の武家の世話となり、冒険者として歩みだした。その時以来、リアムは冒険者としてある。だが平民でもなく、籍はあるものの貴族でもない。冒険者でありながらどこかそれにも染まりきれない自分がいる。
自由なはずの冒険者でありながら、自身の不自由なあり方を自覚するリアムであった。
リアムには恵真に関して気がかりなことがもう1つある。冒険者として街を離れた仕事も受けるリアムは、あまり顔を出す事が出来ずにいた。バートが様子を見に行っているようだが、彼女は不便を感じていないだろうか。
そのため、今日恵真の元を訪ねたリアムは直接聞いてみることにした。
「こちらにいらして時間が経ちましたが、トーノ様は何か困っている事はありませんか?」
「え?えっと、特には…あっ」
「何かありましたか?」
「あの、どんなことでもいいんでしょうか?」
「えぇ、もちろん確実に出来るとはお約束できないのですが、出来る範囲で対応しますよ」
それを聞いた恵真は何かを深く考えているようだ。魔道具に囲まれている生活を送っている彼女だが、侍女もメイドもいない生活、きっとリアムの気付かぬ不便もあるのだろう。そう思ってリアムは恵真の言葉を待った。
何かを決めたようで恵真がリアムの顔を見つめる。
「私、こっちの食べ物が食べてみたいです」
「は?」
予想外の言葉にリアムは抜けた言葉が口に出る。リアムとしては生活に置ける不便を気にしていたのだが、まったく違う方向の要望だ。
一方、恵真は瞳を輝かせ、リアムを期待を込めて見つめている。思いもかけぬ贈り物を貰ったかのように、その表情は喜びに満ちている。
「私、この国の食べ物が食べてみたいです!ドアの向こうには出るのは難しいのでお願いしたいなと。食事からもこの国の人の文化がわかるし、そういう事を知りたいんです!···出来れば皆さんが普段食べるような気楽なものがいいんですけど…難しいですか?」
思っていた以上の熱量で伝えてくる恵真の様子にリアムは驚く。普段穏やかなだけ、こうと決めたときの意志の強さを恵真から感じる。何より、出るなと恵真に言ったのはリアムである。恵真はどこか申し訳なさそうであるが、難しいことなど何もない。この国の食事を食べてみたい、微笑ましく慎ましやかな願いをリアムは快く引き受けたのだ。
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