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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 SS 恵真とクロとヤモリの休日

タイトル通り、ヤモリが後半に出てきます

苦手な方はご注意ください。


 クロには毎日のルーティーンがある。

朝に恵真を起こし食事をねだるとか、恵真にブラッシングをしてもらうとかそういったものは恵真ももちろん知っている。

だが恵真も知らないクロのルーティーンがあったのだ。それを先程、恵真は初めて知った。

 

 今日、隣の岩間さんが訪ねてきて玄関で井戸端会議となった。岩間さんは小さい頃の恵真を知る人物でもある。恵真も親しみを込めて「岩間のおばちゃん」と彼女を呼んでいる。

 この辺りには農業をする人が多い。家業として行うのは勿論、趣味としてかなり本格的に畑を作るのだ。彼女も庭や貸し農園に畑を持ち、そこで採れた野菜を今日は恵真に分けに来てくれた。小振りなキャベツは3つもある。一人で祖母の家にいる恵真には多すぎる気もするのだが。


 「あら、恵真ちゃん。この時期のキャベツは軽いし甘みも強いし美味しいのよ!生は勿論、ゆでても煮てもいいし、浅漬けなんかにしたらすぐなくなっちゃうわよ」

 「あぁ!キャベツは何にでも合いますよね!何を作ろうかな、塩昆布と合えても美味しいですよね」

 「そうね、ちょっと唐辛子を足しても美味しいはずよ」


 こうしてご近所さんに分けて貰ったり道の駅や無人販売などもあるため、恵真は生活の中で常に新鮮な野菜を手に入れられる。肉類などは郊外型のスーパーがあり、そういった面で不便を感じることが少ないのだ。

岩間さんとの料理談義に花が咲く。そんな2人の元にふと気付くとクロがいた。


 「あら、クロちゃんおはよう。いつもパトロールご苦労様」

 「みゃん」

 「パトロール?」 

 「えぇ、朝と夜に家の周りをぐるっと回ってるのよ。私、何度か見てるわよ」


 恵真は初耳である。恵真を起こすのはクロであり、その前の行動は知らない。だが確かに恵真が就寝する前に、窓の外に出せとクロが毎日アピールをするため外に出す。大抵10分以内に戻ってくるため、気分転換したいのだろうと気にしたことがなかったのだ。


 「きっと家を守っているのよね」


 そう言って岩間さんはクロを褒め、そう言われたクロもなんだか誇らし気でなのであった。




 ダダダッと心地の良い音で針が進みだす。久しぶりに出した祖母のミシンだが、手入れもされているため順調に使えている。

今、恵真が作っているのはアッシャーとテオのエプロンだ。白いシャツに合い、汚れが目立たない色として黒を選んだ。形はソムリエエプロンとかギャルソンエプロンだとか呼ばれる、カフェでよく見るものである。

 

 「これ絶対可愛いやつだ…絶対似合うやつだ…」


 出来上がりを想像して恵真は一人呟きながらニンマリ笑う。そんな恵真の様子を少し離れた場所で、クロが退屈そうに見つめている。そんなにつまらなそうならば他の場所でのんびりすれば良いのに、と恵真は思う。だが、こうしてクロは恵真の傍にいることが多い。

 

 「クロ、パトロールは家を守るためなの?」

 「にゃ」

 「そうなの?ふふ」


 先程の岩間さんとの会話を思い出し、何気なく聞いたのだがタイミング良くクロが返事をしたため、つい笑ってしまう。

 岩間さんはああ言っていたが、恵真はクロが縄張り意識が強いのではと思う。現にリアム達が来た時にも、警戒し観察している様子があった。看板猫や招き猫というより、番犬ならぬ番猫といった雰囲気でどっしり構えているのがクロだ。

 クロは恵真が物心ついた頃からいる。そのため相当な年なはずだが、それを感じさせる様子はない。毎日、クロが恵真を起こし食事を催促し、そのあとは自由気ままに過ごしている。アッシャー達にも慣れたのか特に気にした様子はない。

 

 祖母の家に来た恵真は朝早く目覚め(起こされ)、アッシャー達と店の準備をしつつ彼らの料理を作り、会話を楽しむ。それがない日は道の駅で野菜を買ったり、岩間さんや近所の方と何気ない会話をし、こうやってエプロンを縫ったり、何かしらの開店準備を進める。それは予想外に充実した日々である。


 アッシャーやテオは素直で可愛らしい。弟や甥っ子がいたらこんな感覚なのだろうかと恵真は思う。食事を作ったり、手伝いをして貰いながら話をしたり、些細な事でも喜んでくれる二人なので作り甲斐がある。

 何より二人のおかげで恵真は「料理が好き」なことと「料理を食べて喜んで貰えた」嬉しさを思い出したのだ。


 仕事を辞める前は、多忙の中で自分のために食事を作る日々だった。仕事や人間関係で疲れた恵真には、好きだった料理もただの日々の作業になっていった。

 仕事を辞めた後は、家族にも作るようになった。無論、家族は皆、恵真の料理を喜んでくれた。だが恵真は実家に戻った自分に家族は気を遣っているのでは?そう思ってしまっていた。

 傷付くのが怖くなり、いつの間にか自分から家族にも壁を作ってしまっていたのだ。


 クロがいなかったら、恵真がこの家を訪れる必要もなかった。あの可愛いアッシャーとテオにも会えなかっただろう。当然、バートやリアムとも出会えない。恵真が再び料理の楽しさを思い出す事のはいつになっていただろう。

 恵真は自分より少し離れた場所で、丸くなりウトウトするクロを見ながら不思議な気持ちに駆られる。そう考えるとクロが結んでくれた「縁」なのだろうか。そう思いながらクロの柔らかな毛をそっと恵真は撫でた。


 

  

 天気もそこそこで風があり、日差しが強くない今日は庭いじりにピッタリである。フチのある帽子を被り、長袖長ズボンに日焼け止めを塗った恵真は、水筒に緑茶も用意して準備万端で裏庭に立つ。

 祖母の裏庭に植えられたものはほぼ食べられるものばかりである。プランターや鉢にはバジルやシソ、パセリが植えられ、畑にはトマトやキュウリのまだこれから育つ苗が植えられている。ラディッシュはもう食べ頃で、いそいそと恵真は採りに行く。

 しゃがみながらバケツにラディッシュを入れる。赤く色付いたその実は炒めてもピクルスにしてもいいだろう。青々とした葉ももちろん食べられる。岩間さんがくれたキャベツと一緒にサラダにしてもいい。そんな想像にワクワクしながら、恵真は黙々と一人作業を進めた。

 

 ラディッシュを採り終えた恵真は、シソやバジルも採った。苗の横の雑草も抜き、いつものように水やりをする。そうして数十分経ったであろうか。涼しい風が吹くものの作業に集中すれば、喉も乾く。恵真は持ってきた水筒の蓋を開けた。氷の入った水筒には冷たい緑茶が入っている。少し濃いめに入れた緑茶の渋みが疲れた体に沁みる。

 

 緑茶はアッシャーやテオ達は好むだろうか、それともあちらにも似たような飲み物があるだろうか、冷たいものなら飲みやすいかもしれない、あの子達の休憩時間に出してみようか、そんな事を恵真は考えながら空を見上げる。

 心地いい疲労感を感じながら見上げる空はいつもより広く感じる。汗をかいた頬を風が撫で、タオルを持ってくれば良かったと恵真は思って何気なくドアを見た。それはあの裏庭のドアである。

 数段の階段があり、深い色のブラウンの扉には装飾が彫られている。リアムが言うには魔法文字が隠されているらしいが恵真には美しい装飾にしか見えない。

 そんな裏庭のドアの前に小さなヤモリがいる。ヤモリは家を守ると書くその名前もあり、縁起が良いと言われる。害虫を食べる事にも所以しているらしいが、動物側からしたら身勝手な理由であろう。階段に近付き、ヤモリを観察する。よくよく見ると大きな瞳が愛らしくも見える。


 恵真は再び、裏庭のドアを見る。このドアをこちらから開けたら、何があるのだろう。ふと、そんな疑問が頭に浮かぶ。安全を考えれば、誰かに聞いてからにしたほうが良いのだろうか、だが誰に聞けばいいというのだろう。やはり、自分の目で確かめるしか方法はないと恵真は思う。


 そして、恵真は恐る恐る裏庭のドアを開けた。




 ドアを開けると一陣の風がふわりと吹き、恵真の髪を撫でた。




 そこには、恵真の良く知る景色があった。

 木の家具が置かれたリビング兼キッチンには大きなダイニングテーブルが置かれ、ここからでも大きな冷蔵庫が見える。食器棚には整然とグラスや器が並んでいる。それはいつも通り清潔な恵真のみ慣れた景色の中で、一番手前にはクロがいる。

 まるで恵真がドアを開くのを待っていたかのようにそこに座っていた。


 「そんなとこにいたの?クロ」

 

 だが、クロはじっと恵真の足元を見ている。そこには先程のヤモリがいた。テトテトと進み、家へ入ろうとするのをクロが前脚で止める。獲物かなにかと思っているのだろうか。ハッとした恵真がクロに注意する。


 「クロ!ダメだよ!」


 そう言った瞬間にクロの前脚がヤモリに触れる。その瞬間、ふわっとヤモリが飛び、ぽとりと庭の草の上に落ちた。ヤモリは何事もなかったかのようにまたテトテトと歩き出す。

 

 「び、びっくりした…クロ、脅かさないでよ」

 

 そんな恵真の様子にフンと鼻を鳴らして首を上に向ける姿は、確かにこの家の守り主が自分であることを誇るようで。

恵真は笑いながら、そんなクロの頭を撫でる。この可愛くも頼もしい小さな家の守り主に、今日は少し特別なご飯を上げようと思いながら。

 

 



さて、今日で更新して1か月となりました。

ブックマークや評価、いいねなどありがとうございます。

読んで頂けるから、書き続けられています。

今後ともよろしくお願いいたします。

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