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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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224話 夫婦の価値観、二人の始まり

12月、師走と言われるこの時期ですが、

仕事や学校、家事と皆さんもご多忙かと思います。

ご自愛くださいね。


 冬が訪れ、地面にはうっすらと雪が積もる。

 魔道具エアコンがある喫茶エニシは今日も客が集う。

 アッシャーとテオは以前、瑠璃子が作ったマフラーをして通う日々だ。赤と青、仕事中に巻くスカーフと同じ色はすっかり二人のトレードマークになっている。

 外気との差で窓は白く曇る。

 暖かい室内、そして味の良い料理に釣られるかのように、人々は休憩に訪れる。


「冒険者の人達は雪が降るので大変な時期になりますね」


 恵真の言葉に同意するように頷いたセドリックだが、口から出たのは意外な言葉だ。


「えぇ、そのためトーノ様がお考えになった蓋つきのフライパンが、非常に役立っているんです」

「深めのフライパンのことですよね」


 恵真が以前、案を出した蓋つきのフライパンは冒険者に好評なのだ。

 蓋つきであるため、温めやすく、そのうえ熱も逃げにくい。燃料の限られる野外での活動に役立っている。


「遠征や野営、厳しい環境の中だと食事の時間だけが癒しっすもんね。冷えて固くなったパンでも、温かいスープに浸して食べるとじゅわっとしみ込んで旨いんすよね。数少ない楽しみでしたもん」


 辛い寒さの中の職務を思い出したのか、バートがしみじみとそう言う。

 そんなバートの隣でテオもしみじみとしたように呟く。


「うんうん。しみしみのパンって美味しいもんねぇ……!」

「多分、バートが言ってるのとはちょっと違うぞ?」


 兄弟の様子にくすくすと笑う恵真だが、気になったことがある。

 これから、マルティアも年末を迎える。

 その年最後に活気づくというのだが、その反動で年始の経済は活発ではないと以前聞いたことを思い出したのだ。


「ですが、年末のあとは厳しいと聞きますし、冬は大変なことが多いんですね」

「いえ! 昨年から変わったんですよ。エマ様の考えたフクブクロ、来年も行う予定なんです。今年、それで人の流れが変わったので」


 恵真の言葉に笑顔で答えたのはリリアだ。

 彼女が目を輝かせながら口にしたフクブクロ、これは今年の冬に恵真が考えた案である。中身がわかり、お得に買え、娯楽性も高い――そんなフクブクロは好評だった。物品以外にも冬場に客足が落ちる飲食店向けに券を販売した。

 外出や出費を抑える冬場の楽しみとして定着しそうなのだ。


「……冒険者達のネックウォーマー制作は今年既に行っております。自然の厳しさこそ変わりませんが、乗り越えられると思っております」


 怪我をした冒険者達の収入を補う術がなくなる冬。昨年、恵真の案でネックウォーマーを作成したのだが、冒険者達にも商人にも好評である。

 なにより、冒険者の引退に歯止めをかけることにも繋がっている。

 他の季節ならば軽い雑用もあるのだが、冬場は雪が降り、負担が大きいのだ。

 

「そういえば、セドリックさんは新しい携帯食を食べたんすよね? どうっすか?」

「……どうもこうも実験されたんだぞ? まぁ、特に問題は起きていないが」


 新たな携帯食を開発中のサイモン、彼がそれをテーブルに置いたのは間違いなく実験目的だろう。それを口にしてしまったセドリック達だが、その後も健康状態に問題はない。むしろ、そのときの体調の問題は改善してしまったくらいだ。

 

「え、えっと、では、新しい携帯食は順調なんでしょうか?」


 衝撃的なセドリックの言葉に、恵真は狼狽えつつ尋ねる。


「えぇ。あとは薬草がこちらでも順調に育つかですね……よろしいのですか?」

「何がですか?」


 薬草は現在、輸入するか、恵真の元で入手する他にない。

 喫茶エニシで販売する薬草は良質であり、ここの特徴、そして大きな収入源でもあるはずなのだ。

 そう問おうとしたセドリックだが、恵真の瞳を見てそれを止めた。

 携帯食の開発が順調と耳にした恵真の眼差しには喜びの色しかない。

 そもそも、利益を独占しようと思えばできる立場でありながら、恵真は人々が求めやすい価格を変えることはなかったのだ。


「いえ、順調に育つと良いですね」

「はい。そうなると思います」


 恵真が提供する料理と共に、文化も静かに根付いていく。

 マルティアの街と人々の生活に大きな影響を与える喫茶エニシの店主は、今日もにこやかにキッチンで腕を振るっているのだった。



*****



 賑やかなホロッホ亭で、若い青年はエールを飲み干すとため息を溢した。

 彼の名はケビン、夏の終わりにマルティアに引っ越してきたと言う。

 くっきりとした顔立ちの中にどこか幼さも残るケビンの表情を見ながら、アメリアは眉を寄せつつ、話に耳を傾ける。


「なるほど。あんたはスタンテール育ち、奥さんはこの国出身じゃないんだねぇ。そりゃあ、文化の違いに戸惑うこともあるだろうさ」

「そうっすよねぇ……。今まで当たり前だったことが、その地域特有の常識だってことに気付いたり、逆に行った先の常識に驚いたりするもんすよね」


 ケビンの話を聞いていたアメリアの言葉に、同意するようにバートがそう言うとその仲間のダンやカーシーが頷く。

 兵士達もまた各地域から集められるため、その国や地域の風習に戸惑った経験が少なからずあるのだ。

 だが、ケビンは落ち込んでいるのか、困ったように頷くだけだ。


「で、奥さんがまだここに馴染めてないから心配ってことなのかい?」

「……そうですね。それも心配です。これから冬になりますし、雪が深くなると外出も大変になるでしょうし……。頼る人がいない状況は妻にとって負担になると思うんです」


 季節が冬になれば、当然外出する先も少なくなる。

 夫以外との交流がないのでは塞ぎこんでしまうかもしれない。

 ただでさえ、日差しの弱いこの時期は自然と気も滅入ってしまうものだ。

 ケビンが妻を案ずる気持ちはアメリア達もわからないわけではない。


「妻には妻が育って来た中での常識や価値観があります。でも、僕にも同じように今までの考えがあって……どっちが悪いわけでもないのに、気まずいことが増えてきました」

「なるほどねぇ……。お互いに気持ちの上での負担が増えちまうわけだね」


 別々に暮らしてきた二人が夫婦として一緒に暮らし始める――幸福なことではあるが、それぞれの考えや価値観があるのだ。ぶつかることも当然、増えてしまう。

 多くの夫婦がそうして家族になっていくのだろうが、ケビンは深刻そうな表情を浮かべる。


「それって、奥さんと話し合わないんすか?」

「……妻は頼る人が俺以外にいないと思うんです。家に居ることが多く、相談する人もいないはずです。なんだか、伝え方によっては妻の頑張りを否定するようで言えないんです」


 折り合いをお互いにつけていくべきなのだろうが、ケビンは他国から嫁いできた妻に意見することをためらっているようだ。

 まだ夫婦になったばかりであり、お互いに正解を見つけていく途中なのだろう。

 しかし、他人であるアメリア達もどこまで口を挟んでいいのかわからず、言葉を選んでいる様子だ。

 そのとき、静かに話を聞いていたカーシーがぽつりと呟く。


「文化の違いで言うと、食事も困りますよね。配属されたばかりの頃、肉ばかり食べさせられて大変でした……」


 げんなりとした様子のカーシー、新人の頃は体力をつけさせようと肉を勧める傾向があるのだ。当然、バートもダンも経験済みでカーシーの言葉に苦笑いを浮かべる。

 しかし、ケビンはカーシーの言葉に顔色を悪くし、下を向いてしまう。

 腹部を押さえる仕草に、バートがケビンの肩に触れ、彼の顔を覗き込む。


「どうしたんすか? 体調が急に悪くなったんすかね?」


 気遣うバートに強く首を横に振るケビンだが、眉間の皺は深くなるばかりだ。

 

「なんか変なものでも食べたのかい!? うちで注文したもんかねぇ……」


 アメリアも客であるケビンの体調不良に不安げな様子だ。


「い……だ……思います」

「ん? なんすか?」


 額にじんわりと汗を滲ませながら、ケビンが呟くが賑やかな店内の声にかき消され、バートの耳には届かない。

 そのとき、ダンが尋ねる。


「……もしかして、胃もたれって言ってるのか?」

「へ? 胃もたれってあれっすよね。食べ過ぎたり、刺激の強いもので胃がむかむかしたり、痛くなる……」

「肉ばかり食べてたとき、俺もよくなりましたねぇ……」


 どこか懐かしそうに口にするカーシーは無視して、バートはダンの予測が確かなのかとケビンの顔を見る。

 眉間に皺を寄せたケビンは申し訳なさそうにこくりと頷いた。


「……はい。多分、胃もたれなんです……」


 突然のケビンの苦悶に驚いていたバート達は、その理由を聞いて戸惑いながら、顔を見合わせる。

 どうやら、もう少しこの青年の話を聞く必要がありそうだ。

 自分の手料理が原因ではないことに少々安堵しつつ、アメリアはケビンに座り直すように勧めるのだった。


 

何気に久しぶりの登場のダンとカーシーです。

12月中は週1更新を続けます。

どうぞよろしくお願いします。

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