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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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223話 収穫祭開催の危機 3

寒くなってきましたね。ご自愛ください。


「あら、美味しそうね! これってどこのお店のお菓子なの?」


 夕食を終え、リビングで寛いでいた瑠璃子の前に、恵真が菓子の入った小さな箱を差し出す。素朴で愛らしい焼き菓子の詰め合わせに、瑠璃子は目を輝かせる。


「ほら、あの新しく出来たカフェあるでしょう? この前寄ってみたんだ」


 先月、出来たばかりのカフェは焼き菓子を多く置いたカフェで、祖母の瑠璃子も気にしていた店である。

 誘って一緒に行こうかとも考えたのだが、家でのんびり味わうのもまた落ち着いていいだろうと土産として買って帰ったのだ。

 

「おばあちゃん、気になってたみたいだから」

「そうなのよ。梅ちゃんに一緒に入ろうって誘ったんだけど、若い子のお店だからって遠慮しちゃって……」


 店に寄った恵真だがメニューも長い名が多く、サイズも馴染みのない言葉であったため、少々戸惑ってしまった。

 梅ちゃん――お隣の岩間さんが臆してしまったのが恵真にはわからなくもない。

 祖母の瑠璃子は嬉しそうに立ち上がると、キッチンへと向かう。


「今、お茶を淹れるわね!」

「ちょっと多めに買ってきたから、岩間さんにもおすそ分けすればいいよ」

「まぁ! いいの? 明日でも梅ちゃんと一緒に食べましょ」


 お湯を沸かし始めた瑠璃子のうきうきとした様子に恵真も微笑む。

 クロはというと、ソファーの上でのんびりと寛ぎ、くわっと大きな口であくびをする。既に今夜のパトロールは終えたクロは温かいブランケットに包まれている。

 

「紅茶が合うかしら? でも、コーヒーもいいし、ほうじ茶なんかも合うんじゃないかしら? ねぇ、恵真ちゃん」


 恵真が買い求めた何気ないお土産で祖母の瑠璃子は上機嫌だ。

 収穫祭への心配を抱いている恵真は、いつの間にか早くなった夕暮れにどこか気持ちが落ち込んでいたことに気付く。

 瑠璃子の笑顔にホッとする想いになったのだ。


「ありがとう、おばあちゃん」


 小さく口にした言葉はお湯が沸くシュンシュンという音にかき消されて届かない。嬉しそうな祖母の姿に、恵真もまた微笑むのだった。



「んー! 美味しいわ」

「うん。素朴な見た目なんだけど、洋酒やドライフルーツの味がぎゅっと詰まってて味わい深いね。温かいほうじ茶もお菓子に合うね」

「こっちはアーモンドパウダーが入っているからコクがあるわ」


 数種類ある焼き菓子の中から、恵真と瑠璃子はそれぞれに好みの物を選んだ。このどれにしようか悩むのもまた楽しさだろう。

 恵真はフルーツケーキを、瑠璃子はフィナンシェを選び、口に運ぶ。


「こういう風にお菓子を持ち帰れるのはいいわね。お店で雰囲気を味わいながら食べるのもそりゃ素敵よ。でも、やっぱり家だと寛いで家族と話しながら食べられるもの」

「お店の内装も凄く素敵だったけど、のんびりできるのは持ち帰りのいいところだよね……ん?」

「どうしたの? 恵真ちゃん」


 フルーツケーキにフォークを伸ばした恵真がぴたりと固まり、真剣に考え始める。瑠璃子はその顔をよく知っている。

 これは恵真が何か思いついたとき、それも料理や喫茶エニシに関係することで発見したときなのだ。


「おばあちゃん、それ! それ、凄くいいと思う‼」

「――よくわからないけど、役に立てたのなら良かったわ。あぁ、美味しいわねぇ」


 恵真の行動にすっかり慣れた瑠璃子は動じることはない。

 恵真が何を思いついて、どうするのかは結果が出てからでいいだろうと瑠璃子は判断したのだ。嬉々とした孫娘の様子に、今度は瑠璃子が優しく微笑むのだった。



*****



 喫茶エニシに集う人々の表情には困惑の色が浮かぶ。

 リアムにバート、セドリック、レジーナやジョージとギルド長達も揃っている。

 今まで、恵真から呼びかけて集まったことなど数える程しかない。

 なにやら、収穫祭に関する案が浮かんだと呼び出されたのだが、ギルド長達の話し合いでも上手くいかない状況のため、期待よりも戸惑いのほうが強いようだ。

 

「収穫祭を開催できる案があるんです……! 聞いて貰えますか?」

 

 少々緊張した面持ちで言う恵真に、皆の視線が集まる。その両隣にはアッシャーとテオが嬉しそうに胸を張る。どうやら、既に恵真の案を知っているようだ。

 二人の表情に皆の期待も徐々に高まっていく。


「それは新たな試みなのですか?」


 リアムがそう聞いたのは、収穫祭まではそう時間がないためだ。

 新しい物事では、どんな良い案でも収穫祭には間に合いそうもない。

 だが、恵真はリアムの問いかけに首を振る。


「いえ、多分もうマルティアの街でも根付き始めているんじゃないかと思うんですが……どうかな?」

「うん。皆、もう慣れてきてると思うよ」


 恵真の言葉にテオがそう言うが、リアム達はまだピンと来ない様子で互いに視線を交わす。そこに一人、静かに座っていたジョージがぽつりと呟く。


「――持ち帰り料理だな」


 ジョージの言葉に恵真がにこりと笑う。

 持ち帰り料理はマルティアにはなかったものである。

 屋台以外の料理店ではそのような形での提供はなかったのだ。

 しかし、アッシャーとテオが中心となって、ドアの外に出られない恵真のためにと料理店に持ちかけたことがきっかけでマルティアにも広まりつつある。

 それを今回の収穫祭に応用できるのではと恵真は考えたのだ。


「はい、そうです。教会の方が言っているのは食器の共有ですよね。作った料理を持ち帰ってもらうのであれば問題ないんじゃないでしょうか?」


 恵真の言葉を聞いたバートがうんうんと首を縦に振る。


「確かに。教会は食器の共有を問題視しているっすけど、集まること自体を禁じてるわけじゃないっすもんね! 距離を取って食事をしたり、少人数なら文句ないはずっす!」

「あぁ。教会側も寄付を集める必要があるし、集会を開くこともある。それを禁じるわけにはいかないんだろう」


 大規模での食事、そして食器の共有に難色を示した教会。これは信仰会を意識した行動であり、自分達には影響がないようにと考えたのだろう。

 しかし、恵真の案は教会側の意向をきちんと汲んだうえで、それに当てはまらない形で料理や食べ物を提供するものだ。

 これでは教会側も表立って文句を言うことができない。


「それに持ち帰るとゆっくり味わえるし、来れなかったご家族にも食べてもらえますよね。日持ちするものなら、違う日にも食べられますし」


 恵真の言葉にバートが吹き出し、セドリックは目を丸くする。

 リアムは微笑み、レジーナはただじっと黙って恵真を見つめた。

 ある意味で意趣返しのようなものなのだが、どうやら恵真にはその意識はまったくないらしい。

 あくまで収穫祭を開催できる形、そして楽しみにしている人々にどう料理を提供できるかを考えた結果なのだろう。

 黙ったままのレジーナに、近くに座っているジョージが口を開く。


「言ったろ? 相手の言葉を逆手に取れと」

「……そうね」


 父であるジョージがレジーナに言っていたのはこのことだったのだろう。

 おそらく、恵真が料理が入った鍋を渡した段階でジョージは持ち帰り料理があると気付いていたのだ。開発中のクラッカーも携帯食であり、持ち帰ることが可能だ。

 持ち帰り料理の話題で盛り上がる店内で、レジーナはきゅっと唇を噛む。

 恵真への嫉妬ではない。まだまだ商売人として至らない自分、レジーナは改めて思い知らされたのだ。

 そんなレジーナに向けられるジョージの目は意外にも優しいものだ。

 まだまだ至らないのであれば、それは成長できる証だと彼は考えている。

 

 窓の外は風が強いのだろうか枯葉が飛んでいく。

 厳しい冬を迎える前の収穫祭は、秋の実りを女神に感謝し、それを分かち合うものだ。持ち帰り料理はその考えに近しい。

 喫茶エニシに集う人々は収穫祭開催に向けた期待を抱くのだった。

 



*****



 今日は収穫祭当日、喫茶エニシでは準備万端で開店を待つアッシャーとテオが張り切っている。

 ジョージから貰ったハチミツを使って、恵真は菓子を作った。

 数種類のナッツに、ハチミツと砂糖、バターを煮詰めたものをかけた菓子である。収穫祭のための料理の一つがこの菓子だ。

 いつものバゲットサンド、そして温かいスープも用意している。


「お客さん、きっとこのスープ喜んでくれるね」


 恵真の言葉にアッシャーは気恥ずかしそうに笑い、テオは嬉しそうに頷く。

 各自容器を持参してもらう形での提供になるスープには、アッシャーとテオが提供してくれたきのこを使っている。

 きのこの精霊に貰ったテグ茸やグーテ茸を、収穫祭に使ってほしいと兄弟が言ったのだ。


「ぼく達もね、収穫祭でごはんを食べたことがあるんだ」

「信仰会でかな?」

「はい。だから今度は僕達も何かしたいって思ってたんです!」

「そうだったんだね」


 アッシャーとテオが張り切るにはそんな事情もあったのかと恵真は目を細める。

 自分がして嬉しかったことを、今度は誰かに返したい――まっすぐで純粋な二人の優しさなのだ。

 そんな二人の様子に恵真も気持ちを新たに、収穫祭に臨もうと思うのであった。



 賑わう街をリアムは一人歩く。飲食できる店もあるのだが、カゴや鞄、鍋などで料理を持ち帰る者が多い。

 教会は自身の言葉であった『食器やカトラリーの共有』に反しない収穫祭の開催の提案を渋々受け入れた。

 元々は信仰会への圧力なのだが、街の者達からの反発も大きいと悟ったこともあるのだろう。そして無事、今日の開催へと漕ぎつけたのだ。

 

「持ち帰り料理が定着していたこともあるが……効果的かもしれないな」


 一度に食べられる量は限られる。しかし、この方法ならば保存できる食事であれば、明日明後日の食事にも繋がるのだ。

 信仰会へと向かうリアムの目には、喜び笑いあう人々が映る。

 恵真の発想のおかげで無事、収穫祭が開かれ、目の前の人々の喜びがあるのだと思うとリアムの表情も自然と柔らかくなる。

 

 信仰会に近付いたリアムに、人々に料理を振舞うサイモンの姿が見えた。

 各自で器を用意した人々が、嬉しそうにそれを持ち帰る。自分で用意したスプーンで食事を始める人もいる。

 リアムの鞄の中には喫茶エニシで買いこんだナッツの菓子が入っている。

 これは恵真に頼んでおいたもので、信仰会で暮らす子ども達に配る予定なのだ。

 リアムに気付き、子ども達が手を振り、サイモンも微笑む。

 恵真の菓子に子ども達は喜ぶことだろう。

 そして、それを知った恵真やアッシャーとテオたちも、同じように喜んでくれるはずだとリアムは思う。


 女神の恵みに感謝し、それを振舞う収穫祭の本質がそこにはあるのだ。

 


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