表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

251/256

222話 収穫祭開催の危機 2

いつも読んでくださり、ありがとうございます。



「収穫祭がないのは寂しいよねぇ」


 テオがしょんぼりと肩を落として、口にした言葉に同意するようにアッシャーもため息を溢す。


「そうだよな。収穫祭が近付くとさ、街の雰囲気も違うもんな」

「うん! なんだか楽しい空気になるんだよね」


 食器を片付けたりテーブルを拭きながら、そんな会話をするアッシャーとテオ。

 昼を過ぎた喫茶エニシはそろそろ、休憩時間になる。

 今日は少し冷えることもあり、恵真は温かいスープパスタを作った。ミルクの優しい風味に、炒めた野菜やベーコンの旨味が溶け込んだなかなかの自信作だ。

 そこにじゃがいものチーズ焼き、大根とツナのサラダ、バゲットを用意する予定である。


「お祭りがあると街の雰囲気が変わるのはわかるなぁ」

「エマさんも?」

「うん。小さい頃はお祭りが近いとわくわくしたもの」


 自分が参加せずとも、祭りで盛り上がる空気は感じるものだ。

 マルティアの街の人の心にも、収穫祭は大きな影響を与えているはずだ。

 風邪やインフルエンザであっても重症化の心配はあるのだが、毎年のことであれば気をつけて過ごすことしかできない。

 爆発的に広がるなど、社会生活が困難な状況ではないのだ。

 

「お、ちょうどいいときに来たな」

「ジョージさんだ! 野菜を持ってきてくれたの?」

「あれ? 今日は頼んでないだろ? きっと間違ったんだよ」


 テオとアッシャーの言葉に、ジョージがにやりと笑う。

 ジョージの腕の中には木箱がある。その中には、野菜などが入っているようだ。

 

「ほら、嬢ちゃんには世話になってるからな。毎回、無理を言っちまってるからよ。ここに置いておくぞ」

「いえ、私もいろんな料理を作れて楽しいんですよ。頂いていいんですか?」

「もちろんだ。このハチミツもな、なかなか味が良いんだ」


 ジョージは恵真に幾つかの仕事を頼むことがあった。その中には恵真でなくては解決できなかったことがあるとジョージは思っているのだ。

 こっくりとした色合いのハチミツがたっぷりと入った瓶に恵真は目を輝かせる。

 恵真の世界で手に入るハチミツほど、精製されているわけではないのだが、こちらのハチミツもなかなかに美味なのだ。

 こちらの世界では、ハチミツよりも砂糖の方が高価である。魔物が採取するハチミツで冒険者が入手すると聞いたが、砂糖よりは身近な甘味なのだろう。これだけの量を恵真の世界で買えばそれなりの値段になる。

 マルティアとの文化や価値の違いは恵真にとっても興味深い。


「ギルドの会議が開かれるらしいぞ。――教会が収穫祭に口を挟んできたからなぁ。まったく、普段はなんもしねぇくせに」


 教会への不満を堂々とジョージは口にする。

 しかし、教会側には貴族がついているため、街の人々は公に不満を口にできないのだ。それが今回の収穫祭開催の問題点になっている。

 

「食器の共有がどうとか言っているらしいが、そんなの収穫祭には関係ないことだろう。今、料理屋で食器を共有させてんだからよぉ」


 ジョージの言う通り、規模こそ違うが今現在も、料理店では食器やカトラリーは共有だ。当然、それらを洗って使っているのだから問題ないのだ。

 食器の共有はおそらく、教会内でも同じことだろう。

 話を聞いていたアッシャーとテオはしょんぼりと肩を落とす。


「参加できなくっても、街の雰囲気が明るくなってなんだかうきうきするのにね」

「うん。……きっと楽しみにしていた人もいるはずだからな」


 二人はディグル地域周辺に住んでいるのだ。そこで見聞きした会話や人々の表情を思い出したのだろう。

 

「お前さんらは収穫祭があっても仕事だろう」

「でもさ、楽しそうな人を見るとこっちも元気貰えるだろ?」


 アッシャーの言葉にジョージは一瞬目を丸くするが、次の瞬間、にやりと笑って彼の髪をわしゃわしゃと少々乱暴に撫でる。

 アッシャーはというと気恥ずかしいのか、顔を赤くしつつもむっとした表情を作っている。


「な、なんだよ! ジョージさん!」

「お前って奴は本当によぉ……! 流石、俺の弟子だけあるな」

「弟子? お兄ちゃん、弟子なの? いいなぁ、ぼくは? ぼくは?」

「おう! 二人まとめて俺の弟子にしてやるぞ! なかなかいい目を持ってるからなぁ、お前らは」

 

 三人の様子が孫と祖父のように見えて、恵真はくすくすと笑う。

 しかし、収穫祭開催への懸念が消えたわけではないのだ。

 窓の外を見れば、この時期特有の高い空が広がる。

 マルティアの人々が楽しみにしているという収穫祭が無事、開催できるよう願う恵真であった。



*****

 

 各ギルドが集まった商業者ギルド長室での話し合いは、行き詰っていた。

 集まっているのは冒険者ギルド長のセドリック、商業者ギルド長のレジーナ、そして薬師ギルドの中央支部長であるサイモンだ。

 厳密に言えば、薬師ギルドもギルド長が来るべきなのだが、恵真が提供する薬草と料理に魅了されたサイモンはマルティアに居座っている状況だ。


「収穫祭は街が華やかになるし、ネンマツ同様、商業者ギルドにとっては欠かせないものなのよ?」

「冒険者にとっても同じだ。各料理店での需要が高まるから、冒険者の稼ぎ時になるからなぁ……」


 秋の収穫祭、そして年末が商人・冒険者共に、下半期の重要な稼ぎ時なのだ。

 特に冒険者は冬になれば、雪が降り、仕事も減少する。

 貴重なこの機会を逃すことは冒険者から不満が出ること必至である。


「それに、なにより教会の不当な圧力に屈したくないのよ」

「だが、打開策が今のところ見当たらないからな。一応、教会は風邪の流行を防ぐという建前で武装しているんだ」

「そこがまた腹が立つんじゃない!」


 『氷の女王』と呼ばれるレジーナだが、セドリックやサイモンにはこうして感情を見せるようになった。

 彼女自身の心境の変化――といえば、聞こえはいいのだが理由は別にある。


「お、やってるな。おい、セドリック。ドアを開いてくれ」

「は、はい……! どうしたんですか? その鍋は」

「おう。お嬢ちゃんのとこに顔を出したらよ、会議するなら食事を持ってけっていうことになってな。却って気を遣わしちまったなぁ」

「もう、どうして顔を出すのよ。あなたは商業者ギルド、前ギルド長でしょう」


 レジーナの父であるジョージはかつて商業者ギルド長であった。

 そのため、彼と一緒だとついつい地の部分が出てしまうのだ。表情が硬いため、誤解されがちなレジーナにとっては良いことでもあるのだが、父が顔を出すのには少々うんざりといった様子だ。

 

「そ、それは女神の料理ですね! 素晴らしい! さっそく、休憩に入りましょう!」


 今まで黙っていたサイモンが喜色満面、立ち上がって主張する。

 薬草の女神である恵真が作った料理であれば、新たな薬草が使われている可能性が高い。最近、サイモンは薬草を使った携帯食の研究で多忙である。

 喫茶エニシに顔を出すこともままならないのだ。


「まぁ、このまま話し合っても解決方法が見つかりそうもない。少し休憩を挟むことも必要だな」

「――仕方ないわね」


 ちょうど話し合い自体も行き詰っていたため、小休憩も必要だろうというセドリックの言葉にレジーナも納得したようだ。

 その様子ににやりと笑ったジョージは、鍋のスープを温めようと勝手をよく知る商業者ギルドの炊事場へと向かうのだった。

 


「いやぁ、体が温まるな。ミルクの風味が優しく体に沁み渡っていくようだ」

「……なんだか、ほっとする味わいね」


 恵真が作ったスープはミルクと野菜を使ったスープだ。

 玉ねぎやきのこ、炒めた野菜の甘みと旨味、そこにミルクとバターの風味が広がって、気持ちまで穏やかにしてくれそうだ。

 サイモンはスープに浮かんだ薬草であるバジルに目を細め、ゆっくりとスープを味わっている。

 

「このスープにクラッカーがよく合うなぁ」


 セドリックは皿に入ったクラッカーに何度も手を伸ばし、口に運んでいる。

 それほど、美味しいのかとレジーナも一枚手に取った。

 

「そうね。チーズの風味がこのスープによく合うわね……何? サイモンさん」


 恵真が作ったスープを味わっていたサイモンが、いつの間にかキラキラとした瞳でセドリックとレジーナを見つめているのだ。

 なんとも居心地の悪いその視線に、セドリックとレジーナは訝し気にサイモンを見つめ返す。


「いやぁ、体に何か変化はないかなぁって」


 突然のサイモンの言葉に、セドリックがはっとしたように自身の体を見回す。


「は? 体ですか? そういえば、肩が軽いな。ここにあった傷も消えていないか⁉」

「……私もなぜか筋肉痛が消えたわ。昨日、少し重い物を持ってしまったから、傷みがあったのに」


 驚く二人だが、サイモンはなぜか表情を明るくし、満足げに微笑む。


「あぁ、成功に近付いていますね! このクラッカーは薬草を使ったものなんですよ」

「――あぁ! トーノ様の言葉で新しい携帯食を研究中だと確か……」


 セドリックの言葉にサイモンはにこやかに頷く。

 一度は薬草研究の中で迷いを抱いていたサイモンであったが、薬草の女神と慕う恵真の姿に感銘を受け、再び薬草と新たな携帯食への情熱を取り戻したのだ。


「理論上は成功していますが、実際に試さないことには成功とは言えませんからね」

「……実験したんですか? 俺達で」


 体の怪我や痛みは治ったものの、副作用があるのではとセドリックは青ざめる。


「実験というよりは挑戦ですね。女神が導き出した『食べ合わせ』という可能性に、私とステファンは挑み続けることに決めたのです……! それこそが女神に与えられた贈り物なのですから!」

「言い方変えれば良いってもんじゃないわよ!」

「そうですよ! なんで初めから言わないんですか⁉」

「言ったら君達が食べてくれないかもしれないだろう?」


 穏やかな食事の時間はまったく違う方向へと進みだす。

 三人に構う事なく、スープを存分に味わっていたジョージが皿のクラッカーを手に取る。鼻に近付ければ香ばしい匂いが届く。軽く携帯性に優れている点、そして味も効果も問題ないクラッカーはサイモンの言う通り、成功と言っていいのだろう。

 

「まぁ、いいじゃねぇか。クラッカーもこのスープも収穫祭で使えそうなんだ」


 ジョージの言葉に、三人の言い合いがぴたりと止まる。

 収穫祭が教会の意向で、通常通り開かれない可能性があって皆、ここに集っているのだ。ジョージの言葉は些か、奇妙に感じられる。

 ジョージはまるで問題なく、収穫祭が開かれると確信しているようなのだ。


「何言ってるの? その収穫祭が開けないかもしれないから、皆で集まっているんじゃない」


 娘であるレジーナがそう言うが、ジョージは鋭い視線を投げかける。


「それでもお前は商売人か? 向こうの言葉を思い出せ。相手の言葉を逆手に取るんだよ」

「――どういう意味?」


 レジーナの問いかけにジョージは何も言わずスープを口に運び始める。


「まぁ、俺もこのスープを運んでいて気付いたんだがな」

「スープ……? このスープが収穫祭を開く手がかりになるってこと?」


 味の良いスープではあるが、それが収穫祭にどう関係するのかとレジーナもセドリックも視線を交わす。サイモンはというと、収穫祭を開く手がかりが恵真のスープにあるとの言葉に再び感銘を受けている様子だ。


「さぁて、あのお嬢ちゃんは気付くかねぇ」


 ジョージにスープを渡した恵真だが、それは彼女の善意からのことであり、まだ収穫祭の手がかりに気付いてはいないことだろう。

 今年の収穫祭がどうなるのか――それはこれからの未来を切り開く者達に任せるべきだろうとジョージは思っている。自ら気付き、行動できる力を彼らは持っているのだ。

 再びスープを口に運ぶジョージは今年の収穫祭が無事、開かれる確信を抱くのだった。

 

 

11/14に『ジュリとエレナの森の相談所』二巻が発売されました!

加筆したお話も多めなので、お楽しみ頂けたら嬉しいです。

毎回、発売前には楽しんで頂けるのかと落ち着きません……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ