221話 収穫祭開催の危機
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過ごしやすい秋の気候も長くは続かない。
最近は朝晩に冷えることも多く、静かに冬の気配が近付いている。
そんな中でも喫茶エニシに足を運ぶ人は少なくない。
「え! 今年は収穫祭ないんですか?」
驚きの声を上げた恵真に、アメリアやバートが不満そうな表情で頷く。
リリアに至っては憤慨していると言っていい表情だ。
毎年、秋の終わりに開かれる収穫祭には恵真も参加したことがある。
秋の恵みと恩恵をもたらした女神に感謝し、多くの人にその恵みを振舞うことで女神への信仰を示すものなのだ。
厳しい冬を迎える前の祭りということもあり、盛り上がると聞いていただけに恵真は不思議そうな表情を浮かべる。
「教会が風邪の広がりを防ぐため、大勢での飲食に難色を示したらしいんです!」
「風邪が今、流行っているんですか?」
頬を膨らますリリアの言葉を聞いた恵真はアッシャーとテオに視線を移しつつ、心配そうに尋ねる。
「毎年、この時期になると流行するんすよ。今年は例年と同じくらいらしいっす」
「昨年はかなり流行って大変だったけどさ……。だからといって、庶民の楽しみを取り上げる必要はないだろうにねぇ」
「食器を共有するのがダメってことらしいっすよ?」
バートの言葉で恵真が思い浮かべたのはインフルエンザだ。
飛沫で感染する可能性もあるのだが、アメリア達の話を聞く限り、教会側にそこまでの考えや視点があるわけではないらしい。
「今年が特に流行しているわけではないなら、どうして教会は反対をするんでしょう?」
「信仰会っすね、おそらく」
そう言ってバートは紅茶をこくりと一口飲む。
信仰会とは恵真も接点がある。以前、すり流しの調理法をリアムを通じて教えたことがあるのだ。
女神を信仰の対象とする教会と信仰会、だがその在り方は大きく異なる。
貴族が主な信者の教会、庶民や生活に困窮する人々に寄りそう姿勢の信仰会。
収穫祭での食事や振る舞いは、信仰会周辺のディグル地域の人々も楽しみにしているのだ。
「まぁ、嫌がらせみたいなもんだねぇ」
アメリアの言葉にアッシャーとテオは眉尻を下げる。
二人はディグル地域近くに住んでいるのだ。思うことがあるのだろう。
「でもさ、楽しみにしているのはあたしら商売人も同じなんだよ」
「そういうもんなんすね」
「人が多く集まるってことは、商売には重要でね。商業ギルドにもかなり苦情があつまっているらしいよ」
「あー……、それを今度ギルドの集会で話し合うんすね」
確かに人が多ければ、インフルエンザなどにかかる可能性自体は高くなる。
しかし、それを理由に開催を中止するほど、切羽詰まった状況でもないようだ。
人々の日々の生活を制限していない状況であるのならば、開催しても問題ないと恵真にも思える。
そんな思いはアメリアとバートも同じようだ。
「食器の共用もダメだって教会が言うらしいんだよ」
「そんなこと言ったら料理屋はやってけないじゃないっすか」
「そうなんですよ! それにそう言っておけば教会側が振舞う必要もなくなるんです。そういうやり方なんですよ、あの人達は!」
「あ、ここではいいっすけど、大っぴらに教会の批判は……っすよ?」
以前も教会が古い粉を使った振る舞いを用意すると憤っていたリリアは、今回のことに納得できないらしい。
珍しくバートが抑える方に回っている。リアムと一緒だと見れない光景に恵真はくすりと笑う。
「そういえば、今日リアムさんはご一緒じゃないんですね」
話を変える意味もあり、恵真はリアムの不在の理由を尋ねる。
バートはぱっと表情を明るくして、恵真に何度か頷きを返す。どうやら、恵真の意図が伝わったらしい。
「そうなんすよ。信仰会に行ってるんす。心配してるんすよね、きっと」
寒暖差があるらしく、窓は白く曇る。秋、といっても晩秋に近いこの時期は、近付いてくる冬を強く感じる。
恵真の世界とは違うドアの外の世界では、冬はより厳しいものだろう。
そんな人々にとって、収穫祭は大きな喜びであるはずだ。
窓の外を見つめる恵真は、小さくため息を溢すのだった。
*****
信仰会へと足を運んだリアムだが、クラークの表情は珍しく険しい。
あまり感情的にならないクラークだが、ディグル地域の人々や信仰会に身を寄せる人々の気の落ち込みを目の前に、眉間の皺も深くなるのだろう。
「教会は何もせずとも、貴族からの寄付が集まる。しかし、僕達はそうはいかないんだ。なにより、信仰会に集まる人々の炊き出しも出来ないだろう?」
「大勢での飲食を教会側が批判している件ですね」
理論としては教会側の意見もわからなくないのだが、実際には信仰会への対立意識から考え出されたものだろう。
マルティアの街の人々と信仰会の関係は良好である。それを教会側は面白く思っていないのだ。
「炊き出しは収穫祭の時は大規模にしているが、それ以外の日も行っているんだ。それ自体が出来なくなるのではと皆、案じているよ」
「――それは人命にかかわってくる問題ですね」
人は常に健康であるとは限らない。
今、健康である者もそれが続くとは言い切れないのだ。
怪我をして仕事を失った冒険者も信仰会の世話になることが多い。
冒険者の街であるマルティアで信仰会への支持が集まる理由にはそれもあるのだ。
「収穫祭は普段、信仰会と縁のない人にも足を運んでもらえる機会だし、実は子ども達の働き口を見つけるきっかけにもなっているんだよ」
「あぁ、実際に会話をしてその子の人となりを知ってもらえたり、信仰会の活動が見えやすくなるからですね」
リアムの言葉にクラークの表情が一気に柔らかくなる。
「そう! そうなんだよ。実際に話すとね、あの子達の個性や性格が見えて安心するらしくってね。子ども達のほうも、初めから雇用主として会うより気が楽なんだよ」
どうやら、リアムが思っている以上に収穫祭は信仰会にとって重要な意味を持つものらしい。
実際、風邪が流行して重症化しているのであれば、制限も仕方のないことだ。
しかし、そう思えないのが今回の教会側の対応であり、それは信仰会だけではなくマルティアの人々の中にも強い不満が生まれてしまうのではとリアムは考える。
「こういった祭りを通し、日頃の不満などを発散させる効果もありますし、何より街の者は皆、楽しみにしていました。却って強い不満を抱かせるのではと不安が残りますね」
祭りなど、行事というのは人の心にも大きく影響を与える。
人との交流や、喜びや楽しさが、気持ちを軽くするのだ。
リアムが言っているのは要はストレスの発散、変化のない日常では気持ちの負担も軽くなることは少ない。
クラークとはまた違うその視点は上に立つ者の視点である。
生真面目で責任感の強い一方、周囲に気を配る。上に立ち、指導するのに向いた性格をリアムは持っている。
だからこそ周囲の期待が集まってしまい、家族内の不和を望まない十代のリアムは、家を出る道を選んだのだ。
「――ギルド長達の会議が明日、あるようです」
「そうかい……。それ次第だろうね」
窓の外を見つめるクラーク、庭では子ども達がはしゃいでいる。
風も冷たいというのに、皆走り、笑っている。
リアムの視線に気付いたクラークは悲し気に微笑んだ。
「どうか無事開催できるといいんだけれどね……女神に祈るしかないよ」
それは信仰会に身を寄せる子ども達の今後、そして炊き出しの継続などを憂うクラークの心からの言葉である。
打つ手の見つからない状況に、リアムも心苦しそうに目を伏せるのだった。
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