218話 秋の味覚、森への再訪 3
お楽しみ頂けていたら嬉しいです。
オリヴィエとバートがいると賑やかですね。
「で、結局こうなるんすよねー」
「行くぞ、バート」
第一の森に訪れたのはリアム、セドリック、オリヴィエ、そしてバートである。
久しぶりに訪れた第一の森なのだが、静寂に満ちていた。
それは落ちている葉を踏みしめる音がやけに大きく聞こえるほどだ。
鳥の声一つ聞こえない森、それは強い違和感を与える。
「なんだか、妙に森が静かっすねぇ……。野生動物すら出てこないのは逆に怖くないっすか?」
「ボクは君がずっと騒がしいからうるさく感じてるけどね」
「お前ら、どっちもそこそこにしろよ? で、リアムどうなんだ?」
セドリックの問いかけにリアムは手の中の珠を見る。
「おそらく、こちらの方角で合っているのだろう。ひとまずは、この光を頼りに歩みを進めるしかないだろうな」
森の様子を観察するリアムの手の中には、恵真から預かった宝珠の煌めきがある。それはこの第一の森に入ったときから再び光を放ちだした。
鳥の声すら聞こえない森。バートの言う通りなのだが、それは不気味さよりも荘厳な空気を生みだしている。
まるで何かに敬意を払い、静まり返っているかのようなのだ。
じんわりと光る宝珠の珠は奥に進むほど、光が強くなる。
魔獣であるクロの指摘通りなら、なにかに呼ばれていることになるのだ。
光を頼りに進むしかないのだろう。
「は? ボクは元王宮魔導師だよ? 魔法で全て解決できるから、まぁ、君も安心するといいよ」
「本当っすか⁉ いやぁ流石、オリヴィエ様っすねぇ……!」
「いや、オリヴィエの魔法は威力が大きすぎるから巻き込まれかねんぞ?」
神聖な空気を壊すかのように騒がしい三人だが、どんな場所でも揺らがない彼らは頼もしいとも言えるだろう。
相変わらずの仲間を見て、リアムは困ったように笑うのだった。
「リアムさーん! そろそろ昼食にしてもいいんじゃないっすかね!」
「あぁ、そうだな」
バートの言葉にリアムははっとして足を止める。
どれくらい歩いたかわからない。リアムの手の中の珠が放つ光はどんどん強くなるのだ。その光に導かれるように、四人は歩いてきた。
少々熱心になり過ぎていたと反省しつつ、リアムはバートに声をかける。
「あぁ、そうだな」
「よおっっし! 休憩っすねー! いやぁ、楽しみだったんすよね。トーノ様の作ってくれた昼食!」
「もう! 本当に君は落ち着きがないね」
喜ぶバートに呆れた視線を送るオリヴィエだが、その手にはしっかりと水筒が握られている。恵真が用意してくれた紅茶が入っているのだ。
大きめの石に腰かけると、オリヴィエは紅茶を飲みつつ、携帯食を齧り出す。
オリヴィエにセドリックが笑って話しかける。
「そんなこと言って、オリヴィエも疲れているんだろう? 日頃、家と冒険者ギルド、喫茶エニシにしか足を運んでいないからなぁ」
「な! ボクはね、君達より繊細に出来てるってだけだよ! ちょっと聞いてる?」
「うわ、このバゲットサンド旨そうっすねぇ! バゲットサンドといえば、携帯食の開発はどうなんすかね?」
地面に座ったバートがバゲットサンドを頬張りながら、リアムとセドリックに尋ねる。木の近くに腰かけたリアムはまだ、手の中の珠を気にかけている。セドリックが代わりにバートへと返事をする。
「まだ開発途中だな。ほら、バゲットサンドは当日中だろう? 薬草の鮮度はどんどん下がるものだし、パンも痛んじまうからなぁ」
「そうっすかー。長期の遠征とかには新たな携帯食が必要になるかもしれないっすねー、まずいんすもん」
バゲットサンドの需要はあるが、作られる数は限られ、おまけに日持ちする物ではない。味が悪く高価な携帯食だが、日持ちするのは事実なのだ。
バゲットサンドを味わうバートに釣られるように、セドリックも包みの中から同じものを取り出す。
挟まれた鶏肉が見えるほどボリュームのあるバゲットサンドに、セドリックもかぶりついた。肉汁が広がり、パンや野菜と一体となる。青空の下で食べる喫茶エニシの料理はやはり旨いのだ。
この味は携帯食では体験できないものである。
「ま、ボクは平気だけどね!」
「それ食えるのがどうかしてるんすよ! せっかくなら美味しいものを食べたいっていう欲求があるもんなんす!」
「あ! 手が汚れたからボク、ちょっと川で洗ってくる!」
木の密集した場所を休憩場所に選んだのだが、先程通った場所には小川が流れていたのだ。汚れた手を洗うにはちょうど良い。そう思ったオリヴィエは背中を向けるとそちらへと駆けていく。
「あぁ。だが、迷子になるんじゃないぞ!」
「なるわけないでしょ! ボクを誰だと思ってるのさ!」
そう文句を言いながら、オリヴィエは小川へと向かう。
そう、オリヴィエは小柄な少年に見えるが、実際は四人の中で一番の年嵩である。
この言葉が事実となるとはこのときは誰も思っていなかったのだ。
「は? 誰もいないんだけど?」
小川から戻ってきたオリヴィエの眉間に皺が寄る。
リアム達の姿がどこにも見当たらないのだ。
まさか先に行ったのではないか。そんな疑念が浮かび、ますますオリヴィエはむくれてしまう。
探索魔法を使えば、彼らがどこにいるかなどすぐにわかるのだが、自分から行くのもしゃくである。
「置いていくなんてひどくない?」
そうぼやくオリヴィエだが、返事はない。
先程までバートと言い合っていたのに、今は森の静けさだけなのだ。
はぁ、とオリヴィエはため息を溢す。
静かな森で一人きりになると漠然と不安になる。それが実力を持つオリヴィエでも同じらしい。
こうしていても仕方ない、そう思って不安を吹き飛ばすように頭を振るオリヴィエの視線に小さな姿が映る。
ふと、隣を見るとちょこんと小さな男の子がいるのだ。
「…………誰?」
「…………」
長い前髪で表情がわからない子どもは半透明。普通の子どもでないのは明らかだ。髪型がきのこのようだが、これがアッシャーとテオから聞いていた子どもであろうか。
「……君も迷子ってわけ?」
右に左に小首を傾げる子どもに、オリヴィエは再び深いため息を溢すのだった。
*****
その頃、喫茶エニシでは恵真がそわそわと落ち着かない気持ちを、料理をすることで解決しようとしていた。
座っているとリアム達が大丈夫であろうかと気にしてしまうので、せめて帰ってくる彼らのために料理を作ることにしたのだ。
アッシャーとテオはそんな恵真を心配そうに見ている。
「二人ともリアムさん達が心配だよね」
兄弟の表情を見た恵真の言葉に、アッシャーもテオもふるふると首を振る。
「ううん。皆強いから大丈夫だよ」
「ぼく達が行った時も、森ウサギは怖かったけど、きのことか貰えて楽しかったよね!」
色々とあった第一の森であったが、アッシャーとテオには楽しい思い出になっているようだ。
恵真は裏庭のドアの向こうの世界を知らない。そのことが過剰な不安につながってしまうのだろう。
黒髪黒目である恵真は少々、あちらの世界では目立ってしまうのだ。
異世界であるドアの向こう、そこにはマルティアの街が広がり、そこに住む人々の生活がある。
時折、その世界を知りたいと恵真は強く思うことがある。
「みゃう」
「クロ? 大丈夫だって言ってるの?」
「んみゃう」
その通りだというかのようにクロが鳴く。その声はまるで信じて待てと言っているかのように聞こえる。
軽く微笑むと恵真は再び料理を始める。
彼らが戻ってきたときに、喜んでもらえる料理を作ろう。不安から始めた料理への気持ちが徐々に変わっていく。
「自分に今出来ることをしなくっちゃね」
「んみゃ!」
切った野菜を油を引いた鍋に入れれば、じゅうと音を立てる。
秋の外、長くいれば、体も冷えることだろう。
リアム達が戻ってきたときのために、恵真は料理を続けるのだった。
*****
戻ってこないオリヴィエを探しに、セドリックとバートは手分けして、彼を探している。魔術に長けており、案ずることはさほどないのだが、今回は山の様子もおかしい。警戒するに越したことはないだろう。
リアムはというと徐々に輝きを増すネックレスに導かれるように、一人歩みを進める。奥に奥にと歩いていくと光もまた強くなっていくのだ。
それはこちらに来いと誰かが呼んでいるかのようである。
岩が増え、その多くは苔むしたその場所は、川があったのだろうか。今はせせらぎ程度の水が流れていくだけだ。
鳥の声さえ、聞こえずにいた中では水の流れる音にすら、安心感を覚える――そのときである。
「……これは――?」
胸元のネックレスがまばゆく光り、一瞬リアムは目を細める。光が収まったことを感じたリアムが目を開けると、そこにはあのときと同じ姿のハチミツグマの姿があった。ある程度、距離が開いているため、声こそ出さなかったリアムだが、驚きで目を見開く。
白みがかった茶色の大きなハチミツグマはその体躯の大きさに反し、つぶらな瞳でリアムを見ている。
ハチミツグマの好物はその名の通りハチミツである。
リアムはポケットに隠していたハチミツの瓶に手を伸ばす。
ハチミツグマはハチミツをこよなく好み、冬ごもり前にそれを集めに現れると言われているのだ。
リアムはハチミツ入りの瓶を距離の離れたハチミツグマへと投げる。瓶に近付いたハチミツグマだが、すんすんと匂いを嗅いだだけである。
以前はハチミツの味の良さに喜び、満足して消えていったハチミツグマ。礼であろうか、宝珠の煌めきを落としていったのだが。
「今回は味わいに納得できなかったのか……?」
ハチミツは恵真から手渡されたものであり、質などに変化はないはずなのだが。そう思うリアムの目に、ハチミツグマのお腹の下になにやらもぞもぞと動くものが飛び込んでくる。
「……あれは……子ども? ハチミツグマの子どもか?」
お腹の下に隠れていたコグマ、それを慈しむような眼差しで見つめる親グマであろうハチミツグマ。
輝きを放っていた宝珠の煌めきは、いつの間にか、元通りに戻っている。
自分を招いていたのはどうやらハチミツグマらしい。
てちてちと近付いてくる姿こそ愛らしいが、リアムの背中には汗が流れる。
一体、どんな目的が彼らにはあるのだろう。警戒するリアムは、いつでも剣を抜けるように柄へと手を伸ばすのだった。
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どうぞよろしくお願いいたします。




